Claire M. Waters, Angels and Earthly Creatures. Preaching, Performance, and Gender in the Late Middle Ages , University of Pennsylvania Press, 2004
著者のウォーターズ氏は現在カリフォルニア大学英語学部教授。中世宗教文学、文化、聖人伝、説教活動などを専門に研究していらっしゃいます。本書は、氏の最初の単著のようです。(カリフォルニア大学ホームページより。)
本書の構成は次のとおりです。
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まえがき
序論
第1章 引用の黄金の鎖
第2章 聖なる二重性―説教師のふたつの顔―
第3章 語りの方法―アクセスと俗語―
第4章 「単なることば」―ジェンダー的雄弁とキリスト教的説教活動
第5章 透明な身体とレトリックの救済
第6章 女性権威のアリバイ
第7章 「身分別説教集」と迷信―あるいは、聴衆のくちごたえ
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聖書を解釈し民衆に説教する説教師は、神の声を伝える天使のようであると同時に、地上に住む被造物です。本書は、彼ら説教師が、そうした自身の状況をいかに扱っていたか、という問題を対象とします。
序論ではさらに踏み込んで、 (1) 身体と霊の関係、 (2) 女性の説教活動という二つの柱も提起します。序論ではまた、本書が対象とする 13 世紀~ 14 世紀頃まで以前の説教の歴史の概要、先行研究を提示します。
第1章は、説教は「権威」を引用して行うが、無認可説教師による引用への警戒があったこと、キリストは男性のみを送ったというところから女性が説教からは排除されることなどが指摘されます。ここで興味深いのは、言語学のオースティンの議論を援用し、「明示的説教活動 explicit preaching
」という語を提唱していること。ことばで「私はあなたに説教します」といわずとも、説教壇に立つ権威を認められた男 man
が適切な方法で語れば、通常それは説教とみなされる、というのですね。
第2章は、説教師は生き方と教えが一致すべきと考えられていたことを示します。聖なる生活を送り、十分な知識をもつ者が、説教活動を行うことができる、言い換えれば、説教師に与えられる「権威」以前に、説教師は人間的に適切でなければならない、という議論です。また面白いのは、女性を説教活動から排除する理由として、その外見が男性に好色の罪を引き起こすおそれがある、という議論があったこと(たとえばロマンのフンベルトゥス)。このように、女性の語りは危険視される面がありました。
第3章は、説教におけるラテン語と俗語の問題(教区民に語る司祭は俗語だが、カリスマ的説教師のラテン語説教は言葉の分からない民衆も熱狂させる、など)などを扱います。面白いのは、民衆により近い、俗語で語る説教師の方が安心できる側面もあったという指摘です。
第4章は、中世説教においてレトリック(修辞法)がどのようにみなされていたか、という問題の考察。興味深く読みました。 12
世紀末ころに活躍したリールのアラヌス(彼を対象とした単著についての記事はこちら)までは、レトリックに批判的な言説が多いものの、それ以降、とくに托鉢修道士はレトリックを重んじる傾向がある、という点が指摘されています。
第5章、第6章は女性による説教活動を扱います。第2章のところで、女性の語りが危険視されていた面を紹介しましたが、一方で女性の説得力の高さも認められていました。また、美しい外見は魂の美しさの表れである、というように、女性の語りを評価する議論もありました。
第7章は、いろんな社会的身分に応じた聴衆を対象とする「身分別説教集」の分析を行うとともに、そこから影響を受けているという身分別の風刺物語も対象とします。俗人に分かりやすいように説教の中に挿入された例話や、風刺物語の中には、俗人の声が現れている、といった指摘がなされます。
一点、ないものねだりを言えば、結論がないのが残念でした。最後に、全体の議論をあらためて整理してくれると、まえがきなどに掲げた本書の目標の達成状況も明確になり、読者も分かりやすいと思います。
以上の概要には書きませんでしたが、史料としてチョーサーの『カンタベリ物語』もよく使われています。恥ずかしながら未読ですので、あらためて、いつか挑戦したいと思った次第です。
全体として興味深く読みました。
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