【SS】相違

相違

「セツナ！セツナ！」

自室を出て廊下を歩いていると、角を曲がり切る前にハロが先にいる人物の名を呼んで跳ねて行った。
ハロに一足遅れる形で現れたライルに、刹那は幾分驚いたようだった。

「ロック、オン･･･」

「こんな時間に･･･まだ起きてるのか」

深夜とまでは言わないが、次の日に何があるか判らない今の状況では、睡眠をとっておくべき時間ではある。
何をしているのかと聞かれる前に、ライルは答えを返した。

「シュミレーションをやりに、ね」

「こんな時間にか？」

ライルの言葉をそのまま返してきた刹那に、肩を竦めて見せた。
カタロンだと知っているのは、今の所刹那だけということになっている。
判らない筈もないし、判りもしないならその方が問題だと口には出さずに一人ごちる。

「少しでも慣れておきたいんでね。使えないってんで降ろされちゃ困るからな」

ライルの答えに、刹那は図らずも息を呑んだ。
今はカタロンの構成員であるものの、数年前まで民間人だったライル。
４年間、ずっと悩み続けてきた末の判断は、正しかったのだろうか。
ライルにはＭＳの搭乗経験がないと言った時、ティエリアは言葉にはしなかったが明らかに非難めいた視線を向けた。
何故、そんな人間を連れて来たのか、と。

自分の訓練に付き合うことも多かったニールは、いつどこで訓練していたのだろう。
彼ほどの実力を、訓練なしに維持できる筈がなかった。
他のクルーに知られないように、殊更自分には負い目を感じさせないように気遣ってくれていたのだと今更ながらに思い知る。
そんな彼が、最も避けて欲しかった事態を招いたのは――自分なのだ。

「･････････すまない」

「謝んな。兄さんはあんたのそんな顔、見たくなかった筈だぜ」

真っ直ぐな視線は、労わりも含んでいるように見えたが、刹那はその手の感情を読み取るのが苦手だった。
ニールなら、きっと刹那にも判る形で感情を言葉や表情に出したのだろう。

「じゃ、行くな。ほらハロ、悪いが付き合ってくれ」

足元に転がるAIに声をかけ、ライルは足早に格納庫へと消えた。

ライルが向ける、ニールへの想い。
刹那を通して兄の姿を追うライルの視線は、それが決して刹那には向かないことを暗に示している。
同じニールを慕う者としてのみ重ねられる繋がり。
それが、刹那には酷く哀しくもあり好ましくもあった。
ライルがニールと同じように、同じ動作で接したとすれば自分はライルをニールだと思ってしまう。
ニールではないものをニールと思い込んでしまう。
それではライルの存在を否定するだけでなく、ニールすらも消してしまう。
刹那は暫くの間、その場を動けずにいた。

立ち尽くしたまま部屋にも戻ろうとしない刹那の気配を感じながらも、ライルは振り返らなかった。
”強くあれ、前を向け。後ろは俺が見ていてやるから”
どこか沈んだ表情をしていた刹那に、あの人ならきっとそう言った。
これまでも、恐らくあの人なら答えたであろう答えが判る状況でも敢えてそうしなかった。
大抵の場合、その反応に彼らは傷付いた顔をした。
己に向けられる失望の色は、それだけあの人の存在が大きかったのだということ。
いっそあの人を演じてしまえば、彼らは別人と知りつつも心の中で折り合いをつけて安心するのだろう。

「それを許せないのは、俺の身勝手な拘りかね」

自嘲気味に呟いたライルに、ハロは反応しなかった。

前を行くハロが扉のロックを解除してくれるので、パスワードを入力する手間もなく目的の場所に辿り着いた。
何度か来ているが、いつも誰に会うでもない。
この余りに無防備な状態が、自分への信頼だとは素直に喜べなかった。

静まり返った格納庫に、４機のガンダムが並ぶ。
たった４機。
しかし４年前、その４機が世界を変えたのだ。
世界を、そしてあの人の運命を。

居並ぶガンダムを順に目で追いながら、最後にケルディムに視線を戻すとコクピットが開いた。

「ご苦労さん」

ハロが定位置に就いてから乗り込む。
コクピットに身を沈めれば、幾分気持ちが高揚するのは、気のせいなどではないのだろう。
ＭＳの操縦は素人だなどと、よく言えたものだと思う。
――あの人があれほど避けて欲しいと願っていた世界に、俺はこんなにも馴染んでいる。

シュミレータを立ち上げると、画面にはこれまでの履歴が一覧となって表示されていた。
ビームピストルばかり使って中･短距離戦のシュミレートばかりだと、今更ながら自覚する。
あの人は、長距離射撃を得意とした。
一切の履歴を消去してから、戦闘条件をランダムに設定して、大きく息をつく。

「さぁ、始めますか！」

「リョウカイ！ロックオン、ゲンキ！」

主の声音を素直に受け止めたハロの反応に苦笑した。
今の自分がどんな顔をしているのか、容易に想像できた。
あの人が少し困ったような笑顔を向けるのを、幾度となく見てきたから。

それでも、俺はあの人とは違う。
比べることで思い出せばいい。
俺に重ねて、あの人の存在を消されて堪るか。

俺が俺として此処にいるように、あの人はあの人として此処にいたのだから。

presented by MISSING LINK/Nov.1.2008

はい、小説でライルの過去がちょびっと明らかになって、捏造が判明しました。
ライル、大卒で一流企業に就職してた！
完全に表の世界にいたんですね。
ニールはあしながおじさんしてたんですね。
すいません、でもサイトの方針としてライルも何かしら裏社会は知ってるかんじで行きます。
ニールにも気付かれないように、こっそりと裏の住人。
ただ暗殺だの破壊工作だので殺しの経験はない程度の設定で。

前回の「比較されちゃかなわんだろ」のセリフにより、ライルのブラコンは決定です。
ファラミアを上回るかもしれない･･･。
むしろ会ってない期間が長い分、崇拝とかの域に達してそうな勢いでブラコン。
頼むから死ぬな。

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