心の中

心の中

起きるものと前提


私はそう思っています

私は学校の対応に、憤りを感じます
「イジメはなかった」と言って、責任逃れをしているように思えてなりません
学校では頻繁に、イジメ隠蔽などが行われる事があります
何故、隠蔽をするのでしょう?
教育自体が、「イジメ問題」を半ば諦めているように思えてなりません
特に、現場で働く者なら、尚更その気持ちは、強いのではないでしょうか?
初めの頃は、何とかしようとするでしょう
だけど、一向に減らないイジメに、現場で働く者達は、次第に諦めを感じるのではないでしょうか?
もし、そうであれば、「イジメが起きない為にはどうするか」よりは「イジメが起きたらどうするか」とした方が良いような気がします
「イジメは起きるもの」と前提に取り組む方が、良いような気がします
「イジメはあってはならない」という風潮が、かえって、このような自体を招いていないとも限りません





© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: