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では、ウルワツ寺院でサルにめがねや帽子を取られたら?彼はめがねを取られました。 サル「早く食い物出せよ。隠してるんだろ?」 物々交換による取引が成立しました。ウルワツ寺院に行く際には、できるだけ帽子はかぶらず、めがねもコンタクトにしたほうがいい。また、カバンの中にビニールで匂いが出ないようにした果物などを入れておいて、万が一私物を取られた場合にサルと交渉できるようにしておきましょう。・・・というのは現実的な対策なのだが・・・・こうやって食べ物を用意しておいて与えるから、ますますサルの狼藉がひどくなるのではないだろうか。めがねを取るのは危ない行為。あの鋭い爪で目をやられたら?そのうちそんな事故が起こりそうな気がする。★★★★★ここで販売書籍のお知らせです★★★★★バリ島は出てきませんが、南イタリアのプーリア州を母娘で訪ねたときの日々を綴った旅行記「イタリア・プーリア州二人旅」。7月31日まで申し込みを受け付けております。「イタリア・プーリア州二人旅」:新本は、現在お申し込み分で完売となりました。ありがとうございました。
2011.07.29
ウルワツ寺院で起こったとんでもないこと・・・それは、Mizumizuがサルに怪我をさせられたのだ。現場はこちら。この階段を少しのぼったところで、海側の壁の上にいたサルがMizumizuの帽子を取ろうと、肩に飛び乗ってきた。「あっ」と帽子を押さえたら、手の甲にサルの鋭い爪が当たった感触があった。帽子は取られなかったが、サルはあっという間に逃げ去った。脇にいたMizumizu連れ合いも気づかないほどの一瞬の出来事。ちょっとエグい写真なのですが・・・これがそのときの傷。かなり深い。多少出血はあったが、痛みはさほどでもなかった。怪我をしつつも夕陽にはまだ未練があったのだが、ケチャを見ないかと声をかけてきたお兄さんが近寄ってきて、日本語で、「どのホテルですか」と聞いてきた。ウェスティンだと答えると、「ホテルに帰りましょう。ホテルにはドクターがいます」と親切にも教えてくれた。ホテルにドクターが常駐しているとは思えなかったが、リゾートホテルがまとまって建っているエリアなので、英語のできるドクターを呼んでくれるということかもしれない。「こういうこと(サルに襲われて怪我をする)は、ここではよくあるのですか?」と聞いたら、首を横に振っていた。確かにMizumizuもバリ島でサルに襲われたという話は、聞いたこともないし、本などで読んだ覚えもない。しかし、たしかHIVってのは、サルから人間に移ったという説があったんだっけ? ということは、サルに引っかかれて、哀れMizumizu、HIVに感染か・・・?今から考えればバカバカしいような妄想で、ホテルへ戻るタクシーの車中で落ち込むMizumizu。ホテルに着くとドライバーがホテルマンにさっそく説明してくれた。するとフロントの脇にある小部屋に通され、「大丈夫ですか?」と、ホテルのマネージャーが話し相手になってくれる。「バリ島のサルはよく人を襲うのですか?」ケチャのお兄さんにも聞いたことをここでも聞いてみた。やはり、首を振るマネージャー。「いや、聞いたことがありません。ウルワツのサルは帽子を取っても後から返してくれますから」え? 後から返してくれるの?「食べ物が入ってるものは返しません。しかし、役に立たないものは木の上から下に投げてきます。食べ物を与えれば、すぐに返してくれるでしょう」た、食べ物と交換ですか?サルの談話「そうだよ。覚とけ!」 「バリ島のサルは悪い病気を持っていますか?」「いや、そのような話は聞いたことがありません」のんびりした言い方なので、恐らくサルから感染した病気の話というのは、本当に聞いたことがないのだろう。マネージャーが話し相手をしてたおかげで不安感をもつこともなく、待つこと10分ほどでドクターと看護婦がやってきた。おお、早い・・・! と思ったのだが、ドアを開けて入ってきたドクターを見て、ややビビる。「もしかして、さっきまで食堂で働いていませんでしたか?」と聞きたくなるような雰囲気の、20代にしか見えない小柄な女性。白衣も着ていないからなおさらだ。ほ、本当に彼女がドクター?しかし、専門用語を交えて英語はきれいに話すし、キビキビしている。「抗破傷風薬を注射したいが、まずアレルギーテストをします」と言われ、テストしたところ、反応がでたので、注射はできないということになった。それから、「縫ったほうがいいです」え? 今ここで? 病院でもなく、ホテルのフロントの脇の応接室ですが・・・「今夜日本に帰るのだが、帰ったあとではなく、今縫ったほうがいいですか?」小学生のころ自転車でコケて、てのひらを3針縫ったことがあったが、そのときの治療が痛かった記憶があって、できれば縫いたくないと思ったのだが・・・「今縫ったほうがいいです。時間をおくと皮膚の癒着が悪くなるから」というキッパリしたドクターの言葉に従うことにした。看護婦が局所麻酔の注射をし、若い女医さんは別に緊張したふうでもなく、笑顔でこちらに、「深呼吸して、リラックスしてください」と言って縫い始めた。ホテルの従業員もいて、終わったときは笑顔を向けてくれ、全員で怪我をしたゲストの気持ちを慰めようとしている雰囲気が伝わってきた。このときのスタッフの対応で、ホテルの印象はずいぶんとよくなった。孤立したリゾートホテル群で、ぶらっと街歩きもできない場所に隔離されているようで若干不満だったのだが、万が一のこうした事態が起こったときの態勢は素晴らしかった。ドクターにも、たとえばHIVなど、サルからの感染症を心配する必要があるかどうか聞いてみたのだが、「バリ島では、そうした例はない」という答えだった。縫い終わると、抗生物質と万が一痛みが出た場合に備えて鎮痛剤も置いていった。治療費はホテルに払ったのだが(後日保険金を受け取ってチャラになったのだが)、治療費に薬代を含めても、7000円ほどだった。飛行中に痛みが出ないか心配だったのだが、別に大丈夫だった。日本に帰ってきて、近所の外科に数回消毒のために通院し、抜糸してもらった。結局鎮痛剤のお世話には一度もならなかった。一応、日本のドクターにも感染症について聞いてみたが、「現地の医者が一番よく知ってるから、現地で大丈夫と言われたんなら大丈夫でしょう」という、実に適当な答えが返って来た(苦笑)。結果として別に破傷風にもならず、もちろんHIVにも感染せず、順調に治った。日本で診てくれた外科医も、「ホテル専属のドクターというと、だいたい内科系で、縫ったりできない人も多いんだけど、きれいに縫えてますね」と褒める。見た目はホテルの食堂にいそうなお姉さんだったのだが・・・(笑)今では縫ったあともほとんど消えた。あのとき適切な治療をしてよかった。すぐにホテルに帰るよう促してくれたケチャの客引きのお兄さん、温かな思いやりを示してくれたホテルのスタッフ、適切な判断と治療をしてくれたドクター・・・・・・ バリ島の皆さんに感謝せねば。しかし、1人だけチョイ問題児が。それは、ガイド氏。彼は空港にMizumizu+Mizumizu連れ合いを空港に送るためにホテルにやってきて、Mizumizuの怪我を知った。そして、部屋に入ってくるなり、金切り声で、「ど~して、僕を呼ばなかったんですか!」と感情的な声でオーバーに叫び、「僕ならサルに襲われないように、しっかり見張っていたし、帽子ならあとから返してもらえるんですよ。食べ物を出せば。タクシーのドライバーは何も言わなかったの?」とちゃっかり自分をアピールする文言を、まるで彼を通さずに行動したMizumizuを責めるかのような口ぶりでまくし立てたのだ。Mizumizu連れ合いが、「あなたのせいじゃないから」と逆になだめる始末。「サルに怪我させられた人って知ってる?」と聞いたら、彼も、「いや、初めて」。よほど珍しい例になってしまったようだ。さぞや、今頃あのガイド氏、ウルワツ寺院に自分抜きで行ってサルに引っかかれた日本人観光客の話を同じ日本人観光客に持ち出して怖がらせ、ウルワツ寺院に行くなら自分をガイドとして連れて行くようアピールしていることだろう。
2011.07.27
夜中にバリ島を発つという最終日。夕方時間が空いたので、ホテルからプライベートタクシーをチャーターして夕陽のメッカだというウルワツ寺院へ行くことにした。ちょうどホテルのあるヌサドゥア地区からさほど遠くない。クルマは非常にきれいだった。チャーター代も往復で28万ルピア(2,600円)と、現地価格で言えばトンデモな値段なのだろうけれど、時間のない日本人観光客からすれば十分リーズナブル。車内から眺める田舎の景色は、ヤシの木さえなければ大昔の日本のようでもあり、外国に来たというより、タイムスリップをして過去に戻ったような不思議な感覚。ウルワツ寺院に着くと、熱帯そのものの樹木が迎えてくれた。そして、猿も。元来動物好きのMizumizu。猿も好きなのだが、ここの猿君たち、親しげな(苦笑)視線を向けるMizumizuにも媚びる様子はまったくなし。むしろ人相は悪役だ。それでも、大海原を背景に、遠くを見つめる(?)モンキー君に、「おお、哲学者のよう」などと、一方的なシンパシーを抱くMizumizu。多少雲はあるが、いい具合の天気ではないか。これは夕陽が期待できそうだ。少し早く来すぎたかもしれないが、あの太陽が沈むまでここで待とう。途中で客引きのお兄さんに、「ケチャを見ないか」と誘われたが、夜日本に戻るから時間がないし、ナンバーワン・ケチャ(←あくまでガイド氏の弁)をデンパサール近郊でもう見ていたので、それは断る。意外に思うかもしれないが、バリ島には世界遺産がない。バリから行く世界遺産と言えば、隣りのジャワ島の仏教寺院ボロブドール遺跡とヒンドゥー寺院プランバナン遺跡になってしまう。バリ島に行ってみて、なんとなく納得した。景色のよい場所は確かにある。このウルワツ寺院もそうだし、キンタマーニ高原もそうだろう。だが、抜きん出た絶景ではない。いくつか寺も見たが、そこはあくまで、この小さな島に昔から住んでいる人々の信仰の場であって、寺院建築という鑑賞物としてみた場合、さほど圧倒的なものを感じないのだ。それはそうだろう。圧倒的な審美性を湛えた建築物がある場所には世俗的な意味での財力がある。たとえそれが宗教建築であっても。この小さな神々の島で、そうした富を蓄えることのできた権力者がいたとも思えない。ウルワツ寺院の絶壁から下を覗き込むと、茶色っぽい岩のはるか下で、波が白く砕けていた。この眺め・・・伊豆あたりにもありそうだ(苦笑)。寺院の敷地は広い。歩き回って、太陽が沈むのを待とう・・・と思っていたら、とんでもない事件が起こった! そして、夕陽を眺める間もなく、ホテルへ直帰することになった。なぜ?ヒントは、この写真↓詳細は次回。
2011.07.19
観光客の心をわしづかみにするケチャック・ダンス。その形式を現在見るように整えたのが、画家であり、音楽家であり、演出家でもあったヴァルター・シュピースだ。その生涯については、ウィキペディアなど読んでいただくとして・・・(画像は過去にBS-TBSで放映されたシュピースの紹介番組より)自身が画家でもあったシュピースの作品を見ると、素朴派に神秘主義が混ざったような独特な作風が目を惹く。こちらなどは、暗闇の中から精霊がやってきて、現地の人々を驚かせ、怯えさせている。これがシュピースが見た「神秘の島、バリ」の夜の風景だったのだろう。暗闇に浮かぶ精霊は女性のふくよかな肉体をもっているが、その姿は実に禍々しい。異様な迫力で観る者に迫ってくる。この精霊の姿には、俵屋宗達の「風神雷神図」の影響もあるように思える。ヨーロッパの教養人であり、かつ東洋に興味を抱いていたシュピースが日本の中世の名画を知っていたとしても不思議はない。(風神雷神図、一部)シュピースはバリの絵画や舞踏芸術の素晴らしさを西洋世界に紹介する役割を果たした。その意味で、「バリ芸術の父」と称えられている。だが、そのことがバリ島の観光地化に拍車をかける。ウブドに住んでいたシュピースだが、急速な観光地化を嫌い、ウブド近郊のイサという田舎に引っ越したという。こちらがイサのシュピースの家からの眺め・・・絶景。だが、ここは現在スイス人の個人所有になっており、見学はできない。バリ島の評判を高めることに大いに貢献したシュピースだが、1900年代前半にすでに愛する島の観光地化を嘆いたとするなら、今のバリ島を見たら何と言うだろう。絶句してしまうかもしれない。テレビでバリ島の観光業従事者が、「最近は日本人観光客の数が減った」と話しているのをたまたま聞いた。オーストラリア人に比べると、日本人は気前がいいそうだ。それでも最近、数が減ってきてしまったので、「もっと1人ひとりにお金を使ってもらえるようにしたい」と、かなりストレートなことを真面目に言っていて、ややガックリきてしまった。公共交通機関が発達しておらず、初心者はガイド(もしくはガイド役を務めるタクシードライバー)なしで移動するのが難しい島だから、どうしても彼ら馴染みの土産店に連れて行かれることになる。確かにいいものもあるが、売り込みが総じて激しく、かなり疲れてしまう。すべての店がそうではないが、工芸品を売る店などは、すぐに値引きをもちだして、「安くするから買って」という態度だ。ノルマでもあるのか、売り込みに必死な態度は気の毒にも思うが、心のどこかで、「それは違うでしょう」と声がする。日本人はもう安いものには飽きている。安いだけのものならどこにだってあるのだ。バリでなくては買えないもの、そして質のいいものを買いたい。だが、工芸品のレベルは、明らかにチェンマイのが高い。手作りなのだろうが、観光客相手の大量生産臭がして、作品から職人の心意気が伝わってこない。バリ絵画もパリのモンマルトルの観光客相手の絵売りのように商業化・パターン化してしまっている。それでも、シュピースが愛した神秘性は、緑したたる島の風土に、雨のあとにうっすらと流れてくる霧のような湿気に、民族衣装をまとって歩く現地の人々の後姿に、どことなく宿っているようにも思った。日本が変わってしまってもやはり日本であるように、観光地化されても、やはり神々の島・バリはバリなのだろう。
2011.07.18
もし、バリ島初心者で滞在期間が短く、バロン・ダンスとケチェック・ダンス(ケチャ)のうちどちらか1つしか見られないというなら、ケチャック・ダンスのほうをお奨めする。もちろん、エキゾチックでいながらどこか懐かしいガムランの響きも捨てがたく、両方見るほうがベターであることは言うまでもない。Mizumizuたちは、ケチャック・ダンスをデンパサール近郊で見た。ガイド氏によれば、バリ島で観光客相手に披露されるケチャの質は優劣が激しく、このダンス集団なら、バリ島ナンバーワン・ケチャに選ばれたこともある折り紙つきなのだという。夕暮れ迫る舞台。雰囲気はバッチリだ。火を灯す男性。しかし、微妙にカメラ目線なのが・・・(苦笑)。猿に扮した上半身裸の男性が「チャッ、チャッ、チャッ」と大合唱し、その中でラーマ王子とシータ姫の舞踏劇が進行していく。この大合唱こそ、ケチャの真髄。たいへんな迫力。男性の声の力強さと野生の生命力が周囲の空間を満たし、魂を揺さぶる。まさに必見。バリ島に来たら、絶対に見るべき。なのだが・・・相変わらず(?)、ヤル気のない「猿」役さんがチラホラ。「チャッ、チャッ、チャッ」と口を動かしながら、舞台上からチラチラこっちを見ている。「チェッ、今日は客の入りが悪いぜ」みたいな顔つきだ(苦笑)。これでナンバーワン・ケチャというなら、そのほかの観光スポットでやっているケチャはどんな体たらくなのだろう??舞踏劇の筋は、日本語の説明書きがもらえるが、簡単に言えば、悪の大王ラワナが連れ去ったシータ姫をラーマ王子が救い出し、結ばれるというもの(←いくらなんでも簡単すぎる?・笑)。途中、例によって「猿」が大きな役割を果たす。捕らわれの身となったシータ姫のところにラーマ王子のメッセージを届けるのも白い猿、窮地に陥ったラーマ王子を救い、援軍を差し伸べるのも猿の王様スグリワ。神に限りなく近い存在である「王子」とともに、常に猿がいるというのも、日本の記紀神話に酷似している。アマテラスの孫であるニニギが天から降臨したとき、あらかじめ待っていて先導役を果たすのが、「猿」の文字をもつ猿田彦大神。そして猿田彦大神は、今も日本各地の神社で祀られている。記紀神話との類似性を、いきなりインドネシアの小島で見せられて、真犯人のわからない探偵物語の世界に迷い込んだような気になった。日本ではもう隠されてしまった性器信仰、まだ日本にも概念としては残っているご神木信仰もバリ島には歴然としてある。バリ島の葬礼の儀式をテレビで見たことがあるが、それも日本の「村をねり歩く」祭事の雰囲気にあまりに似ていた。ラーマ王子の物語が終わり、夜の帳が下りると、舞台ではサンヒャン・ジャラン・ダンスが始まる。サンヒャンとは神聖の意味。ジャランは馬の模型で、篝火の右側にいる青年がまたがっているもののこと。トランス状態で火の中に突入する青年。本当に裸足のまま火中に飛び込み、踊ってみせる。途中、火を口に含んでみせる信じられないパフォーマンスもあった。舞台にいる他の人々は、「きゃ~」とばかりに飛んでくる火の粉を避けようとする。その(ややオーバーな?)ヘタレっぷりは、トランス状態の神聖な青年の勇姿を盛り上げるためなのか、本当にちょっとでも熱いのがイヤなのかわからず・・・だが、「篝火の中に飛び込む聖なる青年」の迫力は文句なしだった。ケチャ自体も、数人の「ヤル気のない猿役さん」がいた以外は、驚きと楽しさをもって入り込めるパフォーマンスで、他のケチャを見たことがないので、比較はできないが、「見てよかった」と十分満足できるものだった。ケチャック・ダンスは、島に伝わる「サンヒャン」というトランス・ダンスに起源をもつが、それをラーマーヤナ物語を取り入れ、現在私たちが見ている様式に整えたのは、実は西洋人だ。それについてはまた、次のエントリーで。
2011.07.15
バリ島の記事が中途半端で終わっていたことに気づいた。そこでしばらくは書き落としたバリ島の思い出について。まずは、真実の神バロン(善)と悪魔の女王ランダ(悪)の終わらない戦いを表現しているというバリ伝統舞踊の「バロン・ダンス」。ガムランというバリ独特の楽器を使った音楽にのせて演じられる。こちらがガムラン楽団。全体的にあまりヤル気なし(苦笑)。観光客相手の出し物というのは、どうしてもこういうことになる。始まってすぐ、不思議なデジャヴュにとらわれた。獅子舞のようでもあり、歌舞伎のようでもある。音の響きや舞い方は「長崎くんち」にも似ているところがある。南蛮と長崎くんちの関係についてはよく言われるが、インドネシア方面の文化には、日本人はあまり関心を払っていない気がする。実はこのあたりの島々の文化は、今の日本人が思う以上に海伝いに日本に来ていたのかもしれないし、逆方面の交流もあったのかもしれない。バロン・ダンスと並んで名高いケチャック・ダンスでもそうだが、バリ島の伝統舞踊では「猿」が重要な役割りを果たす。猿はあるときは神のメッセンジャーであり、神の味方として悪とも戦う。日本の記紀神話でも、皇孫ニニギ(のミコト)が天から降りてくる前に、その道であらかじめ待っていて先導役を務めたのが猿田彦大神だ。「猿」の文字が入っている。また、記紀に見る海洋神話には、インドネシアに残る神話との共通性がすでに指摘されている。言葉にも似たものがある。沖縄料理のチャンプルーは、インドネシア語(およびマレー語)のチャンプル(混ぜる)と同じ意味で使われている。島づたいにインドネシアの文化が日本に来たとするなら、途中にフィリピンがあるはずだが、フィリピンにはこうした伝統文化の類似性は直接的には残っていない気がする。キリスト教化するうちに消えていってしまい、バリ島のような小さな島に、取り残されるようなカタチで残ったのかもしれない。「神々の島(つまりは日本と同じく多神教)」バリの伝統に、なにかしら日本人が根源的な親近感を抱くのも、もしかしたらそういう理由かもしれない。こうした化粧やしぐさ(見栄の切り方)も、歌舞伎を思わせる。現在のバロン・ダンスはもう、祭事の意味合いを失い、観光客のための出し物になってしまっているので、日本の歌舞伎の所作を後から取り入れた可能性もあるだろう。こうした女性の踊りは、タイの伝統舞踊とも似ている。バリの伝統舞踊に関しては、その起源が正確にはいつごろなのか、観光地化するにつれてどう変わっていったのか、あるいは変わらない部分はどこなのかといった民俗学的研究がまだまだ本格的になされていない(あるいはあったとしても日本で知られていない)のが残念だ。小さな島だから難しいのかもしれないが、これほど日本との古いつながりを色濃く感じさせる島も少ないのではないか。日本は今、世界でも重要な地位にある国だが、太平洋の地図を見てみれば、大陸からぽつんと離れた辺境の島国で、インドネシアのほうがむしろ地理的なスケールは大きい。この2つの国、そしてバリ島という、インドネシアの島々の中でも小さな島に、日本の伝統文化と根を同じにするものが残されたとしても何も不思議なことはない。バリ島を愛する日本人が多い謎が少しだけ解けた気がした。
2011.07.14
Mizumizu母が仕事がらみでバリ島へ。バリ島のお土産でリクエストしたのが、ココナッツクッキーとバリコーヒーで、ちゃんと買ってきてもらえた。ココナッツクッキーはタピオカとココナッツで作った風味高いもので、以前自分で買ったものとは若干違っていたが、やはり好みにピッタリだ。バリコーヒーはインスタントのように溶かして飲む。だが、インスタントとは香りと味の深みが断然違う。香りには少しチョコレートの片鱗が漂っているようだ。味はもちろんチョコレートではない。多めの量をしっかり溶かし、粉が十分に沈んだところで飲むと美味しい。しかも、現地で買えば、驚くほど安い。この風味でこの値段とは・・・!底に残った粉も飲む人もいるらしいが、Mizumizuはそこまではしない。以前Mizumizuもバリ島へ行ったが、ホテルの場所や選定がもうひとつだったせいもあり、大いに気に入った・・・とまでは、残念ながら思わなかった。だが、時を経てみると、あの豊かな熱帯の風土や美しい鳥の姿などは、やはり懐かしい。タイのほうがどちらかといえば好きだが、タイには美味しいコーヒーがなかった。バリ島の緑したたる樹木とコクと深みのあるコーヒー。美しい民族衣装をまとった人々。ココナッツを使ったお菓子やふんだんな果物・・・思い出しているうちにまた行ってみたくなった。
2011.07.13
ガイドさんにもらったフルーツでこれまで食べたことがないものがあった。それは「サラク」。おにぎりのような形だが、皮は硬く、ヘビの鱗のような模様に覆われている。皮は案外簡単に剥ける。実(み)はまるっきり、「デカいにんにく」。だが味はにんにくとは似てもにつかない。ま、フルーツだから当たり前だけど。歯ごたえは少し水分の少ない林檎のよう。噛むとあまりパンチのない酸っぱさと甘さが口の中にひろがる。若干苦みもあるよう。不思議な味だったが、MizumizuもMizumizu連れ合いも大いに気に入る。特に東南アジアのフルーツ大好き人間のMizumizu連れ合いは、大絶賛。翌日の朝、ホテルの朝食のフルーツコーナーで、同じものがおいてあるのに気づいた。同じは同じだが、縮こまったように少しサイズが小さい。しかも、食べてみたら、あーーら、不思議。おいしくないではないか!もともと水分がいっぱいのフルーツではないようだが、さらに乾いた歯ごたえで、味も抜けたような感じ。苦みが強いようにも思う。よかった。ホテルで最初に食べたら、「サラクってまずい」のレッテルを貼るところだった。しかし、なんでマズいわけ? サイズも小さいし。さては規格外の売れ残りを安く仕入れたな――と、ますますホテルへの不信感を募らせるMizumizu。しかし、後日、ホテルから至近の「バリ・コレクション」というショッピングセンターのスーパーで、「ジャワ島産サラク」と「バリ島産サラク」が売られているのを見て、試食させてもらって謎が解けた。この2つは味がかなり違う。ジャワ島産のほうがみずみずしく、美味しい。ガイドさんにもらって食べたのは明らかにジャワ島産のものだったと気づく。バリ島産のものは、もっと原始的な味。つまり、これがホテルの朝食で出たものだったのだ。な~んだ。ガイド氏もそう言ってくれればいいのに。知らずにバリ島産のサラクだけを自分で買っていたら、「あら、さすがにガイドさんのくれたものは美味しかった。いいもの売ってる場所を知ってるのかな」などと尊敬してしまうところだった。バリ・コレクションは、ヌサドゥア・リゾートに泊まったゲストには一番行きやすいショッピングセンター。ホテルから無料の送迎バスも出ている。のだが・・・これまた、本当につまらない、モロ観光客向けお土産屋の集合体。スーパーが一番おもしろい。バリ島でのショッピングにはダメ出しをしたMizumizuだが、ここで決定打のホームランを打たれた気分。そうそう、バリ島で気づいたのだが、お店によってはカードのサインを2枚しないといけない。一瞬「2回サインさせて2重に取るつもり?」と疑ったのだが、そうではなく、店用のレシートと銀行用のレシートがあり、別々にサインを求められるというだけ。Mizumizuと同様の疑念をもったのか、スーパーでレシート2枚にサインをするのを拒否している白人がいて、お店の人を困らせていた(笑)。横からMizumizuが、「ここでは2回サインしないといけないの」と教えてあげたら、納得したようにサインしていた。バリ・コレクションには(観光客向けの)レストランもたくさん入っている。ホテルのレストランにそうとう飽きていたので、1度入ってみることに。入り口でメニュー見ながら迷っていると、案内役の男の子が、「15%割引きだから」と営業をかけてきた(笑)。しかし、例によってサービス料だかタックスだかが21%と書いてある。「これは?」と聞くと、「このあたりの店は全部そうだから」という答え。確かにそれは嘘ではないと思う。しかし、サービス料だかタックスだかを21%取って、15%割引とは、これいかに?なんだかよくわからないが、「食事のあと無料でホテルに送るから」とまで言われ、そっかそれなら時間の決まっている送迎バスを待つこともないなと店に入る。Mizumizuはだいたい招き猫体質。Mizumizuが店に入るとあとから客が増えてくることが多いし、店でなにか買っていても、不思議とあとから人が入ってくることも。このレストランも、Mizumizuがテーブルにつくと間もなく、次々白人客が入ってきて、ガラガラだった店がいっぱいになった。お客は圧倒的にロシア人。お店はガンガンに生演奏を流していて、うるさいのなんの。しかもスピーカーの真下の席という不運・・・しかし、周囲を見回しても、うるさそうな顔をしているゲストは皆無。みんなこの超うるさい生演奏を楽しんでいるのか? だとしたら、ボリューム絞ってとは言いにくい・・・と、必死にしばらく我慢していたものの、とうとう鼓膜が悲鳴をあげ、ボーイに「音を少し小さくして」と頼んだ。すると、すぐにスピーカーの音量を落としてくれ、事なきを得た。ホッ。Mizumizuが一番よく行くイタリアじゃ、なかなかこうはいかない。辛抱強く2度、3度と頼む根性が必要。それに慣れているので、言えばすぐにやってくれるというだけで感動できる体質になりました。イタリアのみなさん、ありがとう。Mizumizu連れ合いはロシア人相手の貿易をやっていた人。聞いてみると、だいたいこういう賑やかなレストランが好きなのだとか。へ~。ホテルのレストランも夜、ステージでがなっていて、大変にうるさかったっけ。あれはマジョリティであるロシア人のためだったのだな。インドネシア料理で食べたいものがなかったMizumizとMizumizu連れ合い。Mizumizu連れ合いの頼んだトルコ料理(かな?)。Mizumizuは春巻き。一品の量が多いのは、みんなでシェアして食べるため? それとも白人のスタンダードに合わせてる?とにかく、なんでもかんでも料理の量が多いのに閉口。だがジャワティー(インドネシア紅茶)は普通に美味しかった。紅茶やコーヒーが美味しいのは嬉しい。レストランの会計は、確かに15%引いたあと21%が足されていた。???そんなら、なんで最初っから値段を安くしておかないのだろう?もしかして、これは入るのをしぶっている客を説得するために特別に用意してある割引で、案内役がすばやくボーイに、「コイツらは安くするって言って引き入れた客だから」と秘密の暗号を送り、割引する客としない客に分けているのか?そんなマメなことするかなあ?食べ終わって案内役だった男の子に送迎を頼むと、すぐに手配してくれた。一応、料理はそこそこだったので、「おいしかった、ありがとう」とお礼を言ったのだが、「オ~、ハハハ」照れてるのか、そっけないのか、はたまた内心「たけー料理食べてウマイなんて言って、外人ってバカだな」と思っているのか、どうとでも取れそうな、曖昧かつ意味不明の反応。こういう反応もちょっと日本人に似ている気がする。「ありがとう」と言われると、「どういたしまして」のような「定型返答」が照れくさくてできず、思わず意味不明のお世辞笑いと曖昧な返答をするところ。
2010.03.23
結論から先に言ってしまうと、インドネシア料理はタイ料理ほど好きになれなかったMizumizu+Mizumizu連れ合い。本当はワルンという大衆食堂に行ってみたかったのだが、なにぶん孤立した高級リゾート難民施設にいたので、町に出るのも面倒くさい。ワルンなら人気店でもナシゴレン(インドネシアのチャーハン)が100円ちょっとで食べられるということだったのだが、そのためにわざわざタクシーをチャーターしていくのもタルいし、そもそも日中は仕事もあるしで、結局ほとんどのランチはホテルのレストランですませた。野趣溢れる熱帯の植物群を越えて、海沿いのレストランへ。ロケーションは抜群。遠浅のせいか、波はかなり沖で砕ける。一瞬、ツナミ? とビビってしまったのはナイショ。これぞ南の島のリゾート♪ と、最初のうちはご満悦だったMizumizu。しかし、料理が運ばれてくると、突撃してくるハエの多さにヘキエキ・・・なんでこんなにハエだらけなわけよ。食料の管理がずさんなのかな。しかし、周囲を見回すと、ハエにイラついているゲストはどうやら我々ばかりなり。みなさん、なんで気にならんの?インドネシアでもっとも気に入った・・・というか、もっと率直に言うと、唯一気に入った料理、ナシゴレン。チキンを選んだのだが・・・シーフードのナシゴレンのほうが断然美味しかった。朝の食事はひどかったものの、このシーフードナシゴレンには大満足。ただし、値段はサービス料なしで1300円。量が多いので、2人でシェアしてちょうどぐらいだが、それにしても高い。こちらは連れ合いが期待して注文したミゴレン。こういう料理はタイでも大いに気に入っていたので、インドネシアでも同様かと思いきや・・・「冷えてのびたヤキソバ(しかも味にパンチなし)」としか・・・ しかもホテル料金でこれまた1300円。たけーよ。バイキングの店でもミゴレンはダメだったので、この2つだけで「ミゴレンはダメ」の烙印を押しました(インドネシアのみなさん、すいません)。別の日にカレー星人のMizumizuが頼んだインドネシア風カレー。薬膳カレーのような体によさそうな風味なのだが、これまたカレーなのにあまりスパイシーでなく、なんといってもジンジャーが強すぎる。なんでもショウガを入れるのは、バリの伝統なのだろうか。コーヒーにもジンジャー入りがあったし。ちなみにこちらのカレーも、1度で結構でございます。これは何かについていた付け合わせ。これまた体によさそうで、それなりに複雑な風味なのだが、これまたパンチがない。・・・と、ここでハタと気付いた。バリ島が日本人に早くから人気になったのは、もしかして食べ物の味付けが、タイ料理みたいに強烈でないせいなのかも。このぐらい優しい味なら、エスニックの苦手な日本人でもたぶん食べられると思う(気に入るかどうかはともかく)。しかし、タイ料理大好きカップルのMizumizu+Mizumizu連れ合いには、インドネシア料理は物足りないのだった。デザートはほとんど頼まなかったのだが、1度だけチョコレート風味のクレームブリュレを。サービス料なしで600円。ある日のランチ代は・・・サンペリグノ 75ml 65,000ルピアナシゴレン 130,000ルピアクレームブリュレ 60,000ルピア小計 255,000ルピアタックス 28,050 ルピア合計 308,550ルピア(日本円で3085円)焼き飯とプリンと水で3000円・・・やっぱ、物価高いわ、バリ。いくら5つ星のホテルとはいえ、東南アジアに来て、「東京のが安くてウマい」と思うとは、時代も変わったもの。あまりきれいでない海を見つめ、ああ、安ウマのタイが懐かしい・・・と嘆息するMizumizuだった。でも、コーヒーは最高。タイはなぜあんなにもコーヒーがまずいかったのだろう。インドネシアと違って、欧米列強の植民地にならなかったから?
2010.03.19
バリ島でもっとも観光客に人気のあるショッピングストリート、それがウブドのモンキー・フォレスト通り。文字通りサルのいる森の公園もあるということだったのだが、時間の関係でモンキー・フォレスト通りだけに絞って歩くことに。全長2キロほどの自動車道路に、めんめんと店が連なっている。真新しい店もあるが、古びた建物も多い。中華風の建物も。すがすがしい緑と一体になったこちらの店は、道路に面した間口が完全オープンの、地震に弱そうな造り。インテリアに赤が多いということは、華僑の店だろうか?モンキー・フォレスト通りはまっすぐな自動車道ではなく、うねったり、折れたり、そしてアップダウンもある。いつも思うことだが、こんなふうに曲がったり、高低差があったりする道のほうが、歩いていて楽しい。だが、店自体は案外つまらない。同じような粗悪品の山。ちょっと高級そうなものは、ホテルのブティックとおんなじ・・・たまにこんなふうに・・・個性的なクラフトを置いている店もあるのだが、キノコとか龍とか、残念ながら趣味に合わない。メインストリートを歩きながら、またもや内心、「これなら、吉祥寺のほうが歩いてオモシロイぞ。個性的な店があるし、店の数だって多いし・・・」と思ってしまうMizumizu。自宅からすぐの吉祥寺に、さほど有難味は感じていなかったが、バリ島に来て逆に、吉祥寺が若者に人気で、住みたい街の上位にランクされているの理由がわかった気がする。吉祥寺って、やっぱいい街なんだな。↑モンキー・フォレスト通りでの一番の感想がコレ・・・とはいえ、モンキー・フォレスト通りでは、吉祥寺では絶対に出会えない風景に会える。メインストリートのすぐ裏に、こんなふうに田んぼが広がっていたりする。あるいはこんな狭い路地が、メインストリートからどこかに通じていたりする。ムカデの足のように、メインストリートから伸びたたくさんの路地。少し広い路地だと、やはりびっしり店が並んでいる。素朴な家屋の店は雰囲気があるのだが、例によって、置いてるモノは同じで、ちょっと見てると、「安いよ」「いくらなら買う?」「ディスカウント」とワンパタの売り込みが寄ってくる。疲れる。「何か買った?」とガイド氏に聞かれ、思わず、「何も。店はつまらなかった」と言ってしまったら、勝ち誇ったように、「だ・か・ら、言ったでしょ。こういうところの店はダメだから」確かに、売っているモノだったらガイド氏が連れて行ってくれた雑貨店のがいい。質のいい日本人好みのものが全部揃っている。けど、そういうベルトコンベア式ショッピングだけでは、まったくおもしろくないってことを、ガイド氏は理解しているのかな。「どこも置いてるもの同じじゃん」などと悪態つきつつ、それでもどこかに気に入る店はないかと、ブラブラ宝探しして歩く楽しみもなくっちゃね。
2010.03.18
<2月14日のエントリーから続く>1ヶ月ぶりに再開します。終わってなかったバリ島の旅行ネタ。キンタマーニ高原からウブドの町へ向かう途中で、ガイド氏に連れて行ってもらった。ヒンドゥー教寺院「ティルタ・エンプル」(拝観料:6,000ルピー、60円)。湧き水を聖水として崇めているらしい。こうした聖水信仰は日本にもあるが、ヨーロッパのケルト民族にも見られる。フランスのシャルトル大聖堂は、ケルト人の聖水信仰の地に築かれている。ヨーロッパに根強いアニミズム偏見はおそらく、一神教のキリスト教徒が征服し、駆逐したケルト民族がアニミズム信仰の民であったことと無縁ではないと思う。熱帯の島らしい、緑したたる巨木とバリ・ヒンドゥーを象徴する割れ門。天気は悪かったのだが、しっとりとした霧めいた空気が、「観光の島・バリ」が元来もっていた神秘的な魅力を返って露わにしてくれるようだった。南ヨーロッパのシチリアも花があまりにきれいだったけれど、バリ島も、花と思いっきり広がった緑の葉の取り合わせに、何度となく心を奪われた。この島の主役はやはり植物と鳥かもしれない。バティック染め(たぶん)の民族服でゆかしく歩く土地の人々。男性も女性も長い布を腰に巻いて。その後ろ姿がたとえようもなく美しい。大木の下にはお供え物。いわゆる巨木信仰――もちろん、日本と共通している。女性器と男性器が対になったご神体。これもあまりに日本と同じで驚く。日本にもかつては性器をご神体として拝む神社が数多くあった。西洋化とともに、多くが隠されてしまった(野蛮だ、卑猥だと、あいつらウルサイからね)が、バリ島では、一般人が堂々と拝んでいる。お供えものを置く人々。バリ島の人は、本当にまめにお供えをする。地面に置かれているのもあるので、よい子の観光客の皆さんは、踏まないように気をつけましょうね。これは、現地語で「クルクル」。クルクルとは「鐘」のことだとか。日本語の擬音語はインドネシア語からきたという説もある。また、古事記の海洋神話のルーツはインドネシアにあるとも。そういえば、沖縄料理の「チャンプルー」も、ほぼ同じ発音の同じような料理がインドネシアにある。海伝いに文化が伝来したのは十分ありえる話だが、インドネシアと日本の間にあるフィリピンには、そうしたものがあまり残っていないというのも不思議だ。実際、フィリピンに行って日本の風俗・風習に似たものがあると感じたことはないのだが、バリ島ではビンビンに感じた。小さな島ゆえに、原始的なものが残ったのかもしれない。地べたにベタンと座る風習も、実は日本も昔そうだった。古い絵巻物などには、町角で地面に腰を降ろして話し込んでいる町人やら武士やらの姿が、しばしば描かれている。こういう風習が嫌われるようになったのは、いつぐらいからなのかな? やはりカネで「名誉白人」の地位を買って、それで白人と同等になったと喜んでいた時代ぐらいから?とすると、最近の若者が地べたにベタンと座ってしゃべっているのは、案外由緒正しき先祖帰りかもしれないな(笑)。こちらがお寺のハイライト、湧き水の出る池・・・しかぁし。雨だったせいか、さっぱりきれいじゃない。「晴れているととてもキレイです」と、ガイド氏が残念そうにフォローする横でMizumizuが内心思っていたのは・・・「弁天池と変わらんじゃん!」ということ。これが、その弁天池。弁天池を知らないであろう多くの日本人のために説明しておくと、それは山口県美祢郡にある別府厳島神社(←九州の名所と広島の名所をパクったとしか思えないお名前)にある湧き水の出る池のこと。こちらのサイトをどうぞ。あらためてこのサイトを見ると・・・ティルタ・エンプルと別府厳島神社って、ソックリじゃあ、ありまへんか?弁天池はMizumizuの実家からスグ。ティルタ・エンプルまでは、日本から飛行機に7時間半乗り、ガイドを1日90ドルで雇ってホテルからはるばる・・・とはいえ、この沐浴が見られたのは興味深かった。湧き水の出る池のすぐ下で、体を清める人々。「禊ぎ」の宗教的イメージとはほど遠い。どっちかというと、家族みんなでシャワー替わりに入っている・・・って空気。聖なる水のはずが、池にペッとツバ吐いてるオジさんまで。オイオイ。オバさんが、「ほら、早く洗っちゃいなさいよ」なんつってる雰囲気。バリの人たちの信仰には深刻さがない。ここでも、体きれいにして、ついでにご利益もあったらいいな・・・とチャッカリしている感がある。宗教行事を身内同士のイベントにしてしまう庶民のいいかげんさとしたたかさ――これも、ちょうど日本人が年始に1度だけ、家族や友人とご利益もらいに神社に初詣に出かける、そのノリに似ている。日本人は全然信心深くないのに、あの初詣だけはなくならない(それも、キリスト教徒でもなんでもないのに、クリスマスだなんだと騒いだすぐあと)。本当に不思議な民族だ。バリ島の人々も信仰や風習をとても大切にしているのだが、どこか緩くて、適当な部分がある。それが極東の島国の住人と、変に共通しているのがおもしろい。ガイド氏も、「私はバリ島生まれだから、ヒンドゥー教徒です」と言いながら、「でも、牛食べちゃいます」「断食は・・・おなかペコペコになるから、食べちゃいます」とのこと。そういえば、「神さん構うな、仏さんほっとけ」と昔、そこらのオッサンが言っていたが・・・それが一番平和で賢いかもしれない。
2010.03.17
コーヒーが大好き、というMizumizu+Mizumizu連れ合いの嗜好を聞いて、ガイド氏がウブドの近くで連れて行ってくれたコーヒー&紅茶専門店。そこで買ったトラジャコーヒーとキンタマーニコーヒー。たしか、トラジャコーヒーが250グラムで8ドル、キンタマーニコーヒーが12ドル。現地ではキンタマーニコーヒーのほうが高級だと言い張られたのだが、どうも、語感があんまりで、美味しそうに聞こえないのがキンタマーニコーヒーの可哀想なところ。キンタマーニって、現地語で本当のところどういう意味なのだろう? ガイド氏は、「思いやり」という意味だと言っていたし、ネットでは「至宝」という意味だと書いてあるサイトがあった。「秘宝」とかいう意味だったら、変に日本語とシンクロして(するか?)、ちょいイヤだけど。キンタマーニで取れた豆のうち、ピーベリーを「幻のコーヒー」と称して、さらに高い値段で売っていた。試飲させてもらったら、確かに雑味のない美味しいコーヒーだったのだが、ピーベリーにさほどこだわりはないので、買わなかった。真ん中のお菓子は、ココナッツとタピオカで作ったという落雁のような独特なスイーツ。「ココナッツ・クッキー」といって売っていた。1箱11ドル。最初食べたときは、ボソボソして変な味・・・と思ったのだが、これは食べてるうちにグイグイ好きになった。ほのかなココナッツの香りとタピオカの粘り。甘さも強烈ではなく、噛むとじんわり来る。もともとココナッツが好きなせいもあるかもしれないが、バリ島スイーツの最大かつ唯一の大ヒットになった。う~ん、また食べたい!コーヒーのほうは・・・淹れ方がうまくないのか、特にトラジャが、「さほどでも・・・」だった。トラジャってもっと妖艶なイメージがあるのだが、バリで買ったトラジャは、案外素直な味。キンタマーニコーヒーのほうは、ハワイのコナに似たさわやかな味わいで、苦味がさっと舌先で消えるところが素晴らしかった。のだが・・・香りが思いのほか早く飛んでしまった。こんなものなのか、買ったモノがそもそもさほどのものでないのか、詳細は不明。買った店は、「いいものだけを売ってる店」だとガイド氏(と店の売り子)は太鼓判を押していたが、コーヒー豆を入れた袋の上部に印刷されている会社名がUCCIってのに、一抹の引っかかりを感じるのだ。ちなみにこのお店の紹介はこちらにあった。値段は変わらないが、300グラムではなく、今は250グラムでこの値段になっている。つまり、値上げされているということね。トラジャは日本で入手できるが、キンタマーニコーヒーは珍しい(バリコーヒーといって売っている豆が実はキンタマーニかもしれない)。それになんといっても、味も上品でいい。もし、どちらかを選ぶのなら、個人的にはバリ島ではトラジャではなく、キンタマーニコーヒーを買うことを奨めます。こちらは免税店で買った、仏像形のお香立て。バリはほとんどヒンドゥー教徒のくせに、ウブドの郊外の石像工房では、やたらと仏像が置いてあった。ガイド氏に聞いたら、やはり島以外の需要に応えるためで、欧米人もバリ島でよく仏像を買っていくのだとか。この仏像、安いわりにはわりとよく出来ている。・・・のだが、こ、こ、こんなところにお香を立てるとは・・・こんな不謹慎な仏像、仏教国のタイでは絶対に考えられない。さらにお香が短くなってくると、敬虔な仏教徒なら怒り出しそうな不謹慎な姿となる。タイでは絶対に作らない、いや、こういう発想そのものがありえないだろう。しかも、このお香セット。左右の袋入りのお香・・・一見、底まで袋だと思うでしょ? ところが・・・なんと、上げ底!いや~、かつて東南アジアといえば、こういう粗悪なダマシが幅をきかせているイメージがあったが、いまだにコレですか。しかも、恐れ多くもブッダ像を象った品で・・・やっぱり、いろいろな意味で、雑貨を捜すならタイのほうがいい。タイ人売り子はビックリするぐらい「押し」が苦手で、「買って欲しいな~」という表情はアリアリなのだが、交渉は超ヘタクソだ。ディスカウントをエサに、食い下がられて疲れることはあまりない。商売がうまいのは、目の細い中華系と相場は決まっている。それに、タイ人は売り込みやディスカウントには消極的だが、買ってもらったときは、必ず丁寧にお礼を言う。そういう礼儀を大切にするという面では、とても日本人に似ている。バリでは、すぐに「いくらなら買う?」と聞かれるのが、ハッキリ言ってかなりゲンナリした。値段聞いたら買うってわけじゃないのだよ。買わないとなると、わりと露骨に「チェッ」という顔をしてくる売り子も多い。値段交渉には熱心だが、それでエネルギーを使い果たすのか、買ってもらったあとの「ありがとう」もおざなり。商品に対する愛情や誇りが感じられる売り子は皆無といってよかった。頭にあるのは、「どのくらい値引いたら買ってくれるか」だけ。原価があり、利鞘があるのは、商品なら当たり前のことだが、最初はできるだけ吹っかけて、あとは原価を割らないように利鞘を確保することだけを考えているのがこうもミエミエでは、買い手だってウンザリする。このほかに、バリ絵画のギャラリーにも連れて行かれたのだが、バリ絵画はガイドブックではなにやら賞賛されていたのだが、実際に見ると、相当に酷いものだった。絵画芸術は常にパトロンを必要とするが、観光客は史上最悪かつ世界最悪のパトロンなのだ。絵描きだという案内役が途中から押し売りに変身して、「いくらなら買う?」が始まる。絵描きに営業なんか、させちゃいけません。絵を描きたいなどと思う人間は、そもそも営業のセンスなんてゼロなのだ。才能の方向性が180度違う。絵画芸術だけがもちうるオリジナリティをないがしろにして、雑貨と同じノリで売ろうとしてはダメ。その基本がわかっていないのではないか。売れる価格帯や観光客が欲しがる絵柄や構図を考えながら描くような絵は、キャンバスの浪費でしかない。そんなインテリアなら写真でも織物でも、別の媒体でできるはず。ダメだ、バリ島。バリの雑貨や工芸品は、日本では今はまだそこそこ需要があるが、作り手までこういう態度なら、ハッキリ言ってこの島の工芸品や芸術品に、アートとしての将来性はないと思う。永遠に買い叩かれ、手ごろな値段で売れるものしか作らなくなる。いや、作れなくなる。そうなると、職人の腕も上がらない。悪循環に陥って、あとはさらに物価の安い国の職人との値段競争。さらに、現地の雑貨だけでなく、有名ブランド店をテナントに入れている街中のこぎれいな免税店がつまらないのはハワイとそっくり・・・と思ったら、同系列の免税チェーン店だった。こういう巨大資本が、同じような免税店を世界中のメジャーな観光地に作り、旅をさらにつまらないものにしている。返って面白かったのは、デンパサール空港の免税ショップ。古くてショボい空港なのだが、諸手続きを終えたあとに待ち構えている免税店は、まるでタイのナイトバサールのような猥雑な雰囲気。店数もかなり多く、露店がそのまま越して来たよう。ロゴやデザインだけ見たら高級ブランドそのもの、ただしオリジナルにはある機能がゼロの腕時計が、破格の値段で売られていたのは・・・熱帯の夜が見せた幻だということにしておこう。
2010.02.14
バリは初めてのMizumizu。チェンマイのときもそうだったのだが、バリ雑貨を見るのをかなり楽しみにしていた。まず、なにはともあれ欲しかったのは銀製品。ガイド氏に伝えると銀細工を多く作っているという村へ連れて行ってくれるという。だが、実際に着いたのは、銀製品を作っている小さな工房兼ショップだった。ショップは規模が小さいうえに、同じようなデザインのものばかり。「めずらしい一品もの」は皆無で、「手ごろなお土産」しかない。これなら、チェンマイの銀製品の工房のほうが遥かにいい。あそこで買ったオールドシルバーのネックレスは品質もよかったし、他では見ない掘り出し物だった。ニマンヘミン通りの銀製品のショップにも、「その店にしかないオリジナル商品」がたくさんあった。バリの銀製品の工房は、中途半端に量産している雰囲気で、同じペンダントトップが山ほどある。しかも、売り込み攻勢が激しいのなんの。どんどん奨められ、いったん値段を聞くと、電卓をもって店員がつきまとい、いきなり「2X%ディスカウントぉ」と値引きした額を電卓に打ち込んで見せる。そういうのって、ディスカウントではなく、単なる二重価格だと思うのだが。しかも、ディスカウントした言い値ですら、高い。これなら吉祥寺あたりにあるこじんまりとした銀のアクセサリー店のほうがよっぽど気が利いたものを売っているのでは?工房(というほどのものではなく、銀に細工している作業風景をちょっと見せるだけ)から案内役がぴったりくっついてきて入るショップは小さいので、買わずに出てくるのはかなり気が引ける。実際、孤立した場所にあるこの工房兼ショップには、次々にバンが横付けされ、2~3人の日本人グループが送り込まれてきた。日本人は素直によく買っていた。Mizumizuもせっかくだったので、バリに来たら買おうと思っていた大きめのペンダントトップを2つ買った。スネークスキンタイプの太くて長いチェーンはチェンマイで買ったもの。これに合う量感のあるトップが欲しかったのだ。右はバリ文字を象ったもので、お守りとか魔よけの意味があるらしい(詳細は、案内役やガイド氏の日本語が不明瞭でよく理解できなかった)。スイング型になっているのが少し凝っている。左は細かい模様の入ったナイフと、そのナイフがくりぬかれたようになっている平たいパーツとの組み合わせがおもしろい、ユニセックスなデザイン。最初の「ディスカウント価格」が1,200,000ルピア(1万2000円)と、――おいおい、チェーンなしのペンダントトップ2つでかい? それじゃ日本より高いじゃん。と突っ込みたくなるような値段だった。交渉したが、あまり思い切りよくは下げない。「コレ、本物ノ銀ダカラ・・・」と涙目になるお姉さん。いや、それはわかってますけど。ま、あれよね。日本人を送り込んでくるガイドにもキックバックを払うのだろうし、そうそう安くはできないということですか。結局2つで890,000ルピアで折り合ったのだが、現金をあまりもっていなかったので、カードで払おうとしたら、手数料をもってくれと粘られ、結局916,700ルピア(約300円増し)になった。値引いてもらってトクした気分より、値段交渉で疲れたという印象のが強い。銀のペンダントトップが1つ5000円弱というのは、そんなにべらぼうに安くはないし、特別すぐれた品質のものというわけでもない。あとで、免税ショップなども見たが、そこよりは確かにこの工房のもののほうが「多少」安かったかもしれない。デザインは好き好きだし、品質に関しては、免税店にあるのも、この工房にあるのも、あくまでお手ごろなお土産。ウブドの町中の宝石店では、もっとよいものも見かけたのだが、よいものは値段もそれなりだった。要するに、「抜群のお買い得感」は皆無なのだ。いや実際、雑貨やアクセサリーで個性的な掘り出し物を見つけようと思ったら、明らかにチェンマイのほうがいいと思う。銀工房のあとは、「ここならバリ雑貨が何でも揃いますから」という店に連れて行かれた。ウブドの郊外だが、やはり孤立した場所で、またもどんどん日本人が送り込まれてくる。ホテルではほとんど日本人を見かけなかったのに、案内される店はどこも日本人客ばかりとは。実に奇妙な体験だった。「ここは、ディスカウントしてくれます」のガイドの言葉どおり、レジで16%引きにしてくれたのだが・・・だから、それはディスカウントじゃなくて、単なる二重価格でしょうが。そこで買ったバリ・コーヒー。熱いお湯に溶かして飲む・・・というと、インスタントのようだが、味と香りはぐっといい。右の「スタミナ・コーヒー」は、ジンジャーやシナモンの入ったエキゾチックな味。これも非常に気に入った。もっと買ってきてもよかったナ。そしてバリの塩。なんと袋には日本語が。つまり輸出用の商品ということか? これじゃ全然ありがたくない(笑)。「バリの塩は甘みがあって美味しい」と、バリフリークの人が書いた本にあったのだが、今の東京は世界各国の上等の塩がいくらでも手に入るせいか、味はたいしたことなかった。しかも、先日日本橋の三越の地下で、「ピラミッド形のバリの塩」というのを見つけてしまった。粒が大きく、本当に1粒1粒がピラミッド形をしている! こういう高級品は、ダイレクトに日本に入ってきてしまうのか、お土産屋では見かけなかった。なんのためにわざわざ買って運んできたのやら。トホホ。沖縄でいろいろ買って東京に着いたとたん、「わしたショップ」に全部同じものが同じ値段であることに気づいたときと似た気分だ。定番の「バリっぽい」Tシャツ。日本人客で溢れた店では、店員が、「これは、バリっぽい」と言って、確かにバリっぽいものを奨めてくる。「バリっぽい」ってフレーズ、よっぽど日本人が使うんだろうか?このTシャツ、中央部分がプリントではなく、更紗になっている。昔・・・♪土手のすかんぽ ジャワ更紗昼はほたるがねんねするという歌を昔どこかで聞いたことがあるような気がする。ソレですかね? 確かに美しい。しかし、Tシャツ1枚166,000ルピア(1,660円)とは、かなりのお値段。7枚1000円の「色落ち」して「ときどき穴があいていて」「1度洗濯したら」ダメになるという、路上の物売りのTシャツは、どんなものだったんだろう・・・と逆に気なった。ガイド氏を振り切って買ってみても話のネタになったかもしれない。<続く>
2010.02.13
キンタマーニ高原に行くなら、午後より朝のほうがいい。お昼をすぎると曇ってしまう・・・というような情報をネットでゲットしていたのだが・・・1日でできるだけいろいろ見ようと欲張ったために、到着は午後1時をすぎた。棚田のあるデガラランから細い田舎道を行く。したたるような緑の並木が立ち並ぶギリギリ2車線の舗装路。どんどん標高が高くなり、涼しくなった。窓の外も高原めいた風景に変わっていくのが楽しい。道々、民族衣装の女性が頭に大きな籠を載せて歩いている姿を何度も見かけた。道端の露店には、みかんやマンゴスチンなどの果物が山積みで売られている。途中、みかん畑も通った。「ホラッ! みかんがなっています」と指差すガイド氏。・・・別にみかん畑って、日本でも珍しくはないけれど(笑)。ガイド氏は、キンタマーニ高原最大の見どころだというバトゥール山と湖が見下ろせる観光客向けバイキング・レストランになんとか午後2時までにねじこみたかった様子(たぶん、ランチタイムが2時までなんだろう)。晴れていれば、絶景が見下ろせるらしいのだが、あいにくMizumizuたちが着いたときには・・・霧しか見えませんでした・・・おまけにテーブルに着くやいなや、激しく雨が降ってきた。ウエイターが飲み物のメニューを持ってくると、Mizumizuたちの前に立ちふさがるようにしてガイド氏、「飲み物、何か頼んでください」と強要。それはウエイターの仕事だと思うのだが・・・「何にしますか?」畳みかけるガイド氏。メニューをまだ見てないっちゅーの。「マンゴージュースが美味しいですよ」そうですか。マンゴージュースは大好きなので、じゃ、それで・・・確かにここのマンゴージュースは濃厚で、相当に美味しかった。ホテルの朝食がマズすぎるだけという気もするが・・・ Mizumizu連れ合いは、ジンジャーティーをオーダー。これも非常にグッド。バリ島では、ジンジャー(生姜)をよく使う。コーヒーもジンジャー入りのものがあった。バイキングで並んでいる料理の味は、悪くはなく、そこそこと言えるのだが・・・結論から言うと、インドネシア料理って、あまり口に合わないとわかった。来る前は、ミゴレンというインドネシア風焼きそばに期待をしていたのだが、パンチのないのびた焼きそば以上のものだとは思えず。料理の彩りもイマイチ・・・ タイ料理は大好きなので、なんとなくインドネシア料理も気に入るような気がしていたのだが、幻想だった。そういえば、東京でもタイ料理やベトナム料理は評価が高いが、インドネシア料理の美味しい店というのは、あまり聞かない(知らないだけか?)。気に入った料理はとても少ないのだが、その数少ないうちの1つが、サテという串焼き(写真奥)。これは何本でもイケます。なのだが・・・サテはタイにもあるし(こちらのエントリーを参照)、正直言うと、タイのサテのほうが美味しかった。白米ご飯も、日本で典型的にマズいとされるボソボソした長米しか食べられなかった。タイの素晴らしい香り米がひどく懐かしい。けっきょくキンタマーニ高原のこのレストランでは、サテばかり食べていた気がする。それで請求された値段が、2人で270,000ルピア(2,700円)。物凄い量を食べる白人のおっさんたち↓↓には安いかもしれないが、サテばかり食べてるウチらにとってみれば、なんだかえらく高い。それにこのレストラン。ガイド氏は最初「1人100,000ルピア」と言っていたのだ。ところが入ってみると、飲み物は別に強要されるし(それもガイドに)、タックスが21%付いて、結局は上の値段。この21%というのは、別の店では「サービス料」と言われたのだが、とにかくバリのレストラン(少なくとも観光客の行く)では相場らしい。21%ものタックスだかサービス料がかかり、かつ飲み物も別に頼むのを強要されるのに、「1人100,000ルピア」とだけ言って連れて来るところが気に入らない。「1人100,000ルピア。それに飲み物とタックス21%が別にかかる」ときちんと伝えるべきだろう。額の大小ではなく、それはあくまで商売の透明性の問題。海外に行くと、なんでもかんでも安く感じた時代もあったが、それも今ははるかなる昔。東南アジアでさえ、「なんか高いなあ・・・」と思ってしまう東京人。それだけ東京のメシが安くてウマイということだ。いつの間にこうなったんだろう?肝心の景色のほうは、食べてるうちにだいたい雨が上がってくれて、霧の間にまに、山と湖を少し覗くことができた。緑の濃さはさすがに熱帯。火山と湖という眺めのせいか、北海道の摩周湖がまず頭に浮かんだMizumizu。このバトゥール湖は、ウィキペディアに「火口湖」と書いてあり、それにならったネット上の記事も多いのだが、こちらの航空写真を見ても、火口湖ではなくて、カルデラ湖だと思うのだが。バトゥール湖はカルデラの一部が湖になったカルデラ湖、そして食事をしたレストランは外輪山にあったのでは?しかし、飛行機で7時間半もかけ、さらに90ドルかけて車をチャーターして、何時間もかけてワザワザ来た場所が、「摩周湖みたい」じゃ、あんまり・・・なので、黙っておこうっと思ったとたん、横でMizumizu連れ合いが、「これなら、洞爺湖のウィンザーホテルからの眺めのほうが凄いよなあ・・・」あ~、言ってしまった。「こっちに中島の見える洞爺湖、反対側に羊蹄山だろ。絶景だよな」そうなのだ。北海道のウィンザーホテル洞爺湖は山の上にあるので、めったに晴れないという欠点があるのだが、そのかわり、晴れたらその絶景は、確かに凄い。しかし、飛行機で7時間半もかけ、さらに90ドルかけて車をチャーターして、何時間もかけてワザワザ来た場所なのだよ。強いて比べないようにしているMizumizuの気も知らず、「それに道東の美幌峠からの眺めと比べたって、あっちのが雄大だろ」寅さん、それを言っちゃあ、おしまいよぉ。
2010.02.11
バリ観光旅行の下調べをして思ったのは・・・バリ島は案外大きく、観光スポットが離れているということ。いきなりレンタカーというのも不安があるし、そうなるとタクシーのチャーターか、現地旅行会社のオプショナルツアーに申し込むしかない。しかも、改めて調べて知ったことなのだが、こんなに有名な島なのに、「世界遺産」がない。隣りのジャワ島のボロブドゥール遺跡やプランバナン遺跡のみ。「世界遺産」登録そのものが、かなりバーゲンセールになってきているというのに、1つもないとは。つまり・・・寺院建築だとか、自然の景観だとかで、圧巻のものはそもそも存在しないということか。う~む・・・ ますますわからなくなってきた。バリ島にハマる人って、日本人ではかなり多いイメージがあるのだが、みんな何が気に入って通っているのだろう?タクシーのチャーターについては、ウィキペディアによれば、「しっかり交渉すれば、1日200,000ルピア(2000円)ぐらい」と書いてあるのだが、街中を回るのか、遠くにいくのかで事情が違うだろうし、実際にタクシーをチャーターした人の体験談を読むと、ドライバーとの相性のようなものもあり、自分勝手な人に当たってしまうと、不快な思いをするという・・・フムフム、それはありそうだ。旅行会社の設定しているオプショナルツアーは非常に数が多いのだが、2~3箇所回って、1人45ドル・・・など、案外設定が高いのだ。ヌサドゥア・ビーチからだと、どこに行くにも時間がかかる。とりあえずピックアップしたのが・・・(1)ブサキ寺院 バリ・ヒンドゥー教総本山の寺院。(2)ウブド バリの文化芸能の中心地。(3)デガララン(ウブド郊外)の棚田。(4)キンタマーニ高原。(5)タナロット寺院 海上に浮かぶ岩島の上に建てられたバリで最も有名な寺院。夕日のメッカ。(6)ワルワツ寺院 ケチャック・ダンスも見られる夕日鑑賞スポット。ヌサドゥアから一番近い。の6つ。最初、一番面白そうに思ったブサキ寺院は、「寺院内に入れない」「ガイド詐欺が多い」などと書いてあり、しかもヌサドゥアからだと、クルマで2時間半とかなり遠い。往復5時間!? そこまでして行くより、せっかくのビーチ休暇なので、海辺でゴロゴロしていたほうがいいかもしれない(←すっかり堕落)。2つ目の棚田(ライステラス)は、バリに行った人がかなりの高率で棚田の絵葉書を送ってくるし↓↓個人的に心惹かれた。ウブドの近くだというので、ウブドの町とあわせて行きやすいような気がする。そこで、Mizumizu連れ合いに、「棚田って、どうかな~? 見たい?」と聞いてみたら、ニベもなく、「棚田~? そんなもの見たいの? 棚田なんてさ、姨捨にあるよ。それにヤシの木を頭の中で合成すればいいじゃん!」お、おばすて・・・地名も凄いが、それがいきなり出てくるところがさすがに信州人。ま、つまり、棚田なんて、わざわざ見に行くほどのものではないと思っているということネ。ネットで姨捨の観光協会のページを見たら・・・確かにありました。棚田の写真(上のサイトから借用した写真です)。そういえば・・・10代のころ住んでいた山口にも有名な棚田があるのだ。これは、こちらの観光案内サイトから借用した写真。実は・・・山口に暮らしながら、行ったこともなく、そもそもこの棚田の存在そのものを知らなかった。有名な写真スポットだと教えてくれたのは東京の友人。ほかにも、白馬の青鬼という村にも棚田はある。こちらの個人サイトの写真が綺麗。もちろん、国指定の名勝「白米の千枚田」もある。ここも行ったことないのだが・・・確かに、日本の棚田にヤシの木が立ってる・・・だけの場所かもしれない? それに、バリの棚田の写真って、上の絵葉書もそうだし、このように、ネットの観光サイトに載ってる写真もそうなのだが、よくよく見れば、写真のアングルが違うだけで・・・明らかに、全部同じ場所!フィリピンには棚田の世界遺産があるが、この圧巻の規模とは比うるべくもないない。ないが・・・と言って、フィリピンに棚田見に行く予定もないしなあ・・・ウブドは絶対に行きたいし、そこから近いわけで、やっぱりどうせなら見ておきたい。そう思いつつ、バリに着くと、お迎えの現地旅行会社のガイドさんが、ホテルに行く車中で、オプショナルツアーの売り込みを始めた。運転手とは別に日本語を話すガイドがつき、朝8時半にホテルを出て、バロン・ダンスを見て、そのあとウブド方面に向かう。そこで銀製品の店に寄り、バリ絵画を見て、デガラランの棚田に寄り、キンタマーニ高原でお昼を食べて、雑貨中心のお土産屋で買い物。さらに湧き水の出る寺院を見て、ウブドのメイン・ストリートを歩き、そのあとデンパサールの近くでケチャック・ダンスを見るという1日コースで、2人で90ドル・・・とのこと。ホテル代と飛行機代だけがセットになったツアー(参加者は我々2人のみ)で、空港からホテルまでの送迎があるというのが変に親切だな・・・と思ったら、コレだったわけだ。バリ初心者の観光客に、車中でオプショナルツアーを売り込む。バリというのは、不慣れな観光客が個人で観光スポットを巡るのが本当に難しい島。1日で90ドルという値段も、相場から考えて高くもないし、いきなり街中でタクシーをチャーターして、よくわかっていない観光スポットを回るのも不安があるので、即決でお願いすることにした。ブサキ寺院は、どうでもいいや。朝ホテルのロビーに行くと、同じように「お迎え」を待っているゲストがたくさんいた。やっぱりバリ初心者は、こういう割高の観光にならざるを得ない。棚田以外にその日に連れて行ってもらった場所については後日おいおい書くとして、お目当てだった、デガラランの棚田は・・・思ったとおり、箱庭的に狭い場所だった。バリの棚田の絵葉書は、ほとんどここで撮られている。Mizumizu「姨捨の棚田と同じ?」Mizumizu連れ合い「う~ん、まあ、谷が深いからね」そう谷が急に深くなっている場所なので、田んぼ1枚の幅が狭く、小さい。それが視覚的な変化を生み、確かに一見の価値ありの景観を生み出している。「ここの水は山から引いています」とガイドさん。白馬の青鬼も確か、村人手製の水路で山から水を引いていたと聞いた覚えがある。しかし、このデガラランの棚田鑑賞スポットは、物売り攻勢が激しい。クルマから降りると小さな子供の物売りが寄ってきて、絵葉書を見せながら、「100円、100円」と付きまとった。ちなみに後日スーパーで買った絵葉書は1枚3,500ルピア(35円)。ということは、物売りの子供から3枚100円で買えば、スーパーよりは安いことになる(?)。おじいさんの物売りが、なにやら彫り物を見せて、「2つで1000円」などと寄ってくることも。タイでは一切見なかったなあ、こういうアグレッシブな物売り。ただし、タイには身体の不自由な物乞い(いわゆる乞食)が多かった。観光客の集まる寺には、足のない子供などが物乞いをしていた(もちろん親が連れてきているのは明らか)。バリでは、子供の物売りが多かったが、物乞いは見なかった。バリのガイドさんは、こういう物売りにえらく冷たい。「ノー、サンキューと言ってください!」と強く念を押された。しかし・・・「Tシャツ、5枚で1000円」と言ってた物売り諸氏、30秒後には、「7枚で1000円」に値下げして、たくましく付きまとってくる。7枚で1000円だったら、使い捨てのつもりで買ったって悪くなさそうなんだけど?ガイドさんは、「1度洗濯したらもう・・・」「色落ちしてひどいですよ」「穴が開いてるのを売ったりする」と、あくまで「絶対に買うな」調。でもって、「相手にしないでください。あとで、ちゃんとした店に連れて行きますから」って・・・アンタの都合か!?自分の連れて行く店で買ってもらいたい気持ちはじゅうじゅうわかるし、実際にこのガイドさんが連れて行ってくれた(日本人客だらけの)店は、値段は高いがよいものを置いている店だった。物売りが売ってるのは、よく見ればあっちもこっちも同じだし、多少ふっかけて、安くするというテクニック(というほどのものでもないが)も同じ。でも、同じバリ人がやってることではないか? 旅行会社のガイドが、トラブルを恐れて、必要以上に現地の治安や土地の商売人のことを悪く言うというのはありがちなことだが、粗悪なものを安く売るのは別にサギではない。買うほうが納得して払うのだから、そこまで悪く言って、彼らの商売を妨害する必要もないように思うのだが。おまけに、このデガラランの棚田スポット、観光客が捨てていくのか、周囲の道にはペットボトルやらお菓子の袋やらが散乱していて、汚いことこのうえなし。棚田の中までゴミを捨ててる輩はさすがにいなかったが、これじゃ、ここで作業している農夫が気の毒すぎる。
2010.02.08
朝起きるとさかんに鳥の鳴き声がしている。「や~ねえ、スピーカーで流して演出してるの?」と思ってしまったMizumizu+Mizumizu連れ合いは、完全に堕落した都会人。窓を開けると、本物の野鳥のさえずりだった!乾季は埃っぽくて目薬がいるという話もあるバリ。Mizumizuが訪れた1月末から2月初めは雨季の真っ最中で、何度も激しい雨にも見舞われたのだが、これが不思議と不快ではなかった。バリの雨は突然降る。叩きつけるような雨だ。写真にも雨粒が写っているのが、わかりますか?待っていればやがてやむ。本当に一過性のシャワー。部屋のバルコニーから、ヤシの木に降りかかる熱帯特有の強い雨を見ていると、それだけで陶然となった。まさにサマセット・モームの世界。雨がやんだバルコニーには、しょっちゅう来客があった。なんとそれは、「リス」。バリで見たリスは、まるでムササビのようにアクロバチック。高いヤシの木の垂れ下がった葉の先のほうまでチョコチョコやって来て、そこから近くの建物や別の木に飛び移るではないか。落ちたら死ぬと思うのだが・・・こちらはプールサイドのヤシの木で見かけたリス。後ろ足だけで幹をつかんで完璧にさかさまになり、しきりとナッツを食べていた。ある日、バルコニーと部屋の扉を開けたまま、朝食に出て、部屋に帰ってきたら・・・このリンゴ、一瞬、Mizumizu連れ合いが食べ散らかしたのかと思い・・・Mizumizu「なんつ~、食べ方してるの? リンゴ・・・」Mizumizu連れ合い「えっ?(とリンゴを一瞥して) オレじゃないよぉ。これ、完全に齧歯類の食べ方じゃん」はっ? 齧歯類? そう言われてみれば、歯型の幅が狭くて深い。人間でこんな出っ歯は確かにいまい。どうやら、バルコニーに来るリス君、開いていたドアから入ってリンゴを見つけて試食してみたものの、あまりお気に召さなかったのか、すぐにやめて出て行ったよう。リスや鳥と一緒にくつろぐプールは、見かけはなかなか・・・なのだが、この大きなプールは水が汚い。チェンマイのマンダリン・オリエンタルのプールとは雲泥の差。もう1つ小さなプールがあり・・・こちらは海水を使っているとかで、水もきれいだった。プールには更衣室や室内シャワーがない。部屋で着替えてこいということだ。こういうところが、マンダリン・オリエンタルとの違い。あちらのホテルは、必ずプールに専用の更衣室とシャワーがあり、チェックアウトしたあとも使えて便利だった。ウェスティン・ホテルはスタッフの数も少ないので、自分でバスタオルをスタッフからもらって、寝椅子にセットしなくてはいけない。オリエンタルのように、ミネラルウォーターをもってきて置いてくれる、なんてこともない。こういうところが全部、少しずつ違う。もちろん、その分安いのだから、仕方がない。逆に、ほったらかしの気楽さもあり、本当は夜は7時までのプールなのだが、暗くなってから泳いでも文句は言われない。夜のプールもかなりムーディ。プールサイドでは自転車の貸し出しもあり(1台1時間=300円)、ヌサドゥア・ビーチに並んで建っているホテルのプライベートビーチを縫うように作られた海辺の遊歩道をサイクリングして楽しむことができた。ヌサドゥア・ビーチのホテルは、どれも似たりよったりだったのだが、高級感で際立っていたのが、クラブメッド(Club Med)。これが、わがウェスティン・ホテルのプライベート・ビーチの現実だが・・・同じプライベート・ビーチでも、クラブ・メッドのほうは、こう。これなら、「最高級ホテル」と言って間違いないだろうし、パンフレットに載っているイメージ写真と現実が、さほど違わないのではないだろうか。芝生に影を落としたヤシの葉が綺麗で、思わずシャッターを切ってしまった、クラブ・メッドの敷地内。だが、クラブ・メッドって、泊まった人でいいと言ってる人が、Mizumizuの周囲にあまりいないのだ。実際のところ評判いいのか悪いのか、よくわからないクラブ・メッド・・・そのせいか、きれいなわりには食指は動かなかった。値段のこともあるし、今回のバリ島の滞在はウェスティンで、まあ満足。といっても、バリ島はホテルが有り余るほどあるので、次もし来たら、別の場所の別のホテルに泊まろうと思うけれど。
2010.02.07
今回泊まったのは、ヌサドゥア・ビーチにあるウェスティン・ホテル。同ホテルのホームページにアクセスすると、まず出てくるのがこのウェスティン・ホテル・バリのプールの写真。ということは、ウェスティン・ホテルグループの中でも、いいほうの部類に属するのだろうと思うし、星も確かに最高級の5つ星。ホテルのプライベートビーチのイメージ写真↓↓も素晴らしい。のだが・・・実際には、安いレートで団体客を目いっぱい受け入れている、名ばかり高級リゾートになっていた。Mizumizuたちも飛行機チケットと抱き合わせで、安く取った。延泊しても2人1部屋で1泊7000円と、かなり安い。安くするとどうなるか? サービスが落ちる。まず典型的なのが、朝食。朝食会場は、緑豊かな池に面していて、そこに美しくも珍しい鳥が飛来したりして、熱帯のムード「は」抜群。バイキングの数も多い。種類だけは凄い。こんなふうに完全に洋食スタイルにすることもできるし、中華も和食もある。パンも種類が多い。のだが・・・どれもこれも、味が相当イマイチ。種類だけ並べれば、どれか食べられるものがあるでしょ、とでも言われている気がしてくる。タイと比較して勝っていたのはコーヒーだけ。さすがコーヒーの名産地インドネシア。甘い香りと深い苦味は他ではなかなか味わえないコーヒーが、ふんだんに出た。だが、団体客をたくさん入れているので、本当に騒がしく、テーブルもキチキチで、優雅さゼロ。熱帯らしく果物も生ジュースもスムージーもあって・・・う~ん、さすがに、南の島! と言いたいところだが・・・なんだ、このマズイ果物は! 街に出れば、もっと美味しそうな果物が店先に山積みになっているというのに! ガイドさんにもらって食べたマンゴスチンなんて、タイよりぷくぷくと丸く大きくて、味もよかったのに、なんだってこのホテルでは一度も朝食に出さないだ!? 味のないメロンとか、パサパサのパイナップルとか、こんなもん、一体どこで仕入れてるの? 結局スイカが一番美味しいって、どういうことですか、え?おまけに、生ジュースのマズさは、人をバカにしてるのか? スムージーも飲めたもんじゃない。これじゃ、タイの空港で飲んでしまった「タイ最悪のスムージー」をはるかに下回るわ!ここまで客を舐めてる朝食、久々に食べた。そのせいなのかどうなのか、「日本人に人気のホテル」と聞いたのに、日本人客はとても少ない。聞こえてくるのは圧倒的に・・・ロシア語!どうしてロシア人がこんなにたくさん来ているのだろう。ビザ協定でも結んだのか? 次に多いのが・・・中国語!日本人よりどう見ても中国人のほうが多い。世界の観光市場から日本人が退場している現実を如実に感じた。どうしたんでしょう、日本人? バリには飽きてしまったのでしょうか? 世界中でカモられまくって、海外旅行にウンザリしましたか?かつてバリの観光客は、日本人とオーストラリア人がほとんどだったとか。だが、今は街中の観光客相手のレストランの歌手(←レストランでは、やたらと生演奏が多くて、実にうるさい)も、「スパシーバ!」「シェーシェー!」と言っている。しかし、一度行って損はない島だと思いますよ。飛行機代とホテル代が抱き合わせになった安いチケットも出回っているし、まだ行ったことない方は、考えてみては?さてさて・・・朝食は高級難民キャンプ状態のウェスティン・バリ。プライベートビーチはどうかというと・・・確かに、上に紹介したような「コクーン」と呼ばれる「くつろぎスペース」は海岸に並んでいた。だが・・・現実はこれ。おお、イメージ写真との、なんという違いでしょうか。プロの写真家って、本当に凄い。確かに同じモノがあるのだが、全然違う場所のようだ(苦笑)。ビーチの砂は踏み荒らされ、コクーンは突然の雨に備えた銀色のビニールシートがくっついていて、これまた高級感に乏しい。海はといえば・・・晴れた日に、こう撮れば、まあまあに見えますかね? ヌサドゥア・ビーチ。透明度も高そうに見える?でも実際は・・・あまりきれいじゃない! 水面にはなんだかいろいろなものが浮いてるし、水も濁っている。沖縄のほうが、海は圧倒的にきれい(ただし、今回泳いだのはヌサドゥア・ビーチだけなので、他にもっときれいなビーチがあるのかもしれない)。さらに、天気の悪い日の、引き潮の時間になると・・・どどど~ん、とこんなにキタナクなる。海底の海草が砂浜にむき出しになり、まるで冬の日本海。ただし、暑いのだが・・・ヌサドゥア・ビーチというのは新しく開発したエリアらしく、大型ホテルが立ち並んでいるだけで、歩いてぶらっと楽しめる街もない、いわば孤立したリゾート地。その分セキュリティはしっかりしていて、まあとりあえず、爆弾テロの恐れはほとんどない。空港から送迎バスで観光客が、この閉ざされたエリアにじゃんじゃん送り込まれてくる。いったん入ってしまうと、個人ではとても出にくい。そうした場所だということは、あらかじめわかっていたのだが、実際に泊まってみると、「隔離された高級難民キャンプ」という印象を、やはり強くもたざるを得ない場所だった。
2010.02.06
暖かいバリから寒い日本へ帰って来た。バリ島の印象を一言で言えば、「思った以上に気候・風土がよく、想像以上に観光地化が進んでいた」ということになる。日本語があまりによく通じるのに驚いた。ここまで日本語が通じるのは、ハワイぐらいしか知らない。公共交通機関を使った自由行動がしにくいのもハワイと似ている。普通の観光客が名所スポットを回ろうと思うと、オプショナルツアーを含めた現地のガイドに頼るか、タクシーをチャーターするほかない。レンタカーは島の交通事情に慣れていない人間には怖い感じ。バイクの走り方がかなりラフで、なんと2度もバイクの事故を目撃した日もあった。国際免許書は通用せず、運転をしたい外国人は現地で簡単なテストを受けるのだとか(答えを教えてくれるという話もあり??)。現地の物価は、観光客相手の場所だと案外高い。ハワイほどではないにせよ、タイのチェンマイのほうが物価は一般的にずっと安い。工芸品の類も、観光客相手の手ごろなものばかりになってしまっていて、銀製品にしろ雑貨にしろ、チェンマイの職人のほうがはるかに力量が上で、面白いものがあった。バリ雑貨が、期待外れだった・・・というより、もう東京にはバリ雑貨があふれていて、目新しくもなく、たいしてお買い得感もないというのが本当のところかもしれない。「定価という概念がない」とも言われる場所なので、大量に安く仕入れれば、現地の小売とさほど値段差もなく日本で売れるのだろうと思う。気候は思った以上に快適。タイのバンコクは湿気が酷く、空気も悪かったし、チェンマイのほうは蚊に悩まされた(これは季節もあったと思うのだが)。バリ島では、海辺のホテルに滞在したせいか、海風が心地よく、雨季にもかかわらず(バリ島では1月が一番雨が多いよう)、湿気で不快な思いをすることがなかった。蚊が少なかったのは、本当に驚き。でも、ハエは多くて、ホテルのテラスで食べていると、ハエがさかんにたかってきたのには閉口。雨は降るのだが、一過性のシャワー。気温は30度と、暑いことは暑いのだが、東京の真夏のように、べったりと汗が服にはりついて、ついでに空気も汚くて不快・・・ということがない。この風土の魅力が多くの人を惹きつけるのだろう。実際、身体の調子がすごくよくなった。適度に湿気があって、しかも空気がいいせいか、アトピーが目に見えて改善。寒い東京では外出する気にもなれず、自宅で仕事ばかりしていて、ウツウツと気分も落ち込んでいたのだが、バリでは海岸沿いの遊歩道を自転車で走ったりするだけで楽しかった。ウツっぽい人は、やはり南の島に行くといい(帰国したら元の木阿弥蚊も知れないが・笑)。しかし・・・曇っていた日にプールと海で少し泳いだだけで、赤鬼のように真っ赤に日焼けしてしまったのには驚愕! チェンマイではもっと晴れた日に泳いでも、これほど焼けることはなかったのに。さすがに赤道直下の太陽は侮れない。さてさて・・・実際的な話でビックリしたのが両替事情。なぜかバリでは空港の両替所もホテルもレートが変わらなかったのだ。街中の両替商が一番レートがいいそうだが、見て回った限りでは、レートが一番悪いのもいいのもウブドという街中の両替商だった。一番いいレート 103ルピア(1円)ホテルや空港など通常のレート 100ルピア(1円)一番悪いレート 99ルピア(1円)現地のレートは、数字が上がっていくほうが自分にとって「レートがいい」ことになる。ちょうど日本でドルの数字が下がっていくほど円が強いということになるのと逆の理屈だ。街中の両替商は、手品のようなゴマカシをするそうで、いったんきちんとルピアを見せたあと、札をまとめるフリをして、そのときに何枚かお札を机の下に落としてわたさないようにするとか・・・(苦笑)。街中で両替はしなかったので、その手品にはお目にかかれなかったけれど。またさらに驚いたのは、ガイドさんに連れて行ってもらった銀製品の店のレートが、1円で102ルピアと案外よかったこと。店のレートがいいって・・・生まれて初めての経験。両替しなくても、日本円が使えてしまう店も多く、レートもたいして悪くないということだ。「500円玉でもいい」と言われたときは、「ええっ? 硬貨も取るの?」と心底たまげた。植民地ですか? まったく・・・ルピアは昔のイタリア・リラのようにゼロが多い。ルピア札のゼロを2つ隠すと、だいたい日本円になる。10,000ルピア = 100円(だいたい)短期間の旅行で、しかも初めてだと、1,000ルピア(10円)と10,000ルピア(100円)をうっかり間違えるので、くれぐれもご注意を。そうそう、VISAは事前に申請する必要はないのだが、バリ島の空港で1人25ドルを払ってその場で発行してもらう必要がある。ちょっと前まで7日のVISAがあり10ドルだったのだが、7日VISAは廃止となり、滞在期間が少なくても25ドルの30日VISAを申請するしかなくなった。これは知らなかった日本人が多く、10ドル差し出した空港の窓口でいきなり「25ドル」と言われて右往左往していた。ちなみに出国の際には、1人15万ルピア(1500円)が必要になるので、これも残しておこう。結構、いろいろ細かくお金を徴収されて面倒な国だ・・・そのせいもあるのかないのか、インドネシアというのは、シンガポールやマレーシアやタイより年間の観光客数が少なく、そのほとんどをバリ島に頼っているのだとか。
2010.02.05
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