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サンガンピュールの物語(お菓子の国)4話



 「お菓子の国」とは足立区の綾瀬公園で行われるイベントであると同時に、足立区内の菓子製造業者で組織される組合の名称なのだ。
 2人は、組合としてのお菓子の国や、イベント「お菓子の国」実行委員会が入居する建物に案内された。その建物は3階建てだった。1階は多種多様なお菓子を製造する工場、2階と3階は事務所となっていた。
 世良田は3階の応接室に2人を案内した後、そこで深刻な話を始めた。サンガンピュールを招いたのは、イメージキャラクター起用によって「お菓子の国」の知名度を上げるためというのもあるが、それがメインの理由ではないというのだ。世良田は話の核心に迫った。
 「実は昨年から、チクロンBという暴力集団の襲来に悩まされているんです」
 「『チクロンB』?僕の記憶が正しければ、ナチスの強制収容所でユダヤ人を毒殺するために使われた薬品の名前かと」
 Kは話に割って入ったが、世良田は話を続けた。
 「あっ、そうだったんですか。へえ~、って話を本題に戻しましょうか。」
 「はい、すみません」
 「いえいえ。とにかく、チクロンBという集団に悩まされてるんです」
 「警察には相談に行きましたか?」
 「はい、何度も。被害届を出したり、イベント期間中の警戒警備をお願いしたりと、様々な対応策を取ってきました。しかしこの前警察署に相談に行ったら、『警察は事件にならないと動かない』と言われたんです。そこで、警察に頼るだけでは物足りないと思いまして・・・」
 そこへ、今度はサンガンピュールが話に割って入った。
 「なんで警察は動かないのさ!事件にならない内から動ければいいのに!」
 「サンガンピュール!もしそれが全面的に認められたらどうなると思う?」
 「もちろん、そのなんとかBとか、悪いやつらは次々に捕まると思うよ!」
 「良いことづくめだったら、最初から法律で認められてるよ!例えばさ、極端な話、サンガンピュールが『万引きしそうだ』って警察から事情を聞かれたらどう思う?」
 「あたしが万引きなんてとんでもないよ!」
 「うるせえ!話を聞け!とにかくだ。事件にならない内に警察が動くとなると、あらゆる人を疑うことになってしまう。もっとひどいことになると、裁判所の令状なしに家に入られたりとか、確実な証拠もなしに捕まったりとか。みんなを守るはずの警察が、みんなを攻撃する、痛めつける存在になるかもしれないんだぞ!」
 「・・・・・・」
 サンガンピュールは無言でいるしかなかった。Kが怒りながら難しい話をするのだ。自分の言ったことがこんな形で帰ってくるとは。元の表情に戻ったKは話を続けた。
 「でも現に襲われてるってことは、少し酷な言い方だと思いますが、あなたたちにも責任があるんじゃないかと。例えば戸締りが甘かったり、あるいは金品を盗まれやすいところに置いたりとか・・・」
 そこで、お菓子の製造過程を見てみたいというサンガンピュールの提案にも応えるため、実際に工場を見学させてもらうことになった。ここに来てサンガンピュールとKは工場への入口の扉を開ける前から口論が聞こえることに大きな違和感を覚えた。足を踏み入れてみると、工場内では和菓子職人の青木と、パティシェの北条が言い争っていた。青木と北条は共に、仕事に関しては妥協しない主義なので常日頃からけんかしているとのことだった。そしてその2人の仲裁を主にやっているのが、秋本と三角(みすみ)である。
 そのお菓子の国には2つの大派閥があった。青木が所属する和菓子派と、北条を中心とする洋菓子派だった。この2派は平和なお菓子の国でも常日頃から派閥抗争を繰り広げていた。この他に中立的立場の小派閥として、アメリカンクッキー担当もいれば、韓国のお菓子担当、タピオカなど東南アジア担当もいる。正確に言えば、足立区内の菓子製造業者が種別に関係なく「お菓子の国」というイベントを開催することだけを目的に結集した寄り合い所帯なのだ。まるで民主党だ。どの種類のお菓子をメインにするのか、開催を2週間後に控えているのにまだ決まらないというのだ。これにはサンガンピュールも「どうすんのさあ!」と呆れ顔をせざるを得なかった。
 「一体どうなってるんですか、これは?」
 Kが質問したところ、世良田は苦しそうに答えた。彼によると、「お菓子の国」というイベントは昨年から始まったばかりのものだという。その時も今日ほどではないものの言い争いがあったという。昨年は初回なので多くの面での妥協を余儀なくされた。かくして開催された第1回「お菓子の国」は統一スローガンを掲げられない混沌とする状況となり、来場者にとっては「何を主張したいのか分からなかった」とアンケートで書かれるほど、分かりにくいイベントとなってしまった。しかし今回は2回目の開催。和菓子派と洋菓子派やその他もろもろの派閥も、互いに妥協することを許さなくなってきていた。それが今日見た有様に至っているわけである。遺恨試合となりそうな雰囲気を2人が実感したところでこの日は終わった。
 気がつけばもう夕方だ。取手から北に向かう電車はつい先程出てしまっていた。20分待たなければならなかった。暇を潰そうと必死なのか、サンガンピュールが沈黙を破った。
 「お菓子の国、大丈夫かなあ・・・」
 彼女の問い掛けに対し、Kははっきりと答えた。
 「大丈夫じゃないだろ。チクロンBやら組織の内紛やら・・・。順調に行く訳ないな」
 サンガンピュールは足取りが重いまま、Kと共にクリーム色と青色の常磐線の電車に乗り込んだ。

 ( 第5話 に続く)


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