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NHK大河ドラマ「新選組!」あらすじ 2
※あらすじ(26話~ )
26話、局長近藤勇 07月04日(日)
京都の勇から、江戸で待つ妻・つねに近況を知らせる便りが届く。
新選組屯所では隊士募集の面接が行われ、その中には武田観柳斎や三度目の応募にも関わらず誰も覚えてかった監察方志望の山崎烝らが新たな隊士として加わった。
歳三は大阪にも新選組の屯所を設けると、勇に話す。
文久3年(1863年)10月10日
勇は、松平容保からの要請で諸藩の俊英が集る席において”時勢について”熱弁を振う。
反面、佐久間と逢い「自分はなにをすればよいか」と尋ねる。
一方、新選組の大坂での活動を面白くないと思っている大坂町奉行所の内山彦次郎との諍いが絶えい。
勇と歳三は、内山と会って所信を述べ和解しようと試みる。が、
逆に内山は、斎藤を捕縛し拷問にかけるなど対決姿勢を露にする。
勇と歳三は内山を斬ることを決意する。
試衛館の面々が見守る中、総司が内山を斬る。
27話、直前、池田屋事件 07月11日(日)
今日は、参院選挙の開票速報のため7:15からの放映であり、残念ながら最初から観ることができなかった。
勇の指示で武田観柳斎が、探索するため枡屋に向かう。
一方勇に谷昌武を養子縁組にとの話が持ち上がり、相手がれっきとした武家の出であることから「新選組にとっても良い話だ」と、山南も賛同する。
桝屋の土蔵で多量の武器弾薬を発見した武田観柳斎は,主人を捕縛する。
歳三や山南が枡屋の主人を詰問するが、頑として口を割らない。
歳三が斎藤から一番利く拷問何かを聞き出し、終に口を割らせる。
その内容は、
『不逞浪士が京の街に火を放ち、混乱に乗じて会津藩主・松平容保を討ち帝を長州へ連れ去ろうと画策している』との、驚くべき情報であった。
28話、そして池田屋へ 07月18日(日)
不逞浪士の不穏な動きを察知し驚くべき情報を得た新選組の面々は、先手を打って浪士たちの急襲を計画する。
勇は「京の町の将来に関わることは京に住む人の意見を聞いてから決断したい」と八木源之丞を訪ねて意向を伺う。
源之丞に激励され出動を決意する。
勇たちは、事の次第を会津藩に報告し出動の命を受ける。が、
会津藩の一部には「長州と事を構えたくない、また、京都守護職を解かれれば国許に帰ることができる」と考える者もおり、新選組への加勢を引き伸ばそうと画策する。
文久4年(1864年)6月5日
新選組の隊士たちは祇園に集合し会津藩の加勢を心待にしているが、加勢がないことを悟り自分たちだけで行動を起こすことを決断する。
勇の率いる組と歳三の率いる組との二手に分かれ、浪士の集会場所の探索に当たることになった。
勇の組が池田屋で浪士たちを発見し、激しい斬り合いとなる。
各人奮戦するが平助は額を斬られ、総司は喀血してしまう。
急報を受けた歳三たちも池田屋に駆けつけ、浪士を粛清する。
勇は生き残りの浪士に縛につくよう説得するが、聞き入れない為「己の生き方に一遍の曇りもない」と言い放ち斬り捨てる。
勇と歳三は、守護職に拝謁し事の顛末を報告する。
29話、長州を討て 07月25日(日)
池田屋事件がより以上に、長州を刺激する結果となった。
長州兵が京の街に攻め込むため天王山に布陣しているころ、勇と佐久間象山とが松平容保に意見を求められていた。
勇らと別れた象山は、従者の捨助をつれての帰り道に河上(げんさい)に斬られる事態が起きる。
その頃、桂小五郎は過激分子の暴走を食止めようと説得を試みる。が、
久坂玄瑞らは耳をかさず、幕府と一触即発の情勢となる。
方や医者から労咳であることを知らされた総司は、”別になんでもない”と病状を隠して仲間のところに合流する。
長州兵が動き、勇ら新選組は彼らを匿っていると噂されている船宿・寺田屋を調べる。
鼻血がついた手ぬぐいを示し詰問するが、女主人のお登勢に上手く誤魔化されてしまう。
ついに戦闘が起こり、新選組は急遽出陣する。が、
左之助は、想いを寄せているまさのもとに駆けつける。
長州兵は蛤御門で熾烈に戦うが劣勢となり、久坂・寺島は、「桂先生に渡してほしい」と髷を切り落としてその場に居合わせた捨助に託す。
捨助から久坂らの髷を受け取った桂は、捨助に「京の情勢を探り知らせてほしい」と頼み、出奔する。
宵、長州勢の敗戦が決定的となり、新選組は天王山にいる真木和泉のもとへ急行する。が、
「まだ終わっていない」と叫び、真木は切腹する。
「国を守る己の心に 『誠』 があるならば、己を信じて進みなさい」と象山の言葉が、勇の心耳に響く。
30話、永倉新八、反乱 08月01日(日)
新選組の池田屋での働きに対して、公儀から恩賞金が与えられることになった。
歳三の意見で恩賞金は、各々の戦いに応じて分配することになった。
だが永倉は、まさの身を案じて駆けつけなかった左之助に対しては分配されたかったこともあって、歳三のやり方が気に入らない。
さらに、歳三たちの発案による局長、副長そして組長など新しい体制が示されたことなどもあり不満が爆発”自分たちは家来ではない”「勇や歳三に権力を集中させ意見の異なる者を遠ざけようとしている」と厳しく批判する。
方や山南は、永倉に「試衛館以来一緒に歩んできた仲間のことを考えて欲しい」と話す。
傍ら隊からの脱退を、決意する。
永倉らは、会津藩主・松平容保に謁見し、新選組を質したいと懇願する。
歳三に「局長だからこそ頭を下げる必要がある」と言って駆けつけた勇が、永倉に今後とも「遠慮なく戒めて欲しい」と頭を下げる。
また、「歳三の言動は、新選組のことを考え他意はない」旨、言葉を添える。
31話、江戸へ帰る 08月08日(日)
”将軍上洛を幕閣に談判して欲しい”と松平容保から命を受けた勇は、永倉らを連れていくことにし山南も賛同する。
その頃、龍馬は薩摩藩の大島吉之助(後の西郷隆盛)に長州や会津らと手を組んで強い日本を作ろうと説得していた。
江戸に到着した勇は、妻・つねや総司の姉・みつ、養父母の周斎とふでと再会し、娘のたまを抱きしめて慈しんでいた。
勇は、松前藩邸を訪ね松前伊豆守に将軍上洛の話をする。が、
「将軍上洛には、金が掛かる」のでもう少し待ってくれと、逆に説得される。
一方、京においては「建白書の一件は 謀反だ」と言い出す歳三に、山南は宥め反対する。
しかし、建白書を書いた当事者が、”恨むなら山南を恨めと”切腹させられる。
勇は、総司の病を心配して医者を訪ね「ろうがい」の詳しい話を聴いていた。
山南は、「歳三が、たとえ”自分がどうなろうとも”新選組や勇のために苦労している」という総司の言葉に、それが怖いと、言う。
そんな折、新選組や歳三に対して心が揺れている山南は、偶然出会った遊女のおすずに心を惹かれる。
久しぶりに、勇はつねとの逢瀬のひと時を過ごす。
32話、山南脱走 08月15日(日)
留守中に隊士を切腹させたことに、勇みは「卑怯ではないか、お前のやることは酷過ぎる」と歳三を詰る。
しかし、これで「隊は、引き締まる」と歳三は言う。
また、江戸から伊東甲子太郎が門人たちと共に勇を訪ねた折、勇から「参謀になってもらいたい」と懇願される。
歳三から”手狭になった屯所を西本願寺に移す”と発表されるが、 異論がでる。
山南は「由緒ある西本願寺を力で制することになる」と反対し、また永倉も山南の意見に賛同する。が、
結局のところは、伊東の論戦に沈黙する。
会津本陣においては、藩主の松平容保と弟の定敬に勇や佐々木、西郷が加わり時勢について論じられていた。
その席で勇は、今は亡き佐久間象山の”まことの攘夷について”その必要性を述べる。
その頃、このところ新選組にあって虚しい想いを募らせていた山南は、坂本龍馬とのひと時を過ごしていた。
そして、江戸に戻って「もう一度己の進むべき道を考えたい」と歳三に申し出るが、却下される。
歳三は「伊東に理屈で勝負できるのは山南だけだ」と、その思いを総司に話し、総司も「山南さんを買っているんですね」と。
一方、総司は「そんなに長生き出来ない、自分には拘わらない欲しい」と八木源之丞の娘・ひでに告白する。
覚悟を決めた山南は、勇に「己の信じる道に従って下さい」と一言いい、その後脱走する。
山南の姿が見当たらないことで歳三が感づき、すぐさま追ってを差し向けることになり総司にその任が下る。
道中では、山南とおすずの楽しげな姿があった。
33話、友の死 08月22日(日)
総司は勇から、「逃げた隊士をほっとく訳にはいかない」が、
「草津まで行って見つからない場合は深追いする必要はない」と諭され、出発する。
その頃山南は”のんびりと二人連れで、楽しみながら道中していたため”、すぐに総司に追いつかれてしまう。
総司の「私とは、逢わなかったことにして逃げてください」との言葉に、”そうはいかない”と潔しとする。
京へ戻った山南に、勇は「なぜ、察してはくれないのか」と、断腸の思いで切腹を言い渡す。
永倉が猛反対するが、勇は今になっては「最後は武士としての道を与えてやるしかない」と、また、他の隊士や八木家の当主・源之丞も山南の助命を嘆願する。
しかし、歳三も「法度に則るしかない」と所信を貫く。
山南は、介錯を総司にしてほしいと願い出る。
反面、若い隊士たちに今後のことを指図していた。
一方納得のいかない永倉と原田は、山南を逃がそうと促す。が、
それでは「あなた方に、迷惑が掛かる」と拒否し、二人に後事を託す。
総司は、「自分の刀で、親しい人が死んでいく」と、居た堪れない気持ちに落ち込まれていた。
最後の時に、おすずが訪れてくるが「我侭を言うな」と追い返すようにする。が、
おすずは、座敷の窓外から白装束の姿の山南に菜の花を送り、山南から送り届けるよう頼まれていた隊士に「切腹するのやろ」と、涙ながらに帰途に着く。
そして、山南は見事な最期を遂げる。
山南の「二人の心中を察する」との遺言に、勇と歳三は号泣する。
34話、寺田屋大騒動 08月29日(日)
山南への追想で「明里(おすず)と共に過ごしたことが、安らぎを覚えた」のではないか、との思いがあった。
元冶2年(1964年)6月5日
勇にお幸(深雪太夫)の身請け話がある。
総司の手紙で、江戸から勇の妻・つねと総司の姉・みつが、京へやって来る。
二人は新選組の屯所を訪ね、永倉や左之助らと久しぶりの懐かしい再会を喜び合う。
また、つねは養子となる周平とも対面する。
勇と歳三は、西本願寺の住職と屯所の移転の件で、話し合いをしていた。
勇の居所を知って、つねとみつのふたりは、駕籠で寺田屋へと向かう。
突然の二人の出現で勇は仰天し、寺田屋の女将・お登勢にお幸を一時預かってもらうよう頼む。が、
龍馬が「勇のお妾さんが、この屋敷のどこかにいる」と、みつに漏らしたため、つねを伴い勇を詰問する。
居合わせたお登勢が機転でその場を凌ごうと、「井上先生が、身請けした」と釈明する。
井上も歩調をあわせるが、心配して駆けつけた歳三が「自分だと」と言ったことから露見してしまう。
勇は、妻・みつに京にあって「私の励みになったのが、お幸だ」と正直に話す。
勇が席を外しところで、つねはお幸に「江戸で道場を守る役目がある」ので、よろしくと頭を下げる。
その頃風呂場で、勇は龍馬の「幕府を見限った、今度会うときは敵味方だ」との言葉に憮然とする。
35話、さらば壬生村 09月05日(日)
屋台で仙場甲太郎と捨助が桂と再会しているところへ、新選組に急襲される。
桂は逃れるが、仙場が松原忠司の手にかかって命を落とす。
死に際に、「妻に届けて欲しい「と桂から渡された金を松原に託す。
屯所の移転に伴い勇は西本願寺の住職に挨拶するが、「喜んでいるのではない」と釘をさされる。
松原は、仙場の妻・お初に”託された金”を届けにゆく。
「ご主人を切ったのは、自分だと」白状し、お初から「恨みはしないが引き取って欲しい、出てゆけ」と追い立てられる。
新選組は八木邸から西本願寺へ屯所を移す準備をしていた。
一方、歳三は八木源之丞や妻・かねから頼まれ、娘・ひでに「総司の病は治らない、今は楽しくてもいずれ後悔することになるので、
総司のためにも想いを断ち切って欲しい」と話す。
勇は、お幸のために別宅え引越しをしていた。
そこえ永倉と左之助が訪れ、永倉が、おその を紹介する
左之助も想いを寄せる まさ に告白するが想いは届かない。
<<電話中断>>
西本願寺へ移転した新選組の面々に、お幸を 紹介しようとする。が、
お幸は、「近藤先生、お一人のもの」といい辞退する。
そして、妹がいることを打ち明ける。
勇は、”まだ妹を探し当てていない”ことを知り、新選組が協力する旨話す。
源之丞のもとへ最後の挨拶に、勇が訪れる。
八木邸での出来事が、走馬灯のように駆け巡っていた。
36話、対決見廻組! 09月12日(日)
御用改めで新選組が、京の町で不逞浪士の取り締まりをしていた。
総司が率いている隊が長州の協力者となっている「天狗」と呼ばれている男を追い詰めた際、総司は、その正体が捨助であることを知り驚く。
反面、佐々木只三郎の率いる見廻組と鉢合わせし揉めることになる。
その後佐々木が新選組の屯所を訪ね、勇たちとそれぞれの巡回地域の受け持ちについて話し合う。が、
「公儀直参の見廻組と浪士上がりの新選組とは違う」と、京の町の大半や要所を見廻組が受け持つという佐々木の提案に、勇や歳三が反発する。
一方、勇の養子である周平は、期待に応えようと日々鍛錬に励んでいたが、仲間から疎まれる。
また参謀の伊東甲子太郎は、もともと門人だった平助などに己の考えを披露していた。
勇は、松平容保から薩摩藩の動静を探るように命じられるが、伊東は、「薩摩が恐れているのは”殿である”」と進言する。
勇は、西郷吉之助に面会し真意を質すが、西郷は本心を明かさず”煙に巻いて”いた。
祇園で、捨助が娘のつれない返事に煩悶し、その際の不始末で火災が起きる。
消火のために出動した新選組と見廻組との間で諍いが起きるが、先陣したのは「”新選組である”ので、従って欲しい」との一言で伊東が折れ、「指示して欲しい」と
勇は、「少し出すぎたまねをしました」と伊東に詫びる。
その頃龍馬は、西郷に”ビジネスについて”談じていた。
火事が収まり、伊東は「見事な采配でした」と勇にいう。
37話、薩長同盟締結! 09月19日(日)
勇の依頼で松本良順が、新選組の健康診断を実施していた。
その頃下関において龍馬の仲介により、薩摩藩と長州藩が手を結ぶための会談がセットされていた。が、
薩摩の西郷が姿を現さないため、桂は憤慨してその場を去り、物別れに終る。
また、新選組屯所においては、”西本願寺の僧侶たちは新選組を快く思っていない”との話がなされていた。
一方歳三は隊士の松原が、「浪士を斬った、その妻(お初)に逢っているのは、法度破りではないか」と糾弾する。
松原が「私が、切腹すればよいのでしょう」と、厳しさを責めとりなす隊士に、歳三は「これが、おれの役目だ」と言う。
松原は、お初の誘いを受けて訪問し、気を許している隙に短刀で刺される。
そこえ”呼び出しを受けたこと”を聞いて駆けつけた斎藤が、瀕死の松原にとどめを刺し、お初を斬る。
二人の死を斉藤から聞き、歳三が「松原を追い詰めて、心中させた」として処理しようとする。
勇の思いは、”お初を最後まで思いやっていた松原へ、松原の仇討ちをした斎藤へ、そして己を悪者にして全てを収めようとした歳三へ”と、それ故に「鉄則と人を思う心」が大事だと、つくづく感じいる。
会津藩から「龍馬を捕縛せよ」との命を受けた勇は、寺田屋を御用改めする。
しかし、女将・お登勢の機転で、龍馬は助かる。
別室では、龍馬と大久保が密談していた。
龍馬の安否を気遣うお登勢と大久保の計らいで、囮とは知らずにいる捨助が”新選組の注意を惹き付けている間”に龍馬は薩摩藩邸に入る。
薩摩藩邸では、龍馬が薩長の同盟を画策していた。
そして、薩摩・西郷の「帝のため、日本のため」との大義名分を通すことで、過去の経緯を水に流して両者は手を握る。
勇は、薩摩藩邸での龍馬の仲介による”極秘の会談がもたれた”ことを、松平松平容保に報告する。
38話、ある隊士の切腹 09月26日(日)
勇とは幼馴染である捨助の手引きで、寺田屋に潜伏する龍馬を捕り方が襲撃するが、おりょうの咄嗟の計らいで難を逃れる。
長州藩への処分を通達するために広島へ向かうと、勇は歳三に告げる。
勇は、伊東甲子太郎と共に京を発つことになった。
勇から同道の誘いを断わった観柳斎は、「土方の手助けをしたい」と言い、残留する。
その真意は、”西洋軍学の知識修得に、高価な翻訳書を手に入れる”ためであった。
そして勘定方の河合耆三郎から、強引に隊の公金を融通させようとする。
一方総司は、「医者から養生に努めるよう」叱られるが、「後5年の命でよいから」と。
「今度は、生きて帰れないかもしれない」と言う勇に、お幸は、「命を張る仕事、おめでとうございます」と、送り出す。
観柳斎は、河合から”金を融通”させる。
同じ翻訳書を入手しようとしていた歳三は、書籍を購入した人物の人相を聞き”観柳斎”だと推測する。
大金の出所に疑問を抱いた歳三の命で現金と帳簿の照合が行われ、五十両の不足が発覚する。
河合は、厳しく事情を問い詰められるが”観柳斎に頼まれたことについては口を閉ざし、実家からの送金で埋め合わせるする”と約束する。
期日までに金が届かなければ”法度に背いた”ことにより、切腹となる。
河合は、「五日あれば大丈夫」と言うが、大事をとって”十日の猶予”を歳三は与える。
左之助や平助らは”なんとか河合を救済しようと”博打をするが、思うようにいかない。
歳三も”切腹させないよう”にと、画策する。
責任を感じて観柳斎は書籍を返しに行くが、六十両で伊東一派の者が買うと聞き返本を止めてしまう。
その頃勇と伊東は、永井と面談していた
期限が明日と迫り、歳三は、「事実を、述べるよう」に河合に促す。
また、観柳斎に詰め寄るが「知らぬ存ぜぬ」と事実を、述べようとしない。
仲間を見殺しにするような奴は「俺が許さぬ」と、歳三は観柳斎に言い放つ。
永倉は、勇が留守の時に”土方の独断で切腹させること”に不満を強める。が、
山南の死を無駄にしないことは、「一切の例外をも認めない」ことだ。と
そんな中河合は、ひたすら実家からの送金を心待ちしていた。
皆なが知っていること「観柳斎のために」死ぬことはない、と説得を試みる。
いよいよ刻限となり、一時の間待つが、無情にも”金が届かず”遂に河合は切腹する。
全員が、河合の死を悼み涙にくれていた。
そこえ、飛脚の足跡が響いてきた。
39話、将軍、死す 10月11日(月)《再放送》
勇の養子・周平は、実兄・谷三十郎から新選組からの脱走を誘われるが、「近藤先生の恩義に報いたい、近藤家の人間です」と断わる。
三十郎の処分について、「周平の実兄であろうとも”例外は認めない”」との勇の言葉に、歳三が念を押す。
そして、三十郎は、追手の斎藤に「誇りある死を選べ」と諭されるが、聞き入れずに斬殺される。
一方薩摩で龍馬は、傷の療養のため恋人のおりょうと過ごしていた
京都では捨助が、見廻組・佐々木只三郎に「龍馬や小五郎などの顔を知っているから」と売り込み、奉公人として働くことになる。
また、左之助とまさは、”夫婦になった”ことを試衛館以来の仲間たちに報告し、祝福を受ける。
左之助とまさの祝宴を永倉たちが行うことを知り、勇たちも参加することになった。
そんな中、今度は浅野薫が周平を脱走に誘う。
伊東は岩倉卿の隠居先を訪れていた。
宴席では、歳三も永倉と和やかに過ごしていた。
浅野の脱走に手を貸した周平を、浅倉は強引に連れて行こうとする。が、
その一部始終を目撃していたお幸が、斉藤に事の次第を告げる。
斉藤は、「局長には、内密にするよう」お幸に伝え、総司らと共に後を追う。
周平は、総司に捕まる。
浅野も、斎藤に追いつかれるが、見逃される。
「例外は認めない」との勇に、源三郎が必死に嘆願し、周平は切腹を免れる。
近藤家との養子縁組が解消されるが、勇から「明日からは”谷周平”’を名乗るよう」言われる。
そんな中、松平容保に呼び出された勇は、”上様が亡くなった”ことを知らされる。
そして、一橋慶喜が将軍職を継ぐであろう。と
40話、平助の旅立ち 10月10日(日)
慶応2年(1866年)年12月25日、孝明天皇崩御。
幕府の最大の理解者であった孝明天皇の死によって、幕府の行く末は暗澹たる思いであった。
お幸が病床にあり、新選組の面々が詰めていたが、勇に看取られて永眠する。
伊東甲子太郎は、”新選組の離脱を決意”し、平助にも助力するよう求める。
慶応3年(1867年)3年1月4日、京。
伊東は、「勇が了解しているから」と、永倉や斎藤にも行動を共にするよう促す。が、
勇が承知していないことが判り、”策を弄することを咎めて”拒絶する。
隊に戻った二人に、勇と歳三は”謹慎”を言い渡す。
武田観柳斎が、”この騒ぎを収めよう”と、伊東の説得に当たると申し出る。が、失敗する。
佐々木が捨助とともに、勇の下へ協力を求めにくる。
伊東は先手を打つ策に出る。
勇と歳三の前に出向いた伊東は、「一派を率いて自分が行動するのは、あくまで長州の動静を探るため」だと言い張る。
勇は伊東の弁明に、”仲間内での無駄な流血を避ける”ことに留意し「全てはご公儀の為頑張ってください」と激励する。
伊東の新選組離脱が正式に認められたことで、平助はますます悩む。
平助は、「ついて行くしかない、出来れば残りたい、伊東は自分の気持ちを聞いてくれない」と複雑な思いを総司に明かす。
しかし、総司は「いちいち、言われなければ相手の気持ちがわからないのか」と諭す。
そして自分は 、「長生きできない病気である」ことを話す。
挨拶にきた平助に、皆が選別を渡す。
勇も、「伊東のもとで存分に働くように」と送り出す。
41話、観柳斎、転落 10月17日(日)
勇を筆頭に新選組隊士が幕府直参として取り立てられ、名実ともに“武士”と認められたことになった。
それぞれが、役職・処遇を付与される。が。
日頃から隊内での評判が良くない観柳斎の厚遇に対し、隊士らの不満が募る。
観柳斎は、納得できないと不服を言いつつ”一切の処遇”を返上する。
そんな中数名の隊士が、「自分たちは近藤局長の出世に利用されたのではないか」と観柳斎に、不満を打ち明ける。
観柳斎は、「新選組を抜けて伊東甲子太郎が結成した御陵衛士に移るよう」に、勧める。
しかし、伊東は、「新選組を離脱する際の取り決め」を盾として、拒絶する。
両者の仲介役を担った観柳斎は、面目を失う羽目となる。。
そして離脱隊士たちは、行き場を失い”会津藩の京都守護職屋敷に駆け込む”が、行く末を絶望して切腹する。
慶応3年(1867年)6月22日、京。
事態の顛末を聞かされた観柳斎は、隊を抜け出し”伊東のもとえ駆け込む”が、追い返される。
一方、伊東は龍馬に接近し、平助に龍馬の護衛を命じる。
また、疲れ果てた姿で観柳斎は、西郷に面談していた。
龍馬は、「政権禅譲を目指す」との考えを、西郷に述べる。が、
武力での政権奪取を考えている西郷にとっては、聞き入れることの出来ないものであった。
隊に戻った観柳斎は、勇と歳三から”総司が反対するも”「やり直すよう」説諭され涙を流す。
ところが、河合の墓標へ供物していた観柳斎は、何者かによって斬殺されてしまう。
勇の胸中は、”身内での争いごとに”病んでいた。
そんな折、亡くなったお幸の実妹・お孝が姿を現す。
第42話、龍馬暗殺 10月24日(日)
新選組は、西本願寺の計らいで新しい屯所に移ることになった(僅か半年のことである)。
その頃、将軍が朝廷に対し大政を奉還する。
奉還の全てのもとは、龍馬の献策によるものであり、
歳三は、今後の給金の支払いを心配し、佐々木只三郎は龍馬を斬ると息巻き、
また、朝廷への挑戦と受け取った岩倉は、「龍馬を抹殺せよ」と、西郷らに命じていた。
当の龍馬は三人で近江屋に潜伏し、”海援隊の隊士三百人と京都に入った”と、偽情報を流す。
慶応3年(1867年)11月15日、京。
新選組内では、周平が大石鍬次郎と剣術の試合を行うことになった。
周平は、大石とそりが合わず”是非とも勝ちたいと”総司から猛特訓を受ける。
ある日、勇が大目付の永井尚志を訪ねた折、”龍馬は徳川にとって不可欠な存在である、龍馬の身を守れ”との命を受ける。
一方伊東からの贈り物である羽織を携え、平助が龍馬と逢っている最中、捨助もその場へ駆けつける。
大石と周平との試合は、周平が勝利を収める。が、
結果を見届けた総司が喀血し、医師から半年は床に就くよう言い渡される。
伊東と平助らが、龍馬を訪ねていた。
薩摩からの密告によって、龍馬が近江屋に潜伏していることを知った佐々木ら見廻組が監視を続けていた。
捨助の通報を受けた勇の指示で、左之助と永倉が近江屋に急行する。
しかし佐々木らに襲撃され、中岡とともに斬られた直後であった。
43話、決戦、油小路 10月31日(日)
新選組と決別した伊東甲子太郎が、尊攘派志士の会合に参加していた。
その伊東が、”持論を披露しよう”とするが、岩倉具視から侮辱される。
一方、捨助は、龍馬の事件以来新選組に匿われていた。
そして薩摩の大久保は、伊東に「”元新選組であるが故”と仄めかし、岩倉の信用を得るためにも、近藤勇を斬れ」と迫る。
伊東は、斉藤に「いまだ間者とみなしている者もいるので、疑いを晴らす為にも」と勇の暗殺を命じる。が、
斎藤から、その企ては新選組の知れることになる。
また、伊東は、”平助に手紙を持参”させていた。
”勇と二人で会いたい”との申し入れであったが、平助は、”手紙の内容”を知らなかった。
その内容を知った平助は憤慨するが、”昔の仲間に合わせるための伊東の思いやり”だと慰められる。
勇の別宅において、勇と伊東が相対する。
勇は、結局のところは「”薩摩と長州”の策謀であること」を力説する。
伊東は、勇の腹を割った話に共鳴し、「油断している隙に、斬るつもりであった」ことを告白し、辞する。
しかし、その帰途”無事に収まったことを知らない”大石鍬次郎らに襲撃され、落命する。
伊東が落命したことを知った歳三は、御陵衛士との雌雄を決心するとともに、「平助だけは、助けるよう」指示する。
御陵衛士たちは、”伊東が斬られたこと”を察知”し襲撃を意図する。
方や新選組は、襲撃に備え御陵衛士を”七条油小路の辻”で待ち伏せる。
経緯を知った総司が、”平助の安否”を心配して駆けつけようとする。が倒れ、勇に託す。
激しい斬り合いの中で、永倉たちは必死に平助を逃そうとする。が、
平助は、御陵衛士側の立場で、斬りあいの中へ身を投じる。
勇や歳三が、駆けつけるが”平助が斬られた後”のことであった。
44話、局長襲撃 11月07日(日)
慶応3年(1867年)12月9日、大政奉還。
《数回の電話により中断され、以下断片的な内容となる》
松平容保は、「上様がなんと言おうと、薩摩を討つ」と意気込んで勇に言い聞かせる。
12月12日。
容保が守護職をやめる。
新選組屯所では、勇が隊士たちに”徳川幕府が、もはやなくなる”と説明していた。
その場へ総司が病をおして、”新選組の行く末を心配”してやってくる。
歳三は、これからの戦に備え準備を始めるとともに、隊士に”金を分配”する。
二条城では近藤勇と佐々木只三郎が登城し、徳川慶喜から”忌憚のない”意見を求められる。
”徹底抗戦”を主張する佐々木と、”戦は避けるべき”という勇と激しく対立する。
結局、慶喜は大坂城に入ることを決意し、勇に「二条城を守れ」と命じる。
慶喜の命によって、二条城へ入ろうとする勇たち新選組は、水戸藩家老によって入城を拒まれる。
勇は、「我らが隊士を失い戦っている間に、あなた方は何をしていたか」と声を荒げて詰め寄る。が、
”改めて永井尚志に指示を仰ぎ”勇たち新選組は伏見に布陣する。
12月18日、京。
総司の病を心配して、斉藤や歳三が”朝鮮にんじん”などを持参し訪れる。
勇が、刺客に襲われる。
その刺客の正体は、”龍馬の妻・おりょう”であった。
勇は、「龍馬を暗殺したのは、新選組ではない」と説得する。
そして龍馬が「惚れた女・彼の妻として生きて欲しい」諭す。
一方、総司の安否を心配するお孝は、”斉藤からのアドバイスで”逃げ道を用意していた。
伏見への帰路、勇が待ち伏せに会い狙撃される。
45話、源さん、死す 11月14日(日)
伏見街道で、待ち伏せにより馬上で狙撃された勇が、駆け込んできた。
驚いた歳三に、呼び出されて山崎が治療に当たる。
”命に別状はないが右腕が上がらなくなるかもしれない”、という山崎の言葉に歳三は愕然とする。
そして「今は、ここを離れることは出来ない」という勇に、”後は任せろ”と松本良順の治療を受けるよう説得する。
勇は、”病身の総司を伴って”大阪城へ向かう。
大坂城に入った勇は、永井尚志から”薩長との戦が不可避になった”ことを知らされる。
慶応4年1月2日、伏見。
西郷と大久保は、岩倉具視と対策を練っていた、。
大久保から”錦の御旗”の作成提案に、岩倉が”既に出来上がっている旗”を見せる。
1月3日。
鳥羽伏見で、ついに戦端が開かれる。
勇猛に出撃する新選組も、薩長軍の砲弾の前には”為すすべもなく”退却を余儀なくされる。
1月5日、大阪。
淀千両松に布陣した新選組は、薩長が“錦の御旗”を立てて”進軍してくる姿を目の当りにする。
御旗をみて、”ひるむ幕府軍”に対し薩長は容赦なく銃撃を浴びせる。
歳三は、隊士に退却を指示する。が、
激しい銃弾に周平が、身動きできなくなる。
その姿を目撃した源三郎が、単身で薩長軍の前に立ちはだかり銃撃を浴びる。
試衛館時代からの仲間に看取られて息を引き取る。
逆上した隊士の一人が、官軍の最中切り込む。
一方、慶喜は勇に「今まで朝廷のために尽してきたのに、なぜ朝敵になるのか」と。
勇は、「薩長を、必ず倒すと」言上する。
しかし慶喜は、「大阪城を脱出し、江戸へ帰る」といいだす。
勇の心中には”忠言する源三郎の魂が”去来していた。
46話、東へ 11月21日(日)
慶応4年(1868年)、鳥羽伏見の戦いで佐々木只三郎が銃弾を浴びる。
屯所では、歳三を中心として”態勢の建て直し”をを計るため協議し、大阪城へ向かうことに決する。
大坂城に運び込まれた佐々木は、勇に「徳川の命運を託し」息絶える。
歳三は斎藤と山崎とで機密書類を処分していた。
その折、薩長の探索の手が迫るが、壬生の八木源之丞によって窮地を救われる。
一方、左之助は身重の女房・おまさとひと時の別れを惜しんでいた。
また、永倉もおそのの家を訪ねる。が、
斬られたな姿を目のあたりにして、立ち去ろうとする薩長の隊士を斬る。
歳三たちが大坂城へと向かう途中、薩長の斥候に出会い山崎が斬られる。
居合わせた捨助の手助けで寺田屋に逃げ込む。
そして女将・お登勢の機転で薩長の探索を逃れ、大坂城へ。
勇の決断で新選組は、幕府の軍艦により江戸に引き上げることになる。
1月9日、大阪。
隊旗を先頭にして大坂城を後にする新選組を、男装姿の八木ひでが見送っていた。
江戸へ向かう軍艦の中では、勇や歳三そして総司が”幕府の行く末を”心配していた。
皆が同じように今後のことを憂えている中、山崎が息を引き取る。
1月16日、江戸。
将軍・慶喜が、”上野の寛永寺で謹慎する”よう諫言される。
江戸に帰還した勇は、松平容保から”慶喜が恭順の意を”決意したと聞かされる。
試衛館に帰った勇は、養父の死に際の言葉として、「俺の息子は、”誠の武士”であった」と聞かされる。
47話、再会 11月28日(日)
新選組は寛永寺の警備を担うことになった。
伝通院で、勇は総司の姉・みつに総司の病のこと話す。
勇は、勝海舟や山岡鉄舟と会談していたおり、勝から「甲府への出陣」を命じられ、隊名を”甲陽鎮撫隊”に改めるようにいわれる。
勝には、”いまだに新選組を慕うものがおり、また江戸を戦火にさらしたくない”との思いがあり、勇には、死んでもらいたい」と願っていた。
総司は、姉の心配をよそに「人の命の尊さを知った」とつくづくその思いを話す。
勇は、歳三に「本音を聞いてくれ」といい、歳三は「勇の思いどうりにやればよい」と話を聴こうとしない。
松平容保に謁見した勇は、「”会津の戦”には必ず加勢する」旨を約束する。
そして、家族に”甲府への出陣”の挨拶をする。
療養中の総司が、甲府へ同行することになった。
甲府への途上、多摩に立ち寄った勇たちは「多摩の誇り」だと大歓迎を受ける。
そんな折、永倉は「官軍に先を越されるのではないか」と気を揉んでいた。
歓迎の最中、”なっぱ隊”と称する者が「合流したい」と申し出る。
八王子宿にて、歳三は「京の5年は何であったのかと、何か虚しいような思いを」勇に告げていた。
そこえ総司が加わり、歳三と”剣術の手合わせ”している際に倒れる。
翌日、総司が日野へ出立する。
慶応4年(1868年)3月6日、甲府勝沼。
甲府城は既に占拠されており、官軍の猛攻に“刀の時代は既に終わったこと”を、勇は実感する。
不利な戦況を打開するため、歳三が援軍を求めに行く。
一方、永倉は「会津に助けを求めよう」と提案していた。
しかし、”会津には援軍として向かいたい考えている”勇と、意見が対立する。
勇の頑な態度に、永倉は”袂を分つ”ことを決意する。
さらに、左之助も永倉と行動を共にし去って行く。
散っていく隊士がいる中、「俺がい限り、新選組は終わらない」と斉藤一が言い、そして「隊旗がある限り、新選組の終わりはない」と意気軒昂の雄叫びを揚げる。
48話、流山 12月05日(日)
慶応4年3月6日、甲州勝沼。
勇に歳三は、「新しい新選組を作ろう」といい、共に”これからだ”と気持ちを新たにしていた。
方や官軍は、”4月15日を江戸城総攻撃の日”と定めていた。
勇がお孝の看病のもとに江戸で静養している総司の病床を訪れ、流山へ行くことを告げる。
慶応4年4月3日。
勇と袂を分かった永倉は、”死んだと思っていた市川宇八郎と出会い、合流するよう”誘われる。
見舞いに訪れた斎藤に総司は、「もう刀の時代ではないが、終わる前に新選組で働けたことを幸運に思う」と話す。
一方、流山に布陣する勇たちを怪しんで官軍(新政府軍)が、”薩摩の有馬藤太を派遣”して内情を探らせる。
勇は、“大久保大和”、歳三は、“内藤隼人”と名乗っていた。
有馬が検分しているところに捨助が現れ、”危機一髪”のところであったが、状況を察した捨助の機転で難を逃れる。
有馬が武装解除の要請し立ち去ろうとする折、新政府軍の中に「京で勇の姿を見た」と言う者が出現する。
取り調べのために勇が、”新政府軍のもとに出頭する”ことになった。
勇は、”潔く切腹する道”を選ぼうと考える。が、
歳三は、「死ぬ気で嘘をつき通して、大久保として還ってこい」と説得する。
周平に、”別れの言葉”を掛けた勇は、歳三に、「お前がいたからだ」と感謝する。
そして勇と歳三は、”まだ終ってはいない”と確認しあう。
勇は、隊士たちの想いを胸に、大久保大和として新政府軍のもとに出頭する。
厳しい詰問に対し勇は、「自分は大久保であり、近藤勇ではない」と言い張る。が、
その場へ、勇を知る者が現れる。
48話(最終)、愛しき友よ 12月12日(日)
新政府軍に捕らえられた勇は、板橋・豊田家にて取調べを受けていた。
調べに対し、勇は、「龍馬は、この国になくてはならない人である」と龍馬暗殺への関与を否定する。
そして、”甲陽鎮撫隊は独断で率いたと”、責任を一身に背負う。
一方勇を助けるために、歳三は、斎藤らを会津の松平容保のもとへ向かわせ、自らは危険を承知で「勝海舟に逢いに行く」という。
また、捨助は、直ちに救出に向かわないことに苛立ち「己一人でも救い出す」と飛び出して行く。
勇は、”子どもの手鞠を眺めて”、わが子に思い寄せていた。
江戸に到着した歳三が勝に、「勇の助命嘆願に力を貸してほしいと頼む」が断られてしまう。
勝は、「”徳川への恨みを一身に引き受け、多くの命を守るために死んでもらう”それができるのは勇だけだ」と。
さらに、「榎本武揚らと行動を共にし、蝦夷へ渡って欲しい」と、歳三に頼む。
歳三が総司を見舞う。
勇の身元を徳川家に照会していた新政府軍に、「既に徳川の家臣でない」との返答が届く。
勇は、”徳川から”全ての責任を転嫁され”、新政府軍から「お前は、見放されたのだ」と言われる。
いちるいの望みも消え失せ、勇は、”4月25日に斬首と決まり、その首は京の三条河原に晒す”と申し渡される。
会津、鶴賀城にて。
容保が、斉藤に「徳川家のために、今後も働いて欲しい」と、刀を授ける。
そして、「近藤の首を取り戻すよう」に命じる。
一方、桂は、”散々痛い目に逢った勇への思い”を、しみじみと語っていた。
捨助が、捕らわれの身である勇を訪れる。が、
”捨助の身を案じた”勇は、「見たことのない者だ」と追い返す。
療養中の総司を刺客が襲撃し、お孝が斬殺される。
その場で、刺客を斬った総司も倒れる。
処刑の時刻を知らせる太鼓が鳴り響く。
刑場へ向かう勇を、つね、ふで、音五郎らが「良く戦った、多摩の誇りだ」と声援を送る。
刑場では勇が、「見苦しい首を晒したくないので、髭をそりたい」と申し出る。
その最中、”新選組の隊服姿で、捨助がひと暴れし”一足先に死地へと旅立つ。
また、容保の命を受けた斎藤が、”勇の首を奪還するため”に京へ向かっていた。
方や、歳三や島田らは、新政府軍に戦い挑み交戦していた。
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