マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2016.05.15
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 大型連休中の5月4日、私は歩いて自宅近くの小さな博物館「縄文の森広場」へ行きました。市の広報で企画展『縄文人の精神性』が開催中と書かれていたからです。それでえっちらおっちら、暇にまかせて出かけてみた訳です。


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 「縄文の森広場」は自転車で15分。歩くと30分くらいの距離に在ります。私が通院している眼科の直ぐ傍にあります。


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 これは博物館の屋上からの眺めです。この地下には「山田上ノ台遺跡」と言う縄文時代の遺跡が眠っています。


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  復元された「掘立小屋」。顔を出しているのはマスコットのハナちゃんです。ぽっ



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 これは常設展の案内の一つで、「祈る」。縄文人の宗教観や精神性を概説しています。何せ縄文人の平均寿命は37歳ととても若いのです。乳幼児の死亡率が高いことが平均寿命を極端に引き下げる原因で、そのことが縄文人の「祈り」の気持ちを高めたのでしょうね。



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 同じく「装う」の案内板です。意外にも縄文人は服装や装飾に強い関心を抱き、弥生人よりはずっとおしゃれだったのです。装身具も種類が豊富でした。



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 同じく「奏でる」の案内です。縄文時代の楽器は「土笛」くらいしか知られてません。音も恐らくは単調な響きだったことでしょう。きっとそれだけに心を慰める助けとなったように思います。



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 「企画展」は幅3mほどのガラスケースの中にちんまりと納まっています。これは宮城県内で発掘された縄文人の墓と人骨です。これまでの定説では、縄文人の顔は四角くていかつく、細長い顔立ちの弥生人とは様相が違うとされて来ました。でもこれは作為的に作られた学説で、実際は細長い顔立ちの縄文人も混じっていたそうです。手足を曲げて葬られるこの形は「屈葬」(くっそう)と呼ばれています。



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 これは人間の墓の傍に埋葬された犬の遺骸です。犬は人間に最も忠実な仲間として、狩りの手伝いをしました。だから日本人は滅多なことでは犬を食べることはしなかったのです。5千年以上にも亘って、縄文人と犬の友好は続いて来たことがこの墓によっても分かりますね。



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 県内の遺跡から出土した脚付き鉢。



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 これは装飾を施した深鉢です。(展示品は全て宮城県内の遺跡からの出土品です)



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       この深鉢にも紋様が施されています。



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  深鉢の一部を拡大すると、こんな人形(ひとがた)の文様がありました。



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 朝鉢の底に施された精巧な装飾。これを見ても縄文人の芸術性や精神性の高さが分かります。「企画展」はいつものことながら、スペース的にも内容的にも物足りません。展示品も、解説も少ないためです。屋上には広々とした「休憩コーナー」があるのですが、有効活用されてないように見えました。そこでアンケート用紙に、そのことを書いて投函した次第です。小さな博物館に予算的、施設的な限界があるのは分かりますが、まだ智恵は出せるはずですので。



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 その代わりと言うのは変ですが、ここでは熱心な実習活動が行われていて、市内の小学校から学習の一環として参加するケースもあるのです。この日も振替休日ながら、親子連れが熱心に「焼物」や「火おこし」の実習を受けていました。


縄20作品.jpg

  ボランティアの方が実習時に造った作品です。(以下同様)


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  これも現代人の作品です。ぽっ


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  勾玉の模造品です。ウィンク



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 縄文時代の織り機の見本です。この簡単な装置で編まれたものは編布(あんぎん)と呼ばれ、実物が発掘されています。青森県の三内丸山遺跡で見つかった、いわゆる「縄文ポシェット」などがそうですね。


 さて今日私は「仙台鉄人会5時間走レース」に出場する予定です。今は体調が悪く、全く走れません。それどころか歩くのさえやっとの状態ですが、折角参加許可をしてくれた仙台鉄人会さんへお礼を言わなくちゃね。それにきっと仲間も参加してると思うので、久しぶりに会えるのが楽しみです。

 たくさんの写真を撮って来ようと思っていますので、どうぞお楽しみに~!!なお、帰宅は夕方になり、ブログ友の皆さんの所へお邪魔するのも遅れます。ゴメンナサイね~!!



走4.jpg < 今日のO川さん情報 >

 「本州縦断レース」参加中のO川さんは、昨日の10日目も無事ゴールされたようで安心しています。途中の難関「親不知」は現在全てトンネルになり、長いトンネルにかなり気を使って疲れたようです。トンネルを出た食堂で食べた「モツ煮定食」が美味しかったとか。それが効いたのか、後は元気で走れたみたいです。

 昨日走ったのは新潟県糸魚川市から富山県魚津市までの53km。要した時間は12時間だった由。走った合計は650kmを超え、シューズの中敷きが足形通りに磨り減って、足に響くと書かれていました。全く厳しい毎日です。睡眠と洗濯の時間を取るのも大変なはず。それでも頑張って前進して欲しいものです。今日は魚津市から富山市まで。富山湾と立山が見えることを祈っています。O川さんファイト~!!





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Last updated  2016.05.15 07:14:53
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