フリーページ

2005年09月15日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 阿万の浜辺を後にし,今度は山を越え福良に向かう。一度来た道を戻り,阿万の町中から今度は福良の方面,大見山を目指す。左手の遠くに吹上げの浜。そして再び山道に・・・。山道を上り詰めると大見山。「若人の広場」がある。それは,第二次大戦の戦没学徒を慰霊するもので,正式名称は,「戦没学徒記念若人の広場」と言う。ここには,メモリアルタワーがあって,その前にはに「永遠の灯火」という火が燃え続けていたが,財政難で消えていた。そして近くにあった遺品を集めた資料館も閉鎖され,資料は立命館大国際平和ミュージアムに寄贈されている。来場者数の激減と先の阪神淡路地震の被害で閉鎖に陥ったとの事。中学の頃に完成したものだから,私たちが淡路を離れている間に変わった,浦島太郎みたいにタイムスリップした思いだった。
翌8月14日に「動員学徒記念若人の広場復興委員会」の手によって「永遠の灯火」に広島の火が再点火されたというニュースを知ったのは,帰京してからだった。私の父親も学徒動員で明石の川崎航空機明石工場(と記憶しているが・・)に行っていた。ここでB29による空襲を受けた体験を話してくれた。空襲の最中スコップをもって消火にあたる・・・そんな生々しい話だった。
 その若人の広場を通り過ぎ,尾根に沿って岬の方に下る。途中に「海釣り公園」の標識が目に付く,そこから山を下る。そうとうな急斜面。下ったところに,民家がある。今は急な山道だが,車がとおる道があるが,その昔はどうやって町にでたのだろう?その民家の先に,広い原っぱ(駐車場)と施設がある。そう言えば,子供(小学四年生の頃)うちの家族と,洲本に住む従兄弟家族でこの辺りに来た記憶がある。今で言えばバーベキュー?。当時島を走っていた電車で福良の町まで,そして福良の港から船で,この地に来た。そして帰り,福良の港で,同い年の従妹が下船する際船から落ちて濡れ鼠になった事件があった。この話は,今でも家族の共通の思い出になっている。
20050813福良・田尻から大鳴門橋
そして,振り返ると,若人の広場のメモリアルタワーが山の頂上に見える。
20050813福良・田尻から大見山

 海釣り公園を後に,先来た道を戻る。途中,雲間から夕日が顔をだす。携帯電話の基地局の前で駐車して夕日と大鳴門橋を撮影する。やはり,雲が厚く靄がかかっている。天気が良ければ,沈む夕日が綺麗だろう。そう想像しながら景色に見入った。
20050813福良大見山から大鳴門橋その1
20050813福良大見山から大鳴門橋その2





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年09月16日 02時42分46秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

misakok3

misakok3

コメント新着

misakok3 @ Re[1]:雨の山手(06/09) mulberryさん >今朝はmisaさんの夢で目…
mulberry@ Re:雨の山手(06/09) 今朝はmisaさんの夢で目覚めました。 今…
無料@ アクセス記録ソフト 無料 楽天 アクセス記録ソフト! http:/…
komichi@ misaのコンサート ~その成功に乾杯♪~ お疲れさまでした。 ・・・コンサート当…

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: