2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1

先日の「ゆにわ麺の日」のメニュー表のポップでぇす!撮影&編集をワタクシ、まよまよがさせて頂きました。「なかなか美味しそうだ!」と厨房スタッフからも好評でしたが、ぶっちゃけ、あまり自分の中では「いいのできたわー」的な感覚はなかったので、ホッとしました。数年、ゆにわの写真を撮ってきましたが、未だに自信を持ったことなど一度もなく(^^;)ただただ、むかし師匠(北極老人)から頂いた写真撮影の極意に沿って、シャッターをきっています。いつも想像してみるんです。この料理を作った料理人が、一体どれほどの思いでこの料理を作ったのか…この野菜を作った農家の方がどんな思いでこの野菜を育てられたのか…このいっぱいの料理のために捧げられた食材たちのいのちがどれほどのものか…ファインダーをのぞく人間に、それにこたえるだけの“覚悟”がなければ、決して目の前の料理は、本当の表情を見せてくれないんですね。ピンぼけは毎度のことで、写真の一部がきれていたり、フラッシュをたきすぎたりと、技術的にはゼロ(いや、時にマイナスか!?)な僕ですが、なんとかこの撮影係を続けて来れているのも、料理の方がしゃあなしでサービスカットをくれているからだとつくづく思います(笑)本当に北極流って、不器用な僕が生きていける唯一の道かもしれません(笑)今後ももっともっと、深く皆様にお伝えできるように精進していきますので、よろしくお願いしますね!
2009.04.25
コメント(0)

先日塾生たちと、源氏物語の話をしました。僕には、源氏物語でとても好きな登場人物がいるんです。六条御息所という女性ですね。知性と美貌を兼ね備えた未亡人として物語に登場し、あるとき光源氏より熱烈に口説かれ、恋に落ちる。しかしながら…移り気な光源氏は、幾度の逢瀬の後、夕顔という女性と恋に落ちる。六条御息所は内心、心狂いを起こしそうになる。でも、高貴な身分である自分はそんなそぶりを微塵も見せてはならない。押し殺した恨みや憎しみの“念”(ねん)は彼女の意志を離れたところで“鬼(生霊:いきりょう)”となり、遠く離れた夕顔のもとに現れる。鬼は夕顔を苦しめ、最終的に彼女は帰らぬ人となってしまう…後に、逝去した原因が自分にあると知った御息所は、源氏の元から離れることを決意したのであった。くわしくはコチラ↓http://home.att.ne.jp/sun/Heinrich/index/genji4.htm恨みの念は、目に見えないナイフのようなもの。気付かぬ内に、相手の肢体に深いダメージを与えているものです。だから普段いろんな人から恨みを買っているととんでもない落とし穴が待っていることがあります。しかしながら…人生にはどうしようもない瞬間もあって。僕にも、過去に傷つけた人が、少なからずいる。以前社長から教わったことがあります。なぜ念を飛ばされるのか?それは、相手の傷が癒えていないから。なぜ傷が癒えていないのか?それは、あなたが傷つけた人の幸せを祈っていないから。やってきた憎しみや悲しみを、そっと愛に変えて送り返す。それこそが、魂の傷を癒す唯一の方法、と。かくのごとく、ありたいものですね。※ちなみに、上の写真は光GENJIです。もう知らない世代も多いんでしょうか。寂しいことですね。
2009.04.22
コメント(0)

ほのかに溶け込んだ花の香りつめたさの中にも感じる、やわらかなぬくもりそんな春の夜風に誘われて気が付いたら東公園までさんぽに来ていました。桜とお月様がとても艶やかで…キャラにもないのはわかっていながら、本当にうっとりとしてしまいました。人は本当に感動したときには体がじわ~っとゆるんでいくそうです。だから、日ごろから緊張状態で闘っている人ほどこういう時間がとても大切になってくるわけなんですね。緊張状態が続くと、体はこわばり、呼吸が浅くなり、視野が狭くなり、ものごとがうまくゆかなくなる。皆さんも、うまく緊張とリラックスのバランスを取ってくださいね!
2009.04.10
コメント(0)

妄念・妄想の消滅を求めて…怠らず、明敏であって、学ぶこと深く、こころをとどめ、理(ことわり)を明らかにし、自制し努力して、犀(さい)の角のように、ただ独り歩め。みつをっていうのはウソで、みつをじゃなくて、お釈迦様の言葉ですね。最後の一行がとくに好きです。
2009.04.06
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1