つづりがき

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2017年01月28日
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27章。ここから検討するのはヘラクレイトスの説だという。
あれ、(4)で37章まで続くって言ってたけど、プロタゴラス編は前章で打ち切りなのね。
テオドロスはこれは厄介な問題でねえと難しげな顔をする。ソクラテスはだからこそそれを調べてみることがますますもって必要だという。
テオドロスはでも彼らとは話すことすら難しい、まるで狂人を相手にしているようだし、討論のルールも守らない、言葉の意味の説明を求めると新奇なやり方で取り替えてくる、これじゃあらちがあかないのだ、という。つまり彼らは万物は流転すると主張しているわけだから、自分の中に確たる堅固なものがひとつあるかのようにならないよう注意を払っているんだろう、と。
ソクラテスはそりゃあなたが敵として対峙しているからでしょう、友好的になればどうでしょう、時間の余裕のある時弟子たちに説明とかしてるんじゃないかしら、という。
テオドロスはとんでもない、あの連中は誰かが誰かの弟子になるなんてことはない、と応じる。神がかりになってひとりでに生まれてくるようだし、お互いに自分以外の人を「あいつは何も知ってやしない」と考えている者同士だし、彼らにその気がなければもちろん無理だが、たとえその気があったとしても首尾ある言論は期待できない、それゆえわれわれはこのことを数学の宿題のように自分で背負っていくことになる、と。
ソクラテスは、もっともだ、じゃあそれなら大昔から言われていることで代用しよう、という。古人は「オケアノスとテチュスとがそれ自らを除く他のいっさいを生産するものなのであるが、この両者はまさに流れであるがゆえに、また従って何ものといえども静止しているものではない」という考え方を詩作に隠して盛り込んできた。その一方正反対の意見もある。「不動なるもの、有の名こそ、万有の世界がもつところの名である」というようなことで、つまり「万物は一なるものである。自分が自分自身の中に静止しているだけで、自分がその中を動く場所というようなものはもたない」というのがそれだ。と私たちはこれら両派の人たちの中間へ入り込んでしまったけれども、なんとか自己を守って身を抜くようにしないといけない。
ソクラテスは両方を検討していこうと提案し、テオドロスはいいねと応じる。





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最終更新日  2017年01月28日 23時03分05秒
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