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羽田空港を出発し、午後5時過ぎに長崎空港に到着、長崎は東京よりも日の入りが遅く、到着後しばらくの間は明るかったので、海の景色を眺めることができました。長崎空港は、有人島を丸々空港に整備した世界初の空港なのだとタクシーの運転手さんが教えてくれました。運転手さんによると、長崎のガソリン代は、輸送コストが反映されているため東京に比べて20円程高く、車が必須の長崎の人にとっては痛い出費となっているそうです。夕食は、「長崎チャンポン」を食べに中華のお店「康楽(かんろ)」さんへ。スープはどちらかというとあっさりしているのですが、出汁の旨みを感じます。お店の方のアドバイス通り、胡椒との相性がとてもよく、たっぷりの野菜をかき分けて麺をすくい、スープと絡ませながら食べるのは至福の時でした。その後、少し散策して「長崎角煮まんじゅう」を買いに岩崎本舗さんへ。6日間かけて作られた「大トロ角煮まんじゅう」は、トロけるような柔らかさの角煮がふわふわした生地に挟んでありました。油っぽさはほとんどなく、味付けはちょうど良い塩加減で、あっという間に食べてしまいました。その後、夜9時まで開館している出島観光へ。午後8時前ということもあって、ほぼ貸切状態。建物を一つ一つ巡りながら、展示品を心ゆくまで見ることができました。出島はかなり昔から埋め立てられていたのですね。学校の資料集で見たような「島」の面影はなくなっていました。翌日も長崎ちゃんぽんを食べに、今度は「大八」さんへ。店内はスープの香りが充満しており、食べる前から期待が高まります。麺は太麺で食べ応えがあります。最初にスープを一口、その旨みに思わず笑みが溢れます。具はもやしやキャベツといった野菜の他に、定番のピンクのかまぼこ、イカ、そして小さな牡蠣が入っており、この牡蠣が魚介系スープの濃くに一役買っているのではと思いました。開店前からお客さんが並んでおり、待ってでも食べたい人気店なのも頷ける美味しさでした。その後、グラバー園観光へ。グラバー邸は、海を一望できる景色の良い高台にあります。家の作りも調度品も全てがハイレベルです。当時のヨーロッパ文化に、長崎の人々はさぞかし度肝を抜かれただろうと想像します。ちなみに、写真右上の人物は「フレデリック・リンガー」という名の英国人貿易商なのですが、実は、長崎ちゃんぽんのチェーン店「リンガーハット」の名前は、長崎の産業発展に尽力した彼の功績を讃えて名付けられたのだそうです。トーマス・グラバーは、幕末から明治にかけて活躍したスコットランド人です。彼は日本に銃や弾丸、艦船、機械類などを輸入し、お茶や生糸、銀、地方の特産品を輸出するなどして大きな利益を上げ、グラバー邸を築いたようです。彼は日本の近代化にも尽力、日本で初めての蒸気機関車を走らせ、造船事業やビール産業にも貢献するなどの偉業を成し遂げました。 その一方で、彼が出資した炭鉱で日本初の労働争議、「高島炭鉱事件」が起きています。高島炭鉱は官営から三菱に経営が移って以降、労働者はさらに過酷な労働を強いられるようになり、非人間的なその扱いに対して暴動が起こりました。■高島炭鉱事件明治のはじめに起こった日本初の労働争議事件。高島炭鉱の労働力は囚人などの下層所得者を集めて働かせ、しかもその実態はタコ部屋などの封建的・非人道的な制度に支配され、一日12時間労働という過酷な労働条件、低賃金、重労働にもかかわらずほとんど手作業、「死んでも代わりはすぐ見つかる」といった認識がまかり通るなど問題だらけであった。そしてついに100人以上が参加した暴動になり、このことが三宅雪嶺らが創刊した雑誌「日本人」に掲載された。「麻生太郎」とロスチャイルド家との強力なつながり。またはベンジャミン・フルフォードの正体。https://rapt-neo.com/?p=42591グラバーは三菱の顧問として高島炭鉱の経営にも携わっており、過酷な労働環境について承知していたはずですが、この現状をどう思っていたのでしょう。グラバーなど欧米の武器商人たちから調達された武器は、明治初期の「戊辰戦争」における内戦でも使用されました。戊辰戦争での死者数は約8,000人、グラバーが「死の商人」と言われる理由がここにあります。ちなみに、薩長同盟を仲介し、グラバーとも密接だった「坂本龍馬」の死について、「三菱」関係者の可能性を示唆した興味深い記事があります。圧倒的な人気を誇る「坂本龍馬」。誰に暗殺されたのか、いまだに謎が多い彼の死の核心に迫る内容となっています。坂本龍馬を暗殺した犯人は「三菱」関係者である可能性大。グラバーは、坂本龍馬とも岩崎弥太郎とも近い間柄でした。もしかすると、彼は坂本龍馬を暗殺した犯人を知っていたのではないでしょうか。小腹が空いたので、ご当地回転寿司の店「若竹丸」さんへ。機械で握ったシャリでは無く、職人さんが握った本格寿司なのに、とてもリーズナブルで新鮮、海に面した長崎の食の豊かさを実感しました。フライトまで時間があったので、甘いものを食べに長崎駅の商業施設「アミュプラザ長崎本館5F」にある「Cafe & Bar ウミノ」さんへ。「食べるミルクセーキ」を注文しました。このミルクセーキは、長崎発祥のスウィーツで、大正末から昭和初期にかけて誕生したそうです。主な材料は、牛乳、卵黄、砂糖。意外と食べ応えがあり大満足、最後まで美味しくいただきました。長崎駅から新大村駅まで九州新幹線を利用、新大村駅からはタクシーで長崎空港へ向かい帰途につきました。今回の旅は、中国政府による渡航制限の影響もあって、海外からの観光客をほとんど目にすることなく、何もかもスムーズに行動することができました。旅の目的だった、本場の長崎ちゃんぽんを食すことができて短期間とはいえとても満足のいく旅行になりました。
2026.01.17
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