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2014年12月15日
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カテゴリ: ふっと思ったこと
師走の衆院選は、自公の圧勝で終わった。

選挙終了後、あらゆるところで「民意は反映されたのか?」という問い掛けを耳にした。
もちろん問い掛けの真意は分かる。唐突な解散劇と、このくそ忙しい時期に
あえて選挙をすることで、投票率が下がることを織り込んだ与党への、痛烈な批判である。

だけどこの「民意」という言葉、ちょっと厄介である。

今回の選挙に大義があったかどうかは別にしても、選挙で信を問うた以上、
その結果が「民意」だ。そう捉えるしかない。
もちろん「一票の格差」問題とか、小選挙区制について回る「死票」をどう捉えるか、
など考えると、現状の選挙制度は万全ではないかもしれない。


真剣に真剣に真剣に国の将来のことを考えて考えて考えて投じた一票もあれば、
知り合いのだれそれさんに頼まれたから、ということで投じた一票もあれば、
「候補者の○○さん、イケメンだから」というミーハーな気持ちで投じた一票もあれば、
自分が知ってる政党はこれしかないから、という単純な気持ちで投じた一票もあれば、
「この組織ではだれそれを推しているから」と仕方なく投じた一票もあれば、
ワケが分からずにごく適当に書いた一票もあるだろう。

こういうのもみんな、同じ重さの「一票」になるのだ。
そう考えると、選挙結果から見える“民意”というものがどれほどの意味を持つのか、
改めて考えざるを得ない。

もちろん多様な見解をないがしろにするつもりはない。
ただ今後、「民意」という言葉を軽々しく使っていくのはいかがなものだろうか、





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最終更新日  2014年12月16日 00時33分35秒
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