ずば抜けたギターテクニックを武器に「ブルージーンズ」のバンドマスターとして活躍。クラシックから民謡まで、さまざまなバージョンで独自のサウンドを創り出した。1500校を超える「学校巡礼コンサート」もライフワークに活動していたが、最近は表舞台から遠ざかっていた。
大学在学中にプロ活動を始め、ミッキー・カーチスやジミー時田さん(00年死去、享年63)とバンドを組んだ後、62年にブルージーンズを結成。67年に「レッツ・ゴー・運命」で日本レコード大賞編曲賞、78年には「民謡大百科」で同企画賞を受賞。万単位の持ち歌を持つという中で「津軽じょんがら節」「ソーラン節」などエレキ民謡など独自の音楽制作でも高い評価を得た。「エレキキターの神様」60年代後半くらいには
1966年、日本公演中のベンチャーズのドン・ウイルソンが、息子の落馬死亡事故で帰国したため、寺内が代役でリズム・ギターを務めた。この時ノーキー・エドワーズ使用のライトゲージ弦を知る。それまで寺内は、太い弦でチョーキングをするため指立て伏せなどで鍛えていたという。へぇ~、こんなことがあったのか、すげぇ~な
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