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小説 「君に何が残せたのかな」-13



朝、起きた。
いや、寝た気がしなかった。
私は目の前にある薬を飲むか悩んでいた。
ここ数日でどの薬を飲むと副作用がきつくなるのかがわかってきた。
今日は痛み止めだけにしよう。
私はそう思っていた。待ち合わせは13時だ。今はまだ10時。
待ち合わせ場所は新宿と綾に伝えている。
今日はコスモスを見に行く予定だ。私にはもう次の季節がない。
9月下旬と少し早いけれど、ネットで調べて秋留台公園で綾とコスモスを見ようって言った。
私がいつまで普通に生活が出来るかわからない。
だからこそ、綾と過ごすのなら色んな景色を見ておきたい。
なんだか、そう思いながら変な気分でもあった。
ここ数日一人でいろんなところに行ったが、一人で色んな景色をみても悲しくなるだけだ。
綾はこんな想いをこれからするのかな。
私は残される綾のことを思ってどうしたら綾と距離を開けられるのか考えていた。
別れるという選択はどう頑張っても綾が悲しむのが解る。
他に好きな人が出来たなんてウソを言っても多分信用されない。
そう、気がついたらお互い仲いい友達ばかりだ。
7年もつきあっていたら、お互いの友達とも仲良くなっている。
どこかでバレるウソは難しい。けれど、理由もなく別れ話を切り出しても綾は納得をしない。
私はどうしようか悩んでいたが、悩んでいると用意する時間もなくなってしまう。
薬を飲まなきゃ。
私は胃に何かを入れるため冷蔵庫にあるものを探した。
そういえば、ここ最近まともなものを食べていないかも知れない。
そう思っていたらインターフォンがなった。

こんな朝から勧誘だろうか。
私はそう思って無視をしていた。
だが、次に扉がガチャリと開いた。

「おはよう」

そこには綾がいた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
付き合った当初はよく綾はここに泊まりに来ていた。
ここ最近はお互い一人で暮らしていることから何かがあるときくらいしかここに来ない。
呆けている私を横に綾は話しつづけてきた。

「なんか空気がどよんでいる。換気しようよ」

そういって、窓を全開にした。

「どうしたの?」

私はようやく声を出すことが出来た。
綾は笑顔でこう言って来た。

「あのね、せっかくコスモスを見に行くのなら、お弁当食べない?
 作ってきちゃったんだ。んでも、私も朝起きられるのか不安だったから連絡しなかった。
 ねえ、早く用意をして出かけようよ」

たまに綾は解らなくなる。
こういう唐突なことをするかと思えばものすごく計画的なときもある。

「用意して。その間に部屋を片付けておくから」

綾はそう言って机の上にあるものを片付けようとした。
そこには大量の薬があった。

「その薬なんだけれど、実は最近眠れなくて。それで処方してもらってるんだ」

私はある意味にウソでないことを言った。
睡眠誘導剤も中には入っている。抗生剤もあれば痛み止めもある。
痛み止めだけは別にしておかないと。

私の思いをよそに綾は冷静だった。

「大丈夫、捨てたりしないから。薬はちゃんと飲まないとね。
 朝飲む薬もあるの?なんか簡単に作ろうか?
 でも、食べ過ぎて私の力作のお弁当食べれないなんて言ったら怒るからね。
 はい、早く用意して」

綾に言われるまままずシャワーを浴びた。
どうしても朝はシャワーを浴びないと起きた気がしない。シャワーを浴びて出てきたら部屋はきれいに片付けられていた。
机の上にあった薬もちゃんと整理されている。
最近は薬局から処方箋と一緒に薬の成分も書いてある。
ただの不眠症でないと思われたかも知れない。いや、綾に何かを気づかれたのかも知れない。
だが、綾は笑顔でこう言って来た。

「はい、トーストエッグ作ったよ。
 あんまり食べ過ぎたらお弁当食べれなくなっちゃうものね」

出されたトーストを食べて、ガーリックバターがおいしく感じた。

「おいしい」

私は普通に声が出た。
特別でない日常なのかも知れない。でも一瞬涙が出そうになってしまった。
一人でいない、いや綾が横にいるだけでこんなにも私は安心するんだ。
この笑顔、このぬくもり。もっと感じていたい。
思いが綾に伝わってしまったのか、綾が優しい笑顔で私を見ている。

「はい、食べたのなら薬飲まなきゃね。全部飲んでないってことは理由があるのね。
 無理せずしんどくなったら綾さんに言うんだよ。ゆっくん」

綾は笑顔でそう言ってきた。
私は押し込むようにトーストエッグを食べて、薬を飲んだ。

「じゃあ、行こうか」


コスモスはキレイだった。
デジカメでいっぱい撮る。景色と綾と、そして私。
綾はこの景色をどう見ているのかな。
ふいに風景を見て泣きそうになる。

「どうしたの?」

目が潤んでいる私を綾が覗き込んでくる。

「なんでもない、ちょっと最近疲れて情緒不安定なのかも知れない。
 気にしないで」

私はそう言った。
腕に綾がしがみついてきた。

「ゆっくんは一人で抱える癖があるから。私だって十分支えられるくらい強くなったんだよ。ゆっくんのおかげでね」

綾の笑顔を見て私は思わず抱きしめそうになった。
私は綾の頭をポンってたたいてこう言った。

「そうだね、ありがとう」

私は、綾なら受け止めてくれるのではと思っている。
でも、受け止めた後はどうなんだとも思っている。私は楽になるかも知れない。
けれど、その後の綾はどうなんだ。
思い出に閉じこもるかも知れない。前みたいに悲観的になって、私がもっと気をつけていればよかったといって、自分を責めるかも知れない。
運命として受け入れてくれたら楽なのに。私はそう思っていた。
時折考えこんでしまう私。
情緒不安定なんて今まで綾に見せたことがない。弱い自分を見せたくなかったんだ。
いつまでも強い自分で綾を支える。そう思っていたから。
けれど、今はその逆になっている。不思議なものだ。

私が黙り込んでいたら、綾が話してきた。

「お弁当食べようよ」

気がついたら木で出来たテーブルの所についていた。
綾が作ってきてくれたお弁当は力作も力作であった。
サンドイッチにから揚げ、玉子焼き、赤ウインナー。
レトルトは一切なかった。

「作るの大変だっただろう」

私はお弁当を見ただけで笑顔になった。
綾はデジカメで私を撮ってこういった。

「ゆっくんの笑顔ゲット。最近なんだか笑顔じゃなかったから、頑張ったの。
 ほら、ゆっくんの好きなものばかりでしょ」

確かに好きなものばっかりだった。
お茶も何のお茶かわからなかったけれどおいしかった。
確実にこれだけの料理をしていたんだ。綾はかなり朝早くに起きたはず。
疲れているはずだ。でも、顔には一切出ていない。
そうだな。
同じ時間を過ごすのなら笑顔がいい。綾が思い出す私の顔は苦しんだり、暗い表情より笑顔がいいに決まっているんだから。昨日自分でブログで書いたばかりじゃないか。
決意表明もむなしくなってきている自分が少しなさけなかった。
私は精一杯の笑顔で綾にこういった。

「ありがとう」
それだけで今の私には精一杯だ。

食事をしながら来週の話になった。
綾はここ最近私に時間を割いてくれる。
ひょっとしたら何か気づかれているのでは、一瞬そういう不安にもかられるが綾は何も言わない。

「来週は、久々に実家に帰ろうと思うんだ」

私はそう言った。
綾は一瞬何かを考えてこういった。

「たまには実家に帰らないとね。家族は大事にしなきゃ。話すこともいっぱいでしょう」

そう、実家に帰って病気のことを言わないといけない。
前までは実家に帰ると結婚のことしか言われなかった。多分綾もそう思っているのだろう。
正直、この病気のことがなかったら綾にプロポーズするつもりだった。
不思議なものだ。結婚をしていたらまた違った選択をしたのかな。
私はふいにそんなことを思ってしまった。

「お土産宜しくね」

綾はそう言った。
それから、二人ではしゃぎながら公園を散歩した。
楽しい一日だった。



「本当に大丈夫?」

綾は私にそう言ってきた。
笑顔で一日いたけれど、疲れはひどく来ているのもわかっていた。
多分、顔色が悪いのだろう。

「それは綾もだろう。ものすごく疲れている表情してるよ。
 だから、今日はもう帰ろうか」

私はそう言って綾と別れた。
一人になってどっと疲れが襲ってくるのがわかる。
ポケットに忍ばせていた薬を飲む。
楽になるけれど、頭が少しだけ呆ける。綾と一緒にいるときや、平日はこの薬は飲んでいない。
もう、今日はいいだろう。
私は呆けたまま家路についた。

【タイトル 残り168日】

今日は彼女とデートでした。
私は彼女を支えてきてつもりでしたが、今日私は支えてもらっていたんだって
初めてわかりました。
彼女の行動が私を笑顔にすることだった。
私は彼女の笑顔をもっとみたいって思いました。
泣かせることが決まっているのに変ですかね。

【タイトル 残り167日】

今日は昨日の反動で一日寝てしまいました。
冷蔵庫を開けると彼女が作ってくれていた料理があってビックリ。
私は彼女の魔法にやられているのかも知れない。

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