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この1月17日で阪神淡路大震災から20年という月日が過ぎました。20年前にTVのまえで神戸の惨状を見ながら流した涙をこの日はまた違う気持ちで流す涙となりました。夫がうまれ育った神戸、私が大阪に住んでいたころショッピングや食べ歩きで訪れたおしゃれな街神戸が、壊れ、焼かれ、さっきまで何ごともなく普通の冬の朝を迎えようとしていた六千四百あまりの人が亡くなった大震災。連絡がつかない神戸の親兄弟とその日の夜にやっと電話が通じた喜びは忘れられません。あの年は3月にオウムのサリン事件も起こり、このまま日本はどこにいってしまうのかと思ったほどでした。そしてあの年がきっかけかと思うほど、そのあと我が家にもさまざまなことが起こりました。試練と恵みが交差する歳月。あれから20年か・・・。40歳だったわたしが今年還暦を迎えます。 17日の震災特集で阪神淡路大震災の倒壊した建物や街並みをみていると、当然東日本大震災のことが思い出されました。地震の型も被災した面積も違うけど、故郷の変わり果てた姿を目の当たりにした人々の心の傷は同じ。神戸と東北の震災でふたつの故郷が壊された姿をみることになったことがその時々の我が家の歴史と重なります。神戸の震災でも夫の家族は無事でしたが、その後の人生が大きくかわった知り合いは多くいました。東日本大震災では時間が少し違っていれば私も夫も津波で命を落としていたかもしれません。震災直後は、生き残った私たちは東北のためになにかしなくては・・・と思っていましたが、現実にはなにもしていない状態です。なにができるんだろう・・・そんなことを思っていたら、震災をしらない神戸の高校生が東日本大震災の被災者である福島の高校生と交流を持ち、それまで「東北で起こった地震」としか思っていなかったけど「○○さんのいる東北」だと思ったらとても身近に現実のものとしてとらえられるようになったというのを聞きました。そして生まれた時にはもう街は形だけは復興していた神戸の震災のことも、やっと本当に起こったことだったのだと実感するようになったと。そういえば今年の年賀状で京都の友人が「東北の震災のニュースのたびにあなたのことを思い出しています」と書いてありました。私が東北に住んでいることが震災を身近に感じてもらえることにつながるのかもしれない。少なくとも私を知っている人だけにでも東北を身近に感じてもらえたら。私たちが東北で暮らし続けること、子や孫と東北で住み続けることだけでも震災を風化させないことになるのかな。間接的ではあっても「あのひとも東北にすんでいたな」と思うことで天気予報で東北の天気も気にしてもらえるかも。住み続けよう。そしてときどきここに記そう、東北のこと。そんなことを感じた1月17日でした。東日本大震災の「花は咲く」の曲は私のお葬式で流してもらいたいと思うほどすきな曲ですが、(笑)阪神淡路大震災でうまれた「しあわせ運べるように」は涙を流しながらも力をもらえる歌ですね。 しあわせ運べるように 1.地震(津波)にも負けない 強い心をもって 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 傷ついた神戸(野蒜)を 元の姿にもどそう 支え合う心と明日への 希望を胸に 響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸(野蒜)のまちに 届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように 2.地震(津波)にも負けない 強い絆をつくり 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 傷ついた神戸(野蒜)を 元の姿にもどそう やさしい春の光のような 未来を夢み 響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸(野蒜)のまちに 届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように 届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように
2015年01月19日
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10月に息子に初めての子どもが産まれ、今月初めの連休に里帰り出産しているお嫁ちゃんの実家(静岡)に行ってきました。孫は3600gで産まれたくりくりと元気な男の子。娘の3770gの初産についで大きな赤ちゃんで、二人の新米ママのがんばりに頭が下がります。ちょうどおととし亡くなった母の三回忌だったのでそのまま大阪まで足を伸ばしました。遠く仙台で生活していると今でも大阪の実家に帰ると母がいてくれるような気がしていたのに、母が亡くなってもう丸二年もたつんだな~とあらためて思いました。そしてその間に二人の新しい命が授かった。人の世の常・・・とはいいながら、感慨深いです。このブログをお休みした3月に、ちょうど私の通う教会が震災で使用不可能になりその後取り壊して建て直し、その落成の大きな記念礼拝がありました。そしてその直後に東日本大震災3周年記念礼拝と、これも全国から人が集まる大きな礼拝と続きました。どちらもいろいろな想いが込められた礼拝だったので私自身も自分の気持ちと向き合う機会を得ました。震災からの日々、ライフラインが整わない中での生活と野蒜のさまざまな事後処理、それに伴う気持ちの揺れを感じながらやはり「この三年はつらい日々だったのだ」と改めて感じる機会でした。そして「だった」と過去形で言えたことが、何よりよかった。三年と言う時間が、どういう形であろうがどこかの着地点に落ち着くことができる区切りの時間なのかなと感じました。それは前向きな着地点ではなくて「仕方のないことだったのだ」とか「いつまでも立ち止まっていてもしょうがない」とか自分にあえて言い聞かせるようなものであったとしても、そこから「もう一回やってみるか・・・」と鈍い歩みを踏み出すきっかけになりうるものなのだと思います。うまくいかないことが続いているときに、恐る恐るでも「もう一回やってみようかな」と思える日がくることを信じるのは難しいことですが、今の状況がすべてではないのだと時間が教えてくれるのだと思います。さて、そうはいっても老化だけは別。9月から通い始めたカーブス(サーキットトレーンング)もやっと軌道に乗り始めました。まだ効果はでないけど、時間という効力を待ちましょう!(笑)老化が先か、トレーニングが勝つか?!若いアスリートからも目が離せませんね。羽生君がんばれ!錦織君がんばれ!
2014年11月12日
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更新が少ないブログだったとはいえ、7か月も留守しました。自分のブログも久々に開いた次第です。途中、「さては何かあったんじゃないか?!」と電話をくださった知人もいました。ご心配おかけしました。元気でした!みなさんは?3月から我が家の大きな節目になるできごとが続き、心身ともに(特に心?!)多忙でした。でも慶事だったのでご安心ください。大きな節目って・・・・たとえばこんなことやこんなことです。さりげなくへたくそなトールペイントを見ていただきました。(笑)5月10日に息子の結婚式があり、その1カ月後の6月10日に娘に赤ちゃんが産まれました!初孫(男の子)です。昨年6月に入籍して生活は始めていた息子たちですが、結婚式を挙げるはこびとなり、いろいろ検討した結果、結婚式は私たちが通う教会で司式をしていただくことになりました。教会は東日本大震災で建物が使用不可能になってしまい、建て替えを余儀なくされ、今年の3月に完成されたばかり。その新聖堂での初めての結婚式ということになったのです。震災からの3年の時間の経過の中で、いろいろなことがありましたが、息子が宮城県に戻ってくれたことは私たち夫婦にとって震災が与えてくれた嬉しい誤算です。そして新しく創られた聖堂で、若いこれからの二人の夫婦としての誓いがたてられる・・・。ストーリーができすぎていて「これほんとに?」って思うほどでした。(笑)気持ちの上で「完璧なものにしたい」ということに加え、結婚式とその後の別会場での披露宴の準備などなど、リストアップするとおそろしいほどの用事が山積み。もともとキャパのせまい古いパソコンのような頭ですので何度もフリーズです。(笑)おかげさまで無事挙式、披露宴を終え、名実ともに夫婦となりました。それが終わったと思ったら、娘は臨月。初めてのお産です。30年前の出産、子育てとは大違い。病院の孫育て教室などに通わされ、勉強しました。娘は大きなお腹でしたので予想はしていましたが大きなベービーで、3,770gもありました。そして4日間も陣痛に苦しむたいへんなお産でした。お産が軽かった私には想像もできないくらいのものだったので私のほうがまいりました。娘が母になる・・・。これは母親にとって最高のプレゼント。孫はもちろんかわいいけど、娘が母になっていく姿を見るのはもっと感激です。ひと月半ほど我が家で子育てをし、仙台市内の娘の自宅に戻りました。でも今も週に一度くらいの割で泊まりにきます。親がそばにいて子育てできる娘を「いいな~」と思います。実家が遠くて私がそうできなかった分、いっしょに子育てを手伝いたいと思います。やっともとの静かな生活に戻りました。今年の夏は残暑が短かったので助かりますね。また時々更新しますね。みなさんはいかがお過ごしでしたか。そうそう桃も元気です。「やれやれ。やっと静かな生活になったぜ。」(新しい爪とぎボックスで)更新してから気がつきました。今日は9月11日。震災からちょうど3年半ですね。そして9.11・・・・。
2014年09月11日
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ご無沙汰いたしておりました。楽天の日本一に湧いたころからのご無沙汰です。そしてまた今度は羽生結弦くんの金メダル!ほんとに、ほんとに、ほんとにどちらもすごい!羽生くんは天才スケーターと期待されていたとはいえ、ジュニアからシニアに上がったころはフリーを滑るのも息絶え絶えのひ弱な男の子だったのに・・・。いずれオリンピックのメダルをとるだろうとは思っていましたが、こんなに早く取れるとは思ってもみませんでした。震災があり、「何故滑るのか?」「今自分は何をすべきなのか?」を深く深く考え、そこからでてきた強さが羽生君をここまで成長させたのでしょうか。やはり自分のためだけでなく、誰かのために戦う姿は美しいです。そして大雪。仙台も七十数年ぶりという大雪でした。今年はずっと雪がなく、フットワークの軽い冬だと安心していましたが、ここにきてそうはさせてくれませんでした。二週にわたっての週末の大雪で交通機関はマヒ。でも雪国に住む方々のご苦労を思えばたいしたことはないですね。ドカ雪が降りだすと春は近いと思ってがんばりましょう。さて、最近の桃のブームは・・・マカロン型ベッド。おととし買ったのに入ってくれず、この寒さにやっと入ってくれました!中を開けると・・・こんな感じです。こんな格好のときもあります!(笑)追記:こんな格好のときも!
2014年02月18日
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やりました!楽天!マジックが出ていたものの、いままでの楽天の成績を考えるとぬか喜びは禁物と、心していましたが、ついにやってくれました。マジックがでてからのKスタでのチケットはもう取れない状態。優勝は結局埼玉での試合で決めてくれました。最後はマー君がしびれるような直球で決めてくれ、我が家は大騒ぎでした。(夫と二人でしたが・・・・笑)寄せ集めの弱小球団。1年目は26対0というような負け試合もありましたっけ。それでも暖かい応援を続ける東北のファン。あの東日本大震災の開幕のときの嶋捕手のあいさつは何度聞いても涙がでます。「見せましょう、野球の底力を。 見せましょう、東北の底力を」あの年の高校野球に出た石巻工業の横断幕「あきらめない街石巻、その力に俺たちはなる」とともにいつまでも心に残る言葉です。優勝直後は楽天ショップも外に長い列ができるほど混雑していましたが、2,3日前に出かけた時にはもう落ち着いたようで1st time champions 2013のTシャツとタオルが買えました。ここまできたらCSでも優勝を決めて、日本シリーズで日本一を目指してほしい!一方、最近のももは・・・、そんなことにはまったく「おがまいねぐ」・・・買ってきたばかりのハロウィンのかぼちゃの植木鉢をあっ!ちゅう間に割ってしまいました・・・が、反省の色なしっす!【追記】で、一番苦手な被りモノでお詫び!(笑)
2013年10月05日
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ご無沙汰しておりました!今年も暑い夏でしたね。異常気象で日本のあちこちでなことばかり。でも今年は9月に入るとなんとかしのげる気温に落ち着いたようです。私も9月に入ってからはうろうろと出歩くようになりました。先週金曜日は朝ドラの「あまちゃん」の感謝祭っていうトークイベントが盛岡であり、その抽選に当たった友達のお相伴にあずかり一泊旅行をしてきましたよ。生あきちゃんや弥生さん、ストーブさん、ベンさんも見てきました。そうそう夏ばっぱは次の日市内観光の時、光原社のカフェで本当に生宮本信子さんに遭遇しました!そして今日は八木山動物園にスマトラトラを見に出かけてきましたよ。絶滅が危惧されているスマトラトラの赤ちゃんが5月に4頭生まれ、8月から公開していると知って「絶対見たい!」と思っていたのです。暑いし、夏休みだし・・・とのばしのばしにしていましたが、早く行かなきゃ子トラじゃなくなる!と行ってきました。これだけみると「赤ちゃん?」と思うかもしれませんが、おかあさんはこの貫禄。もっと貫禄あったのはしろくまさん。久しぶりの動物園は楽しいっす。ところで今日は9月11日。震災から2年6カ月。我が家も野蒜の土地の買い上げの手続きが昨日終わり、一区切りつきました。やれることはやったので、あとは残りのローンの返済と4年後の移転先の土地の造成を待つのみです。でもまだ希望は捨てていません。最近ファミリーが集まると「いつか野蒜に家建てて○○したいねー」と話すことが増えました。希望を失わずにいられることに感謝ですね。そして楽天、優勝にむけてがんばれー!
2013年09月11日
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異常な暑さが続いています。それでも仙台はまだ32℃前後ですが、東京や大阪はどんなだろう・・・とお察しいたします。今日は仙台は昨日より7℃低い予報で涼しい朝を迎えました。梅雨明けがまだなので小雨がちらつく空模様。たまったアイロンがけを涼しい日にやろう!と朝一番に一仕事終えました。最近は何かひとつだけでも「今日はこれをやった」とはっきり残さないとぼんやりすごしてしまうことが多いのです。今日のノルマはとりあえず(笑)涼しいせいか桃も朝から活動的。お気に入りのおもちゃをおいかけて家中走り回っています。お気に入りのおもちゃは・・・むすめが毛糸で編んだきのこ(真ん中:もう原型はとどめていません)、丸いフェルトをつないでつくってあったポット敷き(両端:ももにちぎられてバラバラになりました)他にもおもちゃはあるのですが、この三つが噛み心地がいいのかおもちゃ箱から選んで遊んでいます。野生の本能なのか「狩り」を想定しているらしく、追いかけてはくわえてまた放り投げるを繰り返します。私が相手をしている時は、追いかけて捕まえた獲物を私のひざまで運んで置いてくれます。そしてお腹がすいたときは、なぜかどこからかこのおもちゃを自分の餌箱までくわえてもってきて中に入れてからドライフードを食べてます。「邪魔じゃないのかな~?」と思うのですが、時折おもちゃも噛んでいるみたい。やっぱ、獲物なんですね。ほかにも変なくせがあります。ネコは座るときなにかの上に必ずと言っていいほど座るのですが、桃は座るものの角を三角に折ってその上に座ります。こんな風に・・・(私がいたずらして頭の上にネズミのおもちゃを載せてます。笑)玄関でもこんな風に・・・私が出掛けて帰ってくるとダイニングの4つの椅子の座布団の角が全部三角に折られていた時があり、4つの椅子をぐるぐる周ってお昼寝してたの?って苦笑しました。動物って面白いですね。
2013年07月11日
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梅雨入り後もさわやかな日が続いています。今年ももう半分終わりますね。前半は吉凶入り混じった日々でした。嬉しいことはここにも書けますが、そうでないことが立て続けに起こり、ちょっと落ち着かない日々を過ごしておりました。それも時間とともにやっと落ち着き、心身ともにやすらぎをとりもどしてきました。「いろいろあるのが人生」と思っていても、やはり心やすからぬ日を過ごし、修行がたりないな~と思います。さて、本格的な梅雨の前の仙台は緑豊かな気持ちのいい日々です。我が家の周りも緑と鳥がいっぱい。今ベランダのえさ台にやってくるのは黒とオレンジのツートンカラーの「ヤマガラ」必ずツガイでやってきて、一羽はえさ台からえさをついばむと物干しざおに止まり、足の間にヒマワリの種を挟んでくちばしでトントンたたき割って食べてます。その音で桃がどこからともなく飛んできて、低姿勢でうなりながら狙ってる。でもヤマガラ飛んで行くと、ほっとしたような顔になりますけど。(怖いんかい!?)ヒヨドリも空を飛びまわり、この時期は歌うような声で鳴いています。ツバメ、キジバト、シジュウカラ、ホトトギス(これは声だけ)我が家の周りはこんなところでしょうか。昨日は墓地公園まで散歩。もちろん双眼鏡持参です。広い墓地公園、でも意外に鳥の声は聞こえません。お気に入りの沼まで来ると、一面スイレンが。あと1週間ほどしたら花がさくでしょうか。ここでは以前アオサギを見ました。ここで座り込み、しばしの休憩。そうすると木の上から「ギーギギギギ」とおおきな声が。双眼鏡でみてもみつかりません。私が動くとまた「ギーギギギギ」威嚇している?少し声の方向に歩いてみると、いた、いた。青白く大型の鳥。頭のてっぺんが黒いベレー帽のよう。オナガです。これはネットで検索した写真ですが、私の見たモノとそっくりです。一羽だけじゃなく、たぶんツガイが3組ほど。ばさばさと翼をはためかせ、飛び去りました。初めての鳥がみれたので今日は大きな収穫アリ!今年は春からこのあたりでも熊の目撃情報が多数あったので、又(!)クマに遭わないよう気をつけますね。
2013年06月26日
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梅雨入り前の仙台は杜の都にふさわしく、どこも緑がいっぱいです。我が家のベランダもGW明けから植物が一気に芽吹きだし、シジュウカラ用に置餌にしていたひまわりの種が植木鉢に落ちたものまで芽を出し始めました!去年の誕生日プレゼントに夫が買ってくれた「ウイリアム・シェークスピア2000」という薔薇にも花がつきました。何度も挑戦している薔薇ですが、いつも失敗。これはどうなるでしょうか?!さて、きのうは久しぶりに野蒜方面に行ってきました。娘がテレビで見た仮設住宅で作っている「おのくん」というお猿のぬいぐるみがほしいというので。「おのくん」はカラフルな靴下からつくられたお猿のぬいぐるみです。かわいさが評判になり、人気です。「おのくん」というネーミングは「陸前小野」という地名からきているのですが、「陸前小野駅」は野蒜駅のとなりの駅で、もちろん今は津波で不通になっています。小野の仮設住宅はわたしが野蒜に行ったときによく買い物にいっていた道沿いにあり、すぐ見つかりました。仮設住宅の集会所に入ると何人かの方がミシンを踏み、いろんな模様の「おのくん」を製作中でした。聞けばみなさん野蒜にお住まいだった方のようで「わたしたちも野蒜に家があったんですよ」と話をし、なんだか前から知ってるかたのような気持ちになりました。大小いろいろありますが、一律に千円。売り上げは材料費や仮設でのいろいろな経費に使われるそうです。http://onoekimae.exblog.jp野蒜の高台移転先の造成地にはC.W.ニコルさんが「こどもの国」を建設中で、それに先だって先日ツリーハウスが公開されました。全面完成は4年後。造成地に家が建ち始めるのもそのころです。先は長い・・・でもどんな街になるのか楽しみにしたいです。
2013年06月10日
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ご無沙汰しております!GWも終わり、みなさんお元気でしょうか?真ん中に3日間をはさんでのGWでしたが、我が家は夫も息子も9連休。心とお金に余裕があれば海外旅行もできたお休みです。さて、GWに入った4月27日、今一番逢いたいな~と思っていた人に逢えました!それは姜尚中さんです。4月に出版された「心」という小説のサイン会に行ってきました。前々から姜さんの言動に触発されていましたが、「母オモニ」の小説を読み、日曜美術館での物腰や博識に「かっこいい~」と思っておりました。それは意外にも夫も同じで、めすらしく私が興味を持っていることを知っても「この人はすごいな~」と同調してくれました。で、4月初めにたまたま本屋に行ったら「新刊書『心』を購入された方先着100名様にサイン会の整理券渡します」の言葉に引かれ、本を買ったのでした。当日は夫も同行。私もちょっとおしゃれをし、(なんでやねん!だって、握手もしてくれるんですもの!)30分も前から並びました。並んでいる人たちはだいたい私と同年代から上の方々・・・。先着100名どころがざっと200名はいたかな。並んでいる間は本屋の本棚をぐるぐる周るように並んでいたので、姜さんがの姿は全く見えず、入場してきたときに起こったおおきな拍手でサイン会が始まったのだとわかったくらいです。30分くらいしてやっと姜さんの後姿が・・・もうちょっとしたら横顔が・・・そしてやっと正面。テレビでみるような物静かな雰囲気で静かに本にサインをし、目をみてしっかり握手をしています。一言二言声をかけるようなこともあるみたい。ドキドキ!やっと私の番になり、本にサインを、そして握手。痩せているけど手は意外に大きく、しっかり握手してくれました。でもまあ、テレビに出ているっていったって大学の先生だもん、俳優や歌手の様なオーラはなく、普通のおじさま。年齢的に夫とおなじくらいだから、なんてことはなかったかな~(笑)でもまあ夫と握手するのとは大違いですけど!(することないけどねー笑)ただ4年前に息子さんを亡くされていて今回の小説もそれがベースになっているということもあり、一層物静かな雰囲気をかもしだしていました。ちょっと無機質な感じもしたかな・・・。そりゃ200人も握手しなきゃいけないんだから、いちいち反応してたら身体もちませんよね。そんなこんなでGW突入。GWのメインイベントは息子の婚約者のお母さんたちとのお食事会。(結納式付き)3日の日は日帰りで東京に行ってきました。リメイクした東京駅のお向かいの丸ビル35階のレストランが会場です。それにしても東京っていつ行っても人がいっぱい!無事納めることができ婚約が調いました。めでたし。
2013年05月09日
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イースターエッグ昨日の日曜日は教会歴で言うイースター(復活祭)でした。クリスマスと並んでクリスチャンにとっては大きな祭日です。イエス・キリストが十字架にかけられ死んだ日から3日後に人々の前に現れたことが所以ですが、「復活」という言葉がイースターの頃の春の訪れの季節と重なって全てのものに生命力が吹きこまれるという想いを強くしてくれます。教会でも色とりどりの卵でお祝いします。さて我が家の春の訪れは今日始まりました。4月1日、エイプリルフール?違います。(笑)今日は息子の社会人一日目の始まり。9年間の大学、大学院生活を終え、今日から宮城県庁の一員になりました。震災の影響で宮城県庁も今年は全体で100人も採用枠を増やしてくれたおかげで、息子も農学の分野で採用され今日が入庁式です。沖縄の宮古島で熱帯農業の研究をしていた息子。「沖縄県に残ろうかな」と言っていたのに・・・。話は震災直後までさかのぼります。東日本大震災の時、息子は東京の大学に一時帰っていて震災の揺れは東京で経験しました。その後宮古島に戻りましたが、毎日のように「だいじょうぶ?」と電話がありました。1週間ほどしたころ「僕迷っていたけど宮城県庁を受けようかと思うんだけど」と言うのです。「でも専門は熱帯の農業の土壌改良でしょ?やりたいことと違うんじゃない」と私が言うと「僕の専門は土壌の塩害だよ。津波のあとの土壌改良に少しでも役に立つんじゃないかと思って」と言うのです。私は言葉もありませんでした。瞬間的に息子の思春期の穴倉に閉じこもっていた時代から大学受験、浪人中、大学進学その後の何年間のさまざまなことが頭に浮かびました。あのときのあのことが、あれも、これも、それも、今息子が目指そうと心に決めたことに繋がっていたのだろうか・・・熱帯の土壌の、たぶん津波ではなく台風や高波での塩害に苦しむ沖縄の農家のかたに役に立つように研究していた分野が東日本大震災の津波で浸水した農地にも役に立つなんて誰が考えたでしょう。まず私は考えていませんでした。息子が土壌の塩害の研究をしていたってことすらしりませんでしたから。電話を受けながら、頭の中では『神様、こういうご計画だったのですか?』と恐る恐る尋ねていました。でも多くは望んではいけない。試験を受けるだけで採用されるかどうかわからないんだからと自分を諫めていました。最初に書いたように震災の影響で県庁の採用枠は増え、農学専門の採用も大幅に増えていました。このタイミングでもないと息子は宮城に戻ってこれなかったでしょう。先週の月曜日に仙台に戻ってきた息子は9年ぶりの故郷への帰還に少し戸惑っているようでした。「なんか変な感じ。まだ2,3日帰省しているだけのような気がする」って。震災で失ったものは大きかったけど、得たものはさらに大きいなと思います。息子が戻ってきてくれたおかげでまた夢を持ち続けられる。次を託せる人がいるということで私たちもがんばれる。希望を持ち続けるということが「復活」に繋がるのだと思います。6月には息子のお嫁さんになる我が家の新メンバーも仙台に来てくれます!
2013年04月01日
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寒い日が続きますね。今日も仙台は雪が降っています。正月明けから気ぜわしい日を過ごしていました。というよりできることのキャパが小さくなってきているのかな?なんだか簡単な作業や処理に時間がかかってきたように思います。(老化!)それに世の中のいろんな出来事に毎日不安感がつのります。北朝鮮の核実験、ロシアの隕石落下、そしてグアムでの無差別殺人。特にグアムの事件の現場は2年前に娘の結婚式で滞在したホテルの前で、私たちも滞在中しょっちゅううろうろしていたところです。どれも避けようにも避けられない出来事ばかり。避けられないのだから心配しても仕方ないと割り切って生活できない、限りなく心配性な性分で・・・。震災以来、いいしれぬ不安を常にかかえているように思います。すこしは楽しみを・・・と思い、ベランダに鳥のえさ台をこしらえてみました。何日か素通りされ、「やっぱだめ?」と思っていたら、訪問者(鳥)が現れました!ヒヨドリの「ヒヨちゃん」まだ小さいひよどりのようです。まず前の木の枝にとまり、高鳴きし、フンを・・・。そして何度か枝を飛び移り、なにかの踏ん切りでベランダの手すりに。そしてえさ台にとまってみかんをついばんでいきます。完食!仲間をつれてくる気配がないので一人占めにしたいみたい。ひよどりがえさをついばむ姿を見るのも楽しいのですが、それを狙う桃次郎を見るのがまたたのしいのです。物陰に隠れてタイミングをみはからっていたのに、鳥が飛び立ってしまったときの桃次郎のショットです。「あ~あ・・・」って声が聞こえそうですね。(笑)【その後・・・】2月20日朝、ひよちゃんがお友達を連れてやってきました。でもひよちゃんより一回り大きい鳥で大きいほうばかりがみかんをついばみ、ひよちゃんは見張り役みたいでした。おにいちゃんかな~?
2013年02月16日
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ご無沙汰しておりました。元気です。12月はひとつ歳をとり、ケーキにろうそくをたてられないくらいの数の歳になったもんだ・・・と思っていたら娘がこんなろうそくを買ってきてくれました。(っていうか、ケーキが小さすぎ?!笑)クリスマスには日光旅行にでかけ、東照宮や華厳の滝や中禅寺湖を初めてみてきましたよ。(とっても寒かったです!)大みそかはドリームジャンボで300円ゲット?!(笑)暖かい穏やかな新年をむかえ、元旦には我が家の丘の上の墓地公園で初日の出を拝み手作りのおせちとスーパーで買ったおせちを詰め合わせた「なんちゃっておせち」でお祝いし、我が家恒例の「明石鯛にねこの図」もいつもの通りテレビで猫の写真家岩合さんの「ぶらり猫あるき」に桃も反応し初詣は大崎八幡神宮へ年末のゆく年くる年はここからでしたね。(最後尾にならんでいるのはうちの夫っす。)今年は穏やかな日々が続く年であってほしいです。本年もよろしくおねがいしま~す。
2013年01月02日
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母が亡くなりました。11月2日の早朝です。5月の末に家で転び、大腿骨を骨折。入院手術をし、リハビリをしていました。なんとか退院のめどがたったころ、食欲がなくなり胃カメラ検査をしたら胃がんがみつかりました。兄があとは家で看ようと11月8日に退院する予定でした。私も11月18日から里帰りしようと思っていた矢先です。食べられなくなったころから肺炎ぎみでしたが、それが悪化し、最後は肺炎で亡くなりました。姉は前からの予定で11月1日から里帰りしていたので臨終に間に合いました。眠るような最後だったそうです。2日の夜に私が到着したときには母は家の仏間に安置されていて、きれいで穏やかな母の顔を見て私はほっとしました。93歳。母の歴史が幕を閉じたのですね。厳しい時代を生きてきた母たちの世代。従兄だった役所勤めの父と結婚し、5人の子供に恵まれ、戦後思いもかけず商売人になったワンマンな父を支えてきた人生。読書が好きで字がきれいで絵も上手。ほんとうは学校の先生になりたかったのだと言っていました。そんな希望が簡単にかなう時代ではなかったのでしょう。思い通りに生きている人などいないのかもしれないけど、恵まれた時代に生まれた私たちは母の時代の人たちにくらべれば気楽な生活をしているものだと思います。私が幼いころの母は、いつも誰かに気を使い、商売のお金の工面に四苦八苦していたことしか思い出せません。父が役所勤めのままでいたならば、母はどんな生活を送っていたのでしょう。それはそれでまた別の苦労があったのかもしれない。人の一生は別の選択肢と比べようがないから、歩んできた歴史が自分にとって最善だったと信じたいと思います。わたしも・・・今の自分の生きてる場所で最善をつくしたい。そして母に伝えたいことは「感謝」と「私は今幸せだよ」ってことです。寂しさは日ごとに募るような気がします。姉妹で母のことを笑って話せる時もくるのかな。いつも私たちのおしゃべりを楽しそうにみていた母だから、いっぱい話題にしたいと思います。ありがとうお母さん。
2012年11月16日
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いや~ご無沙汰しておりました。皆さんおかわりありませんか~?最後の日記のあと、夏バテで小さな身体の不調がいくつか重なり、医者通いしておりました。そのうちの一つには「老人性○○」という不名誉な病名がついてしまい、精神的ショックも(笑)手伝い、引きこもっておりました。ほんとに暑かったですね、今年の夏は。とくに東北は記録的な暑さを更新したのでほんとバテバテでした。「ほんとうに夏はおわるのだろうか!?」と真面目に考えたくらいです。9月の末からやっと涼しくなり、そのとたんに身体の不調はすべて消え去り、あんまり効かなった薬も飲まなくてもよくなりました。やっぱり暑さのせいだったのか?!私って北方民族体質なのかも?10月も気温は平年より高めのようですが、朝夕は冷え込むようになり、当然ですが、秋はきましたね。そして今日はなんと代理母をやってます。「孫」ではありませんよ。猫の、です。うちのマンション内で産まれた野良猫の赤ちゃん4匹。保護されて猫の里親ボランティアをしている友達のところに運ばれました。彼女が世話をしているのですが、どうしても出かけなくてはいけないので一日だけ預かってと頼まれました。黒が2匹と白黒が2匹です。たぶん生後2週間くらいかな。けっこうきれいでしっかりしてます。桃も落ち着かない様子で家の中をうろうろ。でも近づかないんですよ。夫も世話したくてしかたない様子ですが、クールを装ってます。里親みつかればいいですね。
2012年10月17日
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暑い毎日です。仙台も連日猛暑が続いています。大阪育ちの私ですが、暑いのは苦手。昨日もテニスの途中でバテてしまいました。お盆休みは何の予定もなかったので、春子さんご夫婦を誘い伊豆沼のはす祭りに行ってきました。冬には白鳥の飛来で有名な伊豆沼は夏には沼一面ハスの花が咲きます。そこを船で巡るのです。二年前に初めて行き、その不思議な風景に感激しました。自分の背丈より高いハスの花が水からすっくと伸びている。まるでベトナム旅行に行ったような、ディズニーランドのアトラクションのような・・・まるでジャングルみたいでしょ?シラサギがハスの葉の上に乗っていました。我が家のアサガオもやっと花が開きました。今年初めて育ててみた夕顔も白い大きな花をつけました。桃も朝の日課でベランダから偵察。フンフン、今日も暑くなりそうだにゃ~
2012年08月20日
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ご無沙汰しておりました。みなさんお元気ですか?この暑さ・・・年々暑さが増しているような気がします。仙台ももはや熱帯地域です!7月半ばに大阪に帰りましたが、帰ったとたん蒸し暑い日が続き(でも気温はまだ30℃ちょっとだったけど)まいりました。母のお見舞いに帰ったのですが、母は意外に元気にしてくれていて安心しました。入院生活がちょっとよく理解できていないようで時々つじつまの合わないことをいいますが、リハビリをしてくれる若い男の子は大好きで「いつもありがとう。今日もがんばるわ~」と言ってリハビリ室に入っていきます。ちなみに桑名正博が運び込まれた病院でした。一時病院の出入り口は報道陣でいっぱい。病院の中も関係者らしいミュージシャン風の人がうろうろしていましたよ。私たちには懐かしい同世代の歌手ですね。奇跡が起きればいいですねー。母の病院に行ったり、退院後動きやすいように母の部屋を片付けたり、大忙しでしたが、合間をぬって近所の猫仲間のところに行ってきました。前に紹介した私の妹のところの桃のいとこ猫グリちゃん。桃とそっくり!びびり屋さんのところも似てる?!ずっと布団の中に隠れていました。あついのにね~。(笑)次は私の幼馴染みのところのみみちゃん。シンガプーラーというちいちゃな猫ちゃんです。こちらは友好的ですぐに仲良くなってくれました。だっこすると大きさがわかるでしょう?まるで妖精のようなねこちゃんでした。遠くにいる会ったことない友達が元気で桃もこんな笑顔です。(リクエストにお答えして再度登場!)僕は暑くても元気!
2012年08月07日
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梅雨の中休みで仙台はさわやかな夏晴れの日が続いています。 空は晴れているけど気持ちはいまひとつ晴れない・・・ そんなときは野蒜の海が思い出される・・・ 野蒜までの田舎道と奥松島パークラインの海の風景・・・ 去年11月に家が取り壊される前に行ったきり、野蒜の町には行っていません。「行こうかな~」 でも一人ではな~ と思っていたら友達から電話。 「行きたい!」っていってくれたので、もう一人誘い行ってきました。 女三人寄れば「たいくつ」という言葉はありえない! 後部座席で勝手にしゃべってくれてるから、その話にあいづちをうつだけで1時間半のドライブはあっという間。震災以来初めて野蒜を訪れた友達はあまりの変わりように驚いたようでした。 野蒜の海。がれきは片付いているけど松は赤茶けています。 たくさんあった「余景の松」と呼ばれていた美しい松林はほとんどなくなり、海岸から駅までが素通し。 我が家の跡地。まわりがすべてなくなっているので目印がなく、「どこだったっけ?」と思っていたら、2軒隣の元お寿司屋さんだった家の駐車場のコンクート面とそこに供えられたふたつのお花でわかりました。 なぜならそこのおばあちゃんとお孫さんが津波で流されて亡くなったと聞いていたので。一緒に行った友達がなにか芽吹いているかもよ!って一生懸命さがしてくれましたが、我が家の植物はなにもなく、どこかから飛んできたコスモスと赤紫蘇を掘り返して持ってきました。 友達はありがたい。 心行くまで私につきあってくれて見たいところぜんぶ行ってくれました。 松島のホテル一の坊でお茶して帰りました。 時間が経つにつれ、再建の意欲が薄れていく中、時々たずねて 「やっぱりここだよね!」 って思いを改にしたいと思います。
2012年06月28日
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日本列島を縦断した台風4号。みなさんのところは大丈夫でしたか?昨夜はでかけることがあり、帰りはどしゃ降りの中、車を運転してきました。でも今日は快晴です!気温も26℃まで上がる予報。さて、先週の金曜日に長いこと休んでいたトールペイントの教室に行ってきました。じつは大震災の日はトールペイントの教室の日でした。その帰りに友達とランチをしているときの地震でした。それ以後、なんとなく地震を思い出すのが嫌で教室にも行ってなかったのです。先生も事情をわかってくれ「元気になったらまた来てください。」と言ってくださっていました。今月に入り、「そろそろ、やりかけのトール仕上げにきませんか?」と連絡をいただき、再開することにしたのです。思えば3月11日、トールの教室を予約していなければ野蒜の家に行っていたはず。トール教室があったおかげで助かったようなものです。仕上げてきたのがこれです。娘のリクエストで新しいマンション用の表札を作っていたのでした。時間というものはありがたいもので1年3カ月たってやっと気持ちも平常に戻ってきたのかな。いまだに低空飛行ではありますが、大きくぶれるということは少なくなったような気がします。トールはまだ初心者ですが、次の作品も決めてきたので細々と続けていけたらな・・・と思っています。
2012年06月20日
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という今朝のYAHOOニュースを見てみるとなんと仙台市青葉区の仙山線の線路上での出来事でした!うちの最寄りの駅は仙山線葛岡駅という無人駅です。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120610-00000703-yom-sociこのページでもお伝えしているように私の家の周りは仙台市内にありながら自然豊かなところですが、「カモシカとクマに一度に遭遇」という確率はかなり低いと思います。ちなみに私はそのどちらにも遭遇したことがありますが・・・(笑)かもしかは、日本カモシカですが何年か前のドカ雪が降った日。やっと晴れ間が出てきたので車の雪を下ろし、墓地公園超えでお買い物に行こうとドライブ中。前方をなにか大きな生き物が横切りました。右方の石垣を駆け下りて左方の石垣を駆け上った一瞬の出来事。「大きな犬?・・・いやちがう、カモシカだ~」あれ以来あの場所を通るたびに繁みをみてしまいます。もう一回遭遇したいな~クマは・・・もうみなさん御存じですね。船形山のぶなの林を歩くツアー中。遭遇というより襲われたのですが。こちらはもう遭遇したくないな~大阪の実家の兄にその話をしたら、知人に「大阪育ちの妹が津波にあったり(遭ってはいませんが・・・)クマに襲われたり、かわいそうに・・・」と話していたそうです。仙台にいたってその経験はかなりめずらしいんだけどね。さてうちのトラ・・・じゃなくて桃もすこし大人になりましたよ。クマもカモシカもみたことないにゃ~
2012年06月11日
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我が家のベランダから南側に見える繁みからはたくさんの鳥のさえずりが聞こえます。ベランダのそばの木にとまりさえずっている姿もみえます。家の中で用事をしていても鳥の声が聞こえると、思わずベランダに走り出てバードウォッチング用の双眼鏡で姿を探してしまいます。なかなかちゃんと捉えることはできませんが、はっきりと種類がわかったときはラッキー!すぐに「宮城の野鳥」の本で探し、見た日付を記入。家に居ながらバードウォッチングや山の緑や四季の花が見られるのは大阪の商店街育ちのわたしには夢のようです。野鳥と仲良くしたいと思い、毎朝作る果物豆乳ジュースに入れた果物の切れ端を置いてみました。残念ながら餌を食べた形跡はありませんが、家の中からみてると鳥が寄ってきているように見えます。鳥を見るのが好きなのは私だけではありません。桃もベランダに置いた乾燥機の上でバードウォッチング。時々飛びかかろうとしてダイビング!(笑)適当なところで家に入れますが、またすぐこんな格好でおねだり。網戸が・・・・!!桃、スパイダーマンはやめてね。
2012年05月25日
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GWも終わり、やっと仙台も気温が安定してきました。桜の開花が遅かったと思ったらいろいろな花が一気に咲き始め、芽吹きもスローカメラでみているように目で見える速さで進んでいました。朝見た山の緑と夕方見る山の緑の量があきらかに違う。自然の営みを感じる春から初夏の変化です。さて、野蒜、野蒜と書いてはいたものの実際のノビルってと思っていたらGWに訪ねた道の駅で見つけました!ノビル!こねぎのような緑の葉っぱの根元に小さな丸いたまねぎみたいなものがついています。さっと茹でて酢味噌で和えたらすこし辛味があるわけぎみたいでした。ところで野蒜の家のおとなりに住んでいた30代の若いご夫婦。今は仮設住宅に住んでいますが、時々連絡をとっています。そうしたら「じつは三人目が6月に生まれます。」とのこと。小学生と幼稚園の二人の男のお子さんがいて、ローンを抱えてこれからたいへん・・・と言っていたのに「結婚当初から三人ほしいと思っていたので、こういう状況になっても計画通りにしようって話し合ったんです。」とのこと。お二人が前向きになられたのだと嬉しくて感激しました。新しい命は力になります。お二人をこれからも応援したくなりました。最近の異常気象。先日の竜巻の日、仙台も突然雲行きが怪しくなり、真っ暗になりました。そして激しい雨と雷。最近買ったティンカーベルのソーラーランプも午後1時だというのに点灯。こんなときしか撮れないと思い、あわててシャッターを切りました。ほんとに変な気候です。地球だいじょうぶか!?ところで・・・桃次郎はあいかわらず元気です!
2012年05月11日
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野蒜の高台移転個人面談に行きました。案の定、住民票がなかったのでずいぶん手間取りました。我が家のあった土地の買い取り価格を提示されました。野蒜小学校の後ろの高台にJR仙石線が復旧され、野蒜駅ができ、その周辺に移転先の土地がこれから切り開かれるそうです。土地は借地と買取があるそうです。土地が借地(30年間は無償だそうです)できるならトレーラーハウスでもいいから再建できるかな~とりあえずまだまだ先の話です。それまで元気でいるために・・・(笑)去年の暮れから毎朝果物野菜ジュースを飲むようになりました。台所で場所を取らないように小さなミキサーを買い、(400cc)毎朝つくります。バナナと豆乳は必須。そのほかりんご、かんきつ類、いちごなどなど季節の果物と、体に良さそうなものを少量ずついれます。ごまきなこ、黒糖しょうが、はちみつ、アミノコラーゲン、・・・とりあえず体にイイと聞いたので買ったけど全部使い切ってないものの消費?(笑)そこに100%野菜ジュースか青汁粉末をいれて出来上がり!夫には血液サラサラになるようにオリーブオイルをひと匙垂らします。(日野原先生の健康法です。)これを飲み始めてから私はお通じがよくなり、今年は一度も風邪をひきませんでした。豆乳は体にイイとわかっていてもそのままでは飲めないのでバナナとあわせてOK!二人の食事になってから我が家の台所用品はミニサイズ。400ccミキサー、700ccT-FAL、3合だき炊飯器がひとまとめ。ままごとしてるみたいです。朝ジュースを作るために果物をたくさん買うようになり、夜は別のお楽しみに使ってます。安い赤ワインに刻んだ果物、ハーブティ、ドライマンゴ、ドライプルーン、シナモンスティック、そして黒砂糖などを漬け込み、サングリアを作ります。2,3日漬け込んで漉していただきます。赤ワインの色が深くなり、果物の酵素と香辛料やハーブがプラスされ甘くておいしい飲み物に!(ワインは395円のでOK。コアントローを少しいれると香りがぐっと引き立ちます。)朝と夜の我が家の(というかサングリアは「私」のですが)定番になってます。
2012年03月28日
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東日本大震災から1年がたちました。しばらくご無沙汰していたのは、楽天の写真をアップする方法が変わり、使い方がわからなかったから?ふんふん、それもありますが(笑)、3月11日が近づくにつれちょっとナーバスになっていました。去年の今頃の季節が巡って、正月が終わり、節分が終わり、お雛様を飾り、そろそろ片付けようかな・・・と思いながら、日を過ごす。あの頃の冷え込みや空気感を再び感じると、今からまたあの大地震を追体験するような気になって、3月11日が近づくのが怖くなりました。おまけに今年のこの寒さ。「冬季うつ」とでもいうのでしょうか、家にこもり、しなくてはいけない仕事も後回しに。そして自己嫌悪。お友達や兄弟からも「1年だね」とメールや電話をもらいました。みんな気にかけてくれてるんだ。でもね、ほんとによく考えたら私や夫が津波に遭わなかったことって奇跡だよね。そして3.11のテレビの特番の嵐。やっぱり目をそらせない。大津波で生死をさまよった方々の証言やその後の避難生活をみて、こんなことって現実のことなの?家族も家も故郷も一瞬にして失うって、神様どうして!?私たちが野蒜を選び、家を建て、大好きな場所になり、ここで楽しい思い出を創ろうって思ったこと、それからあの大地震と大津波で生き残ったこと、これは神様のどういうご計画なのか。今はまだわからないけど、きっとこの先わかるようになるのじゃないかと思う。今思うことは、東北で生きていくことへの強い気持ち。それが生かされたものの責任だと思う。3月11日は日曜日だったので教会で礼拝。その中で犠牲者への祈り。2時46分にもみんなでお祈りしました。いつもは無関心な娘も「私も行っていい?」と教会に初参加。震災当時、職場の放送局に泊まり込みでニュースを流していた娘も感じることは多々あったのでしょう。礼拝の後、少し気持ちが落ち着いてきたように思います。桃も感じることがあるのでしょうか。壁のねこと同じ格好で考え事?(じつは壁に目に見えないくらいの小さな虫がいるようなんです。)振り向いたら・・・こんな恰好に「なんか用っすか?」来週、野蒜地区の高台移転個人面談に行ってきます。
2012年03月13日
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お正月をはさんで私の周りで猫仲間が増えました。「猫の仲間」ではなく、「猫の飼い主の仲間」ですが。(笑)一人は大阪にいる私の妹。賃貸マンションで飼えなかったのですが、この度分譲マンションに引っ越し、念願のネコの飼い主になりました。これがまたうちの桃次朗にそっくりのキジ猫ちゃん、男の子。ぐりちゃんといいます。よろしく!家に来た早々の緊張した表情ですが、いまは夜はピンボール状態で家の中を走り回っているそうです。妹の家の子供なので桃のいとこってことになりますね。()もう一人はやはり大阪のおさななじみTちゃん。もともと猫好きの彼女でしたが、いままではフェレットを飼っていて、そのプーちゃんが亡くなり、悲しみも癒えたころなのでしょうか、年末に電話で「猫が家にいるの~」って嬉しそうな声が!シンガプーラーっていう猫の種類だそうです。美猫のみみちゃんです。これからは猫談義ができるからたのしみ。桃もよろこんでこんな笑顔です。
2012年01月26日
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新しい年になりました。去年の今日はグアムで娘の結婚式がありました。あれから1年。いろんなことがありすぎた1年でした。さてさて、今年のお正月の我が家の風景です。なにはなくともお正月は明石鯛!「猫と明石鯛」はうちの定番メニュー(?)です。「あけましておめでとうございます!今年もよろしくおねがいしま~す。」帰省中の息子T君は今年は学位論文と就職活動のふたつの勝負の年。桃も健闘を祈って得意のトリプルアクセルを披露!動画でお見せできないのが残念!(ほんとうはやっと桃に遊んでもらえるようになったT君でした。)車で10分のところに住むIちゃんもお正月は里帰り。お昼寝に桃もお付き合い。今年はどうか穏やかな一年になりますように。皆様今年もよろしくおねがいいたします。パパ「え~と、60の次は61と・・・」桃「ふーむ、まだぼけてはおらぬな・・・」
2012年01月11日
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先週の土曜日貴重な体験をしました。山ガールにはまっている娘に誘われて参加した山歩きのツアー。仙台近郊の山を散策する「ぶなの森を歩く」というツアーです。トレッキングシューズを新調して娘とその友だちと三人で参加。私たち以外は常連さんのようでした。ブナ林を歩きながら、あの木はなに、あの草はなに、春にはここは山菜がいっぱい・・・と説明され、「ほら、これが熊が爪とぎした跡、このあたりでブナの実食べ散らかしたみたいだね」と。と遠くの山のほうをみれば一頭の熊が逃げていく姿が!「めずらしいね、熊が見られるなんて・・・」落ち葉が腐葉土となりふかふかの遊歩道を進み、丸太の橋を渡り、おにぎり弁当を食べ、コーヒーを沸かし、一休みして帰途に。行きに熊を見た場所まで来た。「ここだったね」「おっ、あの木の上にすずめばちの巣があるよ」とみんなで視線を上に、私だけがふと反対側に視線を落とすと黒い物体が・・・『えっ?熊?』あきらかにこちらにむかって走ってくる。「熊です!!!!」と叫ぶや否や私たち4・5人は転びながら駆け出した。逃げ遅れた後方の人たちは熊に追い回される形に・・・リーダーが山のステッキで一撃してやっと逃げ去ってくれた。あとで聞いたところによると熊の走る地響きや息遣いや赤い舌や白い歯まで見えたそうな。こわっ!無事でよかった!これで今年二回目の命拾い。で、これは買うっきゃないと年末ジャンボに手を出しましたよ。そして・・・、野蒜の家はきれいに解体され、分譲地のようになりました。(おとなりはまだ解体を承諾していません。)夫が通勤途中に立ち寄り、写メを送ってくれました。「第二野蒜亭のスタート。」と書いて。
2011年12月05日
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11月に入り、野蒜地区の集団移転説明会がありました。津波被害が大きくて使っていない、野蒜小学校の校庭に仮設された市民センターでです。説明によると高台を造成し、三重の堤防を建設して、JR仙石線を内陸へ500m動かして、住めるようになるのは5年後だそうです。ふう~その前に野蒜の家に寄りました。解体業者から「そろそろ解体します」と連絡があったからです。周りの家の解体はかなりすすんでいて東隣は解体されて更地になっていました。おかげで東側からの写真が撮れました。津波は南側の海からと東側の鳴瀬川を遡り東名運河からの2通りから襲い掛かったのです。津波以来何度か訪れた野蒜の家。中に入るのがつらくて入りませんでしたが、最後になるのだからと中を歩きまわってみました。8ヶ月たっても生活の匂いは残っています。使いかけの片栗粉、のみかけのサプリメント・・・と、台所のカウンターに写真が!リビングに飾ってあった子どもたちが小さかったときの写真。「あれ、どこにいったかな。どこかに流されていたらみつけた人がこの子たち生きてるかな死んでるかなって思うよね」と夫と話していた写真です。解体業者の人が下見にきたときに見つけたようで、写真にはお清めの塩がふってありました。和室でも夫の父が新築のお祝いにくれた大切な額が!それからレコードが2枚。気になっていたものが最後にみつかりほっとしました。夫も解体の時に立ち会うつもりだったようですが、「もういいな・・・」と一言。2年半の間、楽しませてくれた家に「ありがとう」と言いたいです。また会おうね。野蒜の高台で再生するよ!さて、昨日は30回目の結婚記念日。日曜日に出かけた山形の高畠ワイナリーで買った赤ワインと赤いバラでお祝いです。「これからもうひとがんばりよろしくね!」
2011年11月23日
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10月に入り、コリウスの鉢植えから朝顔が咲き始めました。 鉢植えに使った去年の土にかくれていた朝顔の種が芽を出し、蔓を伸ばしていたものです。いまでは主のコリウスより勢いが旺盛になってしまいました。朝夕涼しくなってきたのに毎朝いくつか花を咲かせています。好きな音楽を聴きながら朝食の後片付けをしていると、ベランダから秋のさわやかな木漏れ日がさしこみ、猫が陽と戯れている・・・シャコバサボテンに今年も花芽がついてきた・・・「幸せだな~」という感情が自然に湧きあがってきて、そのあと涙にかわりました。3月11日に亡くなった2万人もの人たちはこんな日常の幸福を二度と味わうことができないのだという現実。その方たちにまつわるその何倍もの人たちも7ヶ月たってもきっと笑うことさえ後ろめたい気持ちで毎日を過ごしているのだろう・・・。それはひょっとしたら自分もそうなっていたかもしれない。我が家にとっても大震災は大きな打撃ではあったけど、そんなものはその方たちに比べればなんということもないものなのだと改めて思います。7ヶ月たった今、何気ない日常を幸福だと思う感情が湧きあがっているのだから。これからもわたしたち東北に住むものは、命を落とした2万人の方々のことをいつも心に留めておく義務があるのだと思うのです。そして今は幸福を感じられないたくさんの方々がいつかはきっと日常の幸福を感じられるようになるように祈らずにはいられません。さて、昨日は豊橋(愛知県)から友だちが訪ねてくれました。ループル仙台という観光バスで市内を観光。仙台に住んでいても、というか住んでいるからこそなのか,なかなか乗れませんが、こんな機会に乗ると意外に仙台について知らないことが多いと気づきます。わたしは大阪でも仙台でも観光客だな~と思います。(笑)「人生は旅」とよく言われますが、どこにいても自分はいつも旅の途中のような気分です。いつも自分の居場所を探しているような。青葉城址の政宗騎馬像あたりでは伊達武将隊がいて、武将になりきって観光客に対応してくれます。記念写真のかけ声は「ずんだもち~」(笑)なかなかしゅっとしたイケメンの政宗と片倉小十郎でした!
2011年10月22日
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昨年7月の父の三回忌以来の里帰りをしてきました。昨年は娘の結婚報告も兼ねた娘といっしょの里帰りでしたが、今年は大震災もあり、心配をかけた家族に顔を見せることができ、よかったと思っています。メインイベントは祖母の23回忌の法要ですが、その前に盛りだくさんのスケジュールです。なんといっても今回はこのブログから繋がったさくらさんとムクゲさんと私の不思議なトライアングルの顔合わせ!その三人以外の数少ない(笑)読者の方々に説明しますと・・・私とさくらさんは同じ短大の英文科からS銀行に就職した友人。結婚後、ご主人の転勤で仙台で住んだことがあるさくらさんに、その後仙台に住むことになった私がいろいろと教えてもらった経緯があります。ムクゲさんは同じ短大の国文科にすすんだ私の幼馴染の友人・・・ということで私とも友だちでした。この時点でさくらさんとムクゲさんは無関係の関係。(笑)そして・・・ン十年後、さくらさんとムクゲさんは大阪のT市の図書館で仕事をするパート仲間として知り合い、現在に至る・・・なのですが・・・彼女たちはお互いの出身校を口にしなかったため(why!?)私という共通の友人がいることを知らずにいたのです。(実は隠しておきたい友だちだった?笑)去年の里帰りの折に彼女たちとひとりひとり別々に何十年ぶりかに会う約束をし、彼女たちおのおのから「T市の図書館で働いているの」と聞くことになり、三人のトライアングルが発覚したのでした。めでたしめでたし!今回はムクゲさんの建築家のご主人が京都の町家を修復して開いているサロン「京の空(きょうのくう)」というお店で会ってきました。http://kyo-kuu.com店内はムクゲさん手作りの素敵なものがいっぱい!残念ながら、三人でしゃべりすぎて、写真を撮ってくるのを忘れました。さて、大阪に帰ったらまず粉モン。お好み焼きにたこ焼きはもちろん、神戸の夫の家にも行ったので「明石焼き」も食べてきましたよ。法善寺横丁では「夫婦ぜんざい」実家近くの住吉大社のたいこばしはやっぱりきれい。「すみよっさん」では屋台の「いか焼き」を食べました。げそに粉と卵をまぶして鉄板でプレスしたものです。91歳の母の車椅子をおしてのお参りでしたが、母は「はじめて食べたけどおいしいな~」ですって!ほんまに初めてかな~?1週間ぶりに仙台に帰ったらすっかり秋。野蒜の庭から掘り出した宮城野萩も花を咲かせていました。お留守番の桃次郎は次は連れて行ってね!とかばんの中に。はいはい!
2011年10月11日
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8月はいろいろとお客様やらいろんな行事が重なり忙しくすごしておりました。暑かったしねー。この夏、野蒜を何度か訪ねました。家の解体はまだすすんでいなくて、幸い家をみてもらうことができました。更地のようになっていた庭は大人の肩くらいの高さまで雑草が生い茂っていました。その中で宮城野萩が息を吹き返していたので根っこから掘り返し、仙台の家のベランダで鉢植えにしましたよ。海岸近くまで道路が通れるようになっていたので恐る恐る行ってみました。余景の松(よげのまつ)と呼ばれる松林はこんな風になりました。向こうに見える建物はユースホステル。かんぽの宿は建物は健在だけど、3階まで水没したそうです。かんぽの宿のスポーツ施設。いつも散歩していた木の遊歩道は跡形もなく、たぶんバードウォッチングした水場のついたてもないのでしょう。この間東松島市役所で台湾の仏教の慈善団体が義捐金をくれるというので行ってきました。震災以来、自分ひとりで車を走らせて野蒜にいくのは初めてでした。夏空の中、いつもの道をいつものようにドライブしていると震災がなかったような気になります。違うのは、野蒜海岸の砂浜まで降りて海の風を思い切り深呼吸できないこと、野蒜駅の季節の産直野菜や海の幸が買えないこと、そしてなによりも立ち寄る家がないこと・・・。奥松島の景色をみながら涙がとまりませんでした。でも鳴瀬吉田川を走りながら、「必ず戻ってくるから」という強い気持ちをあらためて持ちました。「I’ll BE BACK!」(ターミネーター?笑)桃は相変わらず元気です。
2011年09月14日
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大震災から4ヶ月。7月16,17日は仙台で東北のお祭りが一同に会する東北六魂祭がありました。本来は8月の初旬に各地で行われるお祭りのダイジェスト版のようなものですが、大震災からの復興を願って東北の人々がひとつの家族になろう!というイベントでした。青森ねぶた祭り、秋田竿灯祭り、岩手のさんさ踊り、山形の花笠祭り、宮城の七夕とすずめ踊り、福島のわらじ祭り。けやき並木が美しい定禅寺通りの両側を使っての大パレードになるほずでしたが、一日目の人出が想定外(最近よく聞く言葉です・・・)の多さだったため、キケン!という判断でパレードは中止。二日目はパレードの規模を縮小し、観覧スペース広げてのお祭りになりました。定禅寺通りグリーンベルトと呼ばれる真ん中の遊歩道に飾られた七夕飾り。(本来は一番町と中央通りのアーケード街に所狭しと飾られます。)青森のねぶたよりも一回り小さなねぶたです。今回のために新たに作られたものです。大震災を暴れ馬に喩え、伊達政宗がかぶとで暴れ馬を鎮めている絵です。けやき並木を背景にねぶたが見られるのが今回のお祭りならではの光景ですね。優雅なさんさ踊りや花笠音頭のパレードやすずめ踊りのリズムを聞きながら東北の復興を祈りました。前日は教会のボランティア活動の一環に参加し、南三陸町まで行ってきましたが、がれきが片付いていて町はなにもなくなっていました。ニュースによく出てくるベイサイドアリーナも人影は少なく、みなさん仮設住宅に移られ生活を始められているのかなと思いました。ベイサイドアリーナにとまっていた消防車には「よみがえれ南三陸!」のステッカーが。よみがえれ!東北!
2011年07月20日
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去年9月に桃次郎を石巻の知り合いのおうちからもらったときに「生まれたのはいつですか?」と聞いたら「たしか7月8日ごろでした」というお話でした。夫が7月8日生まれなのでこの際同じ日にしよう!と桃次郎も7月8日を誕生日にしました。小さかった桃もいまでは・・・こんなに・・・大きくなりました。すっかり大人のサイズですが・・・まだまだ遊ぶのが大好きなやんちゃ坊主です。今日はダブルお誕生日会です。おいしいネコ缶でも買ってきましょうか。パパにもね。(笑)
2011年07月08日
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大阪から妹が来てくれたので野蒜の家に行ってみました。先週夫が通勤途中に前を通ったら、がれきが片付いていたぞとは聞いていましたが、庭のがれきはすべてなくなり、更地のような状態になっていました。鳴瀬川のがれきもなくなり、川原には葦が青々と繁っていました。東名運河もきれいになりました。ずっとがれきや家の一部や車がたくさん浮いていたのに。帰りにご近所の方々がいる避難所にいってみたら、行方不明の人の捜索のために川や運河を少しずつせき止めてがれきの撤去とともに水底をさらったそうです。それでも一体もみつからなかったと言っていました。これからは家の撤去が始まるのでしょうね。家がなくなったらほんとになーにもなくなってしまいますね。鳴瀬川や東名運河や野蒜海岸を散策できる日はくるのでしょうか。でも福島の放射能で汚染されてしまったところよりはまだ希望がもてますね。初めて野蒜にきた妹も「東北ってヨーロッパの田舎の雰囲気やねー。宮沢賢治が童話でヨーロッパ風の名前をつけてるのわかる!」と言っていました。私も北上川沿いに車を走らせるたびに「ドナウ川みたい・・・」って、行ったこともないのに思っていましたから。(笑)松島海岸にも寄ってみました。遊覧船や浮島の美しい景色はいつもどおり。でもずらりとならんだお土産屋さんは半分以上はシャッターがしまったまま。松島の島々が大きな津波からは守ったということでしたが、床下くらの浸水はあったと聞きました。やはり再開はなかなかたいへんなようです。東北の夏祭りのころまでには観光客が戻ってきてくれればいいな~と思います。
2011年06月13日
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野蒜の家の解体を東松島市に依頼してから、テレビでがれき撤去の映像をみるたびにつくづくモラのお骨を家に置いておいてよかったな~と思っています。モラが亡くなってすぐに野蒜の家が建ち、お友達から白い花水木の苗木をいただきました。それじゃお骨を花水木の根元に埋めようかということになりました。白い花が咲くたびに真っ白だったモラを思い出すかな~と思って。小さな苗木だったので花が咲くくらいの大きさになるまでは家において・・・とまだあります!家の解体とともにモラもなくなっていたら、もっと悲しかったでしょうね。さて、桃は少し大人になったようで興味の対象が生き物に変わってきたようです。外で鳥がチュンチュンと鳴くとベランダに猛ダッシュ!小さな水槽の魚にも興味深深でず~~~と眺めていることがあります。一度びっくりした魚が飛び跳ねて外に身投げして(魚の身投げは水から空気中へダイブすることです!)すかさず桃がくわえて走り出し、あわててとっつかまえて口から吐き出させたことがありました。魚は無事生還!今日は水槽の水を取り替えている夫を上から興味深深で眺めていました。桃は魚が気になるでしょうけど、私は夫の頭頂部が・・・・。背が高いので普段はなかなか気がつきませんが、こういう姿勢になると・・・かなりきてますね?(笑)
2011年06月04日
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さわやかな青葉の季節・・・と思っていたら、そろそろ梅雨入りのニュース。気持ちもやっと落ち着いてきたし、新緑を楽しまなきゃと散歩兼バードウォッチングへ。といっても我が家の丘の上にある市民墓地公園までです。双眼鏡をもって歩き出すと、心地よい風とちょうどいい日差し。バードウォッチングとはいえ、すずめやはとやカラスだけのこともあるし、きれいな雉に遭遇することもあるし。とりあえず、鳥のなき声が聞こえるほうへ歩いてみました。木々の間で小さな鳥発見!双眼鏡を当ててみると方向が定まらない・・・。肉眼のほうがみつけやすい?肉眼で場所を確認してから双眼鏡でゆっくりさがす・・・って感じです。「いたいた!」思わず声がでます。と思ったら次の枝へ飛び移るし・・・。なんて鳥かな~黒と白のすずめみたいな大きさで・・・。初心者なのでわかりません。「What’s your name?」と英語で聞いてみたくなります。だって、鳥語はしゃべれないし~。帰ってから調べたら「シジュウカラ」らしいです。こんなん。最近気になっているのは、朝夕我が家のまわりで派手に鳴いている鳥。物知りのT氏に聞いたら「センダイムシクイ」という鳥だそうです。「ツルチヨギミィ~」とか「ショウチュウイッパイ、ギュー」ってないているそうな。見てみたいな~
2011年05月26日
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気分の落ち込む日が続きます。GWは庭仕事がいっせいに始まる季節。ホームセンターを覗いたら色とりどりの花の苗や野菜の苗が並んでいます。いつもなら今年はあれを植えよう、これを育てようと楽しい時間を過ごすのですが、今年は何を見ても心が沈みます。野蒜の庭で、今年はレンガで小道を作りたかった・・・ハンギングの花を飾ろうと思ってた・・・中古のベンチでも買おうかな・・・とも思ってたそして今頃は黄色と白のモッコウバラがフェンスを飾っていたでしょう。いいえ、仙台のベランダでも咲きました。去年の春、仙台の家にも小さな鉢植えを買ってあったのですが、今年たくさん花をつけました。ベランダに這わせようかな。黄色の花は気分を明るくしてくれますね。落ち込んでいても仕方ない!こんな五月晴れの日はどっかに行きたいね。ということで山形までそばを食べにドライブ。新緑の関山峠を車を走らせ、そば街道村山に。あ~おいしかった。道の駅で山菜を買い、ついでに切花も。いい気分転換になりました。帰ったら少し寒気が。ぐだぐだ過ごした何週間か、抵抗力も落ちていたみたいです。・・・すっかり風邪をひいてしまいました。治ったらもう振り向かないで先にすすもう!もう十分悲しんだし。
2011年05月16日
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GWに入り、テニスを再開しました。私にとって二つの意味での「再開」です。3月11日の大震災以来のテニス部としての再開と、去年の正月明けから傷めていたテニスエルボーで休部からの再開。あいかわらずのヘボテニスですが、気心のしれた仲間とのひとときはなによりも気分転換になります。もちろんアフターテニスも再開!3日の夜は全員でいきつけの中華屋さんでしこたま食べて飲みました。息子からは早々母の日のお花が到着。今年は奮発したのか、明るい色合いのフラワーアレンジメント。ありがとう!元気出るよ!4日は野蒜の家に行きました。連休明けからがれきの撤去と家の解体作業が始まるので、その前に最後の探索です。 流れ込んでいた車2台と電信柱は撤去されていました。 そして家の周りをぐるりと一周ひもがかけられていました。 がれきの山もひとまとめにひもがかけられていました。 なんの印かな?と考えました。ひょっとして「遺体の捜索しました」の意味かな?と。 家の中も作業のために人が入ったせいか、以前は見つからなかった雑貨や衣類がでてきていたので、取り外したカーテンと一緒に、またたくさん泥だらけのものを持って帰ってきましたよ。 重機が入ってがれきも家もなくなったらどんな気持ちになるでしょうね。携帯の写真の整理をしていたら3年前のこんな写真が出てきました。野蒜の家の建設が始まったころに娘と三人で訪れた野蒜の海です。いつになったらこんな景色がみられるかな。
2011年05月06日
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この間の日記で書いたのは地震当日の覚書ですが、震災直後の生活はといえば・・・1.ライフラインが整っていないのですっぴんの人が多かった。(心の余裕もないし、水が出ないので顔が思い切り洗えないし・・・)2.出かけるときは完全防備。リュック、スニーカー、帽子、飲み物を持参。(交通機関が機能していないので基本徒歩を覚悟して。)3.よっぽどの用事がなければ家で過ごす。(家族の居場所がわかるように)4.寝るときもパジャマは着用しない。すぐ避難できるように玄関に持って行く荷物をまとめておく。車に非常持ち出し用の一式を積んでおく。・・・・こんな感じで生活しました。一ヵ月半たち(もっと経ったような気がしますが・・・)仙台では少しずつ普通の生活に戻りつつあります。やっと、何人か集まると「あの日」のことを話せるようになりました。GWからテニスを始めようかと、この日曜日には地震でひび割れたテニスコートをテニス部員で修理しました。不安を抱えながらも普通の生活に戻る努力を始めています。今東北はどこも桜が満開。仙台はもう終盤ですが、石巻は今まっ盛りです。夫の通う石巻専修大学の桜並木も満開。毎年市民の方々に開放して、お花見の名所になっています。今年は桜並木の向こうのグランドにたくさんの色とりどりのテントが。石巻市の災害ボランティアセンターになっている大学には、日本全国からたくさんのボランティアの方が来てくださり、テントで寝起きしています。まだまだ寒い東北の3月、4月にテント生活は厳しいです。本当に頭が下がります。
2011年04月26日
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今朝起きたらとなりにアンモナイトみたいな物体が・・・!桃ちゃんお目覚め!今日は冷たい雨ですが、土日は暖かくお花見日和。近所の墓地公園のいつもの場所につくし採りに行きました。時期がよかったのがこんなにたくさん!神戸のおじいちゃんに送り、うちでもかきあげ天ぷらと、さっと煮にしていただきました。地震から一ヶ月余りが過ぎ、少し振り返る余裕もでてきました。覚書として当日の様子を書きとめておきます。〔PM2:46〕・仙台駅地下エスパルのアフタヌーンティで大地震に遭う。・あまりの揺れの大きさと長さに、止まったエスカレーターを駆け上り、駅の外のタクシープールまで友達と手を取りながら走る。地下は停電。非常灯はついていた。・かろうじて動いていた市バスに乗り込み、いけるところまで乗る。・途中でバスが運行中止になり、そこから歩く。・友達の家で高校生のお嬢さんの無事を確認してからさらに歩く。・雪が降り出し、かなり寒い。途中知らない方の車に拾ってもらい自宅マンションまで送っていただく。・満員のバスの中ではみんなが助け合い、緊張でのどがからからだというと飴がどこからか回ってきた。・地震直後に娘と夫にはメールがつながり無事を確認。その後は携帯もつながらなくなった。〔PM4:30〕・家に到着するとすぐ(明るいうちに!)懐中電灯やろうそくを出し、灯油の反射式ストーブを押入れから出す。(→灯油を入れる)・たまたま前の日海苔巻きを試作していたので食べ物はあった。水は出た!・桃が家のどこかに引きこもり居場所がわからなかったが、いつのまにか出てきていた。・暗くなるにつれ不安。余震が頻繁に起こる。マンションの体育館に避難している人もいたので情報収集にいく途中主婦仲間に会い、一緒にいることにした。(おしゃべりできると心強い!)・携帯の電池がなくなりかけ手動式の充電機を使ったが、さっぱり充電できなかった。車で充電できるものや電池式がいいと思った。・停電で家の外も中も暗い。どこに行くにも懐中電灯が必要。・夫と二回目の連絡がついた。石巻から車で帰るという。家の中にいると余震が怖いので帰るまで車の中で待つことにした。(桃次郎も一緒)・娘は職場(放送局)に詰める。徹夜。娘婿は大阪出張中。(3日後に帰仙後我が家でしばらく4人で生活)〔PM9:00ごろ夫帰宅!〕・ラジオからの情報のみ。大津波で被害?若林で200体の遺体?うそでしょ?・スキー用のアノラックを着用し、防寒用に手袋、ネックウォーマー、ポケットに必要なものすべて突っ込む。携帯電話、トランジスターラジオ、車と家のキー、精神安定剤、ティッシュ、タオルハンカチ、懐中電灯。余震があるたびにアノラックだけ着て靴をはく体制。桃は家の中においていくことに決めた。(そのほうが安全)・暗い中私はリビングで服のまま寝る。ラジオを聴きながら。夜が明けて白々してくると少しほっとした・・・。
2011年04月19日
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今日二つ目の日記です。夫は石巻の大学に通い始めました。野蒜の家を建てるまでと同じ、車での長距離通勤です。車に長靴とヘルメットが積んでいるのでもしや・・・と思っていましたが、月曜日の朝、石巻に行く途中、野蒜の家に寄ったようです。お昼前「レコードまたみつけたで~」と電話がありました。3週間前、初めて野蒜の家に行ったときに家の外のがれきの中から一枚だけレコードを見つけたのです。ジョー・サンプル。私の一番のお気に入りでした。今回も「二枚見つけた」と聞いて、チャック・マンジョーネとボブ・ジェームスだと直感的に思いました。というよりそれならいいなと思ったのかな。夕方大きなゴミ袋に3つ分の泥だらけのさまざまなものを持って帰ってきました。そしたらなんと!チャック・マンジョーネとボブ・ジェームスだったの!レコードはたわんで到底聴けそうにないけど洗って乾かしました。30年前のレコードです。私の。口には出さないけど私より夫のほうが野蒜の家ですごす時間が長かったのだから、失ったものは多いはず。物も想いも・・・。連休には教会のボランティアの方々にがれきの片づけをお願いするつもりです。罹災証明書(全壊)も発行されました。現実に向き合うときはつらいですが、これが人生。
2011年04月13日
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仙台はやっと桜の開花宣言がでましたが、私の周りではやっとつぼみが桃色っぽくふくらんできたかな・・・というところです。でも見つけましたよ!つ・く・し!つくし、もくれん、桜。気温が上がった今日、一気に成長するでしょう。教会の教区報やHPの作成に関係しているので、今回の災害の記事をHPにアップするため、毎日教会に通っています。日本中の教会からボランティアの方々が来てくださっています。家にいるより力づけられるので、毎日顔をだして、みなさんが心を寄せてくれていることを実感しています。大阪からも来て長い間滞在している方がいて「粉モンが食べたいな~」ともらされたのでお好み焼きを焼いて持っていきました。私も久しぶりに食べて元気がでました。大阪人はやっぱお好み焼きが元気のもとですよね!
2011年04月13日
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我が家にもガスが供給されるようになり、ライフラインは回復しました!仙台市内は一見平常を取り戻しつつあります。昨日久しぶりにスーパーマーケットに行ったら店内の照明は薄暗く、肉や野菜はまあまあの品揃え、でも砂糖や小麦粉、カップめんは数量制限があり、がらんと空白の棚もまだありました。でも牛乳や卵は揃ってきたし、以前に比べればほしいものが手に入ります。それが石巻に行くとまだまだ地震直後の仙台市内のまんまの品不足。開いているお店には長い行列。水もまだ給水車からのようです。おとといくらいから春めいた気温になり、桜のつぼみもふくらんできました。野蒜から50kmも離れた仙台の自宅にいれば、まったく普通の生活が送れてる。ふと野蒜での思い出がすべて夢だったのかなと思ってしまいます。2年半の野蒜での暮らしがじつは夢の中のことで、目が覚めたら「あー、いい夢だったね」ってなればいいのに。いまはまだがれきの撤去も家の後始末も決められない状態です。もっともっと切羽詰った方々が大勢いるというのに、日本の政治家のKYぶりにはあきれます。こんな国難のときに、どうして政府がひとつになって立ち向かってくれないのかと日本国中が思っているのに!家のベランダには地震の前に野蒜の家から持ち帰っていた蔓編みのかごが。これは奥松島の宮戸島にある縄文村で編んだ蔓編みのかご。秋に植えた球根が芽を出していました。野蒜でもがれきの下で芽をだしているのかな。がんばれ!球根!
2011年04月07日
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3月11日夜、公衆電話に並ぶ長い列。家族の安否を知るために、家族に無事を知らせるために、雪の中並んでいる人たち。空を見上げると満天の星。「星がきれい・・・」と誰かがつぶやいた。仙台でもこんなに星が見えたんだね。知らなかった、東北中の電気が消えるまで。私は元気です。家族も桃も仙台の自宅マンションも無事です。でも野蒜は・・・。大津波に呑まれ、屋根まで浸水したようです。ガソリンを4時間ならんで満タンにした日、夫と見に行きました。いつもの道を車を走らせ、松島海岸までは平穏な風景。それが奥松島の標識が見えたとたん一変しました。田んぼに車が何台も。鳴瀬川にはがれきが漂い、生え成っていたヨシがすべて倒れ、家具や電化製品や衣類が散乱しています。そこからは延々とそんな風景が続き、変わり果てた我が家に着きました。その先の地域は立ち入り禁止だったので行けませんでしたが、野蒜の町の崩壊に涙がとまりませんでした。庭はまったく面影がなく、車が二台流れ着いていました。東名運河もがれきでいっぱい。屋根の上まで水がきたらしいのに玄関のリースはそのまま。東北に住んで30年。自分で選び、この地に馴染み、そしてこの地を愛していたのだと今心から思います。南三陸も女川も石巻も野蒜も私たち夫婦にとっては大切な大切な場所だったのに、そのすべてが破壊され、心がくだけそうです。もしあの時野蒜にいたら命はなかったと思います。私も夫も家族も知人も誰一人犠牲にならず、自宅もお雛様がひとつ倒れただけという奇跡的な被害だった幸運を思うと贅沢はいえません。そして今東北の方たちと同じ悼みを持ったことで本当の東北人になれる気がしています。深い悲しみの分「絶対に負けない!東北を復興させたい!」と心から沸きあがってきます。今あえて「I’m fine!」と言います。これからのこの日記は東北の復興の日記にしたいと思います。まずは私のまわりの小さな復興から。
2011年03月31日
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昨日ご近所の友達と長電話をしていたら「あれ?地震?」すぐ終わるだろうと思ったけどなかなかおさまらないので「切るね~」(もう、しこたま話し込んだあとです!)桃次郎を捕まえてだっこしながらウロウロ。やっとおさまったあ!最近地震や津波が多いですね。こんなことがあるたびに「地震保険入ろ!」って思うけど、喉元すぎれば・・・で、まだ入っていません。ぎっくり腰も同じ。筋力きたえるぞー!って思ってウォーキングを始めてもいつの間にか怠慢生活。大風呂敷を広げないように今回はこそっとプチウォーキング始めてます。バードウォッチングをしながら近所を散策。これならなんか楽しいっす。昨日は近所の市民墓地公園を歩き始めたら「ケーン」と一声!なんと雉が草むらに駆け込んでいきました。こんなかんじの雉です。(ネットから拝借しました。)ひよどりやせきれい、若草色ですずめより小さくて群れている鳥、名前はなんだっけな~(まだ勉強不足です)。もうすぐうぐいすの鳴き声も聞こえるでしょうね。この墓地公園では日本カモシカやリスに遭遇したこともあります。バードウォッチング用の双眼鏡も夫が買ってきてくれました。頂き物の早咲きの桜も花を広げましたよ。春はもうすぐですね。
2011年03月10日
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ひな祭りだというのに今日は暴風、そして雪がちらつく一日でした。またまた1年ぶりにぎっくり腰をやってしまい、一週間ほど家篭り・・・。再起不能か!と(毎回思います。)落ち込みましたが、なんとか復活。明日からウォーキングして鍛えるゾ!とこれも毎回誓うことです。2月27日は前から申し込んでいた「奥松島自然の家」でのバードウォッチング。これは去年の2月に受けた講座ですが、チリ沖地震の津波警報が出て講座開始後30分で中止になった講座です。今年はリベンジ!と申し込んだのに危うくぎっくり腰でまたダメになるところでした。ぎりぎりセーフで普通の速度で歩けるまでにはなっていたので、寒気の合間のポカポカ陽気の日曜日半日楽しんできましたよ。不定期に習っているトールペイント。去年の夏からとりかかっていたコーヒーテーブルができあがりました!もちろん、テーブルを作ったのではなくお花の絵を描いただけです。新しいモノ好きの桃に倒されそうなのでコーヒーカップは置けないんですぅ。(笑)
2011年03月03日
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寒い日が続くと家に閉じこもりになりますねー。去年からひじを痛めてこの一年テニスができなかったので、去秋からプールに通い始めました。アクアビクスです。プールでエアロビ風の有酸素運動をするのですが、やっと動きについていけるようになり、楽しくなってきました。さて、桃も人間でいうと14,5歳の男の子。体力がありあまっているので常になにかを追いかけています。最近はぬいぐるみ相手にプロレスがお気に入り。自分より大きい人形をズリズリと引きずって猫キックを応酬。対戦相手はまだまだ控えております。デカ頭の熊のぷーさん、ふにゃふにゃの白熊さん。
2011年02月08日
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暑い夏だったと思っていたら、今年の冬はまた厳しい寒さになりましたね。皆様おかわりなくお過ごしでしょうか。仙台も冷え込みがきつく、年明けから雪の日が続いています。野蒜の庭もこんな景色です。さて、野蒜に二泊した先週は寒いけど天気よかったので、朝からおにぎり持って、二度目の寒中散歩に出かけました。今回は奥松島運動公園まで車で行き、前後をはしょったウォーキングです。運動公園を出るとすぐバードウォッチングの水場ポイントに来ますが、そこは一面氷の世界。今回はその先を目指します。嵯峨渓遊覧船乗り場から大高森ウォーキングトレイルという以前紹介したものよりも長ーい木製のコースが続いています。ここから始まり、大高森という松島湾のビューポイントのひとつになる小高い山に登る登山口まで続きます。水鳥がエサをついばんだり、青さぎが飛び立つのを見ながら平らな散歩道をどこまでも歩きます。最終地点は奥松島縄文村。やっと到着。入場券を買って入ると私一人。一人でもシアタールームで縄文人の生活のフィルムを見せてくれました。こんなに豊かな海のそばだもの。そりゃ古代の人々のゴミ捨て場(貝塚)もたくさんあったことでしょうねー。「ゲンちゃん(フィルムに出てくる縄文人の男の子の名前です)ハウス」でコーヒーと鯛焼きを頼み、持ってきたおにぎりをたべて暖をとりました。ホッと。さて帰りますか。往復10km、4時間かけてゆっくりの散歩でしたが、なんだか贅沢したような気分です。家に帰ったら、桃次郎が「おかえり~!」と言ってくれました!(笑)「おかえり~」「どこ行ってたの~?」(ほんとはあくびをしたところです。)
2011年02月02日
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今年は年の初めから大きなイベントがありました。娘の結婚式のため、家族でグアム島旅行!両家の家族10人と娘の友達3人が合流してくれて、海をバックにしたチャペルでの挙式でした。挙式の日、天気予報ではスコールの予報。娘はビーチでの写真撮影を心配して空模様を気にしていましたが、当日は朝から虹が・・・ 長いベールは友達から借りました。真珠のネックレスとブレスレットはおばあちゃんのもの。頭のボビンレースのお花は私の友達の手作りです。挙式後の集合写真です!みんなで泊まった海岸に建つホテルの部屋からは夕日がきれいに見えました。毎日夕日をみるのが楽しみでした。日没は6時ごろ。私たちも二度目のハネムーン気分。さて南国のグアムから気温差30℃の仙台へ戻ったら・・・モモはモモコになっていました。生後半年たったのでグアム旅行中に去勢手術をしてもらったのでした。5日間見ない間にまた大きくなっていた!
2011年01月14日
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12月に入ってから暴風雨の大荒れの一日があり、今年は雪じゃなく雨?と思っていたら、クリスマスイブから雪が降り始め、ホワイトクリスマスになりました。雪の中でみる定禅寺通りのケヤキ並木のイルミネーションはシンプルだけど素敵です。教会のクリスマス行事に追われ、野蒜行きはお預け。それも24日のイブ礼拝、25日のクリスマス大礼拝と祝会、26日の降誕後第一主日礼拝と三連チャンの教会詣でした。仙台の家のリース飾りもそろそろ片付けてお正月準備にかからなければ・・・。年賀状もおおそうじもまだ・・・ですぅ。玄関はいつものねこの飾りに加えて去年編んだ蔓編みのリース。(夫作)家の中は一年間ため込んでいたワインのコルク栓に金のスプレーをしたリース。どちらも廃物利用?です。(笑)さて、桃次郎はそんなことには関係なく、あったかいソファで昼ね。たとえソファを占領されても、気にせず自分の場所で昼ね。猫のマイペースをうらやましく思う暮れの一日です。来年もよろしくー!
2010年12月27日
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