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初恋の人と再会し結婚したというニュースで
ワイドショーが盛り上がっていた
それがその当時の事実かどうかは本人達にしかわからぬこと
二人がそういう物語のなかにいて、幸せであるなら何よりだ
どうでもいいような話で盛り上がっているな~と・・・
もっと気になることは沢山あるのに・・・
ウクライナの状況とか アルメニアとアゼルバイジャンの紛争とか
アフガニスタンなどウクライナ以外の国からの難民の受け入れとか
もっと大事なことを報じてくれないかな・・・
で、気になったのが
高齢の男性が、入院中の妻と娘を殺し自殺した事件
20代から寝たきりで意思疎通も出来なくなった娘を見舞いながら
長年暮らしてきて、今度は奥さんも入院、回復や退院の見込みがない
そうなった時の男性の絶望は計り知れなかったと思う
しかも、高齢で、多分、ずっと家事は奥さんに任せていたモノが
自分負担になって・・・心身ともに限界だったのかも知れない
慣れない家事をこなしながら、明るい希望のない日々
それでも二日に一度かならず 見舞いに行っていたという
心身ともに疲れ切っていたと思う
介護疲れ 介護鬱・・・
家事をずっとやってきて、慣れていたはずの私でも陥ったのだ
その男性の絶望や悲観は同情を禁じ得ない
自分が死んだ後、残される妻や娘の事を思うと
心中しか道はないと思いつめたのだろう
ただ気になるのは、息子の存在だ
この話に全然出てこない
「長男のための炊事などすべてを男性がこなしていた」と
報じられていたが・・・その関係性はどうだったんだろう
家事を手伝ったり、労いの言葉をかけたりはしなかったのだろうか?
介護や育児では、
介護する側が「頼れる人がいない」ために
孤立して、鬱や自責を募らせてしまうことがある
まだ育児は、数年たてばどんどん手が離れ
その成果としての子供の成長を目にすることが出来る
だが。。。介護は、どんなに良い状況でも最後は死 別れなのだ
自分自身もいつまで持つかも分からない・・・心身ともに限界
これから、徐々に不幸になる未来しか思い描けない
そして、絶望して自死を考えるようになる
自分が楽になるだけなら自死で終わるのだが
責任感が強いが為に
また愛するモノが自分の死後に悲嘆することを憂い
心中と言う形になってしまう
自死は悪いことだとは私は思わない
だが、他の人の命を奪うことは許されない
・・・・とはいえ、妻側の気持ちはどうだったのか
「連れて行って欲しい」と言われていたとしたら・・・・
法律では自殺幇助で罪になるのだが・・・
私は責める気になれない
十数年前、清水由貴子の自死の事件があった時
私も一歩間違えばそういう状況になると思った
そして、彼女の深い悲しみと苦しみが自分のことのように思えた
介護の一番の失敗は、介護する側が倒れること
その例がコレだ
これからは、老老介護が当たり前になる
「施設に入れればほっといて当たり前」楽になったと考える
一度も見舞いに行かないような薄情なモノが生き残り
施設に入っても出来るだけのことをしてあげたいと
懸命に尽くしたモノが疲弊し不幸になっていく
そして、自死にいたる・・・
今回は心中になってしまった
家族もいたのに・・・
ご近所も親族もいたと思うのに・・・
愚痴を聞いたり、ねぎらってくれる存在はいなかったのか?
他人に頼らず、自分だけでしなければならない・・・
そんな思い込みが、自身を苦しめ助けを求められなかったのだろう
介護で一番大切なことは
「介護する側が倒れないこと」
家族や周囲の人たち、医療従事者やケアマネが見守り
「いつでも声をかけてね」
「頑張ってるね。でも無理しないで、
何かあったら頼って欲しい」
と声をかけ続けるだけでも
かの男性の孤立感は薄れていたかもしない
その人に優しい労いの言葉をかけ
辛い気持ちをもし話してくれるなら聞いてあげて欲しい
話を聞いてくれる人がいるだけで救われる命もあるから
そして、今介護の最中にいる方々
ひとまず、心身を休める機会を持ちましょう
ケアマネやまだ介護認定を受けていないなら
まず、医師や社会福祉協議会などに相談しましょう
恥ずかしいことではありません
当然の権利ですし、
貴方が幸せであることは
介護されているご家族にとっても幸せなのですから
そして、私は沢山の人に救われてきたのだ・・・と
今 改めて感謝している・・・ありがとうございました
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