とりかへばや物語 その6



 私のおなかに友雅さんの赤ちゃんがいるなんて……。今でも信じられない気分。でも、最近、おなかの中で赤ちゃんが動く感じがするの。早くあなたに会いたい。若君かしら、姫君かしら、どちらにしても、私みたいに不思議なことにならないように、気をつけて育てるわ。友雅さんの赤ちゃんだもの……。
 京では、私がいなくなったというので大騒ぎですって。四の姫の所に友雅さんが忍んでいたのを私がいやがっていなくなったのだと。さすがの友雅さんも少しお困りのようなの。私が出仕しなくなったから帝のご機嫌も悪いし、 その原因はおまえだ! と、世間の風当たりも強いのですって。四の姫も、父上のお怒りを買ってお屋敷を出されてしまって、頼るところもないので、今、友雅さんの京の本邸の片隅にかくまわれているのですって。かわいそうな四の姫。もともとは、私が悪いのに。四の姫は、本当の結婚がほしかっただけなのにね。どうにもしてあげられなかった。時々、友雅さんを貸してあげる以外は……。おなかに二人目の赤ちゃんがいるそうなの。最初の子も、私の子も、二人目の子も、みんな、友雅さんの子よ。また会える日があったら、かわいがってあげたいわ。あら、でも、どちらが北の方になるのかしら。ねえ、友雅さん、どっちを北の方にするの?
「……あかねだよ。」
 あら、うれしい。でも、本邸にお住まいの方が北の方だわ。大事にしてあげてくださらなきゃ、私、怒ってよ。
「女言葉がずいぶん板に付いてきたね。君はとても良い生徒だから、教えがいがあるよ。」
 あなたがいいと思う姫になりたいの。だから、あなたのおっしゃることを聞くんだわ。あら、友雅さん、もう行ってしまうの?
「公務があるのでね。君を捜し歩くのが今の最大の使命なのだから、ずっと宇治に居続けるわけにもいくまいよ。たまには京にももどらねば。それに、」
 友雅さんは、私の頬をつついて、
「四の姫も大事にしなければならないのだろう? いとしい人は君一人なのに、君は他の姫君にも優しくしてこいと言う。どれほど私のことを想ってくれているのだろうね。こちらの自信がなくなるよ。」
 本当は、いやなのよ。ここは京からも遠いし、一度お戻りになるとなかなかこちらへはおいでにならないから、寂しくて怖くて仕方がない。おなかの赤ちゃんと二人、じっとあなたを待つなんて……。頼久がいてくれなかったら、ほんとに怖すぎて、宇治川に身投げしているかもしれないわ。
「では、頼久によくお礼を言って頼んでおかなければね。君が消えてしまわないように見張ってくれるようにと。」
 ええ、そうね……。
 すぐに戻るよ、と口づけして、友雅さんは、京に戻っていったわ。四の姫のところへ。
「君一人」をどこまで信じて良いのかしら。これは嫉妬だって、醜いって、わかってるけど、涙が独りでにこぼれてくるのを止められない。本当に、私の願いだけで、子ができるから仕方なく、四の姫をお世話にしているの? それとも、本当は、四の姫も愛しているのではないの? 胸が苦しい。どうしていいのか、わからない……。



侍所若頭領頼久の語れる

 宇治においでになってからの姫様は、本当にお幸せなのだろうか。
 いつも朗らかに明るくお過ごしで、何をしても楽しくて仕方がないご様子だった姫様なのに、こちらへ来てから、泣いておいでのお姿ばかり目にする。姫様がお泣きの姿など、今までみたことがないのに。
「頼久。」
 お声がかかった。行かなければ。
「宇治の八の宮さまに、お便りを。」
 お届けしましょう。あなたのためなら。
 それにしても、本当に口数少なくなられた。小さい頃から惹かれておいでだった橘少将さまと結ばれて、お子までおできになるのだから、お幸せでないはずがないのに。
 あんな姫様をみていると、こちらまで切なくなる。禁を破って抱きしめて、いつぞやのように口づけしてしまいそうだ。
 振り向くと、姫様は、館の簀の子から夕日を眺めておられた。今までみたことのない、憂わしげなお顔……。あんなに朗らかだった姫様をこんなにしてしまったのは、少将様、あなただ。
 私の大切な姫様を不幸にするなど、許せない!
 この頼久が、命に代えてもお守りしますから、姫様、元気をおだしください……。



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