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市内の人気スポットを巡る周遊バス「ぐるっと松江レイクラインバス」に乗って10分ほど、「小泉八雲記念館前」で下車しました。雨は、ほぼやんでいます。この日は一日、小雨が降ったりやんだりの天気でした。目の前にある記念館は後で来ることにして、まずは、城山の中にある、その名も「城山稲荷神社」に向かいました。歩いて7~8分ほどで、神社の赤い鳥居が見えてきました。境内は広そうでしたが、特にこれといったものもなさそうな、ある意味、ちょっと不気味な雰囲気のスポットです。なぜ、ここに来たかというと、ここは、小泉八雲が勤務先の中学校に通う際に、必ず立ち寄り境内に並ぶ狐の石像を見て回ったとの逸話があるからです。狐の数は400体を超えると言われ、八雲はここで創作のインスピレーションを得たとのことです。確かにただならぬ気配に包まれているようでした。 お世辞にも立派とはいえない(失礼!)本殿に参拝し、階段をおりたところの社務所で、物憂げというかちょっと不思議な雰囲気?の宮司さんから御朱印をいただき、神社を後にしました。後日、ここのお稲荷さんに助けていただくことになるとは、この時はまだ思いもしませんでした。さて、再び、記念館前に戻ってきました。ここは、武家屋敷が並ぶ塩見縄手と呼ばれるエリアの一角にあります。「小泉八雲記念館」に入場します。チケットは近くにある八雲旧居との共通入場券をネットで購入しました。展示スペースには、八雲の創作活動や日常生活の様子をたどることができる、数多くの資料が展示してあり、なかなか見ごたえがありました。撮影禁止なので、写真は外観のみです。続いて、歩いてすぐのところにある「小泉八雲旧居」に入ります。明治24年の6月から11月までの5か月間、八雲が妻セツと暮らした屋敷です。八雲のたっての希望で武家屋敷を手配してもらったとか。決して大きくはないですが、三方を和風の庭に囲まれ、ここで至福の時間を過ごしたそうです。八雲が執筆する際に使った特製の机と椅子のレプリカもありました。八雲は片目を子供のときの事故で失明し、もう片方の目も視力が弱かったため、極端に原稿用紙に目を近づけて字を書いたそうです。そのため机が高くなっています。本物は記念館のほうに展示してありました。 続いて、ぐるっと松江レイクラインバスに乗って向かったのは、「月照寺」というお寺です。バスで5分ほどで到着。ここは、松江藩主の菩提寺になっていて、広大な境内に歴代藩主のお墓が点在しています。 ここも、八雲がたびたび訪れた場所で、松江を代表する怪談の舞台にもなっています。それは、第6代藩主の廟門の中にある「月照寺の大亀」それがコレ。この大亀は、夜になると動き出し、城下で暴れまわり時には人を喰らったそうです。困り果てた住職が、大亀に説法をほどこし、大きな石碑を背負わせてここに封じ込めたということです。亀の頭をなでると長生きすると伝わっているとのことで、しっかりなでてきました(笑)本堂でご本尊にも参拝、情緒ある庭も鑑賞してきました。朝ドラ「ばけばけ」のロケも行われており、出演者たちの写真やサインも飾られていました。月照寺を後にして、再び周遊バスで松江駅に向かいました。松江駅で路線バスに乗り換えて次のスポットへ向かいましたが、周遊バスが少し遅れて、ギリギリでなんとか乗換えに間に合いました。本数が少ないので、この便に乗れないとタクシーを使うか、あきらめるかの選択を迫られるところでした。20分ほどで到着。「八重垣神社」です。ヤマタノオロチ退治で知られるスサノオノミコトと稲田姫命が夫婦生活を始めた地とされる由緒ある神社です。縁結びのパワースポットとして人気があります。少し雨が降っていましたが、傘がなくてもなんとか耐えれる程度の小雨です。参拝して、社務所に御朱印帳を預けてから、一番人気のスポットへ。縁結びの占いで有名な「鏡の池」です。本殿から歩いて数分。 まず社務所で占い用紙を買い求めます。そして、この鏡池に紙を浮かべて上に10円または100円硬貨を乗せます。濡れるとご託宣が浮かび上がります。そして、紙が池の底に沈むのを待ちます。沈むのが早いと近いうちに良縁に恵まれ、遅いと縁遠いと言われています。また、浮かべた場所から近い所で沈むと身近な人と結ばれ、奥の方まで流れて沈むと遠方の人と結ばれるんだそうです。ちなみに、小泉セツさんも、小娘だった頃、ここで占いをして、なかなか沈まず、池の奥の方でやっと沈んだそうです。この逸話は、その後10年近くたってから外国人であるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と結ばれたことを暗示したと言われています。あっ、私らは見ているだけでしたよ(笑)息子の良縁を占おうと思いましたが、本人がやらないとダメなんだそうです。預けていた御朱印帳をいただいて間もなく午後5時を過ぎ、社務所も閉まってしまいました。帰りもバスです。本日5回目、計1250円也、乗り放題パスの3500円にはまだまだです。明日、またがんばろう(笑)このバスは松江駅を経由して、宿の近くのバス停まで行ってくれました。松江大橋の南詰、大橋館の反対側に「源助柱」の慰霊碑というのがあります。江戸時代初期のお話。松江藩主が松江城の築城と城下町の建設を進める一環で、大橋川に初代の松江大橋を架けようとしましたが、何度柱を立てても流されてしまい、工事は難航しました。そこで、神仏の怒りを鎮め、工事を成功させるために人柱をたてることになり、源助という名の足軽が川底深く生きたまま沈められました。たまたま通りかかったのか、何らかの理由があったのか、源助が選ばれた理由は定かではありませんが、その後、工事はうまくいき、橋を架けることができました。この源助の霊を慰め、供養するために松江大橋の南詰に「源助柱の碑」が建てられたそうです。現在の松江大橋は、17代目だそうです。橋から眺めた「大橋館」の全景です。宍道湖も遠望できます。午後6時ごろ、大橋館に戻ってきました。チェックインしたあと、ロビーでウェルカムドリンクのお抹茶をいただきました。有名な宍道湖の夕日は、こんな天気なので、残念ながら見ることはできませんでした。せめて、ロビーに飾ってあった夕景のパネル写真で我慢です。部屋は4階の「あやめ」 すでに荷物は運び入れてあり、布団もひいてくれてありました。宍道湖が見える側の部屋をとってあったのに夕日が見れないのは残念でしたが、部屋からの景色はまずまずいい眺めです。宍道湖の夕日を見るための遊覧船が帰ってきたんでしょうか。目的を達することができず、乗客はさぞやがっかりだったでしょうね。朝食付きプランなので、夕食はついていません。すぐ近くの料理屋を予約してあります。お風呂は、食べて帰ってきてからということにして、しばらく一休みです。いや~ よく歩きました。 つづく
2026年05月21日
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11月1日にオープンしたばかりのジブリパークに行ってきました。11月16日水曜日 晴れカミさんと、電車で名古屋へ。パークへ行く前に予習?を兼ねて、「ジブリパークとジブリ展」を鑑賞していくことにしました。名古屋駅から地下鉄東山線に乗って、名古屋の繁華街 栄で下車、徒歩数分で愛知県芸術文化センターの10階にある愛知県美術館へ。この展覧会も事前の日時予約制。開館すぐの10時のチケットを購入しましたが、15分ほど前に行くとすでに10時予約組の行列が・・・アニメの絵コンテなどの資料は撮影禁止でしたが、ジブリパークでも展示しているネコバスや湯婆婆の部屋は撮影OKでした。ネコバスは、中に入るのもOKでした。ちょっと足が疲れてきたこともあって、ネコバスの中の座り心地のいいフワフワのソファでしばらく休みたかったのですが、待ってる人もいたので次へ。「サツキとメイの家」のミニチュアも展示してありました。パークでは「どんどこ森」エリアに実物大があります。この展覧会でテンションを上げてさあ、パークへ向かいます。地下鉄東山線で終点 藤が丘まで行き、駅前のサイゼリヤでランチ。この藤が丘で、リニア式の新交通システム「リニモ」に乗り換え、10分ほどで「愛・地球博記念公園駅」に到着。愛・地球博記念公園「モリコロパーク」のゲートをくぐると、前方にジブリパークのエレベーター塔が出迎えてくれます。もともとあったそうですが、ジブリパークのオープンに合わせ、「ハウルの動く城」風にリニューアルしたそうです。エレベーターで下へ降りて、振り返ると・・かっこいいですね。今回行くのは、エレベーター塔から数分の「ジブリの大倉庫」です。同じような大きな体育館風の建物が二つ並んで建っています。一つは今も使用している屋内スケートリンクで、ジブリの大倉庫の建物は屋内温水プールだったのを大改装したもの。完成直後の外観。手前がスケートリンク、奥がジブリの大倉庫です。パーク設計を主導した、スタジオジブリの宮崎吾郎監督(言わずと知れた、宮崎駿監督の息子さんですね)いわく、「もともとの温水プールの建物の外観はそのままにして、内部も、ところどころにプールだった時の痕跡を残しています。このプールで遊んだり泳いだりしていた人に懐かしく思ってもらうことも狙いの一つです。」とのこと。「自然や、もとからあったものを、できるだけそのまま生かして作りたい」という、ジブリパーク全体の設計理念に通じるものがありますね。わたしのチケットは13時の日時指定。ここでも、すでに13時入場組が長蛇の行列を作っていました。結局、入場できたのは13時半。天気もいいし、ワクワク感もあって、入場待ち時間も苦にはなりませんでした。正面階段には、地元の常滑焼や瀬戸焼のタイルが多く使ってあるそうです。上を見上げると、「天空の城ラピュタ」に登場する巨大飛行船が・・・しかも、下部のオール?が動いています🤩テンション爆上がりですが、まずは、はやる気持ちを押さえて、レジ待ち時間が半端なく、人気グッズが瞬殺で品切れになると聞いていたグッズショップ「冒険飛行団」に並びます。 ショップにはすぐ入れたんですが、人であふれかえっていて、お目当てグッズを物色するのも一苦労すでに、レジにはショップの外まで行列ができています。カミさんと交代交代でレジ待ちに並んで、店内をウロウロ。息子に頼まれた「千と千尋の神隠し」に出てくる神様たちのマトリョーシカや、カミさんが欲しかったという「耳をすませば」のお菓子缶は品切れでしたわたしのお目当ての品はなんとか買えたんですが。 左の「カオナシ」はペンケースです。ほんとは、同じデザインのペットボトルカバーがほしかったんですが品切れでした右の「カシラ」(湯婆婆の部屋で転がっているアレです。作品では3体いるんですが予算の都合上1体だけしか買えませんでした・・)は、電池式で跳ねたり転がったりするんですよ♪♬へんなモノ買うでしょ(笑)長くなってきました。続きは後編で。
2022年11月18日
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恒例?となった5月の旅行、今回は島根県の松江と出雲を旅してきました。5月21日木曜日、お天気は例によって(笑)今にも降りだしそうな曇天です。5時前、家を出発。四日市から近鉄で名古屋、名古屋からは7時6分発のぞみ103号で、まずは岡山を目指します。8時41分、岡山着。ここからは伯備線で一路山陰地方へ。9時13分に特急やくも5号 出雲市行きは発車しました。2024年4月にデビューした273系 新型車両です。1編成に、2人用2つ、4人用2つしかないというセミコンパートメント席を確保できました。グリーン席と同じ車両にありますが、普通席扱いで追加料金はかかりません。向かい合わせですが、座面をフラットにできて、足を伸ばせます。リクライニングにはできないので、少々窮屈な感じもしますが、特別感がなんともいえません。二人用席は私らと、もう一組で埋まりましたが、4人用は二つともずっと空いていました。3人以上でないと予約できません。中国山地を突っ切るので、倉敷から先の景色はずっと山の中です。カーブが多い路線でスピードを出せるように、振り子式という装備がついています。カーブを通過するときに車体を傾斜させることで通過速度の向上と乗り心地の改善をはかっているそうです。とは、いうものの、ユーラユーラと右へ左へ傾くので、車酔いしやすい人には少々つらい路線です。酔わないうちに、岡山駅で買ったビールで先に酔うことにしました(笑)米子から山陰本線に入りました。ようやく揺れはおさまったようです。駅で買ったおにぎりで軽く昼食。松江に11時48分到着しました。今回の旅では、「松江・出雲旅PASS 2Days」を購入しました。松江・出雲エリアの市バス、私鉄バス、私鉄電車に二日間乗り放題です。(JRが売ってるくせに、なぜかJR路線は対象外です)一人3500円、なんとか2日間で元を取らねばなりません(笑)さっそく、松江駅から今夜の宿近くまで、この地域の私鉄バスである一畑バスに乗りました。5分ほどで到着。市内は均一250円です。今夜の宿は、大橋川にかかる松江大橋のたもとにある「大橋館」です。今回の旅で、松江・出雲を選んだ理由のひとつが、「ばけばけ」です。今年3月まで放映されていたNHKの朝ドラ「ばけばけ」は、「怪談」や「知られぬ日本の面影」などの著作で有名な明治の文豪 小泉八雲とその妻セツの夫婦の物語です。小泉八雲 本名ラフカディオ ハーンは、ギリシャ生まれのイギリス人。古き良き日本文化に魅せられ、英語教師として日本にやってきます。その最初の赴任地が、この松江の町。赴任してしばらくは、松江大橋のたもとにある「富田旅館」に滞在しました。その後、焼失した「富田旅館」の跡地に、今夜泊まる大橋館が建っています。八雲の身の回りの世話をするために雇われた小泉セツと、やがて結婚することになります。上の写真の石像とレリーフは執筆中の八雲と、妻セツですね。今回の旅は、その小泉八雲ゆかりのスポットを中心に回ることにしています。宿に荷物を預けてから、近くのバス停にむかいました。町のいたるところに、八雲夫婦のイメージポスターやのぼりが立っていました。キャッチコピーの「あげ」は松江の方言で「あのように」とか「あんなふうに」、「そげ」は「そう」とか「そのように」、「ばけ」は「ばけばけ」のことでしょうかね。 松江は、松江城のお堀や水路が縦横に走っている水郷の町でもあります。お堀を巡る遊覧船もあります。初日に乗る予定でしたが、天気がイマイチなので、最終日にまわしました。ここまでなんとかもっていた天気でしたが、バス停でバスを待っているうちに、ついにシトシト降りだしました(泣)気を取り直して、観光スタートです。 つづく
2026年05月21日
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