第百二十五段
【本文】
むかし、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ、
つひに行く 道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
【注】
〇わづらふ=病気で苦しむ。
〇心地=気分。
〇死ぬべく=きっと死んでしまうだろう。
〇=誰しもが最後に通る道。死出の旅路。〇=聞いてはいたが。「しか」は、過去の助動詞「き」の已然形。「ど」は、逆接の接続助詞。
〇思はざりしを=「ざり」は、打消し助動詞「ず」の連用形。「を」は、感動・詠嘆の間投助詞。ただし、逆接の接続助詞ととり「われもこのたびいくこととはなりぬ」の意が省略されているととることもできよう。
【訳】
むかし、男が、病気で苦しんで、気分が悪くここままではきっと死んでしまいそうに思われたので作った歌、
死出の旅路はこの世の誰でもが最後には通る道だとは前々から聞いてはいたが、昨日今日といったこんな身近なものだとは予想しなかったなあ。