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昨日の夜、連休続きで「フリマが賑わっているだろうなあ~っ、アキバのフリマくらい行きたいな~っ」と考えていて、ちょっと頭に浮かんだ事。フリマって「消費者」という経済的な用語で括られた無知な物質文明奴隷達に対してカミサマが「再生」という概念を習得する為のリハビリとして与えてくれた21世紀の気付きなんじゃないだろうか?ただ買って消費して廃棄する事を美徳のように刷り込まれた20世紀も終了。その経過は地球破壊をひたすら加速させて来た。完全に近い循環型社会を早急に構築しなければ、後がないのはもう見えている。そのための気付きのリハビリでは・・・?そんな事を考えて眠りについたのだけど、久々に半覚醒睡眠状態で夢を見てしまった。要するに瞑想状態で眠っている感じのふわふわした状態。おおっ久々にアカシックレコードへ意識が半分入ってるぞ!とちょっと興奮状態。夢の中で迷路状になった何処かの会社の中を歩きまわりながら何か面白い情報とか無いかなと机の上とか引き出しとかを物色していると突然、目の前に光り輝く文字情報が出現!エコ=回向えこ いこーる えこう・・・下手なダジャレじゃん!と思わず突っ込みを入れてそこで目が覚めた。その後、頭をすっきりさせて・・・ちょっと考えてみた。あ~確かにエコは回向(大乗仏教用語)の概念だ。今まで気が付かなかった^^;当然、フリマも回向への気付きを学ぶ為の一修行という事になる訳で・・・ちなみに回向をWikipediaで検索すると・・・回向(廻向、えこう、pariNaama〈sanskrit〉)、「パリナーマ」とは「転回する」「変化する」「進む」などの意、その漢訳である「回向」は、「回」は回転(えてん)、「向」は趣向(しゅこう)の意で、大乗仏教の特徴をなす考え方である。自分の修めた善行の結果が他に向って回(めぐ)らされて所期の期待を満足することをいう。善行の報いは本来自分に還るはずだが、大乗仏教においては一切皆空であるから、報いを他に転回することが可能となる。善行の結果を人々のためになるよう期待し、それを果すのを「衆生回向」といい、善行の結果を仏果の完成に期待するならば、それを果すことは仏道への回向である。いわば、自分自身の積み重ねた善根功徳を相手にふりむけて与えることを回向という。エコロジー(生態学)に対してのエコ(環境保護)は巨大な回向の輪の概念だ。文字面のよく似た「エゴ」が欲望の自己完結であることとは1と無限大数くらいの差がある。ふう~っなるほど・・・・。頭が悪いので聞き違えないように文字情報で気付きをいただけたみたいですね。観世音菩薩様?いや、アカシックだから虚空蔵菩薩様かな?いつもありがとうございます。連休中の気付きのお話でした。
2009年09月22日
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敬老の日ですが・・・日本女性の4人に1人が65歳以上になったというお話を聞いたばかり。女性の高齢者は1659万人で、女性人口に占める割合は25・4%と初めて25%を超え、4人に1人が高齢者。男性の高齢者は1239万人で、男性人口の19・9%を占め、ほぼ5人に1人が高齢者。ここ20年で急激に比率を伸ばして来ている高齢者は単に長寿万歳と喜べない部分が多いです。決して「健康」な高齢者という数字では無い訳で、これからの時代は私も含めて、いかに健康体で自分の仕事をこなしつつ、先の人生を生きていくか?個人レベルでの大きな課題です。65歳と言えば私は、あと約16年です。確か9年前に40歳の手習いでパソコン上で絵を描くようになり・・・ヤフーのブログだって5年弱もやってるわけですから案外、パソコンをいじっているうちに、すぐその時期が来ちゃいそうです。スピ的にはこれからは、色んな意味で二足のワラジを履いて生きる方向のエネルギーが働くようです。今、遊んでいる時間があればまず、報酬は二の次で自分に合った別ワラジの仕事を大事な子供のように少しづつ育てていく事が大事になってくるでしょう。65歳になったときに10足くらいのワラジを履いていたいと思う今日この頃です。
2009年09月21日
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不思議の国のアリスをよく読み返してみると主人公のアリスがほとんど笑っていない。笑うシーンよりも怒っていたり、あきれていたり、不愉快だったり、驚いていたり、それが殆ど。・・・元のイラストも、そんなシーンばかりなので、じゃあアリスの笑い顔ってどないやねん?そんな感じでイメージで笑顔の表情を作ってみました。口元はやたらと上がっているけど目は冷ややかな感じかな。性格悪そうな女優ってこんな表情多いかも・・・やっぱりお嬢様だけに性格悪い?黒船来航の時期のイギリス人だから、こんなもんかな?植民地支配者目線~^^;そしてこんな私のイラスト見本がこちらで順次、サンプルとして上げられていくことになりました。とても恥ずかしい「猫バス風チェシャ猫対アリス」の習作も載っています。マネージメントしてくれている会社の代表さんのお気に入りです。最初にHPを見た時に仕事ジャンルがイラストレーターになっている事にびっくり!HPで私以外の人達は本物のイラストレーターだけど、私って下流キャラクター描きに毛が生えた程度の絵しか描いていないんですけど。仕事の間をみて、サンプル用にもうちょい、イラストレーターらしい絵を描かないといけません。またぼちぼちと描きますので漫画共々よろしくです。整体仕事もやらねば・・・。
2009年09月20日
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14日から15日の朝にかけて、さいわいさんのダライ・ラマ14世の漫画を紹介しながら、どうしても中沢啓治氏の「はだしのゲン」の話をしなければならないという内側の強い衝動があったのですが9月15日のニュースで中沢啓治氏が漫画家を引退するという事を知りました。ゆうべの強い衝動の正体は人間界よりも霊界の方が大きくどよめいた反動かもしれません。中沢氏は原爆の恐ろしさを伝えるために「はだしのゲン」を描き、世界の人々に核の無い世界の実現を訴えて来た日本を代表する国際人です。漫画は翻訳されて多くの国々で読まれています。教科書として子供達が読めば次の世代に正しく原爆の真実が伝えられていきます。これはこれからの現実世界にとても大きな変化をもたらします。引退はとても残念な事ではありますが白内障での漫画家引退以降は新たに絵画で原爆の悲惨さを伝えていくという意気には凄い使命感を感じます。私は核爆弾には視認できる三次元世界だけでなく霊界をも混乱させるだけの破壊力があることを身をもって知っています。私の母方の本家は広島原爆の爆心地のほぼ中央にあったために多くの一族と共に一瞬で消滅しました。それから40年以上経って私の父が継いでいる神仏に仕える血筋を頼り、母に大掛かりな儀式を伴う供養をするように霊意識が一族単位で働きかけてきました。また原爆で肉体が消失した前世の記憶と肉体の傷を持って転生した根深いトラウマの人も知っています。核は真っ当な秩序のサイクルまで次元を超えて根こそぎ破壊するのかもしれません。弱い心は妄想を生みます。 妄想は恐怖を生み、恐怖は怪物を生みます。その怪物こそが戦争であり核爆弾であるなら、はだしのゲンの主人公、ゲンの決して希望を無くさない強い心が世界中の多くの人の心を捉えるのでしょう。単なる怨み節ではなく、そんな希望の漫画だからこそ世界に広がり後世に伝わっていくだけの価値があるのだと思います。原爆の証言者として中沢氏の残した今までの功績に対し心からの感謝と賛辞を贈らせていただきます。ありがとうございました。
2009年09月15日
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ヤフーブログ友のさいわい 徹さんが漫画で描かれているダライ・ラマ14世。アメリカで英語版の出版が企画され昨年の北京オリンピック直前に英語版が発売されました。日本では今年の3月に出版され今月、英語版がネパールの小学校に本が到着したそうです。本を読む子ども達が良い表情をしています。また、チベット語の翻訳版が完成して10月にはダラムサラを含む、北インドのチベット人コミュニティーで配布される予定だそうです。さてダライ・ラマ14世について皆さんはどのくらいご存知でしょうか?とても重い使命と運命に翻弄された人です。私がここで余計な解説をすること自体、おこがましいので控えますが、世界に非暴力を訴え、侵略の愚を訴え続ける人である使命を背負っていることは間違いありません。暴力・戦争に対して漫画の持つチカラ。漫画の力は人種、言語を超えて世界を変えるとても大きいチカラをもっています。先日、中沢啓二氏の、「はだしのゲン」が英語版で出版されアメリカの学校で原爆の真実を伝えるための教材として普及しつつあるとの話題をネットのニュースで聞いたばかりです。つまり・・・今までアメリカでは原爆の真実を子供達に伝える教材自体が存在しなかったのです。これではいつまで経っても核も戦争も無くなる事はありません。中沢氏はオバマ大統領に「はだしのゲン」全巻を寄贈するつもりとの事。母方の本家が平和記念公園の敷地になってしまったというヒロシマの出来事を伝える事のできる家系に生まれた私としては中沢氏の想いが適うように応援するばかりです。さて「漫画で読む偉人伝 ダライ・ラマ14世」はマガジンハウスHPから都合の良いネット販売を選べば購入可能です。本を読んで気が付きましたがダライ・ラマ14世の守護神はマハー・カーラ(大黒天)なのですね。さいわいさんは田舎の山小屋で暮らしながら大黒天のお仕事、「外世界を自らの宇宙に繋ぐ事」の使命に綺麗に繋がっていらっしゃいます。世界を変える仕事に関わる・・・これはとても大きな意義のある事です。私も「もっと内側の回線を宇宙にきちんと繋ぐように」と大黒天に促されたように感じて・・・多いに反省いたしました^^;ではでは世界が一日でも、より良く変化する事を祈って。
2009年09月14日
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囲碁に興味のない人はともかく、囲碁を習っているなら知らない人はいない万波姉妹。「囲碁初心者の女神」として迷える碁羊の救済に笑顔で答えてくれる理想の先生。そして姉妹共著の本はおそらくこれが初めてであろうという歴史的なこの新刊にな・ぜ・か 私が似顔絵Q&Aイラストで参加させていただきました。描いたイラスト表情パターンも結構、多いですよ。表紙の帯の処をみればだいたいどんな感じの絵か?察しがつくと思います。前回、メタボダイエットの大西先生連載といい、今回のお仕事といい、第一線で活躍する女性のお仕事に関われるという幸運はとても有難いことです。ちなみにこのお二人、「ヒカリの碁」ブーム当時、小学生だった囲碁少年、少女達の頂点にいる訳で、それだけでも並の才女ではありません。まだ発売前予約中のこの本、どんな出来映えになるのか?私も興味深々です。そして、これだけは言っておきたい。お二人には囲碁で肩と腰が痛くなったら「みずはの整体院」に来て欲しい^^・・・と。
2009年09月13日
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↑実家近くの昨日の空、イルカの群れが泳いでいます^^北千住、みずはの整体院の階下で理髪店を経営しているママさんのお話。昔、地元の警察署にとても真面目な署長さんがいたそうな。毎日、毎日、忙しくデスクワークをこなすだけの日々。ちょっと疲れて一息入れたときに、ふと大空を眺めてみたら、信じられないくらい気持ちがよくなり・・・そのまま仕事をやめてホームレスになってしまったとか・・・。まあ、そんな話は大昔からある事です。いつも空を見ていれば、そこまで人生が変わることもなかったと想うのです。アナタは空を見ていますか?
2009年09月11日
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毎週木曜日は、お店の定休日です。ここ1ヶ月ほどは家(実家の新横浜)に帰って歯医者に通う日となっています。そこで歯医者付近の書店を廻るのが、お約束になっているのですが私の場合、最近は本当に書店に入って本棚の正面を端から順番に「廻る」だけだったりします。雑誌から専門書に至るまでささっと目を通して背表紙あたりから「面白い本オーラ」が出ている本がなければ入店して3分くらいで退出します。大昔は文句を言わない本屋だったら数時間も留まって本を開いて立ち読みしていたものですが最近は0.02秒くらい背表紙を見ただけで内容のベクトルが判るようになってしまいました。これには理由があります。今年49歳になりますが他界した父親の教育方針「本を読め」のおかげもあって記憶の残る3歳の頃から20歳くらいまでずっと本の虫でした。小学校4年生の頃には漢字だらけの文庫本、推理小説、SF小説にはまり判らない、読めない漢字は文章の前後から意味を推察しつつ本を読み終わった後に親にまとめて聞きに行くなんて事もしていたのでおこずかいはほぼ本代に消え、さらに学校と地域の図書館に通い詰めてジャンルを選ばず、ただひたすら本を読み続けていました。今、考えると活字中毒に犯されていたのでしょうね。20歳以降は印刷会社で政府専門誌や趣味の雑誌の版下作りからスタートして41歳までの間にレイアウト、校正、ライター、挿絵、漫画、編集、そして編集長まで一通り本制作に関わってきた経緯の上で、「内容がないけど売れる本」を作るノウハウみたいなものが、しっかり身に付いてしまいました。実のところ、書店で売られている新刊の殆どはこのテの本なので背表紙を見ただけで判ると言ったのは決して大げさではありません。(タネとシカケが見え見えなのです)ゴーストライターが書いている本なんてのも背表紙の感じで何となく判ります。その中でも「面白い本オーラ」が出ている本は非常に少数しかありません。こんなことを言いましたが本や活字を見るのが嫌いになったと言うわけではありません。ただ現代社会は、ネットも含めて雑音のような情報が多すぎます。スキがあれば思想洗脳してやろうなんて傲慢な悪意すら感じる情報も沢山溢れています。凄まじい物量で発行される書籍の中から自分にとって必要で有益、かつ何かの気付きを与えてくれる本を直感で見つける智慧は物事を心の目で見る為の良い訓練になりますからそういう意味でも「面白い本オーラ」が出ている本を「えいっ」と当てるという事は直感の自己鍛錬として、ずっと続けていきたいと思っています。「内容は無いけど売れる本」のノウハウは別にして皆さんも本のジャンルにこだわらずに一度「心の目」での書籍選択をチャレンジされてはいかがでしょうか?有効な方法としては天使でも守護神でも自分の信じている守護対象なら何でも良いので「良い気付きのある情報をお願いいたします」とお願いして本屋の中を無心でふらっと本棚を見廻るだけです。慣れてくると「えいっ」と手にとって「さっ」と開いたページが自分にとってとても大事な気付きや情報だったなんて事もありますよ。どうしょうもない内容の本なのに、そのページだけはとても大事な情報だったなんて事もあります。上級者?になったら是非、図書館でもチャレンジしてみてください^^ちなみに↑の本は表紙の木村さん自身の写真から凄い神様オーラが出ていたので思わず開いて読んでしまいましたが、確かに本を読んだら背中に何か凄い神様が憑いているような方でした。この写真にピピッと感じるものがあったら立ち読み(笑)されると良いでしょう。(とってもNHKな価格設定が不満なので購入いたしませんでした。)ではでは、機会があればまたこの話の続きをいたします。ここまで雑文にお付き合いくださり真にありがとうございました。
2009年09月10日
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8月はヤフーブログ友の「にこにこえみりママ」さんに私の守護(ガイド)の公開リーディングをしながら油絵を描いていただきました。たまたま台風がやってきた日にリーディングの開始です。(描き始め)えみりママさんのリーディング絵では色紙に人魚とケンタウロスを守護像に描いていただいた事もあり、何が出てくるかとても楽しみだったのですが、ずっと私が気になっていた「水」との深い縁のあるガイドが登場しました。十代の、おしゃべりが大好きな少女で「龍神の巫女」と名乗っています。龍神様に仕える巫女団の一人で現在は龍神様の右前足部分を担当(笑)私と表裏の関係でハイアーセルフの双子の妹のような存在でしょうか。えみりママのリーディングで興味深いのは「龍神の巫女」が語る龍神様の姿でしょう。どうやらこの龍神様は「龍神の巫女」達の霊(意識)体が集まり巨大な龍を形作っている様です。そういうわけで「右前足」が彼女の担当部分です。気配が全く消えている時は、いつも湖の底にいて地球上の水、天候に関する仕事の管理が忙しいので私の事はほったらかし(泣)にしているとのこと。湖の底にいる時の姿は緑の身体に黄色い目で長い髪の河童そのもの。ちなみに私が謎のDGボールを七個集めれば、どんな願いもかなえてくれるわけではありませんが、本当に重要な時の天候ならば願いに合わせて調整してくれるそうです。そういえば、ここ二十数年あまりは人生で重要なイベントの時は必ず晴れか曇りでしたね。重要な外ロケの時に、台風が来てても風だけで雨は降りませんでした。(ロケ終了後に大雨)整体院の名前にも頂いた水の女神様、ミズハノメノカミ様との関係も聞いてみたいです。たしか龍神様も化身の一つだったような・・・?「そういえばいつもは何処の湖の底にいるんでしょうか?」・・・と、えみりママさんに尋ねてみましたら・・・・十和田湖の湖底に龍神様(巫女)はいるという回答がいただけましたので・・・龍神の巫女は私の守護(ガイド)守護・前世の縁の深い場所には引き寄せられる(引き寄せる)そして十和田湖と言えば、ここが龍神の巫女の故郷でしょう。大湯環状列石(ストーンサークル)今から約4000年前に縄文文化が栄えた場所であり十和田湖のすぐ側にある祭祀遺跡です。詳しくはHPに写真が出ています。そして何でここが龍神の巫女の故郷かと言うと・・・今から約20年程前、私が広告代理店を一人で経営していた時に、川崎のスーパーコンピューター製造会社の東北工場写真撮影の為、4年以上もの間、何度も(6回くらい)東北自動車道をカメラマンと一緒に北上した思い出があるからです。自動車道の出口は十和田インターでそこから15分程、車で移動した大湯環状列石のすぐ側に工場はありました。当時は、仕事とはいえ「こんな遠隔地に通う事になるなんて、相当な土地縁があるんだろな~^^」・・・とは思っていましたが・・・前世・守護に縁のある場所ならばそれもよく解ります。カミヨの時代に、この土地には、身を龍神様に委ねて天候のイノリを捧げる「龍神の巫女団」がいたという太古の歴史があったのでしょうか。「にこにこえみりママ」さんのリーディング油絵は巫女が湖底の姿から天空の雲の姿へと変わりました。今、現在も私達の生命の水を見守ってくれているのでしょう。そういえば「ミズハノメノカミ」様もうら若い乙女の姿であり伝説によっては龍神の化身でもあるそうですが龍神の巫女とシンクロする部分が多くて、なるほど納得です。そして龍神の巫女から多くの人達へのメッセージがえみりママさんを通じて語られました。ほぼ、えみりママさんの原文のまま書いておきますね。1.今ちまたでパワースポット、スピリチュアルなどと言っていますが、 そういう場所に行ったら人間とその地の共存や未来、神様だったら神様の由来、 どうしてそういう神様がそこを護っているかをお願い事のついでに静かに、 歴史、今、未来に想いを寄せて「自分が、自分が」「私が、私が」ではなく次に来る 子孫のためのリレーをしてほしい。 言い伝えたりしたり、感じたこと、少しの環境保護の協力、 水のありがたさをかみしめたり、、、。 パワースポットとは、パワーを感じるところではなく そのパワーを護ると感じるために行くところ2.皆さん、人として生きる覚悟の上で生きていますか? 人として生きていく上では、犠牲も付き物です。 食べることは、もちろん車に乗ったりすることでも電気をつけることですら 地球を汚しています。 いろんなものが行きかう上で多くのものが汚れ失い、その上で生きている私たち 人として生きる覚悟は、できていますか? その上で人が生きれるのは、神に仕えた身分だったから 神から生まれたことからなのです。 神は、何を望んだでしょうか? 何も望みません自由に生きることを望みました。 権力を欲するもの 富を欲する者 愛を欲する者 人それぞれ それぞれであっていいのです。ですが自分がしたことは、自分に返ってきます。 支配したものは、支配されるでしょう。 富をやみくもに欲したものは、富に踊らされるでしょう 愛したものは、愛され 自分の生き方が鏡のようにでてきます。 人として生きていくには、責任というものを神様は、つけています。 貴方は、何に満足しますか?何を欲しますか?3.自然と人間の仲介の私 時に無力さを感じます。 自然と人間の調和を図るためが 自然と人間の調和を図れない 今度大切な時に生まれるには、男になろう そして人間側の人間になり、人間側を変えるようにしたい。 今までは、自然を変えようとばかりしてた。 今は、人の意識を変わる時 あなた(達)につなげます。・・・そして再び台風の日、8月29日にえみりママさんのリーディング油絵が終了いたしました。龍神の巫女からの最後のメッセージは1.行動してください。2.幸せは、小さくても大きくても幸せをかみしめて下さい・・・の二つ。シンプルで判りやすいお言葉でした。「にこにこえみりママ」さん、大変ありがとうございました。↑冒頭の絵は以前HPに載せたミズハノメノカミ様のボールペン画を色鉛筆で仕上げたものです。WEBのイラストレータープロフィールに載せるために8月頭に描き起しました。えみりママさんが油絵を描きはじめたのが8月11日ですが、見たとおり微妙なシンクロをしています。えみりママさんも私の以前、描いた絵を思い出し油絵の描きはじめにこんなコメントを内緒でいただきました。自動書記で描いて、メッセージは、上からなのですけれども、、、、もしかして、いるかさんも自動書記でハイヤーを描けるんじゃないんでしょうか?決してまねしたわけじゃなく、、、得られるところは、、、メッセージや色なのですが、、、たぶんいるかさんは、自動書記で守護が描けるようになっているのかと思います。・・・そう言われましても私にそういう能力は全くありません^^;そんな事ができるのならすぐにでも観えた絵を描いて商売にしたいところです。この絵はおそらく自動書記というより魂の繋がっている竜神の巫女を鏡の向こうに観ながら描いていると言った状況でしょう。ある意味、魂の自画像です。「龍神の巫女」は複数形でした。大勢の人と繋がっている多くの龍神の巫女が今も自然と人間を見守っているのでしょうね。そうそう私と十和田の遺跡の繋がりをお話いたしましたが、もう一つのロケの場所として花巻の工場にも毎年、一緒のカタログ撮影に行きました。花巻といえば故・宮沢賢治さんの故郷です。独自の宇宙観を持った童話作家であり教師であり農地改革の人である宮沢賢治さん。この流れならきっと賢治さんも龍神の巫女繋がりだと思いますよ。(龍神の目とか角担当かな?)なにしろ台風に乗って現れ、台風に乗って去っていく龍神の巫女は、まるで風の股三郎のようですし。私の誕生日花のグラディオラスは宮沢賢治さんが小学校の畑に植えたのが最初で学校の花壇の定番になったそうな・・・。グラディオラスの語源はグラディウス・・・剣闘士(グラディエイター)の剣です。当時の花巻に住む人達は初めてみるグラディオラスの天空へ伸びる美しい佇まいに目を奪われたとか。そんな東北の情景を想いつつ8月の終わりに大自然への感謝と畏敬を込めて。龍神の巫女とえみりママさん、そしてここへ来てくださる方々へ深く感謝いたします。いつもありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。最後にえみりママさんの描いたリーディング油絵の完成品を載せます。
2009年09月09日
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