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2013年06月27日
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カテゴリ: ふっと思ったこと
これをご覧の方の中には、これから書くことに該当する方がいらっしゃるかもしれません。
気を悪くされたら申し訳ありません、と、先にお詫びいたします。



いわゆる「DQN(ドキュン)ネーム」とか「キラキラネーム」とよばれる、
“ぶっとんだ”名前が横行している。
たとえそういうレベルでなくても、昨今子供に付けられる名前を見ていると、
「まず、読めない」名前というのが結構目につく。
まあ、他人の子供に付けられる名前なぞ、私ごときが口出しなどする筋合いのものではないが、
それでも大いに違和感を感じずにはいられない。

「名前」というのは、考えてみれば不思議なもので、生まれてから死ぬまで一生付きまとうものなのに、

本当は本人に考えてもらうのが一番だが、生まれたての赤ん坊にそんなことができるわけもなく、
言ってみれば、それを親が「代行」しているに過ぎない。

つまり親には、何十年間かの子供の人生を象徴する「名前」を選ぶことを「代行する」義務がある、
と言ってもいい。
そう、あくまでも「代行」なのだ。
ところがそこを履き違えている人が、あまりにも多いように思えてならない。

よく子供の名前を付けるときに、「親の想い」を込める、という話を聞くが、
一見微笑ましいハナシながら、一歩間違うと単なる「エゴ」にもなりかねない。
ましてや、親が尊敬する、あるいは好きな有名人の名前にあやかる、ということに至っては、
子供にとっては大きなお世話でしかない。

親が「付けたい」名前を付けるだけなら、ペットの名前を付けるのと何ら変わりないのではないか。


本気で子供の将来を考えるのなら、
「将来子供が名前で困る可能性が限りなく低い」名前を選んでやってほしい。



そういうオマエはどうなんだ、と言われるかもしれない。
ちなみに私には男一人、女二人の計三人の子供がいる。
彼らの名前をどのように付けたか、参考までに記しておきたい。


1、サッと読める(読み間違う可能性が無い)こと
2、書きやすいこと
3、漢字の説明がしやすいこと
4、親族の中に似た名前が無いこと
5、それでいてあまりありふれた名前ではないこと

以上の5点だ。
さすがに私の子供の名前をここに記すことはできないが、
概ねこの5点を満たしたいい名付けだったと自負している。
もっともほんとに良かったかどうかは、当の本人の判断なのだが、今のところ不平不満は出ていない。





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最終更新日  2013年06月28日 01時00分27秒
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