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しかし、声は聞こえているということだったので、
「おはよう。今日はいい天気みたいね。」とか
「ずいぶん暖かくなってきたよ。」とか普通に声をかけながら、ずっと彼の枕元にすわっていました。
私は彼が再入院してから食欲はほとんどなく、差し入れも少し手をつけるのが精一杯の状態で4日で4キロやせてしまいました。
そんな私を見かねて彼の両親も私の両親も差し入れをしてくれたり、自宅で少し休むよううながしてくれたりしていたのですが、ほんとうに30分でも離れているのが怖くて
私は病室から離れようとしませんでした。
自分では気がついていませんでしたが、見るからにひどい状態だったのでしょうね。
病棟の婦長さんが私に声をかけてきて、
「奥様のほうが病人のようなお顔をしていらっしゃいますよ。少し外にでて散歩でもなさって気分転換していらしたほうが・・・。ご主人様も安心なさいますよ。」
とおっしゃってくださいました。
病室には彼の両親がついてくださっていたときだったので、ちょっと病院の庭にでもでてみることにしました。
よい天気でした。
そして、桜がほころび始めていました。
ピンク色の雲のように見えました。
春風がふきぬけていく感じがしました。
桜の色がきれいで、涙がでました。
彼はこの桜をみることができないんだ・・・。
私とならんで桜をみることはもうないんだ・・・。
桜と青空がぐちゃぐちゃになってみえました。
涙がとまりません。
「一緒に帰ろうっていったのに・・・。ずっと一緒にいるっていったのに・・・。」
上を向いたままいつまでも泣いていました。
しばらく泣いた後、顔をあらって病室にもどりました。
そして笑いながら
「ねえ、私がダンナの闘病記を書いてベストセラーにして印税生活!ってなったらどう?そうしたら、私が養ってあげるよ。」
と突拍子もないことを言い始めました。
働けなくても、病院で寝たきりでもかまわないから、できるだけ一緒にいてほしい・・・そんな気持ちだったのです。
すると病室にいた私の母が
「あら、こんなに能力のある方をただ休ませておくなんてもったいないじゃない。」と笑いながら調子をあわせてきました。
私はすかさず、
「じゃあ、ベストセラー作家になったら、研究費を私がだしてあげるよ。ダンナはすきな仕事だけしていればいいの。だったら、すごくよくない?」
と笑いながら声をかけました。
すると、ほとんど反応のなかったダンナがにっこりとわらったのです。
おどろく母をみながら私は彼に近づいて
「期待してます・・・って笑ったでしょう。まったく、ありっこないとおもってるな、まったく。」
とわざと彼にじゃれるように声をかけました。
彼はますますやわらかな表情になったようです。
でもそれが彼の笑顔をみた最後となってしまいました。
彼は自発呼吸もままならなくなり、痛み止めも意識を完全になくすレベルのものを投与さrれることとなりました。
呼吸器をつけて投薬されたあとのベットの上の彼はまるで機械のような規則的な呼吸をして、目は白目をむいています。
さすがの私ももう強がることもできなくなり、
「いやだ!そんな顔しないで・・・。お願いだから・・・。」と彼の手をにぎりながら声を上げて泣きました。
ふるえながら、彼のややほてった手をなでていました。
すると突然、規則的だった呼吸が、変に不規則になりだしました。
そして、呼吸がなくなったのです・・・。
私は必死でナースコールを押しました。
「早く来て!早く来て!ダンナが・・・ダンナが・・・
いや!!いやだ!!」
悲鳴をあげるように叫んでいました。
すぐにお医者様の看護師さんがとんできました。
そしてしばらく蘇生措置がおこなわれていたようです。
しかし、私はなにがなんだかわからなくなってただ震えていました。
母は私をしっかりと抱えていました。
そして、お医者様からの言葉。
「・・・時、お亡くなりになられました。」
私は震えながら、
「ありがとうございました。」と頭をさげました。
そして呼吸器や点滴がはずされて静かに眠っているような彼の顔を覗き込みました。
本当に眠っているようです。
でも呼吸はしていない・・・。
彼の顔をそっとなでながら
「もう、痛くないよね・・・。」とだけいうとただただ泣き続けました。
彼は旅立ってしまったのです。