Nishikenのホームページ

Nishikenのホームページ

サンガンピュールの物語(お菓子の国)7後



 「『止めろ』ってのが分かんねえのか!!」

 一喝したKに乱闘に加わっていた者達はもちろん、サンガンピュールも驚いた。たまにだがKは周囲の人々を驚かせる行動を取る男なのだ。辺りは今度こそ一瞬にして静まり返った。彼は続けた。
 「敢えて聞きます。あなたたちの本当の敵って誰ですか?パティシェですか、それとも和菓子職人ですか。どうもチクロンBではなさそうですね。一刻も早くあいつらに拉致された仲間を助けなきゃいけない。それなのに!それなのに・・・このザマですよ。状況を判断できず、結果として本来やるべきことを忘れてしまっているにしか見えません。まるで延暦寺の僧兵だ!
 そもそもあなたたちはなんでお菓子屋さんをやってるんですか?なんで『お菓子の国』というイベントをやるんですか?権力闘争のためですか?そう思われるんなら、どうぞ本番でもその調子で暴れてみて下さい。きっと子どもからも大人からも、みっともないとか、楽しい雰囲気が台無しになったと非難されて終わりですよ!それなら来年、『お菓子の国』というイベントは、ないでしょう!」

 Kの熱弁の最中、拉致された仲間の一人が帰ってきた。彼は涙ぐんでいて、仲間に対して事実を話すことすら怖がっていた。両手にゴミ袋を抱えているが、その中身を覗くとゲロを吐く者もいた。仲間の変わり果てた姿にKを含め、誰も見ていられなかった。サンガンピュールはグロへの耐性があったせいか、少しは直視できたが、一方のKは「いやだ!もう二度と見たくない!」という心境だった。
 「ううう・・・、直視できない・・・。でも皆さん、これが現実です。こんな無惨な殺され方をして、なお仲間同士で暴れていたら、こいつは成仏できませんよ、マジで!
 部外者ですから黙っておこうと思っていましたが・・・。こんなことをお菓子の国のリーダーじゃなく、俺に言わせるなんて、恥ずかしいとか思わねえのかよ!!」
 そしてこう言った。
 「・・・もういい!サンガンピュール、帰るぞ!」
 「えっ!どういうことなの、おじさん!」
 突然の方針変更にサンガンピュールが驚くのも無理は無い。
 「この人達には何を言っても無駄かもしれない。俺も会社員だ。旅行記を書く時だって、お客様が楽しんでもらえるような記事作りを心掛けているつもりだ。でも、この人達の多くは、そんな気持ちすらないかもしれない」
 「でも、おじさん!あたしが守ってきたことで被害が大きくならなかったのもあるじゃん!」
 Kは少し沈黙した後、続けた。
 「確かにそんなこともあった。でも、こんなどうしようもない集団を助けるのは・・・正直言ってごめんだ・・・!サンガンピュールに守られる資格は、無いと思う!」

 このKの仰天発言が、2つの派閥が団結するきっかけとなった。
 「・・・俺達は一体、何を考えてたんだろう」
 北条がポツリと言った。続いて仲裁役を務めてきた秋本も、
 「みんな、冷静になって考えましょうよ!お客さんに自分たちが騒いでるところを見られたら、どう思いますか!?・・・答えは明白ですよね?ですから、もう、終わりにしましょうよ!」
 と訴えた。
 そして世良田が言った。
 「あと7日間しかありません。ですが幸運にも、7日間死ぬ気になって準備することができます。最後のチャンスです!みなさん、最高のお菓子を提供できるように、・・・勝ちましょう!」
 「・・・?」
 その場のほぼ全員が世良田の発したことの意味を理解できなかった。彼が再び檄を入れた。
 「『頑張ろう』じゃないんです!なぜ僕が『勝ちましょう』と言ったか。チクロンBに勝つためです、精神的な意味で!心の意味で!つまんないことに身を投じている暇があるなら、どうしたらお客さんが喜ぶか、考えましょう!いいですか!」
 この一言に、お菓子の国の大勢の職人は動揺し始めた。
 「・・・そうだ、自分のことしか考えていなかったかもしれない」
 「他のグループのこと、考えてたかな・・・」
 様々なところから、今までの自分たちの過ちを認める言葉が目立った。そして自然発生的に北条や秋本から
 「去年みたいなブザマなイベントやりたいか?」
 という声が出た。
 「・・・ああ、最高の結果を出せるよう、みんなで頑張ろう!」
 次第に互いに協力し合う空気が生まれた。ところがこの状況下でも無言を貫く男がいた。頑固な和菓子職人・青木である。彼に対し、Kと共に詰め寄った世良田が言った。
 「・・・青木さん?」
 「・・・俺はどうしようか迷ってる」
 「どうしようかって・・・。みんなで協力しようというムードがやっとできたっていうのに、あんたの頑固さでまた台無しにしようというんですか?」
 「いや、違う。自分の目指していたお菓子作りと相容れない奴らと手を組むなんて、あり得ないと考えていたからだ」
 「それでいいんです!」
 「・・・どういうことだ、『それでいい』って」
 「敢えて、多様性を出すんですよ。足立区には古今東西様々なお菓子を展開する職人さんがいるよ、という意味で。そうしたら自分のやり方で思いっきりできるでしょう」
 そして世良田が締めの一言としてこう言った。
 「ただし!皆さんにも聞いていただきたいんです!今後お互いに、お菓子に対しての強すぎるこだわりだとかそういうものに対する意見の押し付けだとか、余計な干渉は一切禁じます!」
 そして最後に一声。
 「勝つぞ!」
 「お・・・おう!」
 「勝つぞ!!」
 「おう!!」
 改めて職人が一つになった瞬間だった。Kはこれを望んでいたのだった。故に先程の自らの発言は本心ではなかったのだ。

 最後にサンガンピュールがKに言った。
 「ところでおじさん、言い忘れたことがあるんだけど」
 「どうした?」
 「あたしの拳銃勝手に取らないでよ!よく分かんないまま使うと超危険なんだから!気をつけて、っていうか二度とやらないで!」
 「すみません・・・冷静じゃありませんでした・・・」
 堪忍袋の緒を切らした自分も反省したのだった。

 ( 第8話 に続く)


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: