てまり - ねこ の独り言

てまり - ねこ の独り言

2003年10月11日
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カテゴリ: 過去
小学校の頃は、母の言葉もあり、将来の職業は学校の先生、なれなくても公務員って思っていました。

中学校2年・3年と進む頃には・・・



母は学校からたくさんの、持ち帰りの仕事を抱えて帰ってきていました。
それはテストの答案であったり、先日もニュースで持ち出し禁止の書類がずさんな管理・・・と言うような報道がされていましたが、実際、母も自宅で行っていました。(20年も経てば時効ですよね)

実際に、管理云々も大事ですが、なぜ、教員たちは、持ち出し禁止書類と承知の上、家へ持って帰るか・・・
学校で残業として行うのがたてまえですが、最近では警備会社の管理になっているので、あまり遅い時間まで、居残りが出来ません。
また、他の会社でも同じかもしれませんが、残業代はつきません。

つまり、家へ持ち帰らないと、やる時間と場所が無いのが実情なのです。


そして、私が中学校へ行く頃には・・・
いろいろな書類を家で和文タイプを使用して作成していました。
そして、仕事をしながら、嫌だ、嫌だと連呼。



さて、私が高校へ入るのに、次の進路を考えてそのつもりで勉強しなければいけません。
この頃の母の姿を見て、小学校の先生だけはやめておこう。と思いました。
では?
中学・高校は?
中学校もその頃、荒れていると言う事で 今ほど 凶悪な犯罪は無いものの、あまり魅力的には感じなかったのです。

この時、私は公務員=教師 この進路をやめることにしました。
母は、最期まで私を教員コースへ行かせたかったようですが、
高校を選ぶ際、母はI高校又は商業、どちらかでないとダメダと言いました。両方とも市内にある学校です。


しかし、母に私の進路をあきらめさせる、決定的な一言は・・・
毎日、嫌だ・嫌だと言いながらやっている仕事を、私にさせるつもり?

この一言は大分効いたようです。
そして、母の学校に新卒で赴任してきた女性の先生、3人。
この3名が、なかなか結婚しなかったのです。


と言われていた時期です。
つまり、24歳までが適齢期であり、25歳過ぎたら値が落ちる。
後家の口しかない。
このように言う人も多かったのです。

私は母に、婚期が遅れるのは嫌だよ。
とトドメの言葉を言い、一応、I高校進学はあきらめさせる事が出来ました。
それと同時に、教員を選択する事もあきらめさせたはずですが・・・
これが一筋縄にはいかなかったのです。





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最終更新日  2004年08月12日 18時19分33秒
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