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サンガンピュールの物語(生い立ち編)5話

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 翌日のこと。時差ぼけがまだ直らない2人は、この日は休養日とし、本格的には始動しなかった。昨晩、不安に襲われたサンガンピュールはKに英語で聞いた。
 「あたしに対して、いじわるしない…よね?」
 Kは言った。
 「勿論さ。僕は基本的には悪いことはしないよ。弱い人に対しては、いつでも優しくしているよ。まだ何も知らない国での生活だから、君が不安になる気持ちはよく分かるよ」
 彼女はほっとした。よかった、悪い人じゃなくて。
 その後、Kはサンガンピュールに、土浦市という町を紹介した。彼女は、これからこの社会に溶け込こうという意気込みでもあったのだろうか、真剣に聞いていた。

 しかしKにとっては重大な問題があった。それは、サンガンピュールをこの先どう育てるか、であった。彼は未婚であるがゆえに育児経験ゼロであった。彼は結婚はおろか、志村けんのように生涯独身を貫こうと考えていた。よって彼はある意味で独身貴族である。そのため想定外の成り行きで保護した彼女の教育について彼自身、何から手をつけたらいいのか分からない状態であった。
 そこで手始めにまず、少し日本語を勉強させることにしたのだ。日本は島国であるが故に、外国語を使う必要がない。そうなると日本で生活するにあたり、日本語の習得は非常に重要な意味を持つ。Kはそう考えたのであった。

 最初は基礎となる、ひらがなとカタカナを教えることにした。ところが、である。世界でも非常に難しいとされる言語、日本語の文字の習得には多くの時間がかかるだろうという彼の読みは、覆られたのだ。
 これも雷から受けたスーパーパワーの影響なのか、彼女はわずか3日でひらがなとカタカナをマスター。小学1年生レベルの簡単な漢字の読み書きもできるようになった。Kは進歩の速さに大変驚いた。これなら早い段階で日本の社会に適合できる、と彼は考えた。そういう形で彼女は少しずつではあるが、日本語を覚えていった。

 ある土曜日の夕方、サンガンピュールはKの誘いで自宅から遠く離れた水戸市に向かうことになった。何も知らされていない彼女は一種の恐怖心に襲われた。ロンドンでの嫌な思い出が蘇ったかのようであった。また彼女が見知らぬ男に襲われるのではないかと。当時の彼女にとってKはまだ完全に信用することのできない男であった。
 土浦駅から常磐線に乗り、県都・水戸へと向かう。土浦から水戸までは50キロもの距離がある。わざわざ水戸まで何しに行くのであろうか。彼女は不安だった。しかしKは
 「まあ、君が日本で電車に乗るのは初めてかな。でもゆっくり景色でも見てて」
と気持ちをほぐしてくれた。

 2人が水戸に到着したのは午後6時頃であった。改札を出た後、Kはおもむろに地図を取り出して場所をチェックしている。そしてサンガンピュールを後ろに従えて、目的地に着くまで10分程度だった。着いた先は、回転寿司屋だった。
 「へい、いらっしゃーい」
 という寿司職人の威勢が聞こえてきた。彼女には何のことだか分からなかった。案内された席に着いた後、Kはこう質問した。
 「サンガンピュールは寿司を食べたことあるかな?」
 「ないよ。でもテレビとかで見たことはある」
 「そうかい、本場の寿司だ。今までずっとここで暮らそうと勉強してきただろ?」
 「そう…だね」
 「僕だって凄いと思うよ。だから君を気遣って、少しゆっくりさせようと思ってさ」
 「そうなんだ…。ありがとう、おじさん」
 「いえいえ。さあ、何から食べる?」

 サンガンピュールはほっとした。こんなに自分のことを気遣ってくれるなんて。それに、こんなに醜い姿の自分を認めてくれるなんて・・・、本当にいい人なんだなあ…と。
 もうKに対して自分を本当に守ってくれているかどうかを聴くのはやめた。そんなことをしたら逆にKに「まだそんなことで悩んでるのか?」と言われるかもしれないと思ったからだ。

 「この瞬間、ヨーロッパを飛び出したかもしれない。」
 初めて見る寿司を食べながら彼女はそう思った。

 ( 第6話 へ続く)


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