不登校・ひきこもり・ニートを考える

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巨椋修(おぐらおさむ)

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カテゴリ: 周辺事態



今回はそれらについて述べてみたいとおもいます。


今回の裁判が起こる以前から、長田塾には、いろいろな反対意見がありました。

しかし、それは以前、前々回のブログに書いたように


「長田百合子がキライだ。だから長田塾はよくない」


という、ただの感情論が多く、これは説得力もなく、お話しならない。


この発想は、 「『不登校・ひきこもり・ニート』は、ダメ人間だ。だから、ヤツラは殴って引っ張り出して、働かすか、学校へ連れて行けばいいんだ!」


と、いう話しとまったく同じということです。



それよりもまず、 なぜ長田塾は、何度も繰り返し、テレビに取り上げられているのか を考えたい。





長田塾が何度も、テレビに取り上げられているというのは、単にテレビプロデューサーが、長田塾のやり方を気にいっているからというより、視聴者からの反響が多いからと思っていいでしょうね。

つまり、視聴者は、長田塾を好意的に観ている可能性が高い。


「不登校やひきこもりなんか、親や教師が甘やかしているんだから、殴って連れていって、厳しく教育すればいいんだ」


という考え方が、視聴者の潜在意識にあるのではないかと推理できます。


実際には、この考え方は大間違いなんですが、一般の人はそれが間違いであるとは知らない。


多くの人はこうも思っているものです。


「最近の先生は大変だ。なんといっても、バカな生徒をちょっと叩いただけで、ニュースになっちゃうくらいなんだから」


本来なら、生徒に暴力を振るわないといけないような、指導力のなさを嘆くべきなのに、一般のイメージは上記のようなものが実に多いのですよ。

これが、学校ではなく、一般の会社だったらどうですかね?

相手が17歳でも、上司は気に入らないから、いうことを聞かないからと、部下をバンバン殴りますかね?

普通なら、その程度の指導力しかない上司は、逆に笑われたり、指導力を問われるどころか、人間性を疑われるんじゃないですか?

人を殴るというのは、傷害罪なんですから。


おそらく、中卒で働き出した人で、上司に殴られたと言う人は少ないと思うんです。



ところが、学校や親に、


「あんなもの殴ってやればいいんだよ」


という人は、学校の教師や親に、その異常な特権を与えようとでもしているんですかね?



人権という言葉がなかった、江戸時代では親も、学問の師匠も、ほとんど子どもを殴るということがなかったといいます。

それを目撃した幕末・明治初期に来日した欧米の人は、驚きの目で見て





と、感嘆しているくらいです。


欧米では、子どもを家畜のように鞭で叩くというのが、当たり前で、日本で子どもを叩いて教えるというのは、明治以降に西洋的教育法が輸入されてからと言われています。


江戸期、子どもを殴らないから悪かったという話をわたしは聞いたことがない。

江戸期の藩校などで、生徒が教師に暴力を振るうという事件を聞いたことがありません。

藩校には、武士の子どもが来ますが、彼らは毎日、脇差を携帯して学校に行きます。

しかし彼らが、キレてケンカのときに斬り合いをしたとか、誰かを斬り殺したという話しも聞いたことがない。


いかに現在の教育界が指導力を失っているのかが、見えてくるような気がします。


殴って教えるという、暴力支配による教育は、決していい結果を生みません。


少年犯罪を犯す人のほとんどが、子どものときに親からの虐待、暴力にあっているといいます。


このことを見てもわかるように、 暴力による教育は、暴力的な若者を育てるといってもいいかと思います。




次に、長田塾のような機関に依頼をする親の心理を考えてみたい。

長田塾と契約したのは、親なんですけど、わたしは親を責めるつもりはまったくないのです。



大きく分けて、不登校・ひきこもりの親はふたつに分けられるんです。




我が子が、学校に行かなくなっても、それを受け入れるタイプ。



不登校問題で、悩んだり、事態がどんどん悪化していくタイプは、圧倒的に前者が多いと感じられます。


「我が子が学校に行かなくなって、焦ってしまったり、困ると感じるタイプ」の親は、


「子どもは学校に行くのが当たり前」


という固定観念に縛られてしまっており、その他の方法論や応用が考えられえない人と言ってもいいでしょう。

そのため


子どもを怒鳴り


子どもをなだめ


子ども脅し


時には、暴力を振るってでも、学校に連れて行こうとします。


そうされた子どもは、自分にも学校に行けない・行きたくない事情があるわけで、その理由も親に言いにくいことも多いのです。


理由は学校でのイジメや暴力だったり、しますが、こういったことは親に打ち明けにくいのですよ。

そういった理由を知らない親は、あるいは。「イジメなんかに負けるな!」と、気軽に言ってしまえる鈍感な親は、子どもを理解できないでいるため、ますます、子どもを追い詰めることになります。




そのため、まずます萎縮し、親を不信の目で見るようになります。


子どもの“居場所”というのは、主に家庭と学校となりますが、そういった子どもには、


家庭にも、学校にも居場所がなくなる


という状態にならざるを得ない。


居場所というのは、自分が安全でいられる場所のことですから、家庭にも学校にも自分が安全でいられる場所がないとすると、


家の外にそういったところがある子どもは、家にも学校にも寄り付かなくなる。


当たり前です。家も学校もその子にとって、安全な場所ではないのですから。


家の外に居場所ばない子どもは、自分の部屋に閉じこもらずを得ない。


これも我が身を守るための行為といっていいでしょう。


そのため、ますます事態は悪化し、家庭内暴力もはじまるかも知れません。


そして、子どもを追い詰めていた親は、逆に子どもから追い詰められるようになります。


こういったとき、長田塾のように、「2時間でひきこもりを直す」という人がいた場合、つい、その言葉に頼ってしまったとしても、それを間違いと責めることはできないでしょう。



つづく









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Last updated  2006年10月06日 23時46分16秒
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