マルスの遺言

マルスの遺言

資本主義のチャンスと神の与えるチャンス

地球の資源が人間の財産である。資本となる。

地球の資源は神が与えたものである。

よって財産は人類に平等に分配されるべきである。


今日もテレビで 細木数子 が得意げに「富はトップが何億ともらって当然だ。アメリカを見たらいい。個人の資産が2000億あるって言う。世界第二位の経済大国・日本の日銀総裁の財産が2億だろうと当然だ。少ないくらいだ。でないとなる人がいなくなる。 働く人がいなくなる 」というようなことを語ってたがそれは 違う 。この言葉はまるきり自分の身を擁護しているようにしか聞こえない。

もちろん働いたらその分得をしないとやってられないし、才能やアイディアにはそれなりの 代価 を与えられるべきだ。どれだけ多くの人を幸せにしたか、どれだけ多くの人に価値を与えたか。それで判断されるべきである。

しかし、われわれが 批判 しているのは そうでない人たち であることを 勘違いしてはいけない

細木さんや一部の擁護している人々、それからこの間爆笑問題のテレビに出ていた未熟としか言い様のない東大生たちは 極論 を言っている。極論を言って自らの保身をごまかしているのだ。論争で突っ込まれて暴かれるのを上手くごまかしている。でもそれがそうならないのも我々のせいでもある。我々にも があるからだ!だから言えない。突っ込めない。
ハッキリと言っておく、 働く人はいなくならない! 官僚や役人になる人もいなくならない。なぜなら、それなりの代価が与えられるやりがいのある仕事だからだ。もちろん誰かがやらなければいけないがそれがやりがいの無い仕事なら、その 我慢料 としての代価もそれなりに与えられるべきだ。

ただ、保身や執着によって ズル をしようとか、少しは良いだろうという悪い気持ちが芽生え、自分の所属するグループの馴れ合いに浸かりきって、あるいは特権(権力)を利用して人が当然の権利としてもらう分より多く 搾取 したり、まるっきり国民を騙して 奪ったり してしまうのがいけない!と言っているのだ。
そのズルで手に入れたものは 国民の財産 である! あるいは、地球全体の人類の資源より作られた 人類の財産 なのである。

言っていることは分かるだろうか?
つまり労働や価値に対する代価はそれなりに与えられるべきである。 平等は無理な話だ。 人によって価値観も違う。金より楽を選ぶ人もいる。金より愛;を選ぶ人もいる。
しかし、 価値判断の基準は平等になされなければいけない。
問題なのは奪ったりごまかしたりの ズル をすることで国民が一生懸命働いて当然もらう分よりも特権のある人たちが割合として 多く奪っているのも間違っている 。国民、人間として当然の権利だと思われる代価の価値基準が、権力のある人間の側では 甘く査定 されてしまうのでは問題だ。
まあこんな細かいことを言わずとも明らかに搾取や経費と称する税金の無駄遣い、政治家の伝書費?だったか訳の分からない経費等々でズルをして 設けている 、あるいは一般企業には迷惑でしかない天下りなどで 地位を保って利益を奪っている のだから細かいことを指摘する必要もないだろう。

なぜ私がここまで言うか?
なぜなら!地球の資源は限られているからだ。

だからこそ 戦争 まで起こして 奪い合い するんじゃないのか?近代は名目がないと世界の批判を浴びるから適当な理由をつけては 石油 目的の戦争を繰り返している。どこかの 株価 を上げるための戦争を繰り返している。

地球の資源には限りがある 。資源の価値によって作り出される 実質的な財産、資本 にも限りがある。その地球の限りある資本を 奪い合ってはいけない 人類に平等に分け与えられる世界でなければいけない。

地球の裏側で 飢えた人たち がいるのはなぜだ?飢えのせいで犯罪を犯したり んでいく人たちがいるのはどうしてだ?

多く奪うものがいるからだ! それは国で言えばアメリカであり、植民地政策で資本を蓄えたヨーロッパの国々であり、日本やこれから台頭してきている国々なのである。全ては 資本主義社会 の枠組みによって決められた 暗黙のルール に従ってそうなっていることだ。

資本主義社会には人類平等にチャンスが与えられていると言うが本当だろうか??

それは 幻想 ではないか?その幻想を信じ込まされてはいないか???
人間のチャンスは平等に与えられている 。それは が与えてくださっているもの だからだ。決して 資本主義社会や政府の誰か に与えられているものではない。
だって 人類皆平等 って言うじゃないか?

資本主義は結局は平等ではないのだ!!

資本主義社会の是非は私にもハッキリとは分からない。ただ、資本主義社会の現在の物の考え方がこのままでいくと人類は 破滅 に向かっているとしか言いようがない。
前も日記に書いたが資本主義社会は最終的には 「善」 がない世界にたどり着く。それは経済学者のケインズが言っていることだ。

問題は、 クリアー(罪がない)かクリアーでないかだ

ではどうしたら良いのか? どこかの知事の話ではないが、全てを ガラス張り にしたら良い。受け取る給料も何に経費を使ったかも、全ての企業や政府が 明らかにすれば 良い。税金の使い道も。信頼は大事だが、もう 信頼 で政治家に任せられないレベルに来ていると思う。まあこれはヨーロッパの誰かが言っていたひとつの提案だがどうだろう。


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