”名も知れぬ人たちへ”【承31】

・・・今日のバレエは最高だろう,と・・・
時間は,18時30分。
開演の時間だ。

ムーブに妻を乗せ病院を後にした。
会場は,病院から5分のところにある。すでにお客さんは,会場の中へ収容。
妻は,車椅子のため時間を遅らせて会場入りしようと言っていた。
待ち時間中にいろいろな人と会ってしまうからだ。

会場の重いドアを開け,内側に張ってある暗幕をめくり入った。
ちょうど車椅子が入る場所が確保されいてる。テープで囲まれたところ,つまり身体障害者用のスペースだった。
妻は,前掛けで"腎臓からクダを出している袋(おしっこ)"を隠し,背筋を伸ばしながら座っている。私は,よもやこんな姿を見ようとは思ってもみない。

舞台は,オープニングから2部に移っていた。
『ジゼル』・・・心臓が弱く,踊りが好きな,愛しい娘。
幻想的な舞台が,みんなの顔を和ませる。もちろん妻の顔も・・・。
私は,車椅子の横でしゃがみながら舞台を見ていた。時折,妻を見る。
昔"お金があったらバレエを習いたい"って言っていたことを思い出す。
バレエが好きで,踊り手たちの名前は殆んどわかるし,ストーリーも。
娘にバレエを始めさせたのも妻だった。

舞台が進む・・・
娘は村娘を演じる,もちろん群舞(大人数で一緒に踊る)だ。
「あっ,あそこに娘がいるっ」,妻の顔がさらに明るくなる。
・・・こんな笑顔・・・
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