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栞_shioriさんComments
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スーダンから南スーダンの首都ジュバへはマースランド(Marsland)航空で移動。アフリカでは聞いたことのない航空会社に遭遇するが、運を天に任せるしかない。マースランド航空については後日「国連ではブラックリストに載っていて、乗らないように言われてる」との国連関係者弁。後で聞いてよかった。
今年の7月9日に独立した南スーダンは世界で最も新しい国だ。先方の政府、民間の方々と話をしていると、独立の興奮の余韻さめやらずで、建国の息吹が伝わってくる。
しかし、現実は厳しい。首都ジュバにおいてもインフラがまるで整備されていない。道路、水道、河川港、橋梁、電力、なにをとってもやるべきことが多すぎる。ジュバはナイル河のほとりにあるが、ナイル河に架かる橋は一本しかなく、それも老朽化が進んでいる(写真を撮影することは禁止)。道路も舗装率は低い。
飲料水も上水道普及率が2割程度なので、多くは給水車に頼っている状況。また、浄水場も能力が小さく、給水車の中にはナイル河の水をそのまま汲みあげているものもある。
南スーダンは北に比べると湿潤。特にナイル河流域は雨季には氾濫原となる。ジュバから北との国境近くにある第二の都市マラカルまでは600キロの距離があるが、その間の道路は舗装がされているわけでもなく、通行が難しい。そのため、河川による交通が重要となるが、独立以降、北は南北で解決すべき懸案事項(国境線の画定、石油収入の分担等)が未解決であることを理由に南北間の河川交通を遮断してしまった。そのため、従来北から入っていた物資もストップされている。しかし、北にいる南出身者は南に「帰還」することを求められており、彼らが帰還することだけは認められている。ジュバの河川港には家財道具一切合財を船に積んで南に「帰還」した人々が行き先が決まるまで滞留している状況があった。

ジュバのホテル事情。2006年に南北で包括的和平協定が締結され、独立への道筋がついた時点で、ジュバには外国人が宿泊するレベルのホテルはなかった。日本の政府、NGO関係者も最初はテントを張って仕事を始めた。その後、テント→コンテナハウス→プレハブと進化を遂げてきた。本格的なコンクリートによる恒久的な建物ができるのはこれから。プレハブホテルに宿泊したが、日本の昔の炭鉱町の住宅を思わせた。

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