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更新が遅くなり申し訳ありません。
でも、やっぱり未だしんどいんですよね・・・。
ゆっくり書いていきますので、おつきあいください。
両親が帰ったあと、私は一人になって考えました。
手術ができるのであれば、どれほど可能性が低くてもきっと直ってくれる。
たとえ手術ができなくても、医者から見離された患者が何年も生きている例だっていっぱいあるじゃないか。
もとが元気な人だもの、きっと直ってくれるに違いない。
私の存在が彼のよりどころになってくれれば、すこしは病気と闘う原動力になってくれるかもしれない。
とにかく直るんだ、と信じて一緒に闘うんだ。
たとえ隠し事やうそだって、彼を助けるためのうそならいくらでもついてやる。
えんまさまとだってケンカしたってかまわない。
そんな気持ちになりました。
そして病院にも私は彼の病気のことを悪性腫瘍であることを伝えるつもりはないことを伝えました。
すると、お医者さまはいいにくそうに「できる限りのことをするつもりですが、抗がん剤治療でお子様をあきらめなければならなくなるかもしれないんですが・・・。」とおっしゃいました。
体になにかがチクチクとささっているような痛み・・・。
子供をあきらめる?思ってもみなかったことでした。
そうか、治療をしていたらそういうこともあるんだな・・・。
でも、そのときは「とにかく今は彼を優先でお願いします。」と伝えました。
しかし、あとでダンナのご両親に電話で伝えるときに、「もしかして、子供はあきらめざるを得ないかもといわれてしまって・・・。」といいながらおもわずボロボロと涙がこぼれてしまいました。
正直、ダンナが長くないかもしれないのに、子供のことどうこうって思っていたことにあきれられるかもしれませんが、やっぱりつらかったです。
私にとって母になれないってやっぱり考えられないことだったんですね。
とにかく、彼が生きていてさえくれればそれでいいんだ・・・と自分にいいきかせたのでした。
しかし、現実はもっと厳しいものでした・・・。
プリンセススタイルなリボンクッション
実はゴロ寝用枕に重宝してたりします・・・。