可愛いに間に合わない(ファッションと猫と通販な日々)

可愛いに間に合わない(ファッションと猫と通販な日々)

2017.04.13
XML
↓前回♪
第百三十四段~素顔~

★☆★☆
第百三十五段

『ニール。』

ロバートとの通信が終わってから

シアンは大慌てで携帯通信機に囁いた。

『ニール。終わった?』

『はい。殿下。』

通信室に居るニールの律儀な声が返って来た。



シアンははやる気持ちを隠そうともしなかった。

『こちらも済んだよ。僕の部屋に来る?』

心は急くが立ち話で良いわけではない。

『はい、殿下。伺います。』

慌ただしくシアンは通信を切った。

その途端彼は寝ているはずのジョンが気にかかり作業部屋を出て

寝室に入った。

ジョンの神経質そうに眉を寄せたままの寝顔を見た。

あの薬は夢もなく熟睡できるはずの薬だ。

その薬でもジョンの苦悩をやわらげることはできないようだった。

彼の額に触れ、前髪を静かにかき上げた。



だがそれだけだった。

開いた目は焦点をあわせることなく閉ざされ

強い薬が彼をまた深い眠りの世界に苦もなく引き摺って行った。

充分な休息こそが彼の記憶のもつれを解くかもしれない。

シアンはそれがシアン自身の強い望みであればいいのにと思った。



首まで引き上げて、足下の方にも下ろしてやった。

布を通しても分かる彼の逞しい身体。


辛い選択だ。

全てを思い出した時、ジョンは変わるだろう。

恋するシアンにとってそれは良い変化ではないかもしれなかった。

人工的に造られた知識や記憶の壁で出来た複雑怪奇な迷路を這い出て、

すっきりと見晴らせる高台から

遙か彼方の真実を力強く手繰り寄せる

愛する男の黄金色に輝く凛々しい姿を想像した。

するとシアンの奇妙な青い目から涙があふれそうになった。


君に返したいものがあるんだ。

必ず返すからね。

彼は小声でつぶやいた。

そしてもう一度壊れものにするように指先でそっと恋人の顔に触れた。

『ごめんね、ジョン。今はもう少しだけ寝ていて。』

彼の暴力衝動とひとりで向き合える余裕ができたなら、

目覚めてもらおう。

遠い先の話ではない。時間はあまりないのだ。

いずれにしても彼の頭の中をなんとかしなければならない。

自分の望みなど露ほども考慮できない。





ホワイトが来た。

彼はいつも通り男らしく落ち着いていたが、

シアンはその表情の奥に隠された翳りを見つけた。

彼はホワイトが居間の椅子まで歩く間も待ち切れず口火を切った。

『話し合いは不調?』

『そうとも言えません。殿下の方は?』

ホワイトはテーブルを挟みシアンの前の椅子に腰をどさっと下ろした。

疲れ果てている。

肉のそげ落ちた顔。目は赤い。

一方のシアンもそう変わりない。

薬を使っていてでさえ、疲労が全身に覆いかぶさってくる。

ジョンと遊び過ぎたということも原因のひとつだ。

少し羽目を外し過ぎたかもしれない。

『ロバートは今夜来るよ。

連れてくる私兵は最小限。迎えを出してくれ。』

シアンは応えた。冷静でいたかったが早口になった。

『それでどうなの?父上は何て?』とさらにたたみかけた。

ホワイトは少しためらいを見せてから口を開いた。

『陛下は、私とスティール大使に宮殿に来るようにと。

もう土星からアルティメットリムジンがこちらに向かっていますよ』

『え?ほんと?』

シアンはバネ仕掛けのように上体を背もたれから離した。

やはりそういうことか。

ホワイトの口が重いはずだ。

ホワイトは肩をすくめてみせた。


『すぐに着くね。あの船なら』

シアンは呆然と言った。

猶予はない。


最近開発されたばかりの超高速艇。

遷移に入るまでの時間の大幅の短縮。

環境からの影響を最小限に抑えた、小回りのきくタイプだ。

そして遷移中の人体へのダメージを半減し

そのせいで小刻みに休息のための通常航行を挟まなくてもよいから

ロングジャンプが可能になっている。

あっというまに目的地に着く。


今は試作機が二機、デモンストレーション用として

宮廷でだけ使われている。

時代は変わりつつあった。

これが一般に普及する頃には

世界はまったく違っているだろう。


アレクの提案は想定外ではなかった。

彼がそう出る可能性は充分にあった。

『だめだ、ニール。それはよくない』

シアンは言った。

『別の手を考える』

それを聞いてホワイトはもう一度肩をすくめた。

『殿下。この件についてヴィジョンをご覧になりましたか?』

と言った。

『いや、何も見ていない。

見たいものを見ることができればいいんだけど

僕は来るものを受け取るだけなんだ。』

うん、と頷いたホワイトの姿勢が心なしかしゃんとなった。

『見ない方がよかったのですよ、殿下。

殿下がどのようなヴィジョンをご覧になられようと

私は行かないわけにはいきません。

陛下の今回の命令に逆らうことはできない。』

彼は続けて言った。

『私は覚悟はしていました。

ヴィジョンはなくても、

殿下にも陛下のこの一手は予想はできていたはず。

私たちはこの話題は避けて来た。

つまりこのプランが手づまりになることが分かっていたからです。

陛下の一番大切なものを私は二年もの間奪っていた。

私を憎く思って当然だ。

なにかひとつくらいは私を困らせたいでしょう。

言いなりになってばかりはお嫌なはず。

最初は私どもの任命式だけでなく

結婚式を宮殿で行いたいとおっしゃられた。

それは親心だ。

王子の結婚式なんだから、当たり前のことだとも言える。

心苦しかったが、それでは一網打尽だ、丁重にお断りした。

陛下は最大限譲歩なさったと思う。

その結果、陛下から婚姻の正式な許可を頂くための条件は

私とロバートが宮殿に行く、それだけです。

任命式には

私たちの他にキューザック夫妻も招かれるそうです。』

『そうなのか。』シアンは頷き、思った。

アレクが本当にポールたちを呼ぶつもりがあるのかは、分からない。

ホワイトを油断させるための嘘かもしれない。

ポールはアレクに逆らえないだろうが

アンナは違うからだ。

彼女は他の人々とは違う作用をアレクにもたらす。

彼女はシアンと同じようにアレクに対してなんの遠慮もしない。

アレクはアンナに弱いのだ。

アレクがホワイトを殺すつもりなら、あの夫婦を招くとは思えない。

しかし、シアンは父親がどんな男かも知っている。

アンナが緩衝材になるなどと甘い考えは捨てるべきかもしれない。

アレクは目的のためなら誰の前であろうとなんでもできる。

『父は君たちを殺すかも知れない。

以前とは違って、僕にはジョンが居る。

父が僕の最終目的がジョンだと思っているなら

ジョンと一緒である限り

僕がストレスから死んでしまう心配は

もうないと考えるかもしれない。』


それを聞いてホワイトが尻を少し前に進めた。

『殿下。質問したい。』

そう言った。

『うん。』

シアンはホワイトのあらたまった声に怪訝そうに頷いた。

『今おっしゃったことです。

私はずっとお尋ねしたかった。

でも失礼なことだと思ってできなかったのです。

どうかこのようなことを口にする私の無礼をお許し下さい。

殿下は、その、、』

と一度ホワイトは言い辛そうに口ごもりシアンから眼差しを外した。

そして決意し、視線をもどすと一気に続けた。

『我々は聞いたのです。

殿下は絶望なさった時、

本当に死んでしまわれるのですか?

それは殿下のご意思に関係なく

オートマティックにそうなると聞きました。

殿下だけに見られるバグだと。

それは事実ですか?』

それを聞くとシアンはきょとんとした。

それではいったい、

何が今までアレクを金縛りにして来たと思っていたのだろう。

ホワイトか、その部下が王子の監禁された船を爆破する。

そんな安直な自暴自棄な結末だけを恐れてアレクは

シアンやホワイトの要求を飲んで来たわけではない。

そのようなことはホワイトは既知のことだと思って来た。

だが彼はよくわかっていなかったのか。

シアンはホワイトとの間では隠しごとはしないつもりだった。

だが訊ねられないことには答えようがない。

『それは有名な話だね。』

とシアンは他人ごとのような言い方をした。

『僕が自ら溺れた。』

彼は『自殺』、とは言わなかった。

『父は隠したかったがこのような噂はあっというまに広がる。

彼等にとって事実はどうか、なんて問題じゃない。

その内容が刺激的であるかどうかだけだ。

それはわかっているが、

僕は隠しだてをする気はない。

進んで話すつもりもないけどね。

そして質問する者は今まで居なかった。

無礼だからか、、

君に訊かれるのは恥ずかしくはないし腹も立たないよ。

君が遠慮をしていた、そのことに今驚いている。

ただ残念にも

その質問の正しい答は僕にも分からないことなんだ。

バグのせいなのかどうかも

絶望が原因なのか

他のことでもそうなるのか

僕には判らないよ。

牧場のメンテナンサーの誰かが言ったんだ。

バグだって。

ドールはどれも全部、

自分から死ぬことが無いようにプログラムされてる。

でも僕はそれが機能しない。

原因もわからないからデバッグできない。

何かを引き金に全く生きる意欲がなくなる。

しかもバグはそれだけじゃないと僕は知っている。

バグの在る無しに関わらず僕はいろいろな意味で

出来そこないのドールさ。

父が了承すれば僕は研究材料として牧場に戻されて

次世代のドールのために

脳に沢山のコードを繋がれて一生を終える。

死んでからは、

保存液の中で永遠に電気信号を送られ続けるんだ。

僕はただのデータになり果てる。

"できそこない"にはその価値しかないのさ。

でも父はこの僕でなければだめだと言ったんだ。

そのおかげで今僕は此処にいる。』

それなのに僕は父を苦しめ続けている。

シアンの顔が歪んだ。

『お許しを殿下。

私はバグの件が方便であってくれればと思ったのです。

つまりその、、、』

ホワイトはもっと何かを言おうとしたが言い淀んで止めた。

何を言っても王子を侮辱することになりそうだった。

『殿下。本当にすみません。』

シアンは首をふり

君を責めているつもりはない。

『謝らなくていい』

と言った。

ホワイトのシアンの死を恐れる気持は尋常ではない、

その切実な思いは痛いほどシアンの胸に届いていた。

『僕らは共犯だ。

そしてどちらがボスかと言えば多分僕だ。

君が自分のボスが正常かどうかを訊ねることは悪い事じゃない。

だから僕は分かる範囲でもっと何か答えるべきなんだ』

シアンの顔は穏やかだった。

『あの時、ヴィジョンが教えてくれていた。

僕が会うべき相手。会わなければならない相手を。

あの夢の男たちを救うために

僕は誰かに会わなければならなかった。

そして、その人間は最前線に居ると知った。

その人間に会う可能性を父に閉ざされた時

ただ、空っぽになったんだ。

僕は何も考えられなくなった。

きっと僕がまだ子供すぎたことも原因のひとつだろう。

なにしろ当時カプセルから出て六年目くらいだ。

形(なり)こそティーンエイジャーだが

精神年齢もその程度。

そんな子供が普通、

親に反抗する時、どうするのだろう?

僕はと言えば気がついたら泉に飛び込んでいた。

そしてひとつだけ思考が生まれた。

帰りたくない

この世界に。

だからそのまま溺れたんだ。

僕が答えられるのはそれだけだよ。』

そう言い終わってからシアンの唇が堅く小さく微笑みをつくった。



つづく





ポール・ドラロージュ
『若き殉教者の娘』

↓次回です♪
第百三十六段~邂逅~





『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表


からどうぞ♪





ウィリアム・フォン、馮紹峰、フォン・シャオフォン、ペン・シャオペン William Feng 以上全部同じ人(笑)

『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表ってことでヨロシク♪

[堀込/キリンジ/小田和正/ヤスさん/オフコース/フジファブ他ライブ] カテゴリの記事


『可愛いに間に合わない』新着記事一覧
↑ここから目的の記事を探して頂く方が早いかもしれない?
もしもお気ににして頂けるならば、その時もここのほうが、、








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2017.04.27 10:13:52


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Profile

すみれゆきの

すみれゆきの

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Category

↓↓★印は娘 ◆印は母担当↓↓

(3333)

★★娘の『どんま日記』★★

(11)

★どんま娘のフジファブ普及活動の日々

(1560)

★娘・音楽いろいろ

(1499)

★サウンドクリエイターズファイル DJコーネリアス早見表

(4)

★コーネリアス/Cornelius/小山田圭吾

(116)

★ヤマジカズヒデ/dip

(65)

★杉山清貴&オメガトライブ/杉山清貴

(678)

★oasis/ノエル・ギャラガー/リアム・ギャラガー

(811)

★娘・いろいろ

(1057)

★娘・ライブレポいろいろ

(57)

◆◎健康・ダイエット・美容◎

(138)

◆😹ペット用サプリ・猫慢性腎不全等

(10)

◆😹我が家の猫さま腎不全サプリ

(1)

◆😹ママおっぱいヘンよ!乳腺腫瘍にゃん日記

(32)

◆😹🐶🐰ペット関係お勧めグッズ

(79)

◆アジアの音楽

(302)

◆アジア以外の音楽

(134)

◆母・ライブレポいろいろ

(18)

◆映画・TV・華流・韓流・ショービズ

(9310)

◆タイBL他BLドラマ&映画関係

(4058)

◆ディマシュ・クダイベルゲン/Димаш/迪瑪希/Dimash

(428)

◆『三〇〇〇・・・』シリーズ早見表

(2)

◆高昌王と玄奘三蔵のシリーズ

(1)

◆スランドゥイル王リー・ペイス/ボードゥアン王エドワード・ノートン他

(2069)

◆リー/ノートン/馮紹峰/ディマシュ/キリンジ小田和正/他記事早見表

(39)

◆母・いろいろ

(1660)

◆よめ場

(13)

◆ハシビロコウ『ふたばちゃん』他、可愛い動物さん達

(99)

◆母の京都祇園祭'18/下関上臈参拝'18/下吉田行'18/玄奘三蔵を訪ねて他

(17)

◆『美』Gustave Moreauギュスターヴ・モロー他

(199)

◆セルゲイ&マチュー他(舞踏関係)

(199)

◆モデル

(22)

◆太極拳 気功 関連

(52)

◆スポーツ

(84)

◆ファッション レディス

(8685)

◆ファッション メンズ

(816)

◆ファッション キッズ

(267)

◆パーティ・フォーマル/結婚/卒業/入学/入園

(1858)

◆バッグ/ウォレット/財布/パース /手帳/時計/アクセサリー

(687)

◆シューズ

(458)

◆七五三/ランドセル/学習机/孫/昇進祝/福袋/ラッキーバッグ

(1376)

◆話題商品/剣武器/お雛様/五月人形/鯉のぼり/ハロウィン/コスプレ

(1139)

◆母の日/父の日/クリスマス/正月お盆/結婚/敬老/誕生/入学卒業

(1076)

◆インテリア・食器・雑貨・家電

(338)

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: