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2005年01月28日
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テーマ: 競馬全般(7806)
カテゴリ: カテゴリ未分類
宿命に応えて輝いた
      生まれながらの大スター
    「一等」の輝きよ次代へ
        すでに重賞ウイナーを輩出 惜しまれる早世
     だからこそ・・・・
       4世代の中から出よ、後継者

アドマイアベガ 牡(父サンデーサイレンス、母ベガ)

同期のテイエムオペラオー、ナリタトップロード、ライバルに恵まれ、だからこその鮮烈な印象。66代ダービー馬、菊花賞では中団から伸びては来たものの、前に届くまでの鋭さはなく6着敗退。結果的にこれがラストランとなった。
4歳春は脚部不安でターフに姿を見せず、オールカマーで復帰を目指していた矢先に、左前繋靭帯炎を発症。平成12年7月31日 引退、種牡馬入り。



府中にこだました「中野コール」
    伝説の名シーン呼んだ
          疾風のごとき逃走

アイネスフウジン 牡(父シーホーク、母テスコパール)

平成16年4月5日から16日も経った21日、ある一部のスポーツ紙に悲報がひっそりと掲載された。「アイネスフウジン 死す」。今や名馬の死はJRAを通じて公表されるのが常となっている時代に、あまりにも寂しすぎる死だった。原因は腸ねん転。
平成12年に帝王賞、東京大賞典などを制した「ダート女王」ファストフレンドが出現、生産界にもアイネスフウジンの名を残している。


古き良き「メジロ」の伝統を体現した
       愛すべき ライアンの息子

メジロブライト 牡(父メジロライアン、母レールデュタン)

5月16日、繁用先の北海道新冠のビッグレッドファームでその年の32頭目の交配を終え、その後の放牧中に倒れているところを関係者が発見したがすでに息はなく、外傷がないところから死因は急性心不全とみられている。まだ10歳の若さだった。
伝説にもなる末脚を持っていたが自分でレースを作れないという「泣き所」が災いして、皐月賞4着、ダービー3着、菊花賞3着と、ライアン同様無冠に終わった。その後、陣営が選んだのはステイヤーズS・・・翌春の天皇賞(春)を睨んだ選択だった。メジロ悲願の天皇賞(春)、シルクジャスティスとの一騎打ちを制し悲願のタイトルを奪取した。宝塚ではゲートで暴れる失態を演じ11着に惨敗。それからも惜敗を続け12年10月の京都大賞典(8着)が競争生活最後のレースとなった。







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最終更新日  2005年01月28日 10時27分51秒
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