2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1

父が逝ってしまう前日。19日水曜日の夕方。パソコンの呼び出し音でナースコールを鳴らせるようにパソコンを自宅から持ってきてほしい。と父は話していました。私が重度訪問介護のヘルパー資格を取ろうと考えてる事を小耳に挟んでたようで、「なつあんはヘルパーの講習受けるのか?」と聞いてました。「講習受けて、退院したら夜間ヘルパーとして入ったげるから!」と答えると、「お母さんが限界やから頼むわ」と返事が返ってきました。「カーテン閉めて」と言われ、「レースだけ?分厚いのも閉める?」と聞くと笑ってました。帰り際には「ありがとう。きをつけて。また来てや」と言ってました。19日深夜、主人は飲み会で、1時頃駅まで迎えにいきました。その道中、月が本当に綺麗でした。私が住む所は山に囲まれてて、田舎な為、夜は真っ暗です。月灯で、真っ暗な世界が明るく見渡せるほど、綺麗な月でした。父の部屋のカーテンを閉めて帰ってきたことを後悔しました。今から病院行ってカーテン開けてあげたら、月が見えるかな。と考えていました。次の日パソコンを持って行くなら。夜の間エンドレスでDVDをつけておけば、寂しくないだろうと思い闘病中、沢山記録していた父との散歩や旅行のビデオを夜中に何時間もかけてDVDにダビングしました。ダビングが終わって、1時間ほどウトウトした時に母から電話があり・・・。病院へ向かったのです。私はビデオをダビングしながら、まだかろうじて会話が出来た頃の父や歩けている父の姿を見ながら明日病院へ行ったら、「もっともっと生きてほしい」と伝えようと思いました。「頑張って退院しよう」「死んでもらったら困る」と伝えようと。呼吸器云々の話しではなく、ただただ、「生きていてほしい」それだけ伝えたかった。それを伝える事は無責任に思えて、ずっと口に出せずに居たから。私にそう言われる事が分かってたからこそ、そう言い出される前に逝ってしまったのかな。父はこの日19日、母に「もう終わりにしたい」と伝えたそうです。闘病中弱音を吐かなかった人です。ずっと病気とも制度とも世間とも闘ってた人です。お父さん、自分から終わりにしちゃったの?心穏かだったの?と聞きたいです。 写真は去年、胃ロウ増設手術の前に、孫たちと。
2008年11月27日
コメント(10)

いい顔してるでしょ?遺影に使った写真です。必死に踏ん張ったら立てる。そんな時期に映された写真です。信じられません。先週の火曜日にはまだ父は生きてました。丁度一週間前。家族揃ってお見舞いへ。その日父は、主人に遺言のように語りかけ、28日の母の誕生日のお花を注文しました。「わたしは財布持ってないから、お金は母からもらってね」と笑いを入れて会話をしました。そして杏と佑にも。「杏ちゃんも佑ちゃんも、大好きやで」と。今回の入院中、ずっと父のまなざしは柔らかく温かかったように思います。それは覚悟のようなものがあったんだと思います。孫へのメッセージを残した後、妹家族が帰宅した丁度その時間。病室には私と杏だけだったその時間。父が苦しみだしたんです。全身から滝のように汗を流して、目を見開いて・・・。看護師を呼んで吸引してもらっても、状態はよくならず。。。看護師が部屋から出た後も私はずっと一人で胸を押し続けてました。すると・・・。何回も呼吸をやめてしまうんです。体を叩いて「ちゃんと息しないと!!!」と叫ぶと思い出したように、弱く呼吸をしてくれるんだけど、またやめてしまう。このままだと私が一人で看取る事になるんじゃないかと怖くて怖くて・・・。結局数十分したのち、母が病室に入ってきて、二人でまた看護師を呼んで。かなり深い位置まで入れてもらって吸引をしてもらう事ができ父の意識も戻ってきました。ベットがびしょびしょになるほどの汗が出るくらいの状態だったのに、意識がハッキリしてくると途端に「時間が遅くなってしまったから、帰ってくれていい」と私達家族への気配りをしてくれていました。あのときの恐怖がずっと拭えません。結局父は水曜の夜中に急変し、木曜の早朝に息をひきとりました。急変した時、一人だったはず。あの状態が再現されたのか、眠ったままだったのか。。。私には分からないけれど。どうしてもそんな想像が頭から離れません。息をひきとった後に家に戻ってきた時の顔は笑ってるように本当に驚くほど、素敵な顔をしていました。「嘘やで~~~」と笑いながら目を開いてくれるかのように。子供達も全く怖がることなく、何度も何度も「温めてあげるー」って顔をなでまくるくらいに穏かで柔らかい笑顔のままでした。その顔がせめてもの救いです。うーん・・・。続きはまたこの次に・・・。
2008年11月25日
コメント(17)
今朝6時35分父は逝ってしまいました穏やかな顔をして何年ぶりかに布団をかぶり何年ぶりかに真っすぐ上をむいて何年ぶりかの眠りについています父がALSになってしまったことではじめたブログです皆さん沢山たくさんありがとう
2008年11月20日
コメント(20)
11月8日父が肺炎からくる呼吸苦のため緊急入院した。鼻から酸素を入れ続けているものの【苦しい】「苦しい」と繰り返す。胸を押しての呼吸介助を続けて、やっとウトウトできるくらい。とにかく 苦しい のだ。苦しいから体位も決まらない。向きを変え、頭の位置を直し、足の位置を直し、吸引をする。その2分後位にまた「向きかえて」との要望がある。殆どずっとその繰り返し・・・。体をマッサージし、胸を押し、右をむいても左をむいても、車椅子に座っても、苦しさから開放される事はないようだ・・・。医師は酸素を入れている数値が高いので血中二酸化炭素の数値を心配してる。二酸化炭素の数値は今現在で60だそうだ。だから、吸入してる酸素の数値をせめて「3~4」に。と言うんだけど、父は「7~8」でも苦しさを訴えるので、3~4なんてとてもじゃないけど、我慢できない・・・。今私達家族は退院できる日を願いながら、アバラの浮き出た体をさする事しかできない。
2008年11月16日
コメント(8)
全4件 (4件中 1-4件目)
1