モラと桃次郎と私のネコ的生活

モラと桃次郎と私のネコ的生活

いかれ帽子屋的日々 vol.1五年日記



最近、私はよく笑う。そしてよく泣く。
テレビを見ていても新聞を読んでいても自分の心のままに声を出して笑い、我慢することなく涙を流す。それはひとりで過ごす時間が増えたことが大きな原因かもしれない。
それに加えてこの何年か体調不良でいろいろと制限してきたことを、この秋から再開することができ、本来の自分に戻りつつあるということも関係すると思う。
子供の頃から大家族の中で過ごし、周りに合わせて行動したり発言することには慣れていても自分の感情を表現することは苦手だった。特に悲しみや怒り、憤りや淋しさなどという負の感情は殊のほか押し殺して生活してきたといっていい。
親から自立したくて見合い結婚し、誰も知り合いのいない土地で新生活を始め、なんのしがらみもない生活を快く感じたのもつかの間、子供ができ、日々を過ごすことに追いまくられると妻・主婦・母親の役割をこなすことで精一杯で自分の感情に鈍感になってしまっていた。
子供が巣立った去年の春は私にとっては一つの目安の年だった。子育ての最中、いろいろな迷いの中で、子供が巣立つ48歳の年には自分なりの結果を残せるようにしようと心に誓った。その時々の考えや与えられたチャンスでいくつかのものに挑戦し、成功もあれば失敗もあった。
自分に思ってもなかった能力があることを発見し、それを活かせるかもしれないと思った矢先に突然の体調不良。
このHPを立ち上げたときは最悪の体調だった。それまでやっていたことをすべてストップし、家に閉じこもる日々。パソコンを開くときだけが外の世界とつながる時間。空元気が通じるのは仮想世界の中だけだった。
ちょうどその頃「五年日記」なるものを書き始めていた。
それ以前の5年間、我が家にはさまざまな出来事が起こり、毎日が悩みと混乱の繰り返しだった。日記を書こうと思ったときはまだその最中で暗中模索の中でこれからの5年間、自分はそして家族はどこに行き着くのかと不安の中で書き始めた日記だった。日記といっても毎日書くのではなく、記録としてのこしておきたい事柄を事務的に書き、少々のコメントを書く程度である。
その年月の間に長女は大学を卒業し就職、長男は一浪の後東京の大学に入学、夫は新天地に職を移した。そして私は・・・。一つの目安にしていた48歳を過ぎ、今は体調を整えながら専業主婦としての毎日を忙しく過ごしている。
自分なりの結果を残したいと思ったことは、以前自分が考えていた形とは違う形で達成できたと思う。
自分の中でいろいろな価値観が崩れ、こんがらがっていたものがするするとほどけてきたような気がする。もっと素直にもっとシンプルに自分が自分であるために生きていけばいいんだなとわずかながらわかってきた。
かつて悩み苦しみながらの日々の中で、自分の感情が悲しいのか嬉しいのかもわからない時期があった。緊張の毎日の中で、一人で運転している車の中とお風呂でシャワーを流しているときだけが、涙を流せる場所だった。そのことを思えば今は自分の感情のままに笑い、泣ける自分が幸せだとはっきりと感じられる。

我が家にとって激動の10年がもうすぐ暮れようとしている。
いまの平穏な毎日がずっと続くことを願って次の5年日記を用意した。
どんなことが起こり、どんなことを考えるのか知る由もないが、これからもなんでもない日の幸せを感じられる自分でありたいと思う。

五年日記

(2005年 12月12日)


© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: