広瀬正『エロス―もう一つの過去(広瀬正小説全集3)』
~集英社文庫、 1982
年~
有名歌手、橘百合子さんが、雑誌の取材で「あのとき、ああしていたら」という問いに答えます。もしあのとき、映画を観に行っていなければ、自分は歌手になることはなかっただろう……。そう考えた彼女の、実際の過去の、ありえたもう一つの過去を描く長編小説です。
東北から東京にやってきた赤井さん。彼女が身を寄せるおじ・おばの家のラジオを片桐さんが修理に行ってから、二人は引かれ始めます。実際には、赤井さんはそのなまりと歌声を認められ、歌手として成功、片桐さんはある事件がきっかけで視力を失うことになってしまうのですが、もし赤井さんが映画を観に行かず、歌手となるきっかけを手にしていなければ、二人の人生の交わり方は変わっていたかもしれない…。
第一長編 『マイナス・ゼロ』
のインパクトや 『ツィス』
のどんでん返しのような衝撃に比べるとやや地味かもしれません。また、『マイナス・ゼロ』の解説で、星新一さんが、広瀬さんは「題名の付け方で損をしていたのではなかろうか」 (433
頁 )
と指摘していますが、本書はタイトルこそ『エロス』ですがいわゆるそういう要素の話ではありません。愛の女神を意味する、作中でも重要な役割を果たすことばではあるのですが、たしかに作品のイメージとはあまり結びつきにくいタイトルではあります。
とはいえ、本書の小松左京さんによる解説にあるように、過去の記述の中のすさまじいまでのディテール、二人の人生の交わりなど、印象的な物語です。
(2022.10.16 読了 )
・は行の作家一覧へ本多孝好『MISSING』 2023.01.15
広瀬正『ツィス(広瀬正小説全集2)』 2023.01.07
広瀬正『マイナス・ゼロ(広瀬正小説全集… 2023.01.02
Keyword Search
Comments