Laub🍃

Laub🍃

2011.04.15
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カテゴリ: 🌾7種2次裏


もう6周目か、7周目か。
佐渡で子ども達が殺される7年間を延々とやり直している。

あたし達が暮らす場所は佐渡で、沢山の子ども達が殺されたのもこの佐渡で。
その周りでは更に沢山の人達が、あたし達の眠っている間に死んでしまっていて。

だから皆の未練が、生き残ったあたし達に集中して、こんな終わらない夢を見ることになっているんじゃないか、なんて、仲間のオカルトに詳しい人は言っていた。

……この時代に生きている人達の内一人だけは毎回未来での記憶を持っていること、その一人の思い残したことを達成したら、バトンタッチでもするかのように、別の一人に役割が移ること。何度か繰り返す果てにそれが分かった。

だけど、その未練はどこまで続くんだろうか。

初めの安居君はともかく、未練なんてないと言っていたあゆさんまで巻き込まれているから、あたし達はあっけにとられるしかなかった。



「ゴールは、いつ来るんでしょうか」

繰り返せることは、安心だ。
やり直せることは、安全だ。
だけど、ずっと繰り返し続けたり、やり直し続けるのは、何も変わっていないのとどう違うのか。
世界の理にあらがっているからと、調子に乗っていた。

よくも悪くも、リミットが欲しい。……結末が欲しい。
終末を願うなんて馬鹿げているけれど。






×月×日 図書館




何のためにあたしは頑張ってきたんだっけ。

……何のために、あたしは、生きてきたんだっけ。



 本の続きを読む為に、あの時まで生きていた気がします」
「……本?」
「はい。無人島とか、孤立した洋館とか、空の彼方とか、どこへでも小説を読めば飛んでいけたんです。……その時だけは、暗くて弱い自分や、重く沈んだ部屋、何より他の人へのコンプレックスを忘れることが出来ました」

架空のエピソードに胸を躍らせていると人は笑うだろうけど……あの時だけは、あたしはあたし以外の人の価値観に染まれて、あたし以外への対応に身を浸らせることが出来た。

「……私と…ある意味似てるかもしれないわね」

「私も『馬鹿の居なくなった綺麗な世界』として、未来と未来に行く自分を夢見てきたわ。
 ……おかげで、その為に必要ないもの全てを睥睨して、全て置いてけぼりに出来た。
 …汚くて馬鹿だらけのこの過去で、私の心はずっと未来にあったような気がする」
「……あゆさん」
「…未来に来た当初は、あの教師共に騙されたと思ったけど」
「……!?」
「でも、今は鷹さんと出会えたからいいの」
「……そ…そうですか…」
「あなたも、未来で出会えた人が大事なんでしょう?」
「……はい」
「じゃあ、早く帰らないとね。」
「……私でさえうんざりしてるんだもの、こんな世界の繰り返し。
 何度も繰り返してるあなたたちなら猶更早く、元の世界に帰りたいでしょう?」
「……」


ここはネバーエンドだ。
ずっと同じ『可能性』を試し続けたら、大人になれない。

読み終わった本の同じページを繰り返し読んで、納得いかない部分には独白に空想を書き込んで…そんなことをしても、可哀想な犯人は救われないし、死んだ者は蘇らない。
あたしの頭の中、そしてその書き込んだ一冊だけで、登場人物の運命が変わるだけだ。

…それでさえ、書いた作者本人じゃないんだから……唯一の読者であるあたし自身さえ誤魔化せなくなったら、書き込みはその一冊でさえ、物語と連続しなくなる。
ただの落書きになる。


……それでも、ずっと挑み続けたら、何か別の扉が開けるんじゃないかと思うのはただの願望だろうか。


…1周目であたしたちが要さん達と接触し、2周目で安居くんが茂さんに席を譲り、3周目で源五郎くんが動物達を救い、4周目で卯浪先生が立場を変え、5周目で小瑠璃さんが頑張って、お蔭で皆一旦外に出られて…結果的に、8人が未来に行けたことには、……今、6周目で何かを変えようとしていることには、本当に何の意味もないんだろうか。


様々な変化をもう少しだけ見届けたいと思うことは、傲慢で、自分勝手なんだろうか。




×月×日 畑


「……前々から思っていたんだけど、どうしてあなたは蝉丸さんといつも一緒に居るの?」
「……落ち着くんです、多分。それと、絡み方はちょっとアホな方法ですけど」
「そうね、馬鹿っぽいわね」
「…それでも、あたしのことを気にかけてくれてるのかな、って思うんです」
「……理解できないわ」


 それは、あゆさんだから。

 ……あゆさんが話しかけたなら、どんな男子も喜ぶだろうけど、あたしはそうじゃなかった。

 バレンタインのチョコだって、弟にしかあげたことがない。

 誰かに好意や関心を寄せることが相手の不快感に繋がるような気さえしていた。
 年々あたしは不器用で、愚図で、内気で、人好きのしない性格になっていって…だから、無理やりにでも接点を持ってくれる手はありがたかった。

 あたしが無害そうで弱そうだから一緒に逃げようと言ってくれた嵐くんも。

 あたしと茂くんが似てるからと世話を焼いてくれた時の安居くんも。

 あたしがトロいからやたらめったら弄ってきた時の蝉丸さんも。


 わだかまりは多少あったけど、それでも、ありがたかった。

 蝉丸さん。

 一番初めに未来で見た男の子。
 花さんの手紙のこと、誤魔化してくれた時とか。
 昔いじめられっ子で、だからあんな風になったとか。
 幻覚の世界に入る前、目覚めた後の縋るような声とか。
 ……あの洞窟の中で、一緒に方舟前の扉を突破した時とか。
 緊張してひきつって、それでも自分を奮い立たせる為に笑う癖とか。
 怖い時手を引っ張って、時には後ろから背中を押してくれる両手とか。 

 そういうのがつもりつもって、初めの頃とは全く違う存在に蝉丸さんはなっていた。

 気が付いたらあたしは、キスされても嫌じゃなくなってた。


「……あたしが、ひばりちゃんやあゆさんと関わるのに躊躇してる時、馬鹿な失敗した時、何かしようとしてくれてたんです。不器用で、駄目駄目で、弱腰なんですけど。あたしに突っ込まれてむきになって、その様子が最初は怖かったけど、今では少し、漫才みたいだなあって思えるようになってきたんです」
「……躊躇?」
「あたし…、ひばりちゃんが苦手なんです。いつも、いろんな手で自分の言い分を通して、ツンケンしてて」
「だろうと思ったわ」
「……あゆさんのことも、苦手でした。すらっとして、さらっとしてて、言い方が直球気味で」
「誤解を招く言い方をするよりはましじゃないの」
「……そうですね。あたしはずっと、相手に判断の責任を押し付けるような、曖昧な言い方しかできませんでした。蝉丸さんにも、そういう所、怒られて…だけど、判断に失敗しても、どっちも悪くないって言えるような、曖昧な言い方も同時に求めていたんです……弱いんです、あたしは」
「…処世術を使ってるともいえると思うけど?……人なんて、皆どうせ弱いでしょ。
 みんな何らかの自分なりの方法でそれを隠してるだけよ」
「鷹さんも、自分の弱さを自覚してた」

 あゆさんは手元の草を見やる。

「……弱いのは、仕方がないわ。弱さを乗り越えようとする強さがあればむしろ綺麗。
 無知でも学ぶ気概があればいい。
 鈍感でも、失敗した時これから気を付けようとしているなら構わないわ。
 いざとなったら開き直って、自分の居る下層に他人を引きずり落とそうとする馬鹿が私は嫌いなの。
 ひたすら他人に依存することしかできない馬鹿も嫌い。……以前の、最終試験の時……
 命乞いするあいつが死んでも罪悪感なんて湧かなかった。……ナツさん。
 醜悪さは、未来の世界に不必要だと思わない?」

 以前のあたしは、ダメダメな自分が嫌で消えてしまいたかった。
 同時に、明日学校が消えるか……

「……あたしは、ずっと夜のままならいいと思ってました。学校が嫌いでした。
 自分に自信が持てなくて、学校も、自分と合わない人に笑われに行く場所でしかなかったんです。……そんなの、甘えと思うでしょうけど」
「……苦手な相手とは無理にかかわることないんじゃないの。適当に流してればいいのよそんなもの」

 あゆさんは綺麗に笑う。

「私も未来の記憶がある安居くんとは話したくないし」
「……」

 その安居くんが未来の食べ物できっかけを作ってくれたおかげで、あたしがあゆさんと話せるようになったってことを、いつか言えれば…と思ったけど、未だにそれは難しそうだ。
一周目ではつい未来の安居くんについて示唆するようなことを子ども達に教えて、以降の源五郎くん達にも伝えはしたけど…こと、あゆさんについては、伝える技術が余程うまくなるか、他の契機でもない限り無理だろう。

 だんまりになるあたしを気にせずあゆさんは話し続ける。
……実利的な所に、なんとなく未来の安居くんを思い出す。

「…あなたも、角又さんみたいに受け流すのがうまい人を観察してみたら?
 それか、花さんみたいにはっきり嫌味を打ち返せる人を観察して、真似てみたらいいんじゃない」
「うう…む、無理です…」
「……無理強いはしないけど…選択肢の一つとして、練習してみたらいいんじゃない」
「は…はい」


あゆさんの目は、いつも真っ直ぐ前を見ている。

夏Aの皆そうだ。
いつも未来を考えて、そこに立つのに相応しいように、自分を磨き上げていく。

あたしはそれが羨ましい。





×月×日 第一校舎






「あゆさんは、あんまりこの世界に未練がないと言ってました」

新巻さんは少し寂しそうに言う。
新巻さんにとって、元のままの、それも生きている姿でかつての仲間に出会えることはそれだけで素晴らしいんだろう。
そんな新巻さんを一目見て、お蘭さんは睫毛を伏せる。

「…彼女の状況じゃ、分からなくもないけどね」
「……俺達だって、そうであるべきだ。違うか」

秋ヲさんは木の机をぽんと叩く。どこかその仕草は、海外小説で裁判長が木槌を振るう様を彷彿とさせる。

「温室みたいに、時の流れ、時節に逆らってぐるぐるぐるぐる。
 冒険は終わった、ゴールは過ぎた、あいつらの試験もひとまず終わってた。
 終わったのはこの世界も同じ。ずっと同じ場所ばっかりまわってて、何になる?
 澱んで腐るばっかりじゃねぇのか」
「……それでも、……知りたいのかも、しれません」
「俺達に一番できるのは知ることぐらいだしな……こんな機会でもなきゃ、知れなかったことがあったし。元の世界にこの記憶をもってければいいんだがな」

嵐くんは目を伏せて、蝉丸さんは顎をさすりながら言う。……本当にそうだ。
喩え時が巻き戻っても、夏Aの皆の記憶が消えていても、誰の命をも救えないとしても、こうして覚えていることに何か意味があると思いたい。

「……今、力になって、そして、元に戻った時も力になる。それが、どこまで出来るのか、知りたいんです……わわっ」
「生意気な」
蝉丸さんに髪をぐしゃぐしゃとされた。

「……でも、ま、やれることはやってみようぜ」
「……忘れないでよ、あたしたちが元の世界に戻るのが最優先事項なんだからね」
「へいへい」

くしゃくしゃになった前髪の奥、あたしは少しだけ笑った。

…『そうすれば、認めてもらえるでしょうか』という言葉は喉の奥で飲み込まれたままだった。





×月×日 布団の中



あたしは傲慢な主人公が嫌いだ。

猫を殺せる主人公が嫌いだ。

すらっと何の悩みもなく、さらっと邪魔な存在を切り捨てられる強さが怖い。

自分がその切り捨てられる存在と同等だからかもしれない。


だけど、悩み苦しんで絶望する脆い主人公は自己嫌悪を誘発して読んでいられない。
特に絶望して終わってしまう物語、悩みを抱えた苦しんで一歩進んでは二歩下がるような物語が苦手だ。

それでも、そんな状況で立ち上がる主人公は、好きだ。

勿論、その成果が成功なら言うことはない。
だけど、そんな状況を耐え抜く主人公にも、時には癒され、力づけられる。

小さな体、弱い立場、低い権威、少ない財産、自信のない能力、人好きのしない性格……それでも知恵や気付きや丹念で丁寧な繰り返しによってなにかを成し遂げる主人公。
あたしはそんな主人公達が大好きだ。



……ああ、けど、だけれど、彼らは、彼女らは、それらは、あたしを置いていった。


あたしは本を読み終えたら、あれだけ感情移入した主人公の皮を強制的に剥がされる。

そして気付く、あの主人公は前に進んだのに、あたしは心だけが前に進んで、現実の体も立場も何一つ動いていないと。



だから貪るように次の本を求めた。
そして疲れたら泥のように眠った。

極度の疲労の中では、ナッツの温もりだけが感じられた。






今ここに温もりはなくて、職員に配給された布団と、施設の皆とともに作った織物のカバー、それと動物舎でもらった毛の房がある。

そして、本の記憶と、それを活かして進む手足がある。
筋肉痛が酷いけど。


だから泥のように、あたしの意識は解けていく。



















夢を見た。

泥になったあたしに種が生じて、やがて育って夏草となり、茎が太く逞しくなって、やがて立派な大樹となる。
養分を吸い尽くされた泥は清流となって、岩の上を滑る清水となる。

そこに半透明のあたしが立っている。

あたしは見守っている。

虫や恐竜や獣や他の色々なものたちが、桃太郎のように種で流れてきて、自ら生まれては進化していく様子を。

そうして全てが緑の樹に登り、大樹の葉は次第に平べったくなり、本の表紙となり、生き物達はその本の登場人物……いや登場生物となり、そしてあたしに語り掛ける。


ゴールまで書き続けろ、と。




<続>





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最終更新日  2018.02.28 02:50:17
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