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虹色のパレット
★子どもの目が輝くとき 1.新米先生
-子どもと教師の成長の記録-
1.新米先生
私は、生まれ変わったような清々しい気分で、区立の小学校の教師になった。
その頃、「でもしか先生」と言う言葉が流行っていたが、それは、先生デモするより他にシカたがないと言って先生になった人のことを言うのだそうだ。
勿論、私はそうではなかった。若々しい希望と、教育に対する溢れるような情熱でいっぱいだった。そして、若者特有の少々熱すぎる理想に燃えているようでもあった。
私は、4年生の担任になった。
始業式の前日、新学期の準備で先生方はみな忙しそうだった。新卒の私も、学年主任の先生と打ち合わせをしたり、慣れない仕事に緊張しながらも、胸を弾ませ「どんな子達かな?みんな元気な良い子達だろうな!」
と初めてめて担任する子ども達の名簿に目を通していた。
すると、N先生がニコニコしながら私の名簿を覗きこまれた。そして、
「先生、凄く良い子達だよ。でも、この子とこの子は、ちょっと問題児だから気を付けた方がいいよ。」
と忠告して下さった。
「ああ、そうですか。」
と私。私のクラスの半数の児童は、昨年やはり新卒として赴任してきたN先生が受け持った子供達だった。
「この先生と今言って下さった子供達の間には、そう言う関係があったんだろう。でも、私とこの子達の間には、きっと新しい関係が生まれるに違いない。」
と、私は心の中で出会いの瞬間に心を馳せていた。
しばらくすると、別の先生がやって来た。このW先生は、この学校にも長く、学校中のことはなんでも知っている、言わば古だぬき、学校の主であった。
「へー、あんた、Nさんの後の子達受け持つの。」
と言い、私の名簿を覗き込んだ。そして、
「Tもあんたのクラスだね、これは凄い悪だよ。先生も気を付けないとね。兎に角、放課後とか、先生の目の届かん所で凄い悪さをするんだから。注意すると、まるで子供の目付きとは思えないような目つきでにらみ返すんだから。ま、頑張ってね。困ることがあったら、何時でも相談に乗るからさ。」
といかにも楽しそうに仰って、別に私の答えを待つでもなく行ってしまわれた。
この時、私はとても嫌な気がした。
「子供って、こうやって決め付けられ、レッテルを貼られて、折角新しい出会いがあるのに、出会う前から古い偏見に満ちたレッテルを配り歩く先生もいるんだから・・・。」
と思いながら、ご忠告はありがたいけれど、このレッテルは私には必要ありませんと破いて捨てた。
みんなそれぞれ親切な積りで言って下さるんだろうが、私は、私と子供達との出会いを大切にしたいと思っていた。
いよいよ始業式の朝。
私は、白いブラウスに水色の真新しいスーツを着込み、一年生みたいに緊張していた。式のとき、新任の先生の紹介があった。こんな台の上で、こんなに沢山の人を前に話すのは生まれて初めてだと思うと、他の先生方の挨拶を聞きながら、胸がどきどきしていた。
「次ぎは、カズ姫先生です。」
私の番だ。台の上に上ると、一斉に子供達に見つめられた。でも、不思議に少しも上がらなかった。子供の視線と言うのは、好奇心に溢れ、素直で、生き生きしていた。だから、段々落ち着いてきて、私まで、素直で、生き生きした気分になっていた。そして、「新米先生だけれど、皆さんと一生懸命に勉強したり遊んだりしますから、宜しく!」と言う気持ちを込めて新任の挨拶をした。
式が終り、子供達の先頭に立って、「四年二組」と札の下がった、私達の新しい教室に入った。
子供達の目がキラキラ輝いていた。その大きく輝く四十人の瞳は、新しい出会いへの期待で満ちていた。私は、少し顔を火照らせながら、挨拶やら自己紹介やら、学年主任の先生と打ち合わせておいたように物事を進めていった。
そのとき私は、一つの視線に気が付いた。W先生の言ってたT君かなと一瞬思った。確かにそれは、鋭く探るような視線だった。でも、私には、子どもらしくないすごい目つきと言う風には感じられなかった。上目使いに私の様子をうかがっているそのこの瞳は、確かに、強い壊疑心で満ちていた。「この先生も、僕のことを悪い子だと決め付けるのだろうか。きっとそうに違いない。何時もそうなんだから・・・。あなたの出方によっては、僕また悪い子にならなければならないんだ!」と言っているようだった。
そして、その疑いに満ちた視線の陰に、ちらりと希望も覗かせていたのを、私は、見逃さなかった。「この先生は、新しい先生だから、僕のことを悪い子だなんて知らないかもしれない。そしたら、ぼくいつも思っているよに良い子になれるんだけどな・・・。そうだったらいいなぁ。」とその子の目は語っていた。
話を進めていくと、私の視線とその子の視線とがパッと合った。その子は、キッと身構えて更に鋭く私を睨み付けた。疑惑と不安と希望とが入り混じって火花の様に燃えていた。私は、「はじめまして、これから一緒に勉強したり遊んだりするんだね。宜しく。」と言う思いを込めて、彼に微笑みかけた。
すると、その瞬間、彼の目は細く垂れ下がり、顔中くしゃくしゃになった。大きな笑顔が全身に広がっていった。私は、こんな嬉しそうな笑顔を後にも先にも見た事がない。その素敵な笑顔は、今でも私の心に焼き付いている。その瞬間に言葉の一つも交わさなくても、私達は信頼し合あっていた。
学年で打ち合わせておいたような全体的な事が終って、私は名札と顔を見ながら、一人一人の子供達の頭を撫ぜで、「宜しく!」と挨拶して回った。そして、さっきの子の所に来た。名札を見るとやはりT君だった。「君、元気そうね。T君て言うんだね。先生、新米で分からない事沢山あるけど、色々教えてね。」と言って、T君の頭に手を置くと、手の下で、彼の頭が一つ大きくコックりをして、ちょっとはにかみの混じった澄んだ声で、「うん、良いよ。」と嬉しそうに元気に答えてくれた。
数日後、職員室で事務を取っていると、W先生がニヤニヤしながら私の机に近づいて来られた。そして、
「どう、先生、少しは慣れた? Tはどう? 凄い子でしょう!」
と仰った。私は言葉を失って、
「別に・・・。」
と口篭もった。W先生があまりに自信に満ちていたので、彼女は、T君のことをそう思っていたと言うことは分かるけれど、そんなことありませんよなどと言える雰囲気ではなかった。
「まあ、Tも新しい先生だから、猫被ってるんでしょ。そのうちに本性を現して先生も手を焼くから!」
なんて嫌な事を仰って立ち去られた。
その後も、私はT君に特別な指導などした事は無かった。過去を引きずって歩いているW先生の期待に反して、T君は、悪さなど一回もしたことはなかった。それどころか、元気いっぱい、個性に溢れ、素直でとても優しい良い子だった。
ある日の午後、私は教室の窓から「T君のあの笑顔と一緒に、新米先生の“新しさ”をずうっと一生忘れたくないなぁ。」と思いながら、運動場で元気に遊びまわるT君の姿を目で追っていた。T君ありがとう。
(おわり)
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