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2026.05.19
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一言で言えば、当時のヨーロッパでの行き詰まった暮らしを捨て、「一攫千金」または「自由な新天地」を求めて大西洋を渡りました。
主な理由を4つの視点に分けてわかりやすく解説します。
1. 経済的な一攫千金と土地への渇望(ゴールドとタバコ)
初期の移住者の多くは、純粋に「富」を求めていました。
一攫千金の夢: 最初に南米や中米に進出したスペイン人は、大量の金や銀を発見して巨万の富を得ました。これに刺激されたイギリス人なども、一攫千金を夢見て北米へ渡りました。
一獲千金の現実(タバコ栽培): 北米(現在のヴァージニア州など)では金は見つかりませんでしたが、代わりにタバコ栽培が大成功しました。ヨーロッパでタバコが大流行したため、広大な土地で栽培して大儲けしようとする人々(プランテーション経営者)が殺到しました。
土地の所有権: 当時のヨーロッパ(特にイギリス)では、人口増加のせいで小作農(土地を借りて耕す農民)が土地を失い、あふれかえっていました。アメリカに行けば「自分の土地が持てる」というのは、彼らにとって人生最大のチャンスだったのです。
2. 宗教的な自由(迫害からの脱出)

ピューリタン(清教徒)の移住: イギリスでは当時、国王をトップとする「イギリス国教会」が強制され、それに従わないキリスト教のグループ(ピューリタンなど)が激しく迫害されていました。
信仰のための新天地: 1620年、メイフラワー号に乗ってアメリカ(マサチューセッツ)に渡った人々(ピルグリム・ファーザーズ)は、「自分たちの理想の信仰生活ができる国」を作るために命がけで海を渡りました。その後、クエーカー教徒など他の宗派も独自のコミュニティを求めて移住していきました。
3. 社会的・政治的な混乱からの避難
ヨーロッパの国内情勢が悪化するたびに、大量の移民がアメリカへ流出しました。
戦争や革命: 17〜19世紀のヨーロッパは、宗教戦争や市民革命、ナポレオン戦争などで常に荒れていました。戦火や政治的な弾圧から逃れるためにアメリカを選ぶ人が大勢いました。
飢饉(ききん)からの脱出: 1840年代、アイルランドで主食のジャガイモが病気で全滅する「ジャガイモ飢饉」が発生しました。これによって餓死者が続出し、生き残るために約100万人以上のアイルランド人がアメリカへ渡りました。
4. 「契約移民」として渡った貧困層
実は、自力で船代を払えないほど貧しい人々もたくさん移住していました。彼らは**「年季奉公(ねんきほうこう)契約移民」と呼ばれます。
仕組み: アメリカにいる地主や会社に船代を出してもらう代わりに、アメリカ到着後、4〜7年間は「実質的な奴隷(労働者)」としてタダ働きをするという契約です。
動機: 借金まみれのヨーロッパで絶望的な暮らしを続けるよりは、数年間死ぬ気で働いて、その後に自由の身と自分の土地を手に入れたほうがマシだと考えた若者が大勢いました。
まとめ





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最終更新日  2026.05.19 15:35:57
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