折れず曲がらず良く斬れる

折れず曲がらず良く斬れる

2016.10.19
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戦国のヒーローは間違いなく織田信長です。

信長が横死していなければ秀吉の関白就任も家康の将軍宣下もない。秀吉は織田家の出世人で忠実な家臣のまま、家康は律儀な東海の盟友でタヌキおやじになることもない。

天下統一後は海外遠征を試みたことは間違いないでしょう。勝家、光秀、秀吉、一益、長秀、盟友の家康。文禄の役の時の清正など及びもしないこれら戦上手の名将たちを上手に使いこなして明と戦ったでしょう。圧倒的に兵力で劣る満州族のヌルハチに後年明は滅ぼされてしまいます。信長の明征服も夢ではない。

秀吉のように陸路からだけ明を目指すのではなく水軍を上手く使って大陸沿岸を襲うなどの陽動作戦を行ったのではないでしょうか?スペインやポルトガルと同盟したかも知れません。

信長時代の日本は世界一の鉄砲保有数を誇る軍事大国、国内の内戦で鍛えられた精鋭揃い、信長自ら渡海したでしょう。苦戦はするでしょうが臨機応変に戦い、少なくとも秀吉が亡くなって撤退した文禄・慶長の役とは違い、たとえ信長が亡くなったとしても信忠が継続して戦い大陸に一定の勢力を築いたと思います。

あるいはルソンや安南、シャムなどへ進出したかも知れません。織田政権は鎖国しないでしょうから東南アジア地域に多くの日本人町が生まれそのまま現代まで続いていたでしょう。徳川家だけの繁栄を前提に武器の進歩を止めたり海外渡航可能な複数マストの船の建造を認めなかった徳川幕府のような科学技術の進歩を止めるような政策は行わなかったでしょう。

しかし海外からの刺激を受ける分政権の安定感は失われ、実力主義の登用人事が徹底されれば織田政権は徳川幕府のように長く続かず誰かに乗っ取られたかも知れません。

しかし西洋諸国との貿易を続けることで幕末の日本のように軍事技術で西洋から大きく遅れるようなことはなく、ペリーに恫喝されることもなかったでしょう。

写真は名古屋祭り3英傑行列の信長です。






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最終更新日  2016.10.19 02:21:22
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