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彼が亡くなったあと、私は彼の最後の着替えを手伝わせてもらいました。
普通は着物を着せるようですが、私は彼が普段着ていたものを着せてあげました。
だって、まだ着物をきて静かに旅立つような年齢じゃないもの・・・。
着替えを手伝っているときにさわった彼の体はなんともいえないぬるい体温となっていました。
暖かいけど、明らかに生きている人の体温ではない・・・。
彼の体はもう動かないんだ・・・。
おもいしらされました。
そして着替えが終わると、部屋をでて安置室へ移動となりました。
私も部屋をでて、廊下にいた両親のところへいきました。
母は私によってきて、「よくがんばったわね。最後までちゃんとついてあげたわね。」
と声をかけてくれました。
私はこみあげてくるものが抑えきれずに母にしがみついてわあわあと泣き出してしまいました。
「でも、もう彼は焼かれてお墓にはいっちゃうんだよ・・・。顔もみられないんだよ・・・。どこにもいなくなっちゃうんだよ・・・。いなくなっちゃうんだよ・・・。」
ただ泣き続けました。
母もなきながら、私をささえてくれていました。
しばらく泣き続けて私がおちついてきたのをみて、母が言い出しました。
「ご葬儀だけど、斎場にする?それともお家でする?」
「ご葬儀なんてしたくないな・・・。」と私はおもわずいってしまいました。
「そうね。でもさびしいことだけど、ちゃんとけじめをつけておくってあげないと。おくさんの最後の仕事よ。ずっとがんばってきたんだから、きちっとおくってあげなくてはね。」
と母はいってくれました。
そうだ、彼を妻として、家族としてちゃんとおくりだすことまでが私と仕事なのだ・・・。
しゃんとしなければ・・・。
ご葬儀は自宅で行うことにしました。
斎場だと彼を斎場に一人にする時間が長すぎる気がしたので。
すこしでも彼といっしょにいたかった・・・。
病院から、自宅へ彼の亡骸と一緒に帰りました。
そして、祭壇をたてる場所に彼を休ませました。
母は私を彼の亡骸のそばで眠らせようとはしませんでした。
私は呆然としすぎていて彼の後を追う気力すらない状態でした。
ただいわれるままに動いているだけ。
私は眠ることができず、目をさますとふらふらと彼の亡骸のほうへ歩いていく・・・という状態でした。
そして少し眠ると、「彼の具合はどうかしら?病院にいかなくちゃ。」とかいいながら飛び起きたりする有様。
私はショックを受けすぎていて、当時の記憶がぼんやりしているのです。
(この日記も内容がまとまりがないかも・・・。すみません)
こんな状態でなにもできるわけもなく、葬儀はほとんど私の両親が段取りしてくれました。
(彼のご両親はなにもせず、お金もださなかったです・・・。そのあとも大変でしたが、思い出すのも不快なので、ここには書きません。彼の思い出を汚すのもいやだし。)
そして、会社の同期入社の方が彼の亡骸を担いで送り出してくれました。
彼を大事におもってくださっている人がこんなにいるんだ・・・。
また涙がでてきました。
ともかく、たくさんの方に助けられて無事にご葬儀はすみました。
そして、私は未亡人となってしまったのです。