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ちいこの命日。昨年の、6月14日になくなった。
二年の闘病のすえ、最期のひと月は容態が悪く、辛く苦しい日々だった。食欲もなく、排泄の失敗を繰り返し、苦しいのに這いずるように動き回り。。。見ているこちらも辛かった。できるだけの事をと思い、連日点滴や胸水を抜く治療に通い、ちいこも私もへろへろに疲れ切っていた。ちいこは病状が悪化してくると、病院行きをとてもいやがった。でも私は最期の最期まで生きてほしいと彼女にすがった。酸素ボンベを片手に往きをすわそうとして。。。しかし、苦しみの中、「もういいよ」と言うように、前足を伸ばしてきた。その手を握るようにして、見つめ合いながら息をひきとった。
肺にガンがひろがり呼吸も難しくなってのたうち回る様子は今も忘れられない。 できるだけの事はと、手術や治療を施すために、いやがる猫を病院に何度も連れて行ったことは、本当によいことだったのか?本人(本猫か?)の気持ちはどうだったのか?治療よりも穏やかに家で静かに緩やかに死を迎えたかったのではないのか?
考え出したら、今も眠れなくなる。
祥月命日である今年の6月14日前から、私の体調と精神状態は大荒れになった。仕事や母の世話があるので、一見普通に暮らしてはいたが・・・
まず、食事が喉を通らなくなった。夜何度も目がさめ、まとまった睡眠が取れなくなった。
頭の中は「去年の今頃は・・・」とちいこの事ばかり考えていた。ひとりでいると無意識に涙がこぼれた。泣いてどうなるモノでもないと分かっているのに涙が止まらなかった。
その状態は一週間ほどつづき、熱も出てどうなるかと思ったけれど、そのうち落ち着いた。
私自身、なんとなく原因は猫のことだとわかっていたので、病院もいかず、固形物が食べられないので、ヤクルトや野菜ジュース、牛乳、アクエリアスで凌ぎ、心の中に寂しさの嵐が通り過ぎるのをまった。
猫だから、一周忌もしてやらなかったけど、これが一周忌みたいなモノだったのかもしれない。 人間の私たちがやる一周忌も「故人を偲び追善を」という事なんだと思う。猫だからペット葬儀社に頼んで簡単な葬式をしただけで なくなった後はなにもしてやれず、母の事で頭をいっぱいにして、できるだけ考えないように暮らしていたけれど、、あれこれしてやりたかったこと、してしまったことの後悔が、一年溜まっていたモノがダム決壊という感じて出てしまったのかもしれない。
その後は、憑きものが落ちたように元気になった。ちいこに似せて造形作家さんに作ってもらったぬいぐるみも届いたけれど、やっぱり、ちいこの可愛さにはかなわない。
もう今生ではあえないけれど、じきに会えると思う。
ママおばあちゃんの世話頑張ってるよ。待っててね。
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