にっくの日記

にっくの日記

2006/01/22
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映画『ジア』を観た。アンジェリーナ・ジョリーが主演している。ジョリーのインタビューを聴いて、どのような女優なのか気になったので映画の内容は期待せずに観たのだが、予想に反してなかなか面白かった。26歳で亡くなった実在のファッションモデルのについての話だ。

彼女は精神的に脆く、麻薬に溺れてしまう。彼女を中心とする人間関係がよく描けている。話は暗く、決してきれいなものではない。彼女は自身の精神的な脆さのために周りの人を振り回してしまうような女性だ。台風のような女性だ。『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリーと通じるところがある。

この映画のよさをうまく説明する文章力は私にはない。

話を綺麗にしようとせず、ありのままの現実を映像化しているところがよい。ストーリーの構成は、断片的なシーンをつなげて、時間軸に沿って順番にジアの人生を辿っていくという、シンプルな構成である。ストーリーの展開の合間合間に、ジアの家族や知り合いのインタビューが織り込まれている(この家族や知り合いは役者が演じている)。構成美という点にはなんら配慮が払われていないというような感じの不器用な構成なのだが、無理に実験的な雰囲気を作ろうとせずに、本当にごくごく自然に構成している。ここにセンスのよさを感じる。

映画を観ている途中に、本を読みたくなることがよくある。『ジア』を観ている間、いろいろな本を読みたくなった。まずは、ジアについての本。彼女はどんな人物だったのだろうと。そして、トルーマン・カポーティの伝記、および小説。特に『遠い声、遠い部屋』。マリリン・モンローの伝記。エドガー・ポーの小説。フロイトとユングの著作。ここで、トルーマン・カポーティとマリリン・モンローとポーが出てきたのは、彼らとジアとの共通点を認めたからである。フロイトとユングが出てきたのは、心の脆さなり、退廃的な行動の要因について、知りたくなったからだ。

意識と無意識との区別をはっきりとさせておかないことは危険なことらしい。つまり、無意識が意識の領域を侵食するようなことは危険なことらしい。心が脆い人というのは、強い自我意識を持っていないために、無意識に意識が侵食されがちな人のことなのではないかと、映画を観ながら考えていた。また、次のようなことも考えていた。ポーやカポーティといった作家もそのようなタイプの人だったのではないか。彼らの作品が我々の興味をひきつけるのは、彼らの意識と無意識との境が不分明であるがゆえに、彼らが無意識の部分をうまく描いているからであり、その無意識の部分を我々も共有しているからではないか。





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Last updated  2006/01/22 01:04:30 PM
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