ナ チ ュ ー ル

ナ チ ュ ー ル

ポー


不安の谷間

人間の住んでいない
無言の谷が
昔はほほえんだ。

人々は優しく光る星を頼りに
夜毎に、彼等の淡青の塔から
花の群れを見張しようと
戦の庭に出かけた。

花の真中に日もすがら
赤い太陽がものうげに横たわる。

いまは訪客は悉く
悲しい谷間の不安を告白するであろう。

そこには何ものも動かないものはない
怪しい孤独の上を覆う
大気の外は何ものも。

ああ、朧のヘブリディスのまわり
冷海のように慄えている木々は
吹く風に揺られることもなく。

ああ、名もない墓に
揺れ、ないている百合の上
無数の型の人間の目のよう
よこたわる董の上に
曙から夜更けまで、絶え間なく
不安の空を、さらさらと流れる雲は
風たえて吹かれることもなく。

花は揺れる その芳しい項から
永遠の露が、滴り落ちる。

花は嘆く 細やかな莖から
永久の涙が賓石となって、降る。



ポー 詩集より




この歳になって、少しは、読めるようになってきた。





最終更新日 2005年09月06日 22時11分47秒















海中の都市

見よ! 死の神は王座をしつらえた
薄暗い西方のはるか波の底に
ひとり横たわる不思議な市に、
そこは善人と悪人と、最悪のものと最善のものと
永遠の憩いにつくところ、
そこは社と王宮と塔が
この世のものとはいささかも似ていない。
(年ふりながら、震えない塔よ)
あたりには、波を立てる風も落ち
空の下に死んだように
陰鬱な潮がひろがる。

一すじの光も天上からは、
夜の長いこの都の上には差してこない。
しかし青白い海からのぼるひかりは
ひっそりと小塔の上に流れる----
煌いているのは遠く自由な塔の上----
また圓蓋や----尖塔や----王者の広間----
寺院の上や----バビロンめいた城壁の上、----
彫られた鳶や石彫の花の陰さえ
朦朧と、久しく忘れられていた四阿の上、----
また夥しく怪しい社の上を照らせば
その花環のようにしつらえた小壁は
六絃琴と菫と蔓をからませている。

そらの下に死んだように
陰鬱な潮がひろがる。
そこに小塔ともの影は混じり合い
一切は中空に垂れているかのよう、
またその町に聳える塔からは
死の神が巨人のように見下している。

寺院はひらき口あけた墳墓は
煌めく波と同じ高さに欠伸をしている。
しかし夫々の偶像のダイヤモンドの目のなかには
財實の影はみえない----
華やかに實石をまとうた死者は
その褥から水も誘わず
ああ、漣もたたない。
鏡のような海原の上----
波のふくらみは穏かに澄みわたつた海の上にも
風があつたとは仄めかさず。

しかし御覧、空の乱れ
波が----騒めいている。
さながらに塔がわずかに沈んで、
どんよりとした潮を押しやつたかのよう----
あたかも塔の頂きが膜のような空に
かすかに裂け目をつくつたかのよう。
いまや波は赤く光る----
時間は微かにひくく息ずいている----
この世のものとも思われぬ呻吟のなかに
都会のだんだんと沈んでゆくとき
地獄は、一千の王座から立上り、
この都に敬禮を拂え。


エドガア・アラン・ポオ
訳者   安部 保



詩は、人の心を動かす。
一語に秘められた深淵な意味に、読人それぞれの想いを馳せる。
死の世界から、現世を痛烈に批判したのかもしれない。

それは、いつの時代でも、どの様な世界でも

海底に沈んだ都市空間
闇に拡がる世界

文学者の持つ感性脳髄に拡がる世界
科学者の持つ感性脳髄に拡がる世界



この詩に対する思い入れは、ポーの心酔者なら当然と言っていいでしょう。

しかし、いろんなことが交錯している現代は、さらに不気味な時代。





最終更新日 2005年07月17日 14時36分13秒









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