わたしのブログ
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我慢忍耐が救いの神にも 昭和60年4月12日 沖縄タイムス 読者から 金が入ると男は、世界を征服したような気分になる場合がある。見えざる本性の奥に、支配者たらんとする野望が根強く存在するからだ。そして、無意識の幻想の中で世界の王、宇宙の絶対的支配者としての己を確立している。男がソーキ骨(肋骨)たらん、といわれるミスをしでかす原因がそこにあるように思える。給料が入ると理性のブレーキなど問題ではない。男は天下を手中にしたような広い心となり、夜のネオン街にさっそうと出かける。 「ナポレオンをもって来い」 男は豪放な破顔で美女たちにウインクをする。そして、断末魔の悲鳴を上げてカラオケを歌う。その挙句の果てに、軽くなった財布が理性と後悔を呼び戻す。男は強い決心をする。二度と再び、飲みには行かない! しかし、男を賭けたその決意は、給料が入るともろくも崩れ去るのである。 実は、何を隠そう、恥ずかしいながら、かく言う私も、そういう時代があったのである。誘惑の衝動に対し、理性と我慢が効果的なブレーキとなったのは、子供が次々と生まれたからである。 男は外に出ると、7人の敵がいるという。その一つが道楽で、その誘惑の微笑みは男をボロボロにしてしまう。それがハシカのようなものであれば幸いであるが、長引いて慢性化すると命取りとなる。我慢、辛抱、忍耐という嫌なこと、それが最大にして、ほんとの、自分の味方であると思う。
2007年04月24日
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