遠藤正敬『犬神家の戸籍―「血」と「家」の近代日本―』
~青土社、 2021
年~
著者の遠藤先生は(本書刊行当時)早稲田大学台湾研究所非常勤次席研究員で、政治学、日本政治史を専門にしていらっしゃるようです。
本書は、明治前後~昭和の戸籍制度の在り方を踏まえながら、 横溝正史『犬神家の一族』
を読み解く(あるいは、『犬神家の一族』を参照軸に戸籍制度について論じる)一冊です。その性格上、『犬神家の一族』の真相がふつうに語られるので、原作未読の方は注意が必要です。(その他の金田一シリーズの作品についても、特に映像化作品について、犯人への言及があったりするので注意が必要です。)
本書の構成は次のとおりです。
―――
序 章 『犬神家の一族』の読み方
第1章 「犬神家」とは誰か 家族制度の転換期の物語
第2章 犬神佐兵衛の戸籍 孤児に始まり、家長に終わる
第3章 婚外子がいっぱい 犬神佐兵衛の落とし種
第4章 養子たちの命運 日本ならではの「家族」
第5章 戦争と個人の戸籍 事件捜査を左右したものは
終 章 犬神家の戸籍が映し出す「日本」 愛憎入り混じった一族の“
系譜 ”
注
あとがき
索引
―――
序章は、横溝作品の映像化、ブームなどへの言及ののち、『犬神家の一族』が戸籍という観点から再吟味することで新たな読みや発見が得られるだろうという、本書の目的を提示します。
以下、興味深かったポイントを中心にメモ。
第1章では、死亡者の届を誰が出すのかという点や、また、数え年の慣行(生まれた瞬間に1歳とし、以後1月1日以降に1歳ずつ歳を重ねる数え方)と満年齢の考え方を整理した上で『犬神家の一族』の事件年代を推定するあたりが興味深いです。また、『犬神家の一族』は、ある遺言がもたらす悲劇なのですが、当時の法律上の検討から、ああいう遺言の発表の仕方はまずありえないということが指摘されていて、面白いです。(もちろん、娯楽作品としての意義は認めたうえで、法律上の実際の運用ではこうなったのでは、という指摘がなされています。)
第2章では、その遺言を遺した犬神佐兵衛を中心として、彼自身が孤児だったことから、孤児・捨て子の戸籍上の扱いや、戸籍の作り方などについて紹介されます。
第3章ではまた、佐兵衛とその子供たちの関係から、妾、婚外子・嫡出子の戸籍上の取り扱いや、婚姻制度についての紹介がなされます。また、横溝正史さんご自身も複雑な家庭環境だったようで、家系図を整理してその複雑さも紹介されています。
第4章では、佐兵衛の三人の娘たちがそれぞれ婿養子をとっていることから、養子制度についてみていきます。ここでは、話の流れで紹介される、「明治前半までは、夫婦は別姓であるのが当然とされ」( 164
頁)ていたという指摘が興味深かったです。今の夫婦別姓の議論を考えるときに、「伝統的に夫婦の姓は同一」という論調もときに耳にしますが、それはせいぜい 130
年ほど前からの「伝統」だということと、いかに人の感性が変わり固定化していくかがうかがえる指摘のように感じました。
第5章は、『犬神家の一族』の事件の解決が容易になされなかった要因として、戦時中の戸籍の焼失や滅失をあげ、軍部による証拠隠滅などにも言及しており、こちらも興味深く読みました。
本書は、拙ブログでの『犬神家の一族』への記事に corpus
様が寄せてくださったコメントで紹介いただき、面白そうで手にしたのですが、とても興味深い1冊でした。ご紹介いただいた corpus
様、ありがとうございました。
著者の遠藤先生はほかにも戸籍をテーマにした書籍を発表しているようですので、そちらも気になります。
(2023.07.19 読了 )
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