水底に沈む祈りは誰が為に(Uボート~)





「いつも他の奴のことばかり考えて――俺はお前と帰りたかった。お前に――帰ろうとして欲しかったんだ」
アメリカ軍のボートの上で、海の底へとその身を沈める艦を見遣りながらルドヴィクが漏らした呟きは、艦の沈降する音とボートのエンジン音に掻き消された。



* * * * * *

「なぜ彼らを助けたんです?連合軍の連中は我々の同胞を殺してる」
「……戦争にもルールってものがあるんだ」
苦虫を噛み潰したような顔で、ルドヴィクはクラウザに言った。
正直なところ、ルドヴィクもクラウザと同じ事を思った。
しかし、現にヨナスは彼らを捕虜として艦に乗せている。
それを今更議論しても仕方の無い事だった。
「憎しみに憎しみを返しても、何も変わらない。得られるものは何もない」
ヨナスの言葉を聞いたクラウザは、不満げな表情のままその場を辞した。
「お前も反対か?」
腕を組んで壁に凭れかかるルドヴィクに、ヨナスは問い掛けた。
「本国に…何と報告する気だ」
直接に反対とは言わなかったが、ルドヴィクの意図はその言葉に十分表れていた。
捕虜は8人。
その殆どが一兵卒に過ぎない。
総統命令では艦長と副長以外は捕虜にしない事になっていた。
「お前も言っただろう、戦争にもルールがあるんだと」
ルドヴィクは天井を仰いだ。
場を取り繕う為に言った一言ではあったが、確かに自分の言った言葉だった。
「俺たちは戦争を仕事にする軍人だ。だが殺人マシンじゃない、人間なんだ」



* * * * * *

”協力して艦を動かせば、生還できる望みがある”
部下の大半を失い、航行も危い現状にあってネイトを呼んだヨナスの真意が図れなかったルドヴィクは、ヨナスの提案に言葉を失った。
ルドヴィクにとって、またネイトにとっても予想外の展開だった。
捕虜のアメリカ人と協力して艦を動かす――それは、自分たちの降伏を意味する。
部下たちが納得するとは思えない。
しかし、ヨナスがどんな思いでその決断を下したのか考えたルドヴィクは、頷くよりなかった。
あのアメリカ兵たちは、死んだ艦長よりも立場の近い現場の人間を信頼している。
その意味では、生き残っているのがネイトでよかったと思う。
恐らく、アメリカ人たちはネイトに従うだろう。
問題は味方側だ。
ネイトがいなくなった部屋の中で、暫く沈黙が続いた。
沈黙を破ったのはルドヴィクだった。
「降伏して…捕虜になって…それから本国に帰れるという保障はどこにある」
「このまま何も出来ずに沈むよりはましだ。生還の可能性がある」
ちらりと壁に掲げられたヒトラーの肖像画を見遣り、ヨナスはルドヴィクを見上げる。
「どんな謗りも甘んじて受けよう。部下達が生きて祖国の地を踏めるなら、俺は何だってするさ」
机に両手を広げて付き、ルドヴィクは大きく溜息をついた。
机上を見つめていたルドヴィクは、顔を上げてヨナスを見た。
「約束しろヨナス、お前も必ず脱出すると」
「敵の鼻先に艦を残せと言うのか?」
「違う!船は沈める。だがお前が残るのは許さないと言っている」
”艦長はお前だ。俺はお前を信頼している”
そう言ってルドヴィクは、意見が合わなかった時もヨナスの判断を最終的には支持する。
しかし、今度ばかりは譲らなかった。
僅かな逡巡の後でヨナスは頷いた。
「ああ――判った。約束する」
先に視線を外したのはルドヴィクだった。
ルドヴィクは気付いている。
”約束”が口先だけでしかない事を。
それでも、受け入れるより無い事を。




* * * * * *

「君から先に。私の方が階級が上だ」
先に艦を降りる事を拒絶したルドヴィクに、一抹の不安を覚えたネイトはタラップを上る足を止めた。
その視線の意味に気付いたのか、ルドヴィクは小さく笑った。
「彼の遺志だ。私は彼に代わってこの艦を敵の手から守る義務がある」
暗号通信装置エニグマは可能な限り破壊した。
それでも、どんな些細な物証からそれが復元されるとも限らず、多くの文書もまだ処分できていない。
彼の艦から機密が漏れる――そんな不始末だけはどうしても避けたかった。
「彼の遺志は…君達を生きて祖国へ帰す事だ。君も含めて――違うかね?」
上りかけていたタラップを降りたネイトは、ルドヴィクの肩を掴んで問い掛けた。
浸水の広がった艦は、時を置かずして確実に沈むだろう。
この海域の深度なら、アメリカ軍といえども回収はできない。
艦を守りたいと言ったヨナスとの約束は果たした。
しかし、彼が最も望んでいたのは、乗組員の生還だった。
「ああ――そうだ。あいつは俺たちを帰そうとした」
ルドヴィクはネイトから視線を逸らして呟いた。
「彼がどんなに素晴しい人物だったかを、生き残った者達で語り継げばいい。一人でも多くの者が、それを知るように」
ルドヴィクは答えなかった。
答えを待たずに、ネイトは再びタラップを上り始めた。
生還を喜ぶクルーたちの顔が目に入る。
敵味方ではなく、ただ人として生きているという事、生かされているという事。
彼と自分の判断は間違っていなかったのだと、胸を張って断言できる。
久しぶりに見上げた空は、いつにも増して青かった。
少し遅れてルドヴィクがハッチに現れた。
ルドヴィクを迎えるクルーの半数は、敵だった筈の兵士たち。
初めのうちはぎこちなかったクルーたちには、いつしか連帯感が生まれていた。
同じ潜水艦乗りとしての誇りがそうさせるのか、その瞬間、彼らは確かに”仲間”だった。
”憎しみに憎しみを返しても、何も変わらない”
そう言ったヨナスの言葉の意味が、その時やっと判った気がした。

人の手を離れた艦は、やがて轟音と共に沈んだ。
もし今彼がここにいたとしても、彼が艦を捨てなかったであろう事は容易に想像がついた。
脱出すると約束させたが、それが彼の本心でない事も、判っていた。
殴ってでも連れて行くつもりだった。
どんな手段を使ってもいい。
お前に、生きて欲しかった。
その言葉はもう届かない。
「畜生――」
ヨナスの認識票を握り締めて、ルドヴィクは顔を伏せた。



1943年、夏――

終戦まで、あと2年だった。 





presented by MISSING LINK/Feb.26.2005




映画観た人しか判らない話ですみません。
『Uボート最後の決断』、ティル・シュヴァイガーがUボートの艦長役だというので、観ようと決めていた作品。
もっとキャラを書き込んで欲しかったなぁと心底思います。
DVDは追加シーンとか希望。無理っぽいですが。

しかし軍服を期待した私は何だったのか・・・誰も制服着てないってどういうことよー!!
せめて士官クラスは軍服で・・・・・・!!
副長が柄シャツとか有り得ないし。でも似合ってたからいいです。←いいのかよ
気になってた階級がさっぱり判りませんでした。
佐官だということだけは制帽から判ったんですが・・・艦長だし大佐ですかね?
当時Uボートの乗組員は最年長でも30歳とかだったらしいので、副長、30歳?
じゃあ副長より年下っぽい艦長は、20代ですかー?!
うそーん・・・。

ともかく要所要所でフォローを欠かさない副長に惚れました。
トーマス・クレッチマンは『スターリングラード』以外の作品は見ていませんが、ちょっとこの人もチェックしなきゃなーとか思い始めました。
というか『スターリングラード』のビデオが欲しい。むしろDVDにして欲しい(切実)


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