リチャード・J・エヴァンズ(今関恒夫ほか訳)『歴史学の擁護』
~ちくま学芸文庫、 2022
年~
(Richard J. Evans, In Deffence of History
, London, 2018[
初版 1997])
著者のエヴァンズ (1947-)
本書は、もともと 1997
年原著初版をもとに、『歴史学の擁護―ポストモダニズムとの対話―』との邦題で 1999
年に晃洋書房から刊行されていた邦訳書について、本文を一部改訂するとともに、 2018
年に刊行された原著第2版に収録された長いあとがき(これは、原著刊行後に出された多くの批判への再反論です)を追加したものです。
本書の構成は次のとおりです。
―――
日本語版への序文
謝辞
凡例
序論
第1章 歴史学の歴史
第2章 歴史、科学、倫理
第3章 歴史家と歴史事実
第4章 史料と言説
第5章 歴史における因果関係
第6章 社会と個人
第7章 知と権力
第8章 客観性とその限界
あとがき―批判に答えて
訳者あとがき
文献解題
人名索引
―――
文庫版で約 560
頁の重厚な議論なので、私には十分な紹介は出来ませんが、要点をメモしておきます。
本書は、ポストモダニズムによる極端な相対主義(特に極端な例でいえば「過去を知ることはいかなる意味でもできない」など)を批判し、「互いに矛盾する二つの歴史的主張の両方が等しく正当である、というのはありえない」 (368
頁 )
と主張します。
本書のポイントと思われることばを、以下に紹介します。
「自分たちは絶対的な真実を書いているのだ、と信じている歴史家などいない。単にもっともらしい真実を信じているのであって、それは証拠に関する諸ルールにしたがって、彼らが全力を尽くして確証したものなのである」 (368
頁 )
。さらに、「脚注と参照文献リストの存在こそ、読者が歴史家の主張のよってたつ史料を調べ、その史料が歴史家の主張を支持しているかどうか確かめることを可能にする」 (227
頁 )
といいます。
そして歴史家は、そのためには、「ランケ的なやっかいな基礎作業をおろそかにしてはならないことは、今も変わらない。文書の出所を調査し、それを書いた者の動機、それが書かれた環境、同じテーマについての他の文書との関連を見極めなければならない」 (53
頁 )
。
こうして歴史家は、「批判に耐えうる結論にいたることはできる」 (421
頁 )
というのです。
その他、伝統的な歴史家もポストモダニズムの理論家・歴史家も含め、具体的な主張や、事件に関する見解を丹念に取り上げ、批判するところは徹底的に批判し、一方首肯すべき点は積極的に取り入れ、エヴァンズは歴史学の意義を説きます。
こうして論じられる本論自体もきわめて興味深く、勉強になるのですが、原著初版刊行後に出された批判に対する反論を行う、約 100
頁にも及ぶ「あとがき」も非常に面白いです。批評の受け止めるべきところは受け止めますが、誤読・思い込みなどによる批評に対しては徹底的に反論しており、中には過激なことばもあって面白いです(たとえば、批評の中で本書のタイトルを誤って書いている人物に対しては、「本書のタイトルを間違えているのは、彼女の学問的水準を示す兆候である」 (429-430
頁 )
と批判しています。私も本の紹介をしているので気を付けなければ…。)。
以上、要点しか紹介できませんでしたが、全編通じて説得的な議論が展開されているように思われましたし、また訳もきわめて読みやすく、適宜訳注も挿入されていて、たいへん分かりやすく読み進めることができました。
これは良書だと思います。良い読書体験でした。
(2022.12.17 読了 )
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