みみ の だいありぃ

みみ の だいありぃ

おかんへ


私は母の明るさ、聡明さ、優しさ、一生懸命さ、そういうのが大好きで、ずいぶん前から母親になりたい、と思っていたのも、そういったお手本が身近にいるからだと思う。

昨日、とってもかわいい子が体験入学に来た。
小5の女の子。
素直で、明るく、頭がよく、とっても受け答えがスマートだった。
お勉強も良く出来たし、間違いを指摘したら、とっても素直に聞き入れる子だった。

最後にその子のお母さんと話したとき、私は納得した。
その子のお母さんは、明るく、そして頭のよさそうな人だったからだ。

「少し、問題をよく読まないで解こうとするところがあって、いくつかケアレスミスをしていました。」
なんて言うと、子供は、
「お母さん譲りなんです!」とか明るく言う。
そうすると、お母さんは。
「いや~ね。お父さん譲りでしょ!」とか言う。

うちと一緒じゃん~!
私もいつも買い物癖とか、部屋を散らかしてしまうとか、そいういうところを指摘されたら、私は「お父さん(お母さん)譲りだから。ごめんね~」とか言う。
買い物は父、部屋を散らかすのは、ホントは両方きれい好きなので、私個人なのだが、ま、両親のせいにしたりして。
すると、うちの父は、母譲りといい、母は父譲りという。

なんだか、ふと、なつかしく思った。

私はアメリカに来る前、3年近く、実家に住んでいたが、(というか、その前に2年ちょっと、追い出されていただけだが)、その時、いつかはアメリカに行ってしまうという気持ちがあって、できるだけ家で、両親と時間を過ごしたり、祖母に会いに行ったり、するようにしていた。

その時、家を追い出される前には気が付かなかったが、家族と時間を過ごすって、本当に楽しいことだって気が付いた。
私は高校、大学、そしてそれから、外に外に目が向いていた。
家は寝て起きて朝ご飯を食べるところ。
それ以外は一切家にいなかった。
家にいたら時間がもったいない気がしていた。

でも、うちの旦那と遠距離恋愛時代、他に男を作るわけでもないし、女友達と適当に遊ぶ以外、家にいるから、家族の良さを再確認できたのだ。

父とは結構知的な会話を、政治経済や世界情勢など、そういった話をしたりした。
母とはもう、人生全般について、なんでもかんでも話をした。
祖母からも、出来るだけ祖母の小さい頃の体験記、そして祖母の知恵を授かろうとした。
あの3年近くがあったから、私は今の私があるんだと思う。

私は昔から家族が大好きだった。
小さい頃は、何も考えずに、家族が大好きだった。
でも、大人になって、いろいろ考えるようになり、なぜ家族が好きだか、そいういのがわかるようになってきた。

それは、無条件の愛があるから。
いつでも私のためを思っていてくれるから。
そして、私が困っていたら、出来る限り、私にとってベストな方法で助けてくれるから。

父は、私達が何も考えずに結婚をしようとしたとき、待ったをかけてくれた。
人生の厳しさを教えてくれた。
そのまま結婚していたら、もう離婚していたと思う。
私と旦那は、父の待ったのおかげで強くなれた。
結婚前にいろいろな至難を乗り越えたので、絆も強くなった。

母は、私が困っているとき、ベストなアドバイスと心の支えになってくれた。
そしてなにより、女性として、母親としての一番のお手本でいてくれている。
母がいるから、私は目指すべき女性像がよりはっきり出来ている。

祖母は、時間がいかに大切かを教えてくれていた。
人生の一日一日がどんなに大事か、人生において時間はいかにかぎられているかをしっかりと教えてくれた。
そして、知識がいかに人生を豊かにしてくれるかを教えてくれた。

もう30歳になった私。
そろそろしっかりと恩返しをしても良い時期だな~。
時間がどこまであるか分からないから、出来るだけ毎日、感謝の気持ちをあらわしていきたい。


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