空蝉～藤の章～その５ | 遙かなる悠久の古典の中で

空蝉～藤の章～　その５

　夜着に着替えさせ、髪をほどかせる。
「私の隣に控えていて。私がいなくなったら、私の代わりに、大袿をかずいて臥すのです。」
（そんな、畏れ多い……）
　でも、主の命令には逆らえない。頼久は言われるとおりにした。
　しばらくすると、どこかでかいだ香の香りがしてきた。
（もしや、友雅殿が？）
　横を見ると、藤姫が袿を脱ぎ、夜着だけで更に奥の部屋へ行こうとしている所だった。
　声をかけようとすると、黙ってという風に唇に指をあて、隣との境の壁代をくぐって向こうへ行ってしまった。
（ここで、姫様の身代わりになれと？）
　友雅の目的はわかりすぎるほどわかっている。命令とはいえ、うまくいくものだろうか？
　頼久は途方にくれた。
　しかし、言われたとおりにするしかない。
　大袿をかずいて横になった。
　心臓がバクバクと音を立てる。
（ええい、いざとなったら、力に訴えるまで。）
　御簾をくぐる音がして、侍従の香が強く薫った。
「昨夜はすまなかったね、いとしい人。」
　友雅は大袿をかずいた人影ににじり寄り、寄り添って臥した。
（藤姫？）
　やけに大きい気がする。
　友雅は大袿をはねのけた。中にいたのは。
「頼久！　これは……」
　頼久は起きあがり、手で友雅の唇をふさいだ。
「おっしゃいますな。これは、藤姫様のご命令で。」
「いったい、どういう……」
「姫様のお身代わりでございます。」
　頼久は友雅の直衣に手をかけた。
「冗談はよせ、頼久。」
「冗談ではございません。」
　頼久はほのかに赤くなりながら、友雅の帯をほどき、指貫の紐もほどく。
　さすがの友雅も、戸惑いの色を隠しきれなかった。
「何のつもりだ。」
「今宵忍んで来られたのは、そういうことでございましょう。不肖頼久、精一杯姫様の身代わりを勤めますゆえ、どうぞ、お好きなように。」
　そう言うと、頼久は夜着の前をはだけて横になった。
　友雅はぷっと吹き出した。
（いったい、どこまで真面目な男なのか。）
　どこまで本気なのだろう。確かに、日頃、冗談を言う男ではなかったが。友雅は笑いをこらえながら言った。
「ねえ、頼久。いったい、君は、男が姫君の身代わりをできると思っているのかい？」
「できなくても、ご命令でございますから。」
　固く目をつぶり、口をとがらせるようにして、でもはっきりと言ってのける頼久。
　命令なら、何でもするというのか。
（神子殿の警固をしていたときも、この男の一途さには参ったものだが。）
　そう思うと、なんだか愛しさを感じる。
　命令を遂行しなければ、この男は身の置きどころに困るのだろう。
　友雅はふと思いついたことがあった。少々決心のいることだが、おそらく今宵の仕打ちは藤姫の怒りの爆発。鎮めるには、それくらいの代償は必要だろう。
「ではね、こうしよう、頼久。かねがね私は、君がいったいどのように女を愛するのか興味があったのだよ。今宵はひとつ、私を女だと思って、抱いてみてはくれまいか？」
　今度は頼久が戸惑う番だった。友雅殿を、抱く？
　頼久の戸惑う顔を、友雅が面白そうに眺めている。

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