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節分の豆まきは鬼は外福は内ですがおそらくこのように「鬼は外」と固定されたのは桃太郎の説話が生まれた頃の時代からだったのではないかと。桃太郎の出現と国家や社会の安定は関わりが深いはずです。そうしたらそれ以前は、というと群雄割拠の動乱の戦国時代をイメージするかと思うのです。しかしそこで何が行われていたか。ここには、喪失した人類の記憶がありますね、きっと。宗教を国家が支配する以前のお話です。三輪山の祟神天皇。「祟」の文字はたたりという意味です。いざなみといざなぎにも「邪」の文字が使われていることの真実の部分でしょうね。冥王星や鬼との喪失した記憶ですね。そうしたら人類はそこで何をしていたのかということなのです。キーワードは「太陽神」なのだと思います。
2007.01.31
森の中のジプシィーと遊んじゃだめって、母さんは言った。森は暗く、草は緑。タンバリン持って、サリーが来た。私は海へ。舟は無い。十シリングで、白いめくらの馬を買い背中にとびのり、たちまち駆け去る。サリー、私の母さんに言って「もう二度と家へは、帰らない」って。*マザーグースの歌のひとつです。十代の多感な頃に出会ってなぜかとても気に入って暗記しています。そらで覚えてしまったような言葉は意識の塊として無意識の中を少しずつ少しずつ沈下して行くのでしょう。おそらくどこまでも深く深く深海の暗い海を沈み続けるように。忘れてしまったとしてもそれは無くなったわけではない。そういうことなのだと思います。*この歌を忘れた頃にこの歌にあることは私の人生の中で現実化したのですから。*最初に行った大学の卒業論文は「和泉式部」。恋に生きたと言われている情熱的な平安時代の歌人の研究。帥の宮 そちのみや という双子の男性との恋をした人。そんなこととっくの昔に忘れてしまった頃にそういえばとても魅力的などきどきする才能豊かな、双子の男性が私の人生には登場しました。(今はもうふたりともはかなくも若くして亡くなりましたが。)これは実は人生の秘密のシステムだと思います。。幸せを求める人はこのシステムを使うと良いと思います。
2007.01.31
人間という漢字は「人」と「人」との「間」という意味です。つまり「人間」という言葉は本来は身体を持ったひとりの存在としての人を言っているのでは無く、人と人との間にたちのぼる「間」が人間なのだと言っていることになります。「人間」とは人と人とが作り出すもの。たとえば古事記の天岩戸から出現し自らを鏡に映った姿としてみたアマテラスの神話にはこの、人は他者という鏡の上にみずからを映し出すことで自分自身を認識するものなのだということが象徴されているおはなしということができるのかもしれません。
2007.01.29
冥王星が公式な天体から降格した2006年は次なる外郭としての海王星はまた次なる外郭の天王星とミューチュアルレセプション。魚座の天王星。水瓶座の海王星。つまり×型の入れ子状態。これはなかなかの宇宙の予定調和なのでは無かろうかと。なぜならば冥王星の守りがなくなった今海王星と天王星が協力し合って×型を作って外宇宙からの強力過ぎる人類にとっては毒にもなりえるエネルギーのストレートな流入を防止しているようにも見えてくるからです。タロットの、21.世界においても同じような×の弁はワールドの上と下に付いていることになります。
2007.01.29
顔には皺 しわ が無い方が良いらしいです。美容上、美しいとされているのはそうです。でも、私は年も年に、なりつつありますし。自分自身で、わざわざ苦労する生き方を選んできたのかも知れないので。最近自分自身の顔の皺 しわ が気にならないといったら嘘になるのかも知れません。整体の先生もそこを伸ばそうとしてくれたりしていますが。顔には皺 しわ が無い方がほんとうに良いのでしょうか?わたしは良くわかりません。ギュンターヴァントのCDジャケットの顔にはなかなか顔の皺 しわ が刻まれていてでもそれは私にはとてもすてきに思えたりもします。年輪を感じます。冬が無いと冬を越えないと年輪は刻まれて行かないのでしょうねきっと。
2007.01.29
わたしが次元上昇している、と感じていた数日間現象として「物が無くなる」ということが部屋の中で多発していました。それも「今日」とか「今」大切なものが忽然と姿を消しているのです。いつもあるべきところになぜか無いのです。わたしはあまり妖怪の種類には詳しくないのですがなんかそういう物を隠してしまう妖怪も居たような気がしてこんど妖怪に詳しい占い師仲間のUちゃんに会ったら名前を教えてもらおうと思いました。UFOとか宇宙人関係でもそのように物を隠すケースがあると聞いたことがありました。いずれにしても尋常ではないくらいにいつもあるべきものがいつもあるべきところに無いのです。あきらめているとそのあと忽然と出現しているのです。出現の仕方も不思議でした。わたしは次元上昇と感じているものと物質がそのように忽然と消えたり出現したりするのは何か関わりがあるのだろうか?と考えたりしていました。でもほかの人の話を聞いていたらどうやらこのことも私の身の上にだけ起きたことでは無かったみたいです。それで、はっとして先程チャートで確認して納得でした。海王星水星のコンジャンクションに対して土星のオポジジョン。この影響だったのです。昔の人とかチャートで確認できなかったのでその虚のエネルギーを妖怪という存在に象徴して表現していたのかも知れない。そんなふうに思いました。
2007.01.29
目に見える物質だけで成り立っているとしたら太陽も何かの質量の固まりなだけなのだけど太陽が発しているエネルギーは目に見える物資ではなくて目に見えないもろもろのもの。目を閉じていても皮膚は太陽の暖かさを感じると思う。太陽はなぜ燃えているのか?心臓はどうして動いているのか?「太陽を燃やしているエネルギーや心臓を動かし続けている存在が目には見えない裏側の世界に実は存在していて無償の愛のエネルギーを送り続けているのだ」というのがスピリチュアルな世界の見解です。
2007.01.29
流入してきているエネルギーの強い流れは占星術的には射手座に冥王星と木星があるからなのだと思います。どこか現実世界にこのエネルギーの放出先をつくってゆくのが良いのだと思います。そうでないとただ気が上がったかなり頭の熱い状態でぐるぐるします。上からのエネルギーを具体的に両手両足に流し込んでゆくイメージでしょうか。そこから地上の具体的なものに接触してアースして流し込んでゆく。それが大切かと思います。いつかは行ってみたいと思っていたどこか知らない国に行ってみるイメージを具体的に膨らませたり計画を立てたりするのも良いでしょう。なかには思い切って本当に出かける人も居ることでしょう。そうでなかったら少し難しい目の本を読むことにチャレンジするのも良いと思います。思想・哲学精神世界宗教などに関する本がこの時期のエネルギーの消化のためにはお薦めです。本を読むだけにとどまれない人は何かセミナーとかに参加してみるのも良いかもしれません。今の時期精神世界に触れると得られる実りも大きいように思います。ようするに自分自身の中の次元が上昇する機会になり易いです。たくさんの気付きが得られる時です。そういうサポートのエネルギー状態なのだと思います。さすが射手座の木星です。射手座の木星だけなら12年に一度定期的に巡ってくるわけだけど今は冥王星もいるわけなのでかなり強力です。
2007.01.28
おとといからきのうきのうから今日にかけての次元の上昇がすごいのですがそう感じるのはわたしだけなのかな?でも、他の人のブログからもそれは感じられるのですが。水瓶座の海王星と水星のコンジャンクション射手座の木星のセクスタイルとかも関係しているのでしょうか。火と風で上昇力が強いです。
2007.01.27
これだけ急激に増大したブログ日記。数年前には想像もつきませんでした。通常の社会生活では一番奥に隠されているはずの以前だったら日記帳にしたためていたような自分自身の深いところとかが、みんなで共有の世界に放出されます。不思議な世界です。これが魚座の天王星の影響なのかと気がつくと納得です。魚座目に見えない内面の心理の世界。魂の世界。支配星の海王星は、ふくらし粉のような拡大力を持つ。天王星機械技術。解放された、みんなに共有の世界である水瓶座の支配星。
2007.01.27
あたりまえのことになるというのはすごいことだと思います。どんどんあたりまえになると見えなくなります。まるで空気のようです。空気はあるのがあたりまえ。でも良く考えると空気ってとても不思議な存在だし無いと一番困るものものかも。知らず知らずのうちにあたりまえになっていてあたりまえであることはありがたいことなのだときょうまた、つくづく思いました。
2007.01.26
そう、昨日は(せ)さんと出雲大社に行きました。東京分祠ですが。その後六本木ヒルズの最上階でこの世のものとも思われない時間が過ぎて行きました。全ての出会いに感謝します。さすが出雲大社ですね!しかし何で筑紫哲也が居たかね?筑紫哲也が私たちのそばに同じ廊下に居ました?!わたしはそしてわたしたちは案外自分自身で認識している以上に何かにアクセスしている存在なのかも知れない。とても自我意識からしたらあまりにもおこがましくて恐れ多くて良く分から無い。しかしあの日あの時良く思い起こすと「石ちゃん」の本質的な存在を通しての願いに触れたのだ。ふう~っ!富士山!彼も富士山を描いたのだ!
2007.01.25
毎年冬になると子どものお絵描きでは「土粘土の自由遊び」を「廃材利用の自由工作」に切り替えます。土粘土にはたっぷりと水が含まれているので冬にやるには冷たくてそぐわないからです。おうちからも不要な廃材を持ってきてもらいます。なのでアトリエの中はとたんにガラクタだらけにあふれかえります。かたづけられない人の部屋になるにはきっとそんなに時間はかかりません。少し、おがくずの中に住んでいるねずみの気分になります。これは精神にかなりの影響力があるのだと思います。頭の中が混沌としてきて理路整然と整理されていない状態になります。意識が眠りぼおっとしてきて無意識的な部分が活性化し始めます。気持ち悪いので今日のクラスが終わったらお片づけをしようと思います。
2007.01.25
ロックのCDを買いました。ロックのCDを買ったのはとても久しぶりです。ときどきこれだ!とピンと来るCDと出会うことがあります。それは新聞の片隅にちょこっと載っていた広告だったりにピキン!と反応したりすることが多いです。今回のこのCDもどこかで広告か何かをちらっと見てピキン!と来ました。だいぶ前に予約していたのですがきのう届きました。ロックといっても軽快な曲が多いです。軽く上昇してゆきます。そしてやっぱり熱いです。射手座が強まっている2007年に軽快なロックはとてもよく合うなと思いました。RCサクセションの忌野清四朗は自分自身の弱さを歌にして成り立っている存在なのでは。私の記憶によるとさすが年回り四緑のウサギですね!「戦艦ヤマトの諸君!」も出てきて笑えました。YMOはやっぱり突き抜けているなととてもうれしくなりました。そして一番最後は矢野顕子なところがすてきです。しりあがり寿という人は私はどういう人か知らなかったのですが私と同世代の人らしいです。タマ美の出身らしく竹中直人のこととか書いています。竹中直人わたしもすごく好きです。
2007.01.25
ここのところ光と闇についてのテーマが私の中で続いています。こういう時は当然のように誰か他の人との対話の中にも光と闇についてのことがたくさん出てきます。「闇というのは光の欠如。光があたると色彩が生まれる。」「光が与えられると同時に闇も浮かび上がる。」「闇に手をつけないと動きは生まれない。」*瞑想して深い闇の中を沈んでゆきます。そこは深い海でも良いのかもしれません。どこまでも潜ると突き抜けて気が付くとそこは宇宙で色とりどりの透明な結晶体に接触。まるで浦島太郎のようなお話です。そしてその後戻ってきます。海でなくて空に行くのがジャックと豆の樹。お話の中に隠されて生き続けている人間存在の叡智だと思います。クイントエッセンス第五元素。魂の輝き。美しいものへの憧れ。
2007.01.25
タロットのお絵描きの、通信リーディングは前回アップした時は、「いつでも参加できます」としたのですがやはり一年間のエネルギーのサイクルを考慮に入れて、募集はアトリエでのお絵描きと同じ「毎年1月から」に訂正しようと思います。幅を持たせたとしても、1月から3月の間に開始とか遅くとも、4月の始めにはスタートとか。誰にでも共通の、スタートにふさわしい一年サイクルのエネルギーは歴史の地層を掘り下げてみても、やはりこの時期がとてもふさわしいと思えるのです。あとは個人的な、お誕生日による一年サイクルとかあると、思うのですが、それは誰にでも共通なものでは、無いわけなので。そうでないと、やはりたとえば、1.魔術師を描くと数霊「1」のエネルギーはお絵描きの生徒さんも関わる私自身にもかなり大きな影響があるからです。きのうひとりの人が、1.魔術師を描いてその影響は当然だけと、わたしも受けてわたし自身も1.魔術師がスタートしていました。自分でははっきりとは、きのうは自覚できていなかったのだけど。中断していたカスプの絵を描こうとしてだけど、もはや今までのようには描けなくて何でかな、とゆうべは思っていたのですがさっきもうひとつのブログに描いた絵をアップして、自分で気が付きました。1.魔術師がスタートしたのだと、いうこと。日本的サビアンシンボルをはじめて私は意識していました。このことは、私の中ではとても大きな事で左肩の痛みにも関係している大切な課題なのです。より真剣に生きている人であればあるだけタロットのお絵描きでの、この動きのエネルギーはより大きなものになります。
2007.01.24
きのう東横線の車内ポスターの谷内六郎の絵を見ていました。この人特有の今は無き昭和30年代くらいの懐かしい風景。心情豊かな共感の世界。だけど、ふとそのような同調する絵画の鑑賞の仕方ではなく分析するライフシンボルの手法でこの絵を見直してみたら驚愕の心理が見えてきてしまいました。谷内六郎はとても内面的には男性的な性格です。やる気を示す火星位置で男の子が凧揚げをしています。そして対外的には身を立てたい(お金持ちになりたい)と考えています。なぜなら木星位置にはりっぱで重たいお蔵が立っているからです。そのお蔵には金星位置から伸びる道が続いているので好きなことでお金持ちになりたい、と考えていたことがわかります。そういえば谷内六郎は成城に住んでいました。表面の絵画的表現とは全く別次元のような作者の深層心理に触れるとほんとうに良く知られていることとは全く逆相だったりもする意外な一面が見えてきて驚きです。
2007.01.24
駅への行き帰りに見る教会の次回のお題目。「私たちの嫌うものを神は顧み給う」この言葉がとても気になっています。無限の神でなくて有限の私たちは自分自身が体験してきたことについて顧みることができるのだと思うのです。癒しを必要としてきた傷を持つ人はとりあえずは自分自身の癒しが長い間自分自身のテーマになると思います。そしてそれが終わった時こんどは癒すお手伝いのできる人になります。キリスト教のほんとうの信者はそういう個人的な体験の有限性を越えられる可能性も持っているのかもしれない。キリスト存在に近づいてゆくことで有限性を越えて自分自身がかつて体験してこなかったことに対しても奉仕をすることが可能になるのかも知れないけれど。私たちの嫌うものを顧みることのできる人は神に近い存在なのか。この言葉はやはり私はとても気になります。
2007.01.24
こころざしの高い時はわたしは世のため人のために何ができるだろうか?と考えたりします。さきほど知り合いのブログを読んでえらいなぁ!すばらしいなぁ!と思いました。彼女は世のため人のために何ができるだろうと考えているだけでなくて実際に日常的に行動している。世のため人のために何か行動する時はまず自分自身の癒しが終わってわたし自身が幸福になっている時だろうと少し前に思いました。その望みは、今かなえられてきたのかも知れません。今・ここを生きる。過去でもなく未来でもなく今・ここにはすべてが存在して居る。満ち足りている。~が無いからとかいうことでは無く今・ここには全てが存在して居るのだな。そう思えるようになってから今・ここに満ち足りることが幸せなのだと思えるようになりました。今・ここは永遠につながります。わたしに何ができるかな?まずは全ての行為をこころをこめて行ってゆきたいと思います。
2007.01.23
真夜中に、電話の音で目を覚ましました。なにごとか!と思い飛び起きてみたら長女からの電話でした。もう寝ていた?と尋ねられたのでうん。と答えました。ママが死んじゃった夢をみたので心配で電話をした、とのことでした。私は元気だよ。時計を見たら、まだ10時30分でした。わたしはいつも、10時に寝ます。なぁんだ。でも長女の夢には続きがあったらしく死んでしまったわたしはだけれど(キリストのように)復活して生きていた、と言っていました。まるで太陽に対する冥王星スクエアーを象徴しているかのような夢だなぁ、と思いながら、電話を切ってからもう一度寝ました。冥王星は死と再生を象徴する天体です。
2007.01.23
私のアセンダントは魚座7度です。アセンダントは出生時間と出生地が明確でないと確定できません。私の場合は自宅出産だったとのことです。それで、わたしは夕方の生まれなのですが朝からお医者さんとお産婆さんがかたわらに待機している状態で生まれたとのことでした。現在の一般的な出産システムから思うとなんと贅沢な出産だったのかと思います。母の話では、そのご近所に住んでいたお医者さんはまったく欲の無い方だったそうで「自分は、食べて行けさえすれば良いから」というのんびりした人だった、とのことでした。そんな中で出産したとの事なので出生時間はかなり確実なのではないかとわたしは思っています。魚座7度のアセンダントはなかなか人にはわかってもらいにくい気難しい部分があるのかも知れません。霊主体従の生き方。ある意味、この世のものとは思えない生きながらにして幽霊に近いかもしれない入れ物よりも中身重視の生き方であるように思ったりもします。
2007.01.22
きのう田口ランディの『富士山』を読みました。ずっと前に買ってあったのだけどなぜかしばらく読まずに居ました。きのう読んでみて最初の『青い峰』というお話はとても土星海王星の構成が取られていると思いました。土星海王星のアスペクトはコンジャンクションスクエアーオポジションそのどれかといったら厳密に確定は難しいと思いますがいずれにしてもソフトアスペクトな関係性で無いのは確かと言えるのではないでしょうか。それを土星海王星のオポジションが日々ハードになって行く今、読んだというあたりが天体との共時性が感じられておもしろく思えました。もちろん主人公が松村先生がモデルになっているということもとても興味深く読ませていただきました。
2007.01.22
きっき、ふとあるテイストが心の中を横切りました。なんだっけこの味わいは?そうそうこれはマッチ売りの少女のテイスト。シュッとつけたマッチが燃えているあいだだけ活き活きとして立ち昇るものがあるのかも知れないです。それが燃え尽きてふっと消えてしまった後のとってもなリアル感。マッチが燃えている時と対極の冬のキーンとした暗さと寒さの現実。最近アンデルセンのことがとても気になっています。トランシット天体的に海王星と土星のオポ。これはマッチ売りの少女的なのかも知れませんね。
2007.01.21
手の先をまじまじと見る。指が5本ある。ときどき私はこのことがとても不思議に思える時があります。5に手はその先を分化させているのです。足の先を見ます。やはり指は、5本あります。足の先も5に分化されています。両手を開いて足も開いて大の字に、パァ☆頭と両手と両足で人間の姿は☆。このかたち。5のかたち。数霊5。獅子座。心臓。太陽。わたしはここに居る、ということ。生きて存在して居る、ということ。
2007.01.21
ほぼ、月だけで生きている女の人の生き方の不安定さ、はかなさに触れることが良くあります。ただそのことを、ご本人たちはまったく無自覚です。というよりも他を知らないと言ったほうが正しいのかも知れません。気分のままに生きることは楽しいことなのかも知れません。ご本人たちもそれが幸せだとおっしゃるわけなので。古い古い台湾では上流階級の奥様は一生のあいだ四畳半くらいの広さの寝室から、一歩も外に出ない生き方をしていた、というおはなしをむかし耳にしたことがあります。日本にも箱入り娘を善しとしてきた風潮がありました。月だけで生きている女の人はこどもや猫と同じように不思議で気ままな生きものです。でもそれだけに上位の存在に守られたある意味、聖域に住む不思議な魅力のある生き方をしてきたのかも知れません。
2007.01.20
山羊座29度 紅茶占いの度数の新月ということはわたしの火星にはトラインをかけていたせいなのかきのうは一日、絵のことを考えていました。意識は、古い古い経験の中にも遡って私は思わず、水星逆行中だったっけか?とチャートを見て確認したくらい。きのうアップされたブログには、同じように古いことを思い出していたと、書いている人が居て私ひとりに起きた現象では無かったことを知りました。空を突き抜けて宇宙への方向性を持つ、抽象。逆に地上に存在する森羅万象への方向性をもつ、具象。30代の頃に具象表現を手放して抽象表現の方向性をとったのだけどそれはコンセプチュアルアートほど血の通わないものでは無かったです。やっぱり西暦が変わって2000年になった頃からわたしの絵を描く意識も変化したと言えると思います。古いもののふたが開いて根本改造される時らしい。この底なしの深さは、やはり冥王星の影響なのかも知れない。
2007.01.20
和を持って尊しとなしというのはたしか聖徳太子の言葉だったような。たいせつなのは誰が言ったか、ということではなくてこの精神は日本のなかにずっとずっと生き続けている、ということ。聖徳太子という方の存在ももはや実在の領域にとどまらず日本人の意識の中では象徴的存在原型的存在となっているわけなので。しかしその意識は長い歴史的時間のなかを生き続けている。そういう、突き抜けた存在。
2007.01.18

朝、千駄ヶ谷の駅から歩いているといつものピーちゃんの居るエスニックな家具屋さんの前に来ました。ピーちゃんというのは黄緑色の大型のインコです。それが50cm×3立方の箱型のケージのなかで飼われていて、いつも何かしゃべっているのです。ところが今日見たらお店のお兄さんらしき人がケージから指を入れてピーちゃんのほっぺをなでなでしていました。なでなでなでとおにいさんがほっぺをこするとお目めを真横に閉じて全身でうっとりしているピーちゃん。通りがかりの人からもあまりのかわいらしさにまあ!という歓声があがっていました。ピーちゃんのうっとりと幸せそうな表情はすばらしかったです!見ていた私もとっても幸せに楽しくなりました。
2007.01.17
タロットのお絵描きの通信リーディングを本格的に開始することにしました。内容などは、次のとおりになります。1)テキストを読んでください。テキストは『数の原理で読むタロットカード』松村潔著 星和書店 1600円タロットはいろいろな解釈があります。お絵描きをして行く上でのお互いの共通基盤を「数の原理」に置くために、このテキストを使います。2)浮んできたイメージを絵に描いてください。画材や表現方法はご自由にどうぞ。先日やってみた通信リーディングの練習では、写真を使用してみました。写真でも良いかと思います。雑誌などの切抜きを使って、コラージュしても良いと思います。3)描かれた絵は、写真にしてメールで送信する、もしくは現物を郵送などしてください。4)絵をリーディングして、メールでお送りします。Microsoft Wordで作成してOutlook Expressに添付してお送りします。文字数はおよそ800文字で4千円です。5)一方通行でリーディングの文章をお送りするだけでなく、お送りしたリーディングの文章の質問をお受けして、それに対してメールでお返事する(質疑応答する)やり方にする場合は、5千円とさせていただくことにしました。どちらでもお好きなほうをお選びいただけます。6)入会金は1万円です。初回のホロスコープリーディングを含みます。7)いつでも参加できます。参加のペースは通常のタロットのお絵描きと同じ、1ヶ月に2枚のペースがおすすめです。あまり間が空いてしまうと、流れが途切れてしまう感があります。8)お申し込みは、メールでどうぞ。
2007.01.15
また暦の話ですがきのうは「仏滅」できょうは「大安」です。きのうもきょうも暦どおりの波長の日だと思います。「仏滅」や「大安」が、書き込まれていない手帳を購入しようと思って、本屋さんに行きましたがデザイン構成その他もろもろの、条件の中から結局選んだ手帳のなかには「仏滅」と「大安」と「友引」のみっつだけが書かれています。なので、わたしはことし一年もこの暦のサイクルとはお付き合いをすることになりました。このサイクルを上手に利用する方法は仏滅で落ちて大安で上がるというアップダウンをつかって仏滅でネガティブと向かい合い翌日の大安で別の視点を手に入れる方法もあります。なんどもくり返し習慣化することでこの暦のエネルギーをうまく利用することが可能です。ただしこの暦が有効なのは日本国内に限るのではないかと私は思います。
2007.01.13
先日、次女の高3の英語のお勉強を次女と一緒にしました。英語から離れてしばらくたちますがあんがい憶えているものです。辞書を片手に意味はわかりました。高3の英語の文章の内容はこんなにもすばらしいものだったのか、とわたしは感動しました。それはコスタリカについてのお話でした。コスタリカは手付かずの熱帯雨林をそのまま保存することで外国人などの観光客を集めてそれでおおよそ成り立っている国だそうです。戦わないことを表に歌っている国だそうです。障害を持ったこども達とそうでないこども達が分けられることなく同じ教室で学んでいる国だそうです。それでもうすぐ全ての教室がバリアフリーになるのだそうです。そこにはとてもすばらしい人道主義の実践が歌われていました。このおはなしを今日の子どものお絵描きのお母さんたちにしたらその中のひとりの方がなんと若い時にコスタリカに行ったことがある人でした。これもまたとても驚きでした。
2007.01.11
子どもの頃に、おばあちゃんと休日の午後テレビを見ていたら「アラジンと魔法のランブ」をやっていたことがありました。白黒の映像でした。あの頃の「ランプの精」のキャラクターは獅子座冥王世代っぽいキャラクターでした。最近のディズニー映画の「ランプの精」は天秤冥王世代っぽいとても陽気で友好的なキャラクターとして描かれていました。そこでアラジンが、魔法のランプを手に入れて「何でもみっつ願い事をかなえてやる」と言われた時に、お腹が空いていたアラジンは「それじゃあ、ソーセージが食べたい」と答えて、まずひとつ目の願い事を使ってしまったのでした。こども心にいっしょうけんめい「だめだよ、もっと上手に使わなくては」と応援していた記憶があります。でも、あんがい人間はそういうものかも知れません。ときどき、このおはなしを思い出しています。
2007.01.11
このところ、他の人からオーラをリーディングしてもらう機会が続いていました。いろいろなことを聞くことができました。やっぱり な こと。やれやれ な こと。まあ!うれしい こと。ふむふむ な こと。ある人は私の胸に赤い色をみました。こういう▽三角形も。ある人たちは私の胸からこぼれ落ちているしずくを見ました。とてもきれいだったよ、と言ってくださいました。これは、両方ともわたしはプログレスの月が蟹座を進行していることと関わりが強いように思いました。蟹座のテーマのひとつに「思いやり」があります。蟹座は情感があふれるばかりに豊かになるサイン。オーラで見えたものを占星術に対応させてもいろいろわかってとてもおもしろいです。
2007.01.11
かぐや姫までもが「私は月には帰りたく無いのじゃ」と言うご時世になったのですね。先日は《 戦艦ヤマトの諸君が地球生活を楽しんでいた 》し。テレビのCMにはその時の最先端のみんなの意識が象徴的に表われてくるのでとてもおもしろいです。今まで地球人は空ばかり眺めて暮らしていたのだけど西暦2000年に入ってからは足元の地球にも目を向けることができるようになって「なかなか良いところじゃん」楽しいなぁ~。地球は宇宙の中で辺境の星では無くなる、という精神世界における考え方の流れも良くわかるように思います。父なる空と母なる大地とその両方を見ることのできる視線を地球人は手に入れることができ始めたのでしょうね。
2007.01.10
けさ、目白駅の非常停止ボタンのスイッチをわたしが押しました。駅の非常停止ボタンのスイッチを押したのは生まれて初めてでした。目白駅から山手線に乗ろうと思ってホームで待っていて停止した山手線のドアが開いたら山手線の中で若い和服姿の女の人が倒れていました。こう文章で書くと異常事態を想像されると思いますがあんがい事実というのはとっても淡々としていて「あ~ 人がたおれているなぁ」と私は認識したなぁ~こんな具合なのは周りの人たちも一緒で「ええと~こういう時はどうすれば良いかな~」淡々とあまりにも普通にという感じで。とりあえず近くに立っていた人が電車が発車しないようにドアを手で押さえて。それからぁ誰かそばに居た女の人と男の人が介護して。和服の女の人の腕と足はひくひくとなっていました。「そうだ!非常停止ボタンですよ」とわたしは周りに居た見知らぬ人たちに言いホームでそれを探しました。案外それはそばにあってすぐに押そうと思ったのだけど一瞬、躊躇しました。これはほんとうに押すに値するできごとなのか?みたいな感じで判断力が止まりました。それで山手線のドアと窓から私を見ているたくさんの顔に向かって「これ、押してもいいですよね」と尋ねました。そうしたらそのたくさんの顔が不思議とみんな同時に「うん、うん」と二回うなずいて応えてくれたので押しました。非常停止ボタンはちょっとやわらかい不思議な感触でした。すごく時間がたったあとのように思えたけど車掌さんたちが来て倒れていた女の人は駅のベンチに移されました。救急車を呼んでいると車掌さんが言いました。周りの乗客はみんな親切で連係プレイで手助けしていました。でもとりあえず電車は発車することになってドアが閉まったら一番お手伝いをしていた若い男性がまだ女性のことを支えているので動けなくて電車に乗り損ねてしまって「あ~っ!電車ぁ~」というしぐさをしていたのがスローモーションのような印象で記憶に残っています。帰りは帰りで山手線の渋谷駅のホームで電車を待っていたらホームの向こう側を体長20センチくらいの巨大で元気なねずみがホームに沿った長い直線をずうっとすごいスピードで走っていました。ねずみは体は小さいけど野生動物独特の大きなオーラを持っていました。つまり気配としては巨大な存在感です。人間ばかりが居る渋谷駅に動物が存在していると少し非日常的な感じがしました。今日はいちにち、駅で不思議な体験をした日でした。
2007.01.09
たしかに話していること思ったことが現実化する速度がとても早くなったと思います。今日も吉祥寺の「きつねのたまご」でおしゃべりしながらランチを食べていたらそのおしゃべりの中にも登場した人がなんと!後から入ってきて隣に座っていてとてもびっくりでした。お互いに「おおっ!こんなところで」とびっくりしました。井の頭公園の池にはたくさんの水鳥の渡り鳥がやってきていてとてもにぎやかでした。水面に午後の陽射しが反射してきらきらとゆらめいていました。
2007.01.08
18.月は、体現するための具体的体験をも、表しているとつくづく思います。この18.月において画面の下方からザリガニが上がってきて、境界を守る犬たちがわんわんと吠えることが無いと16.タワー ↓17.星の流れは、頭でっかちの空虚なものとなって定着することが無いのでした。霊能力的なものを使って15.悪魔の状態でワールドの境界をクローズするととても幸せな満ち足りた世界に安住することも可能です。15.悪魔的存在がこの世の中に存在し続けてそれとの契約が続く限りはその世界は保持され続けることでしょう。ここで言う15.悪魔をタロットの図柄のイメージに固定して考える必要はありません。特に15.悪魔のイメージは中世の教会が支配したキリスト教のような時代に異端とされて、とんでもない刻印が押されているもののひとつであると思われます。
2007.01.06
銀座の画廊を週に一度ずつ画廊めぐりしていた頃銀座のどこかの建物の壁面で花には水を妻には愛を。という言葉を見た覚えがあります。*雛鳥と親鳥の関係で言ったとしたらピーちゃんには餌をあげないとピーちゃんはお腹をすかせてピーピーとうるさく鳴きます。お腹がいっぱいの時には「ごはんだよ」と言っても関心を示しません。*お花のたとえだとお水や肥料はやりすぎてもいけないしやり足りなくてもいけません。*そして何より最近忘れられがちなのが花には水や肥料だけではなく太陽の光がとても大切ということです。シュタイナーに言わせたら太陽の光だけでなく星の光も植物の育成には大切な関わりがあるのだよ、ということになるのだと思いますが。
2007.01.06
出雲大社のおふだには朱で亀甲紋が印されていることはだいぶ前にこのブログでも書きました。亀甲紋は数霊的に6の数字を表し△に対して▽が応えていることから鎮魂の意味合いを持ちます。出雲大社には複数の神様が祭られてるわけですがスサノオのその中の一柱です。スサノオが祀られている神社は出雲大社に限らず日本全国いろいろとあるかと思います。私の知る限りなのですがしかしスサノオはたいてい女性の神様とともに祀られていると思います。スサノオが魂振りの神であることは古事記を読んでも良くわかるところですがそのスサノオは鎮魂の女性の神様とともに祀られることで道開きされているのではないかと思われます。このことを考える時わたしはやはり冥王星のことを考えます。単一であると思われていた冥王星が実は二天体であることが判明しもうひとつの天体にはカロンという名前が付けられました。しかしながら冥王星がハデスつまりプルートーである以上それと向かい合ってともに回転している天体こそペルセポネでしょう。プルートーはペルセポネと向かい合うことで落ち着き、別のものに変容するわけです。これは昨日このブログにアップした《道祖神のお話し》陰陽の合一に通じます。陰陽合一することで道が開け別の次元が展開されます。冥王星は単一ではなく一対の存在であることがわかった時点で冥王星の持つ存在の役割は変化してゆく可能性がとても大きいと思われます。冥王星が一対になることで道開きがなされ次なる展開に移ったと考えるならエリスなどこれから数多くピックアップされるであろうトランスネプチュニアン天体たちはあたかも古事記において陰のイザナミと陽のイザナギが生み出したたくさんの神々のようにも思えてきます。
2007.01.04
道祖神は道 みち開きの神。道未知満ち道祖神は、陰陽合体の神。つまり2が結合して1になる。タロット21.世界のカードは中央に女の人が描かれだけどそれは両性具有と言われている。両性具有つまり男性性と女性性の結合。それはふたつの性に分化される前。翁童のように性の関わりを持たない解放された自由性△陰陽が出会い結びつくことで地上活動が開始する▽
2007.01.03
古事記の天岩戸のくだりがおもしろいなと思うこの頃です。古事記のお話は象徴としてとらえることが可能なのでこの天岩戸も具体的なさまざまのことを投影して考えることができます。たとえば日食現象を思い浮かべる人も多いかと思います。象徴的には冬至の太陽の光が弱まって陰の極みに至った時から徐々に太陽の光が復活してゆくプロセスを想像してみることも可能です。タロットの16.タワー17.星18.月19.太陽のプロセスそのままであることもとても興味深いところです。このアマテラスはヨモツヒラサカからヨミノクニに降りたイザナギが、ヨモツヒラサカから戻ってきたときに生み出します。このステップはそのまま数霊の1↓ 3 ↑ 2のステップを象徴しているところもとてもおもしろいなと思います。
2007.01.02
毎年1月1日の夜にはすばらしい夢を見ることが多いのですが今年は、夢と現のちょうど境めあたりでたくさんのメッセージが来てそこからぽこっと生まれ出たのは新しいタロットのお絵描きでした。これは、一度タロットのお絵描きを終了した人向けの中級編です。内容はまだオープンにはせずにちきんと煮詰めてからタロットのお絵描きを一度終了した人でもう一度チャレンジしたいと言ってくださっている方がおられるのでその方に直接お話してみようかと考えています。
2007.01.02
日本の神さまに同調すると全開にされて喜ばれているのがわかりますね。ことぶきなのだなと思います。良きかな良きかな。さすがお正月の元旦の気配です。
2007.01.01
海外に住んでいる人のために今タロットのお絵描きの通信リーディングを検討中です。最初は試行錯誤するかもしれないけれど今年はぜひタロットのお絵描きの通信リーディングを現実化させたいと思います。それと前にも書いたけど春が過ぎたらサビアンシンボルの絵を描くお絵描きをぜひ始めたい、です。
2007.01.01
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